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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●新婚五年目の秋

 大刀を鞘に収めて、七刀 切(しちとう・きり)は森の木陰に白いハンカチを敷いた。
「パティ」
 と妻のパティ・ブラウアヒメルクランジ パイ(くらんじ・ぱい))を差し招く。
「いいってば、じかに座るので」
 とパティは言うのだが、切は首を縦に振らない。
「パティに、地べたに座ってもらうわけにはいかない。オレの……大事な奥さんなんだから」
「んー、まあ、ユーリがそう言うのなら……」
 仕方ない、というようにパティはハンカチの上に腰を下ろすのである。
 結婚してから五年。こんなやりとをもう、彼らは五年も続けているのだった。人から聞かれれば、切は堂々とこう言うだろう。
「ワイらは新婚五年目!」
 と。
 いつまでもずっと、新鮮な気持ちでいる彼ら夫婦なのであった。
 葦原明倫館を卒業した切は、冒険者ギルドでの活動をメインに据え、常にパティとともに、依頼を受けては各地を跳び回る生活を送っていた。いくら平和な世界が実現したといっても、大小様々なモンスターが実在し、騒動を起こしている世の中なのだ。仕事のタネが尽きることは当分なさそうである。
 今日の依頼は、いたって普通の魔物退治だった。切り株姿のモンスター。長い腕を振り回すのが厄介だったが切り株の哀しさ、真上からの攻撃にはまるで無力で、集中攻撃を受けてあっさりと倒れた。
 切たち以外にも同業者がいたこともあって、発見から退治まで、一連の流れはあっという間に片付いてしまっている。報酬の高さからすれば、なんとも割の良い仕事だったというわけだ。
 というわけでまだ昼前だが、さっそく彼らはご褒美のデートタイムに入ったのである。
 まずは持参の弁当を「あーん」しあって食べさせ合う。最初の頃はお互い顔を赤くしていたものだが、今となってはこれが普通で、当然の距離だと思うようになっていた。
 歩き出せばずっと手は、指を絡め合う恋人つなぎ、合間合間には、小鳥がつつき合うようなキスを交わす。これも切とパティにとっては、いたって普通の行動だ。
 もちろんこの手の行動が、バカップル呼ばわりされることもしばしばである。
 だが切は非難を受けても臆さず、照れず、ただ堂々とこう言っている。
「好きなんだからしょうがないじゃないか」
 と。
 バカップルならバカップルでいい。バカップル道、極めてみせるくらいの気持ちであった。天晴れと思ったか、すぐにパティも、バカップル呼ばわりをまったく気にしなくなっていた。
 さてそんな感じで、合間合間にチュッチュしながら森を歩いていた切の足に、赤ずきんみたいな女の子がどんとぶつかってきた。
「おっと!」
 倒れそうになった女の子を、さっとパティが受け止めた。
「どうしたの?」
「弟が……弟が!」
 震えながら少女が、切とパティに語った内容は以下の通り。
 少し前、この子の弟が、薬草を探しに森の中に入ったそうなのだ。魔物の討伐依頼が果たされた(切たちがサクッと片付けた切り株お化けだ)ことを聞いて危険がなくなったと思ったらしい。
「それはさすがに森をなめすぎだわなぁ」
 切はうなずいて、
「パティ」
 たった一言、呼びかけた。
 このあたり以心伝心というのか、パティはすぐに「わかってる」とうなずいた。
 もちろんこんな人助けをしても、なんの金銭的利益があるわけでもない。せいぜい感謝されるくらいだ。せっかくのラブラブムードもだいなしである。
 けれど、これを黙って見逃せる切ではないし、パティでもないのだ。
「行こう。そろそろ夕方、暗くなる前に見つけ出したいところね」
「パティはやっぱり最高の嫁だね!」
「な、なによ急に」
「ワイ、いや、オレの言わんとしていたことを、全部言ってくれたから!」
「当然でしょ」
 ふんと得意げに言って、パティは切の頬にキスをしたのである。
「さあ、ここからは再び冒険者モードよ!」
 結果から書くと、放置せず乗り出して正解だった。
 少女の弟は、ただ迷子になったのではなかった。切たちが戦ったのに比べるとずっと小さいが、もう一体の切り株モンスターに追われていたのだ。
「こいつめ!」
 切が自在刀をふるって、すらりとチーズみたいに怪物を一刀両断にしたことで、無事この件も解決したのであった。
 抱き合って喜ぶ親子に少女……そのお礼の申し出を丁重に断って、切とパティは彼らを見送った。手をつないだまま小さくなっていく四つの背中、つまり、両親と姉弟という家族を、見えなくなるまでじっと見守る。
 すでに夕刻になっていた。陽は沈みゆき、空は蜜柑のような橙色である。
「一人で森に入っちゃいけない、ってよーく説教しておいたし、実際怖い目にも遭ったわけだから、あの子はもう繰り返さんだろうなぁ」
「あの子が薬草取りに入ったのは、『風邪を引いたお母さんを助けたい』って目的があったからでしょ、いい話じゃないの」
「まあ、それはね……っていうか、パティって小さい子には優しいなあ」
「そう?」
「そう思うけど」
「そうかなあ?」
 と言いながら、ごく自然にパティは腕を組んできた。切はうなずいて歩き出す。
 その後ふたりはしばらく他愛のない話をしていたのだが,突然、
「さっきの話だけど。そうかも」
 唐突にパティが言った。
「え? なんの話?」
「私が小さい子に優しい、って話よ」
「ああ、そうだよな。ほら、言った通りだろ?」
 パティはそれにイエスともノーとも言わず、
「だって私、子ども、好きだし。最近……」
「子どもに優しいのはいいことだと思うよ。うん」
「だからなんとなく……あの親子を見てて……私たちも、あんな風になりたいかな、なんて思って」
 切はその意味が飲み込めず、きょとんとするばかりだ。
「いやまあ、ウチもいい家庭だと思うけど……」
「もう!」
 するとパティはムッとした表情になったものの、そこで声を上げたりせず遠くを見ながら、
「子どもが欲しいって言ってるのよ、バカ」
 と囁いたのだった。
「えっ!」
「夫婦になって五年……前にユーリは言ってたよね、世界はもっと広くて優しいって。今日、あの家族を見てて、あのときのユーリの言葉を思い出したわ。だからこそ見ているだけじゃなくて……」
 さすがにパティも恥ずかしくなったらしく、その先は、言えなかった。
 切は、「わかった」と言うかわりに彼女の髪に口づけたのである。

 切とパティ、ふたりの乗った船は、そろそろ新しい進路に進むことになりそうだ。
 どんな航路が待ち受けているかはわからないが、心配することはない。
 あれだけ何度も世界の危機に立ち向かい、愛をはぐくんできたふたりなのだから。