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リアクション
★ ★ ★
「ヴァイシャリーの波はよ〜、でっかい波だよぉ〜。どんぶらこっこ、どんぶらこっこ♪」
奇妙な歌を歌うウィルネスト・アーカイヴスの漕ぐゴンドラが進んでいく。
「ちょっと、そこのゴンドラ、ちょっと止まってよ!」
気持ちよく歌っていたのに、ふいに声をかけられてウィルネスト・アーカイヴスが少しむっとして振り返った。見ると、雷霆リナリエッタの漕ぐゴンドラが近づいてくる。
「なんだ、お前たちは」
ウィルネスト・アーカイヴスがゴンドラのスピードを落として追いつかせたので、案内役の船員がしかたなく対応する。
「こほん。私たちは、ここヴァイシャリーで貿易を営む者である。ちょっと、御主人様がおいしい商談を持ちかけたいと申しちゃってるんだよね」
必死に執事然としながら、雷霆リナリエッタが船員に声をかけた。
その間にも、よいしょよいしょっと、小人の鞄から現れた小人たちが手かぎのついたロープでゴンドラを引き寄せている。
「商談と言われてもなあ。俺たちゃ忙しいんだ」
「いえいえ、お時間はとらせませんって。もちろん、仲介していただいたあなたにも、それなりのお礼を……」
ゴンドラから身を乗り出して、ベファーナ・ディ・カルボーネが言った。
「それには、ちょっとお耳を……」
言われて顔を寄せてきた船員の耳に何かささやくふりをして、ベファーナ・ディ・カルボーネが吸精幻夜で彼を魅了した。
「商談するとしても、あなた方がどんな商品を取り扱っているのか教えていただきませんと」
他の者に気取られないように精一杯わざとらしい演技を続けながら、ベファーナ・ディ・カルボーネが訊ねた。
「――錦鯉でさあ。タシガンの好き者が、高く買ってくれるんで、奴らを使って捕まえるところで……」
「ほーう、どうやってです」
耳をそばだてているウィルネスト・アーカイヴスを見て、周囲に聞こえないように船員に顔を寄せながらベファーナ・ディ・カルボーネはささやいた。
「――そりゃあ、手っ取り早く生け簀を襲って強奪するんでさあ。なにせ、俺らは海賊だし。ついでに、少し湖に逃がしてやれば、必要経費は奴らが出してくれるって寸法で……」
抑揚のない声で、船員がぼそぼそと答える。
「交渉成立だ。私たちも一緒に船に行くぞ」
あまり内緒話を続けても怪しまれると、ベファーナ・ディ・カルボーネはわざと大声で言った。
★ ★ ★
「何かつかめた?」
「いや、ここではだめだろう」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の問いに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は首を横に振った。
朝からずっと聞き込みのし通しで、さすがに疲労の色は隠せない。
カジノで不審船に関して聞き込みを行ったのだが、こんな所で遊びほうけている人たちがそんな物を気にしているわけもなかった。
「やっぱり、変な船に関わるなんて無理なんだよ。いっそ、ここでスロットでもしていかない?」
セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)に、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)は言った。まったく別行動で聞き込みをしていたのだが、こちらもルカルカ・ルーたちと同様に空振りだ。
「だめじゃぞ。もっと真剣に探さねば。今度はあっちに行ってみるかのう」
そういうと、セシリア・ファフレータは、ミリィ・ラインドの手を引っ張った。
その頃、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と夏侯 淵(かこう・えん)は、倉庫街の方で聞き込みをしていた。
「何かつかめたか」
「だめだだめだ、俺の姿を見ると逃げる奴が多すぎる」
カルキノス・シュトロエンデはそう言って、肩をすくめた。まあ、完全武装のドラゴニュートにずんずんと詰め寄られたら、気の弱い者はさっさと逃げ出すだろう。
「それでも、何人か捕まえて、丁重に絞りあげたら、海賊の下っ端が何人か出入りしていたらしいというのは分かったぞ」
「ふーん、海賊かよ。こっちは、密輸船が近くに来ているって噂で、裏流通の奴らが賑わってるってらしい話は小耳に挟んだ」
「どっちが本当なんだ?」
「まあ、ルカと合流して相談するとしよう」
そうカルキノス・シュトロエンデに言うと、夏侯淵はカジノの方にむかって歩き出した。
「怪しい船ねえ。そういや、見慣れない船乗りが少し増えたような気もするが。まあ、ここじゃ珍しくないことだ。新しい船が来ているのは間違いないだろうけど、飛空挺じゃあるまいし、探しゃ湖のどこかにいるだろうよ。けどよ、ヴァイシャリー湖で一隻の船を見つけるのは、シャンバラ大荒野で走ってる一台のバイクを見つけるようなもんだぜ。むりむり」
ファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)の質問に、酒場の前でたむろしていた親父が、酒臭い息で答えた。
「そうですか」
「そんなことより、姉ちゃん、俺と少し遊……」
「悪い人はどこだぁ〜!」
親父がファルチェ・レクレラージュに手をのばしたとき、大声で叫びながら笹原乃羽が走ってきた。その怒濤の勢いに、思わず親父がひるむ。
「では、ごきげんよう」
その隙にさっと身を引くと、ファルチェ・レクレラージュはセシリア・ファフレータたちと合流すべくカジノへとむかった。
★ ★ ★
「何か、それらしい船は見つかったか?」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は小型飛空挺を湖上でホバリングさせると、同じように小型飛空挺に乗っているメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に言った。
「だめですね。情報が少なすぎます」
意気揚々と探索に出たものの、ヴァイシャリー湖はあまりにも広い。
状況から言って、生け簀襲撃の噂が絶えないところへ現れた不審船はものすごく怪しいが、不審船というだけでは、マストの本数も船の大きさも色も何も分からない。一応町で聞き込みは行ったのだが、曖昧な情報しか得られなかった。ちょっとでも怪しい船ということにしたら、それこそヴァイシャリー湖には何十隻といる。その上、本物の海賊船などはたいていは商船などに偽装しているから、それを見分けるのは至難の業だった。まさか、強行調査で一つ一つ乗り込んで調べるわけにもいかない。そんなことをすれば、自分たちの方が不審者として通報されてしまうだろう。
「でも、不審船というからには、見た目で怪しい船なんだよね」
エース・ラグランツの後ろに乗ったクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、素朴な疑問を口にした。
「まあ、単に、見慣れない船を見ただけということもありえますが……」
メシエ・ヒューヴェリアルが、もっともなことを言う。えてして、噂などそういうものだ。単純に、俺様が知らない船だったというオチは充分にありえる。
「とにかく、もう少し探すぜ。一時間後にまた落ち合うぞ」
「分かりました」
「頑張ってよねー」
そう言葉を交わしあうと、二台の小型飛空挺は離れていった。
★ ★ ★
「見えてきたぞ」
ゴンドラに乗っていた船員が、一隻のガレオン船を指さした。
ウィルネスト・アーカイヴスが、ゴンドラをそちらへとむける。
ガレオン船では、船員たちがのんびりと釣りを楽しんでいた、表面上は実に和やかに見える。
ゴンドラを寄せると、垂らされた縄梯子を上って、ウィルネスト・アーカイヴスたちは乗船していった。
「おい、ゴンドラを引きあげるから手伝え」
最後に緋桜ケイと悠久ノカナタが梯子を上ろうとしたときに、船員たちが上からロープを投げ下ろして叫んだ。和服では上りにくいと思っていた悠久ノカナタたちは、素直に指示に従って、舳先と艫にロープを結びつけていった。
「ほう、貿易をねえ。どういった物を扱っているんです」
船長と呼ぶには恐ろしく不似合いな、スーツを着た男が、雷霆リナリエッタたちを出迎えて言った。
「君たちが扱わないだろうと思っている物をすべてだよ」
「それは面白い」
ベファーナ・ディ・カルボーネの返事に、シニストラ・ラウルスが口許をほころばせた。
「とりあえず、今は錦鯉を扱おうかと思っているんだ。最近は、なぜか品不足でねえ」
「そうでしょうな。私たちもこのように釣りをしていますが、あまりかからない」
「野生の錦鯉なんていないんじゃない?」
雷霆リナリエッタが、二人の間に口を挟んだ。他にも、ウィルネスト・アーカイヴスとレイディス・アルフェインも興味深そうに二人の会話に耳を傾けている。
「はははは、その通りです。錦鯉は生け簀にいる物。捕まえるためには、生け簀から出てもらわなければ」
「何か、いい方法があるのだね?」
「そうですね。たとえば、今夜事故が起こって、錦鯉が大量に逃げ出すとか。たまさか、私たちが捕まえた魚が錦鯉であっても、何も問題はないでしょう」
「やっぱり、生け簀破壊犯はお前たちか!」
突然の叫び声に、多くの者が声の主を振り返った。
「悪は、このウィルネスト・アーカイヴスが……きゅう」
皆まで言えずに、ウィルネスト・アーカイヴスが気絶した。すぐ後ろに、彼の首筋に手刀を叩き込んだレイディス・アルフェインが立っていた。
「ネズミが紛れ込んでいたか。そのまま湖に放り込んでしまえ」
即座にシニストラ・ラウルスが、集まってきた船員たちに命令する。
「いいや、船倉にでも転がしておこうぜ。下手な所に土左衛門として流れ着かれても困るからな。重しを取りに岸に行くのも面倒だろう?」
童顔のレイディス・アルフェインが、精一杯悪ぶって言った。
ここでウィルネスト・アーカイヴスに暴れられても勝ち目はない。あまりに多勢に無勢だ。
「よし、放り込んでおけ。他にも、スパイがいるかもしれないからな、警戒は怠るな」
レイディス・アルフェインの意見を取り入れると、シニストラ・ラウルスが他の船員たちに命じた。
「なにやら物騒な雰囲気じゃない?」
雷霆リナリエッタが、ベファーナ・ディ・カルボーネに言った。
「時間をあらためよう。錦鯉を手に入れた頃にまたやってくる。そのときまた商談をさせてくれ」
ベファーナ・ディ・カルボーネが、シニストラ・ラウルスに言った。
「いいだろう。買い手が多いことにこしたことはない。明日、この場所でまた」
シニストラ・ラウルスは、暗に複数のバイヤーが絡んでいることをにおわせた。
「この場所でまた」
挨拶を交わすと、雷霆リナリエッタたちは自分たちのゴンドラで船を離れていった。
「さてと、もう少し掃除をするか」
シニストラ・ラウルスは、そう言うと、壁に立てかけておいた楕円形のボードを手に取った。
「なんだか、動きがあったようですわ」
久世沙幸と一緒に空飛ぶ箒に乗って上空から海賊船を監視していた藍玉美海は、望遠鏡から目を離して言った。
「大変、誰か捕まったみたい。レイディスやケイもいるみたいだから、すぐに助けに行かなくちゃ!」
言い切らないうちに、久世沙幸が空飛ぶ箒を海賊船にむけて降下させる。
「ちょっと、沙幸さん、うかつなことは……」
藍玉美海が注意しようとしたがすでに遅かった。
「今度から、そういうことは、俺に察知される前に言うんだな」
ブラインドナイブスで降ってわいたように現れたオオカミ型の獣人に言われて、二人はぎょっとした。だが、すでに遅かった。彼を上空まで運んでくれた飛行円盤(ディッシュ)から飛び降りたシニストラ・ラウルスが、二人の乗る空飛ぶ箒を蹴り落とすようにして乗っかってきた。獣人のたくましい腕にがっちりと頭をつかまれて、二人も諸共に落下していく。
「きゃああああ、ぐぶっ!」
「きゅう……」
そのまま甲板にごつんと二人の頭を叩きつけると、シニストラ・ラウルスはその反動で自分の衝撃を和らげた。クルリと空中で伸身の一回転をしてから再び甲板に立ったその姿は、オオカミの顔から先ほどのスーツ姿の青年に戻っている。
「こいつらも転がしておけ」
サングラスをかけ直しながら、シニストラ・ラウルスが命じた。
「了解したぜ」
気絶しているのが久世沙幸たちだと知って内心焦りながらも、レイディス・アルフェインは平静を装って彼女たちをウィルネスト・アーカイヴスを閉じこめた部屋へと運んでいった。
「おとなしくしていてくれよ。後で助ける」
ロープでぐるぐる巻きにされたウィルネスト・アーカイヴスにむかって、久世沙幸たちを運んできたレイディス・アルフェインは小声でささやいた。
「ぐわびぼいぶべんだぼばべば」
ウィルネスト・アーカイヴスは何か言い返したようだが、布で猿轡を噛まされていて言葉にはならなかった。
船内を移動しつつ、レイディス・アルフェインは、見つけた大砲に氷術でこっそりと蓋をしていった。これで、大砲を撃てば自爆、悪くしても火薬が濡れて戦力にはならなくなるだろう。
「てめえら、今のうちによく休んでおけ。夜になったら、好きなだけ暴れさせてやるからな」
そう叫ぶと、シニストラ・ラウルスは、船に乗る者たちを船倉に押し込んでいった。
「襲撃は今夜か……」
緋桜ケイはポケットの中で、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)あての携帯メールを打ち込んでいった。その手を、船員の一人がつかむ。
「しまった……」
「まったく、何人紛れ込んでやがる」
シニストラ・ラウルスが、ぼやくと同時にすっと動いた。素早く抜き放ったナイフを、あっという間に悠久ノカナタの首筋に突きつける。
「クッ……そうくるか」(V)
「っ、油断したか……。ケイ……すまぬ」(V)
「他にいるなら名乗り出ろよ、今なら寿命を一日だけのばしてやるぞ」
シニストラ・ラウルスが言った。そんなことを言われたら、誰も自白するとは思えないが、それは気にしていないようだ。
「さっさと、魚の餌にしちゃえばいいのにゃ」
シス・ブラッドフィールドが、前足で顔を撫でながら冷たく言い放った。
「なんだ、お前は」
他人のふりをするシス・ブラッドフィールドに、緋桜ケイがこれまた他人のふりをして言った。後に、緋桜ケイは、あのときのシス・ブラッドフィールドは本気だったと語っている。
「猫にゃ」
シス・ブラッドフィールドが、そらとぼける。
「本当になんなんだ、お前は。なんでここに猫がいる」
「鯉を食べるために決まってるにゃ。さあ、早く生け簀を壊すにゃん」
よだれを拭く仕草をして、シス・ブラッドフィールドがシニストラ・ラウルスに言い返した。
「せっかちな奴だ。まあ、いい、もうちょっと待っていろ」
「あいにゃ」
シス・ブラッドフィールドを見送ってから、シニストラ・ラウルスはちょっと考え込んだ。ヴァンガードエンブレムをつけていたような気がするが、今のところ侵入者という感じもしない。
「まあ、お嬢ちゃんのことは、まだ知られていないはずだ。獣つながりということで、手駒として飼っておくか」
シニストラ・ラウルスは、そうつぶやいた。
★ ★ ★
「ぐぞ、ばんぼがびばびど」
ウィルネスト・アーカイヴスと緋桜ケイと悠久ノカナタは、ロープでぐるぐる巻きにされた上に猿轡を噛まされて船室に転がされていた。久世沙幸と藍玉美海はまだ気絶したままだ。
下手に動かれて魔法など使われては大変だからと、何もできないように念には念が入っている。
「ごげ、どべ」
悠久ノカナタが、思いっきり緋桜ケイに頭突きを食らわせた。
「ばび?」
何事かと、ウィルネスト・アーカイヴスが目を見張る。
「ばばぶだ」
反撃するように、緋桜ケイが悠久ノカナタの頭に自分の頭をぐりぐりとすりつけた。悠久ノカナタの整えられていた髪がぐちゃぐちゃになり、その中から一枚の紙がひらりと床に落ちた。
「べばじだ」
悠久ノカナタが床を這い進んで、床の上の紙片に額をすりつける。顔をあげると、皺の寄った紙片が、悠久ノカナタの額に張りついて床から持ちあがった。とはいえ、一時的なことで、すぐに剥がれて落ちてしまう。ところが、床に落ちる前にその紙片は変形して、小さな折り紙のドラゴンとなった。
「ぶべ!」
悠久ノカナタが念じると、紙ドラゴンは仲間の許へと飛んでいった。
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