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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2025年9月12日


 九月十二日。
 クロエの十二歳の誕生日を祝おうと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)を連れて『Sweet Illusion』を訪れていた。
「ど、れ、に、し、よ、お、か、な〜……決められないっ」
 ルカルカは、たくさん並んだケーキを一つずつ指さしてから悩ましげに首を傾げる。
「これだけあったら悩むよねー」
 と同意するフィルに、ねー、と頷き再びケーキとにらめっこを開始する。
 バースデーケーキの定番はなんだろうか? いや、そもそも定番でいいのだろうか? クロエが好きそうなものを買っていけばいいのではないか? いやいや……。
「決めた」
「思ったより早かったねー、決めるの」
「だってそうよ、誕生日なのよ? うだうだ悩んでないで、ぱーっと豪華にいったほうがいいじゃない!」
 ルカルカの発言に、おー、とフィルが拍手する。すぐに「乗ってやらなくていいぞ」とほぼ同時に三方向から聞こえてきた。薄情者たちめ。
「と、いうわけで! フィルさん、ケーキを全種類一個ずつください! マドレーヌは全種類三個ずつ、その他焼き菓子は全種類1つずつで!」
 フィルは、ルカルカの注文にさしたる驚きを見せず、ただただ笑顔でケーキを箱に詰めていった。
「ルカみたいな客のことを太客と言うんだろうな」
「だってフィルさんちのケーキ美味しいんだもん。あっ、フィルさん! 一番オススメのホールケーキと、『クロエちゃんお誕生日おめでとう』のプレートもお願い!」
「はーい」
 フィルの返事を聞きながら、ルカルカは呟く。
「ねえダリル」
「なんだ」
「ホールケーキ全種類、も楽しそうだね」
「……もっと人数を呼んだ時にしろ」
「わーい」
 やるな、とは言われなかったことに浮かれて、お茶会を企画しなきゃと思っていたら「お待たせー」と声をかけられた。箱詰めが終わったらしい。
「たくさんだから気をつけてねー」
 言いながら、フィルはケーキの入った大きな箱を三つ、それから焼き菓子類の入ったこれまた大きな紙袋を一つ、ルカルカたちに渡した。
「こんなに大量に買って持って行ったらバレると思うのだが……」
 と、淵が呟く。確かに、箱にも袋にも『Sweet Illusion』のロゴマークが入り、これを持っているだけでケーキを買ってきましたと言っているようなものである。そして、今日のことはリンスには話を通してあるが、クロエにはまだ内緒だった。
 サプライズパーティの方が驚きも喜びもひとしおだと思うので、なんとかバレずに準備を進めたい。
 ルカルカはふと思いついて、工房へと電話をかけた。


 工房のドアをノックすると、軽い足音が聞こえてきてすぐにクロエが顔を出した。
「いらっしゃいませ!」
「ああ。早い時間からすまないな」
「いいのよ! たのしみにまってたんだから」
 ダリルの言葉ににっこりと笑い、それからクロエは「はいって」と全員を招き入れる。
 ――といっても、ルカルカだけは裏口の方にいたのだけど。
 話は簡単で、リンスに電話し裏口を開けておいてもらう。そして、クロエには「用事があって少し遅くなる」と伝えてもらい、ダリルたちが招かれている間にキッチンにケーキやお菓子を置いてくる、というものだ。
 なんだかスニーキングミッションって感じ、と勝手にわくわくしながらキッチンに物を置く。そしてすぐに玄関に回り、今到着したかのように装えば完璧だ。
「やっほー、お待たせ。遅くなっちゃってごめんね」
「ルカおねぇちゃん! ううん、ぜんぜんまってないわ。なにしてあそぶ?」
「そうねー……」
「なんでもいいぜ。クロエっ子、なんなら俺の背中に乗せてやろうか。空中散歩だ」
「! たのしそう!」
 カルキノスが、上手く誘導してくれた。ので、ルカルカはダリルと淵に目配せをする。二人が頷くのを見てから、ルカルカは「それじゃあ外に行きましょう」とクロエの手を引く。
 部屋の飾り付けが終わる頃を見計らって帰って来れば、サプライズパーティ大成功だ。


 一時間ほど外で遊んでから、ルカルカたちは工房に戻ってきた。
「ただいまー」
「たのしかった! カルキおにぃちゃんって、やっぱりすごいわ!」
「散歩くらいいつでも連れてってやるよ」
 わいわいと工房に入ると、普段工房として使っているスペースの奥にある扉が開いた。リンスが顔を出している。どうやら、部屋を一つ借りてそこを飾り付けたようだった。
「リンス? なにしてるの?」
 とことことクロエが近付くのを、ルカルカとカルキノスも追う。
 リンスはクロエが来る前に、部屋のドアを閉めた。クロエは、疑問符を浮かべながらドアをノックする。妙に礼儀正しいところがクロエらしい。
 ドアの向こうから返事がないので、クロエは「あけるわよー」と声をかけた。それにも無反応。「もう」と頬をふくらませながら、ドアを開ける。
 すると、パンッ、という軽快な音がいくつもいくつも響いた。同時にクロエへときらきらしたものが振りかかる。
 きょとんとしているクロエに向かって、ルカルカは抱きついた。
「クーロエちゃんっ。誕生日おめでとう!」
「えっ。えっ?」
 クロエは現状を把握しきれておらず、きょろきょろとしている。
 可愛らしく飾り付けされた部屋や、おめでとうの言葉、クラッカーがすべて自分のために用意されたのだと気付くと、クロエはルカルカのことをぎゅっと抱き締め返した。
「んー? どうしたの?」
「……びっくりした。でも、うれしい」
 照れの混じった声に、ルカルカはクロエの頭を撫でる。
「クロエちゃんのお祝いにケーキも買ってあるんだよ。食べよう!」
「……うん!」
 用意されたテーブルにケーキを並べ、「今日はクロエちゃんが主役だから」とお茶を淹れる役も買って出て、てきぱきと準備し改めて。
「ハッピーバースデー、クロエ!」
 みんなから声をかけられると、クロエは恥ずかしそうに笑っていた。その笑顔が嬉しそうなもので、企画したルカルカまで嬉しくなる。
「あ。そうだそうだ、プレゼントも渡さなきゃね!」
 ルカルカは、前もって用意しておいたプレゼントをクロエに手渡した。クロエはプレゼントとルカルカを交互に見ている。
「私たち全員からよ。開けてみて」
 ルカルカの言葉にクロエは頷き、丁寧に包装紙を剥がしていく。
「わぁ……」
 やがて現れたのは、ドレス風のロングワンピースだった。目をきらきらと輝かせて、クロエはワンピースを広げている。
「うんうん、よく似合う!」
「しっかりとしたデザインだからな。社交界デビューにももってこいだ」
「だ、そうよ」
「うん……! すごく、すてき! こんなにすてきなものをえらんでくれて、ありがとう。とってもうれしいわ」
「クロエちゃんが喜んでくれたらそれでいいの。ねー」
 リンスに向けて相槌を促すと、珍しくノリ良く「ねー」と返してきた。きっと、リンスもクロエが喜んでいることが嬉しいのだろう。


 ひとしきりお祝いが終わると、後は自由なものだった。
 今は、ダリルの淹れたお茶を飲みながら、歓談に興じている。
「ねえ、最終決戦でパラミタが祈ったり戦ってた時、お店は大丈夫だったの?」
 前から気になっていたことをリンスに聞くと、リンスはさらりと「なんともなかった」と言った。
「被害ゼロ?」
「うん」
 危機感すら覚えなかったような淡々とした調子でリンスは頷く。
 そういえば、とルカルカは過去のことを思い出した。
「この工房って、世界情勢がどれだけ傾いていてもなーんにも変わりなかったね」
「ないね」
「情報が届かないような奥地ってことでもないのに。何かに守られてるのかな?」
「ああ……なるほど」
 リンスには心当たりがあるようで、深く頷いていた。突っ込んで聞いてみようかとも思ったが、それより早く「ルーは?」と言われ、ルカルカは「ん?」と首を傾げる。
「色々。大変だった?」
「そうねー……大変って言えば大変だったかな」
「決戦」
「ううん、それよりも衝撃的だったよ」
「?」
「なんと、ダリルがいよいよ結婚するかもしれないの」
「決定してもいないことを吹聴するな」
 言葉を発した途端、いつの間にか後ろに居たダリルに頭を軽く叩かれた。
「いたぁい」
「お茶のお代わりは」
「欲しい〜」
「淹れてきてやる」
 端的な言葉だけを残し、ダリルはキッチンへと消える。完全に見えなくなってから、
「あれ、照れ隠し」
 と笑うと、リンスも少し笑った。


「しかし相手は誰なんだ?」
 と、キッチンに入るや否や淵に言われた。
 聞こえてたのか、と思いながら、ダリルは黙秘を通して紅茶を淹れる。
「クロエとかくれんぼをしていたのではなかったか」
「さっき見つかったので今度は俺が鬼の番だ」
「そうか、ほどほどにな」
 紅茶を持って部屋に戻る。と、淵もついてきた。
「で、相手は」
「くどい」
「え? なんの話? ルカも混ぜて〜」
「さっきの話の続きだろ? 結婚相手が誰かっつー話」
「一番有力なのは地球に住んでる剣の種族の人か」
「いや、淵、獅子隊の少尉かもしれねぇぜ。決戦の時に通信回線ダダモレでダリルへの愛を叫んでたし」
「えっ? とある古い家柄のお嬢さんじゃないの? 一年前に告白されてたじゃん」
「思い出したのだが、テロ組織の女ボスをキスして抱き上げたアレはどうなったんだ……」
「そのノリでリージャさんとも良い仲になったんでしょ」
「そりゃメシエがブチ切れるワケだ」
「「「この、シャンバラのフラグ建築士。女たらし」」」
 やんややんやと騒がしい三人を完全にスルーして、ダリルはリンスに紅茶を注ぐ。ふと、その後ろにクロエが隠れていることに気付いた。ダリルが手招きすると、クロエは隠れるのをやめて素直に出てきた。いい子、と頭を撫でて、空のティーカップに紅茶を注いでやる。
「あ。クロエちゃんにも魔の手が」
「……嫌な言い回しをするな、ルカ」
「そういえばドレス選んだのもダリルだったな。そこから既に根回しか……気をつけような、クロエ」
「??」
「見て。これが純粋よ。穢れ無き目よ」
「こんな子まで手にかけようとするとは……」
「教育に悪いお兄ちゃんはおいといて、俺と空の散歩でもしねぇ?」
「ううん、おそらはさっきつれていってもらったからへいきよ。それよりわたしね、いま、えんおにぃちゃんとかくれんぼしてたの。でてきちゃったけど。たのしかったから、みんなであそびたいな」
 と、今までの流れをすっぱり切ってクロエが提案した。そろそろ呆れかけていたので、ダリルとしては助かる。
「かくれんぼ? 乗った乗った!」
「今度こそ負けぬぞ、クロエ殿」
「俺、すぐ見つかっちまうんじゃねぇの。淵と違ってでけぇから」
「ぐっ……!」
 また、ルカルカたちも丁度いい引き際だと思ったらしく――あるいはただ、単純にかくれんぼが楽しそうだったからやりたかったのか。まあとにかく、全員が乗り気である。
「リンスもやるのか」
 とダリルが問うと、「ううん」とリンスは首を横に振った。
「俺は見てるよ」
「楽しそうだぞ」
「遊びたくないわけじゃない。ただ、こうして幸せそうな光景を、もう少し見ていたい」
 『幸せそうな光景』、じゃなくて、その中に入っていって自らも『幸せ』になればいいのでは、と思ったが、楽しそうに笑う面々を見るリンスの顔は充分に幸せそうで、何か口を挟むのは野暮だとダリルは紅茶を飲んだ。