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嘆きの邂逅~離宮編~(第1回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第1回/全6回)

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第3章 備え

 百合園女学院の校庭と体育館では、志願した白百合団員と百合園生を中心に、武器の取り扱いの実習や武術の訓練、総合的な講習が行われていた。
「どんな状況であっても速やかに負傷者を回収して安全な場所まで退避できるようにすること」
 教導団の月隠 神狼(つきごもり・かむろ)は、一般の百合園生達に救護について教えていく。
 1人で、自分より体格の大きい人物を運ぶ方法。
 2人で担架などを利用する方法。担架なしでもっとも迅速に運ぶ方法。
 3人で運ぶ方法等、怪我人の状態による搬送の仕方や簡易な担架の作り方も交えて教えていく。
 百合園生の中には、制服姿で参加している者もいて、危機感の薄さも感じられた。
 そんな子にも神狼は熱心に繰り返し繰り返し教えていく。
「混乱した状況でも指示が通りやすいように、仲間内で簡単な合図を決めておくといいかもね。全体的な合図は隊長が決めると思うけど。『良好』『警戒』『即時撤退』くらい、短く単語で状況を伝えるようにね。指示が上手く通らなくてごたごたしちゃうってのは、避けたいからね」
「はい」
 百合園の女の子達は素直に聞いて指示に従っていく。
「結構厳しい訓練してるんですね……」
 その側で、蒼空学園の六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、白百合団員の槍術訓練に混ざって共に汗を流していた。
「副団長がいる時は、もっと厳しいんですよ」
 隣で訓練を行っていた白百合団の少女が、荒い呼吸を繰り返し、苦笑を見せながらそう言った。
「基礎の繰り返しこそ、いざという時に即座に体が反応できるように出来きますので。地味ですがしっかり身につけるよう頑張りたいと思います」
 突きの訓練を終えた教導団のグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)は、ハンドタオルで汗をぬぐい、簡易テーブルに置かれている紙コップにお茶を注いでいただくことにする。
「銃火器以外のこういった槍などの基礎訓練は白百合団の方が充実しているかもしれませんね」
 グロリアは共に訓練を行っていた白百合団員と微笑み合う。
 白百合団では任務によって班編成が行われるのだが、戦闘系の任務の場合、騎士班、剣士班に分かれて戦闘を行うことが多いらしい。騎士班の武器は槍、剣士班は剣を扱う班だ。
 少し休憩を入れた後、グロリアは再び基礎訓練に戻り、優希はパートナーのミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)と共に、今度は離宮での戦闘を想定した混合部隊の訓練に混ざることにした。こちらには他校生も沢山参加している。
 2つの班に分かれて、実戦を想定した訓練が行われており、優希は前衛、ミラベルは後衛に混ぜてもらう。
「実戦だと思って、頑張りましょう」
 そう声をかけて、優希は仲間達にプロテクト系の魔法をかけていく。
 続いて、チェインマストを使って、敵に攻撃を。無論、武器といえるほどの武器は装備していない。
 怪我人が出てしまったのなら、逆に戦力が減ってしまうから。
「そこですわ!」
 ミラベルはペイント弾を撃ち放ち、敵側の契約者達を赤く染めていく。

「うわ……なんか、凄いね」
「あれって、お洗濯したら落ちるのかなあ」
 校庭で行われている実戦訓練を見て、百合園生達はそんな感想を漏らしていた。
「射撃訓練やる人はこっちに集まってね」
 教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)が一般の百合園生達に声をかける。
「はい」
「私にも教えて下さい」
 体操服に着替えた百合園生達がパタパタとルカルカの方へと走ってくる。
「こちらの銃はレンタルよ、貸すだけ。申し訳ないけど後で返してね。名前と所属、サインをお願いします」
「はい、お借りします」
 百合園の女の子達がそれぞれ気に入った銃を選び、ルカルカが用意した紙に所属と名前を書いていく。
「爆薬や手榴弾は持ってこれなかったけれど、ヴァイシャリー軍が多少用意してくれると思うわ。どの程度持っていけるかどうか分からないけどね」
「はい。私達は前線には出ないけど、土の中に埋まってる爆弾とかに注意するために覚えておかなきゃね」
「土の中に埋まってたら、そもそも見えないと思うの」
「あ、そっかー」
 そんな会話をしながら、微笑合っている百合園生達の姿に、ルカルカは軽く苦笑した。
「銃を扱ったことのない者は1人ずつこちらへ」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が百合園生に声をかけると、明るそうな少女が真っ先に借りた拳銃をもって発射台の方へと歩く。
 手を伸ばして、銃口を的の方に向け、足を引いて撃とうとする彼女に、クレアは後ろから近づいて両の肩に手を置いた。
「拳銃は両手で構えて。逃げ腰にならない」
「は、はい」
 ごくりと唾を飲み込んで、少女は引き金を引いた。
 大きな音と共に衝撃が走って、少女は後ろに吹っ飛んだ。が、クレアが覆うように少女を支える。
「びっくりした……。あ、ありがとうございます」
 銃を台の上において、腕をさすりながら少女はクレアに礼を言う。
「銃は離さないように。それから、どれほど威力があろうと自分の力量にそぐわない銃器は逆に危険だ。離宮に行く際にはもっと衝撃が少ない銃を装備してもらうことになるが、片手で撃とうとしたり、変な姿勢で扱うと怪我に繋がるということを念頭に入れておいてくれ。水鉄砲とは違うぞ」
「腰を入れて、脇を締めて、基本守らないと肩砕けるわよ」
 クレアとルカルカがそう言うと少女は急いで銃に手を伸ばして持ち上げる。
「はい」
 返事をすると、複雑な表情で後方に下がった。
 凄く素直な生徒ではあるが、教導団がメインで貸し出すアサルトカービンなどを扱えるようになるにはかなりの時間が必要そうだ。
「一般の百合園生は救護活動に動くそうだが、それでも護身の為に小型の銃はきちんと扱えるようになっておかないと、自分達が救護される立場になってしまうぞ」
 クレアは戦いの厳しさを知らない百合園生達に、引き続き銃の扱い方、暴発の危険性、携行の際の注意点など細かな注意も交えて教えていくのだった。
「富士丸ー……」
 体育館に姿を現し、教導団員から指導を受けている百合園生達を目に、神狼もまた複雑な表情を浮かべていた。
「私さ、正直なところね……できれば普通の百合園の子達は出てきてほしくないな、とかちょっと思ってる。だって、いくら救護に長けてるっても、武術に長けている子も、あくまで普通の子達だもんね……ちゃんと帰る家もある、待っててくれる家族もいる。本当なら寺院とか闇組織とか関わるはずのない世界だと、思うんだけど……」
「……百合園学園……確かに、お嬢様学校として名高い学校ではあるな……当然、そこに通う生徒達は自分達のような、戦場を渡り歩くような殺伐とした世界とは無縁だろうな……寺院との争いやら……関わらずに済めば、それに越したことはない……」
 虎堂 富士丸(こどう・ふじまる)の返答にこくりと頷いて、神狼は百合園生達の姿を眺めていく。
「だが……関わるか否かは、強制されたものなのか……? この娘達が自ら志願したのなら……その気持ちは尊重すべきじゃないだろうか……お嬢様だからと、何もかも他人任せで待っていろなどと思うのは、彼女達の気持ちに対して失礼ではないか……?」
「そうだね」
 と言って、神狼は軽く笑みを浮かべる。
「百合園の子達を過小評価しすぎ、なのかもしれないね。帰る家も、待っててくれる家族もいるからこそ自分達で立ち上がらなきゃいけないのかもしれない。そういう気持ちで今ここに来てくれているなら、私も精一杯応えないとね」
 自分の言葉に、自分で頷いて神狼は百合園生達の元に歩き出す。
「さ、湿っぽい話はここまでにして、みんなでちゃんと帰ってこれるよう、訓練訓練ー!」