リアクション
エピローグ それからとこれから
「ぎゃあああああああああああああああ!」
悲鳴を上げると、翼がモニターに駆け寄りスイッチを消す。
「……あー、ここからがいいとこだったのに」
不満げに泉空が頬を膨らます。
「だってこの後マイクでしょ!? 私の! 噛みまくりの! 何言ってるかわからないやつ!」
「あれは私にも解らなかった……けどえぐえぐ泣いてる姿がグッとキた」
サムズアップしつつ「というわけでもっかい観たい」とスイッチを入れようとする泉空を翼が強引に引き剥がす。「ぶー」と泉空が頬を不満げに膨らませた。
――翼がスイッチを消すまで観ていたのは、プロレスリングハードコア最後の興行の映像である。
最後の興行から暫くが過ぎた。プロレスリングハードコアは当初の予定通り解散。翼や泉空を始めとしたスタッフ達は皆、地球へと戻ってきていたのであった。
だが地球へと戻っても団体が直ぐに再興出来るというわけでもなく、それなりの時間を要する。その間スタッフ達は休養期間とし、怪我の治療などに専念する事となったのである。
リングから離れ、それぞれが思い思いの日々を過ごしていたある日の事であった。
「あ、どうもお久しぶりです」
黒いローブに身を纏った怪しげな人物――阿部Pが訪ねてきたのであった。
阿部Pが言うには、興行の放送はナラカTVでもかなり好評であったようで、その礼も兼ねて試合映像を持ってきたのである。
「けど……これ一体何時の間に撮ったんだろ?」
「あーうん、それは私も思った。試合中カメラとか見当たらなかったんだけどなー」
泉空と翼が首を傾げる。試合中の記憶の中にはテレビカメラの様な物は一切なかったはずである。ナラカTVの無駄な技術力の賜物だろう。
「その辺りを詳しく確認する為、もう一度」
そう言ってスイッチに手を伸ばそうとする泉空の手を、翼が掴み無言で首を横に振る。その姿を見て「試合の映像を観るのは?」と問うと翼が首を縦に振った。
泉空が操作し、試合の映像が流れる。
「……見る限りカメラっぽいのは無いんだけどなぁ」
モニターに噛り付くかの如く、映像に見入る翼。最初はカメラの場所を探していたが、次第に試合の方へ見入っていく。
「……羨ましい?」
その様子に気付いた泉空が問いかける。その問いが最初解らないような表情をしていたが、次第に理解すると翼は静かに頷いた。
「うん。また、こんな感じで動き回りたいね……できたらあの人達と」
「今は我慢。そのうちきっと、そんな日が来る」
泉空の言葉に、翼が頷く。
「そだね……その為も、身体鈍らせないようにしないとねー」
「……久々にスパーリングする?」
「いっちゃん、首は大丈夫?」
「大丈夫。全く以て問題ない。今ならSSDだろうとスタイルズクラッシュだろうとタイガードライバーの危ない奴だろうと垂直落下式パワーボムだろうと私、何も怖くない……!」
「どれも首危険なのばかりだからやめなさい……じゃ、後でやろっか。久々だなー」
嬉しそうにそわそわと待ち遠しさを隠しきれない翼を見て、泉空が小さく笑みを浮かべる。
「あ、そういや阿部Pと言えば、あの話は驚いたよね」
「……うん、驚いた」
ふと、思い出したように翼が呟くと、泉空がうんうんと頷く。
「「まさか阿部PがナラカTV辞めただなんてね」」
※ ※ ※
「いや、辞めてませんって」
「え、辞めたんでしょ?」
「違うのですか?」
――とある街中のとある道を、黒いローブを纏った阿部Pと空、そしてエルが連れ添って歩いていた。
突如、空が「何でナラカTV辞めたの?」と阿部Pに問いかけ、苦笑して否定すると何故かエルまで首を傾げていた。
「……話しましたよね? 辞めたんじゃなくて休職しているだけだって。今でもちゃんと在籍しているんですから」
溜息を吐いて問いに答える阿部Pであるが、
「言ったっけ?」
「記憶にありませんね」
と空とエルは初耳の様なリアクションを見せる。
「いや、話しましたよ。ザ=コさんを生贄……でなくてADにスカウトして余裕が出来たので、やりたい事も出来たことだし休暇を頂いたんですよ。まぁ、普通と比べたら長い休暇ですが」
そこまで話して漸く「そういや聞いたような気もしなくもない」と空とエルが頷く。
「しかし、そのやりたい事というのは聞いてはいないと思いますがどうですか?」
エルの問いに阿部Pは「そっちは話していませんね」と頷く。
「隠していたわけじゃないんですが……ま、大したことじゃありませんよ……ちょっと、世間を見たくなっただけです」
「世間を……ですか?」
「ええ」と阿部Pが頷く。
「――ソウルアベレイターというのは、ただ己の欲を満たしたいが為にナラカに生きた身で堕ち、長い時を過ごしてきました。何かを求めて、長い時を経て求めて求めて求め続けて……そして遂には飽いてしまいました。求める事にも、生きる事にも。そうすると待ち受けているのは怠惰です。それは私も例外ではありません」
何処か遠い目をして、阿部Pは語りだす。
「ただそれでも刺激を欲するんですよ、怠惰から抜け出すような刺激をね。もっと、もっとって。厄介なもんですよね、満足という事を知らないのですから……だから我々はあんな悪趣味なナラカTVなんてことをやりだしたんですよ」
そこまで言うと、阿部Pは小さく溜息を吐く。
「でもいくら過激な事をやろうとも、最初は良くても次第に飽いてしまい、やはり怠惰が訪れる……私もそうでした。最初は視聴率を上げる事に夢中になっていましたが、それにも飽いてしまい始めていました。当然でしょう、同じ事繰り返しているんですから――そんな時ですかね、地上の人間と関わるようになったのは」
そう言って阿部Pは空に目を向ける。
「最初は本当にただの人材不足によるスカウトだったんですが、これが思いの他面白い事をやってくれる。そこから私の興味は地上へと向きました。そんな中あの団体の事を知ったり……まさかリングに上がる事になるなんて夢にも思いませんでしたね。何もかも新鮮でした……それで気付いたんですよ、求め尽くしたなんて思いあがっていた事に――この世界は私なんかが知らない事などまだまだ山の様にあるんですよ。そうと気づいたら、我慢できなくなっちゃいましてね。子供みたいでしょう?」
阿部Pが恥ずかしそうに笑う。
「というわけで、我慢できずに休暇を頂き世間を見て回る事に決めたわけです。これでいいですかね?」
阿部Pの言葉に、空とエルが頷く。
「そうですか……ところで、何故御二人は私の誘いに乗ってくださったんでしょうか。聴いてもいいですかね?」
阿部Pが空とエルに問いかける。この二人は阿部Pが「旅に出ようと思うのですが良かったら御一緒しませんか?」という誘いに乗ったのであった。
特に悩む様子もなく即答に近い返事に、その時は何も思わなかったがふと阿部Pは疑問に思い、ぶつけてみたのである。
空とエルは少し悩む仕草を見せる。何と言えばいいか解らないようであるが、やがて思いついたようで、ほぼ同時に口を開いた。
「「暇だし、面白そうだったから」」
その答えに、呆けたように黙る阿部Pであったが、可笑しそうに笑い声を上げた。
「成程成程、いやいや似た者同士というわけですか我々は……いやいや、その答えで十分です」
ひとしきり笑うと、阿部Pは呼吸を整えて一つ咳払いをしてから空とエルに向かって言った。
「では似た者同士、面白い事がある事を願いつつ世間を回る事にしましょうか」
その言葉に頷くと、やがて歩き出した。
――其々の道を歩き出した彼らと、またいつか出会う事があるだろう。
それは何時の出来事かはわからない『いつか』の出来事。しかし『いつか』訪れる出来事である。
その出会いがどの様な物になるか、どのような事になるか。今はまだわからない。『いつか』解る事である。
その『いつか』の出来事は、『いつか』語られるであろう。恐らく、きっと。
<了>
くぅ〜疲れましたwこれにて人生終了です!
実は、プライベで散々せっつかれたのが始まりでした。
本当は話のネタなぞ当に尽きていたのですが今既にネタも尽きているのでこのくだり止めようか。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。担当した高久高久でございます。
最後の最後まで本当に迷惑掛けやがってとお思いの皆さん、本当に申し訳ありません。
最後くらいは間に合わせたかったのですが力及ばず……だらしねぇ次第でございます。
という訳で気付いたら前後編になっていたプロレスシナリオ、如何だったでしょうか。
アクション面は少々やる気が空回りしてしまった様に思われる方が多かったのですが、皆様の熱いプロレスに対する想いに少しでも応えられていたのであれば幸いです。
ちなみに試合結果の時間は適当な数字を入れているだけなので深く考えないでくださると幸いです。
さて、今回で蒼空のフロンティアでの担当するシナリオが終了しました。
気が付いてみたら初めてこのような場に参加させて頂いたのが約3年前の出来事。
この事に私震えが止まりません、時の流れの速さとまるで成長していない自分に。むしろ劣化している気がする。
長々と無駄な事を書かせていただきましたが、約3年間も私のような者が出したシナリオにお付き合い頂きありがとうございました。
これで私が綴る蒼空のフロンティアの物語は終了しましたが、物語の登場人物達はまだまだ終わりなき旅を続けている事でしょう。
いつか彼らの物語が綴られる時、また皆様と御一緒できる事を祈りたいと思います。
それではまた何処かで御会いできることがありましたら、その時はまた宜しくお願い致します。