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リアクション
★ ★ ★
「ああ、こんな所にいたいた」
「ずっと捜してたんだもん」
監視小屋にもたれてさぼっていたマサラ・アッサム(まさら・あっさむ)に、アズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)と朝野未羅が声をかけてきた。
「ん、なんの用かな」
頭の後ろで手を組んだまま、マサラ・アッサムが訊ねた。
「ちょっと、あなたに会いたいという人がいるんです」
「へえ、それはそれは。少しは暇つぶしになるかな。それで、誰なんだ、そいつは」
「美人さんだよ」
「それはいい」
その言葉に、マサラ・アッサムは口許をほころばせた。
「まずは、案内役がいるので、会ってもらいましょう」
アズミラ・フォースターの先導で、三人は生け簀の上を歩いていった。途中で、なにやら歌っている女の子がいる。
「ららら♪ 未羅ちゃん、行ってらっしゃーい。見張りは任せてねっ」
先ほど朝野未羅と朝野未那に、朝野未沙の伝言を伝えた泉 恋(いずみ・れん)が、鼻歌交じりにアズミラ・フォースターたちを見送った。
「お連れしました、ガラム・マサラさんです」
名前をわざと間違えられてちょっとむっとしながら、マサラ・アッサムが前を見た。
「待ちかねたぞ」
そこには、メイドフォームにフォームチェンジした武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が立っていた。フルヘルムのいつもと違う特殊な仮面に重装甲、しかし、その上からメイド服という出で立ちは異様を通り越して、見た者が呪われそうだ。
「帰らさせてもらう」
即座にマサラ・アッサムが踵を返す。
「ちょっと待って、まだ話が……」
呼び止めようとしたアズミラ・フォースターの喉元に、マサラ・アッサムの剣の鞘の先が突きつけられていた。マサラ・アッサムが柄頭に載せた手を押し下げて、一瞬にして剣先を跳ね上げたのだ。
「ふざけるのは好きだが、ふざけられるのは好きじゃない」
「まあ、待て、俺の話を聞け」
取りなすように、武神牙竜が、がしょこんと歩きながら間に入ってきた。
「貴様から串刺しにするか?」
マサラ・アッサムが剣を元に戻すと、柄頭に手をおいたまま武神牙竜に対した。
「これこれ、そんな所でなにをしているんですか。マサラ、あなたは見張りをしている時間ですよ」
騒ぎを聞きつけて、ペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)がやってきた。見つかってしまったかと、マサラ・アッサムが渋い顔になる。
「すまん、遅くなったぜ。身代わりになるから遊びに行ってくれ」
そこへ、空気を読まない志波 三四郎(しば・さんしろう)が、マサラ・アッサムによく似た格好で現れて言った。
「なんですか、またさぼる算段をしていたんですね。しょうがない」
やれやれと、ペコ・フラワリーがマサラ・アッサムに言う。
あちゃーっと、武神牙竜は頭をかかえた。マサラ・アッサムを連れ出して、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)のスイートハニーにしようという作戦は、すでにぐだぐだだ。
「待て、ケンリュウガー、なんと無様な!」
そう言って現れたのは、マスクド・ゲイザーの姿をした弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「グリーンは、我々と一緒に快楽の園に行ってもらう」
「それはちょっとそそられ……いやいや、だめだだめだ」
覆面姿の弥涼総司の言葉にちょっと興味をそそられかけたマサラ・アッサムが、ペコ・フラワリーに睨まれてあわてて前言撤回した。
「ならば、力づくでも来てもらう」
「おう。組むぜ、正義のタッグ」
ケンリュウガーとマスクド・ゲイザーが、パシンとそれぞれの腕を交差させてポーズを作った。
「このわたくしに戦いを挑みますか。面白いですね」
そう言うと、ペコ・フラワリーは背中に背負っていたつつみを解いた。中から、漆黒のフランベルジュが現れる。波打つ剣は幅はさほど広くないものの、大剣というだけあってかなり長い。
ヒュンと、ペコ・フラワリーが大剣を一降りした。生け簀横の水面に、静かに美しい波紋が広がっていく。
「あーあ、知らないぞ」
マサラ・アッサムが、すでに傍観者となって後ろに下がった。
「どうぞ」
剣を下段に構えて、ペコ・フラワリーが言った。
「確かに、面白そうだぜ」
言いつつ、剣を抜いたマスクド・ゲイザーが携帯になにやらコードを入れてポケットに戻した。
『フュージョン・ヴァルキリー』
ポケットの中の携帯から、合成音声が発せられる。
同時に、マスクド・ゲイザーがバーストダッシュで飛び出した。奇襲とも言える攻撃と、逃げ場のない生け簀の上のことだ、外しようがない。
だが、ペコ・フラワリーは斬り上げた剣でマスクド・ゲイザーの剣を弾き上げると、クルリと身体を反転させて鳩尾(みぞおち)に剣の柄頭を叩き込んだ。
うめき声を噛み殺しながら、マスクド・ゲイザーがすぐに後退する。
「ふがいないぜ、マスクド・ゲイザー。今度は俺が相手だ」
マスクド・ゲイザーをかばうように、ケンリュウガーが前に出てきた。
「竜葬拳!」
取り出したカードをピンと上空に弾くと、高くジャンプしたケンリュウガーが拳でカードを貫きながらペコ・フラワリーに迫った。メイド服のあちこちがひらひらとはためいて、実に気持ち悪い。
再びペコ・フラワリーの大剣が閃くと思われた瞬間、突然ケンリュウガーが後ろへと吹っ飛ばされた。着地とともに生け簀の渡り板をばきばきと破壊しながら、後ろへとすべっていく。
「お前たち、何をやっている!」
現れたのは、ココ・カンパーニュだった。
「あれが、暴れている人たちですぅ」
ココ・カンパーニュを呼んできた朝野 未那(あさの・みな)が、ケンリュウガーたちをさして叫んだ。さすがにこの狭い生け簀の上だ、騒いでいればすぐに分かる。ケンリュウガーたちにとっては非常にまずい展開であるが、彼らの悪巧みを知らされていなかった健全な朝野未那に罪はない。
「さては、貴様たちは、錦鯉泥棒の一部だな」
「リーダー。一部ではなくて一味です」
さりげなくペコ・フラワリーが訂正する。
「どっちだっていいや。退屈していたんだ。暴れるのなら……潰す!」
そう言うと、ココ・カンパーニュはブンと右手を横に振った。激しい水音ともに、拳圧で水面が切られて、立ちあがった水柱が白い壁となって走っていった。ついでに、その先にいたボートにドラゴンアーツの拳圧が直撃した。
「うわう、なぜ……!?」
ボートに乗って到着したばかりのミレイユ・グリシャムたちが、わけも分からず叫んだ。あわてて生け簀の渡り板の上に身を投げ出してなんとか助かる。直後に、真っ二つになったボートがブクブクと沈んでいった。
「まずくないか、これは……」
さすがに状況を把握して、マスクド・ゲイザーがつぶやいた。携帯を操作して、非常信号を送る。
「了解しました」
状況を見守っていた重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が、仕掛けておいた発煙筒の遠隔スイッチを押した。とたんに、渡り板の下から一斉に煙幕が吹き出した。
「いったい、何事だ」
かろうじてボートから脱出できたミレイユ・グリシャムたちが駆けつけてきて叫んだ。
「鯉泥棒だー」
「泥棒ですー」
打ち合わせ通りに、煙幕の中で飛良坂 夜猫(ひらさか・よるねこ)と朝野未羅が鯉泥棒がきたと騒いだ。
「敵ですか。行きますよ、遥遠」
騒ぎを聞きつけ、生け簀の反対側にいた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)を促した。
「ああ待ってください。よおうし」
おいていかれそうになった紫桜遥遠が、バーストダッシュであわてて緋桜遙遠の後を追いかけた。
「ふっ、ゴチメイのグリーンとあろう者が、この程度の騒ぎを利用できないなどふがいない。さあ、この隙にわしと一緒に……ぶわっ!?」
煙と大混乱の中、マサラ・アッサムを連れ出そうとした飛良坂夜猫がいきなり何者かに体当たりされて吹っ飛んだ。そのまま、もつれ合うようにして生け簀に落ちる。
「た、助けて、遙遠」
勢い余って飛良坂夜猫に激突した紫桜遥遠が、緋桜遙遠に助けを求めた。
ふいを突かれて思い切り体当たりを食らった飛良坂夜猫は気を失ったのか、うつぶせになってぷっかりと水面に浮かんでいた。
「まったくもう」
志波三四郎が、なんとか飛良坂夜猫を救いあげて連れ去っていく。
「煙幕など、姑息な手を……。そこかあ!」
煙の中で、近くに現れた人影にむかってココ・カンパーニュが拳を振り下ろした。
「うわっ、味方だ味方!」
危機一髪、攻撃を避けたフリードリッヒ・常磐が叫ぶ。だが、彼の替わりに、渡り板の一枚が粉々にされた。
結局、この騒ぎに乗じて、ケンリュウガーたちは生け簀を逃げ出してしまっていた。
ところが、この突然の騒ぎに乗じたのは、当事者である彼らだけではなかった。
「ふふ、これでうまく隠れられそうだわ」
監視小屋近くのボートに身を隠しながらメニエス・レイン(めにえす・れいん)はほくそ笑んだ。
「ゴチメイだかなんだか知らないけれど、このあたしがたまさかヴァイシャリーにいたのが運の尽きよ。錦鯉の氾濫なんて面白いじゃない。ヴァイシャリーの周りにこんなのがたくさんいれば、またくるときの楽しみができるってものだわ。だいたい、地球の独善的な成金の趣味をパラミタに持ち込もうって考え自体が気にくわないのよ。そんな物、すべて壊してやるわ」
身を潜めながら、メニエス・レインは、警備が甘くなる夜を待った。
★ ★ ★
「うふふふふふふ。まだかなー、まだかなー。楽しみだなー。うふふふふふふふ……」
喫茶店で一人待ちながら、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)はあれやこれやと妄想に耽っていた。
武神牙竜たちがマサラ・アッサムを連れてきたら、あれやこれ、あんなこともこんなことも、きゃっ♪ ということをぜーんぶして、ユリの世界を広めるつもりで満々だ。
「はあはあはあ……」
自分の妄想ですでに疲れ果ててしまい、リリィ・シャーロックは、何杯目かのイチゴミルクを飲み干した。
「これがうまくいったら、ケンリュウガーに対抗する悪の組織を本格的に設立するのよ。黒鉄砲百合部隊の設立だわ」
リリィ・シャーロックが妄想を続けていると、待ちに待った武神牙竜たちが帰ってきた。
「ごめん、失敗した」
開口一番、武神牙竜はそう報告した。
当然、リリィ・シャーロックの怒りは頂点に達する。彼と重攻機リュウライザーがどうなったかは、あまり語りたくない。
ホテルで待っていた朝野 未沙(あさの・みさ)の許へ失敗報告に来た弥涼総司御一行様と朝野未羅は、こちらも彼女の怒りに触れていた。
部屋に入りきらないということで、とりあえずは、弥涼総司とアズミラ・フォースターだけが代表として中に入っている。朝野未羅は絶対中に入りたくないといって、すでに雲隠れして姿がなかった。
「それだけ人数がいたのに失敗しただなんて、許さないんだもん」
「正直すまんかっ……うぎゃあ、目が目がぁ!」
朝野未沙の光術が、二人の目の前で炸裂した。これはまぶしい。
「のぞき部にとって、目は命……。勘弁してくれえー」
転げ回りながら、なんとか弥涼総司が部屋から逃げ出していった。
「もう、みんなだらしがないんだから。いいもん、アズミラさんで我慢するんだもん」
そう言うと、視力を失って立ちすくんでいたアズミラ・フォースターの肌に、朝野未沙はつーっと絶妙の速さで指先を這わせた。
「えっ? えっ、えっ、えっ!? あああああ……あん♪」
「ううっ、酷い目に遭ったぜ……。おや、夜猫、ドアに張りついて何をしているんだ」
やっと視力が回復してきた弥涼総司が、ドアにへばりついて鍵穴をのぞき込んでいる飛良坂夜猫に訊ねた。
「しーっ、今いいとこなのじゃ」
振りむきもせずに、飛良坂夜猫が答えた。
なんだか、ドアのむこう側からは、艶っぽい声が聞こえてきている気もする。
「のぞきか? だったら、オレにも見せろ」
命令口調で言い放つと、弥涼総司は飛良坂夜猫を押しのけて鍵穴に目を合わせた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……」
「うるさい。のぞくなら静かにのぞくのじゃ」
弥涼総司の頭を押しのけて、飛良坂夜猫が鍵穴を独占しようとする。
「待て、今はオレが見ているんだ……」
「そんなことは知らないのじゃ。どけ!」
「ああん!」
「嫌だ!」
「うふふふふ」
「見せるのじゃ!」
「見るのではない、のぞくんだ!」
ごすっ!
「いい加減にしろ、馬鹿者ども!」
二人を鉄拳で黙らせた志波三四郎が、呆れて叫んだ。
「行くぞ」
気絶した二人の襟元をつかんでずるずると引きずっていく。
「ちょ、ちょっと、誰か、助けてぇ、あん♪」
ドアのむこうからは、取り残されたアズミラ・フォースターのむなしい叫びが聞こえてくるだけであった。
「まったく、ちゃんと未沙にも謝ってよね!」
武神牙竜と重攻機リュウライザーを小突くようにつき従わせながら、リリィ・シャーロックはまだおかんむりだった。
勢いよく待ち合わせ場所の客室のドアを開けて、リリィ・シャーロックは中に入った。
「未沙、ごめんね、うちの馬鹿たちがねえ……」
「えっ!?」
「あら」
「あん……」
「おお!?」
「……」
一瞬の沈黙が訪れた。
「うわあああああああああああああ!!」
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