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リアクション
第1章
「であるから、根本から解決策を求めなくてはだめであろうと我は思うのだ」
『月刊世界樹内部案内図』の編集長を前にして、藍澤 黎(あいざわ・れい)は力説した。
「そもそも、閉鎖空間である世界樹の内部で迷うということは、方向感覚をつかみにくいということに起因しているのではないだろうか。特に、水平レベルで似たような構造であろう世界樹では、垂直方向における自己の位置が問題となると思う。であれば、まず垂直方向に各フロアを色でブロック分けし、さらに東西南北で花などの記号で誰の目にも分かりやすく……」
「それを誰がやるんだ?」
デスクに足を投げ出して、編集長が訊ねた。
「もちろん、我とじゃわが……」
当然のように、藍澤黎は答えた。
「世界樹の大きさを分かって言っているのかね」
編集長は、軽く頭をかかえて見せた。
現在の世界樹の全高は一千メートルを超える。主幹部分だけでも八百メートルはあるだろう。急激な形状変化によってシルエットも変化し、現在は幹の直径は百メートル強、枝部まで含めた直径は五百メートルを超える。枝は居住部や施設を含む部屋として使用可能な部分だけでも数百本、そこからまた枝分かれした部分が複雑に絡み合い、樹形としては長球状の枝葉のドームを形成している。主幹部は内部に数々の部屋が存在し、それらは有機的に繋がっている。一見すると巨大な雑居ビルを想像してしまうかもしれないが、実際には積層構造的な蟻の巣という感じが強い。あくまでも、世界樹は生きているのである。その内部には、根から吸い上げた水分や魔力を全体に循環させる維管束が無数に走っており、それを完全に切断する形では内部施設は存在していない。ただし、地球の常識から見たら何もかもでたらめな世界樹のことである、内部にいる者の感覚は、ごく普通の建物にいると感じられるらしい。
「それにしたって、一フロアが高さ五メートルとしたって二百フロア、さらに一フロアは約八千平米。半分は幹だとしても、枝部分を入れれば、のべの広さは軽く一平方キロメートルを超える。分かるかい、この広さの意味が」
編集長はそうは言うが、言われただけではピンとこない。一平方キロメートルとは、有名な遊園地の二つのエリアをまるまる合わせたほどだと言えば、ますます混乱するだろうか。
だいたい、この概算があっているかどうかも怪しいというのが世界樹というものであった。まさに枝葉の部分までは、把握すら難しいのが実情だ。だからこそ、月刊で地図を売るなどという商売が成り立ったりすのである。
とにかく、軽く小さな町に匹敵する広さなわけだ。それをマークなどで色分けするなんて、編集長から言わせたら正気の沙汰ではない。
「それでもやりたいって言うんなら、そこにシールがあるから好きなだけ持っていきな。なんでも、新しく国を造ったので、地域分けや部隊分けでシールを配るとかなんとか言われて印刷を請け負ったんだが、クライアントがばっくれやがってよお。依頼主は現在指名手配中だとかなんとか。ちょうど処分に困ってたから、好きに使っていいぞ」
「それはありがたい。さっそく我の考えを実証するとしよう」
嬉々として、藍澤黎はパートナーのあい じゃわ(あい・じゃわ)と一緒に、持てるだけのシールをかかえて世界樹へとむかった。
「やれやれ、遭難したっていうメイドといい、世界樹をなめてる者の多いことよ。まあ、だからこそ、俺たちの商売も成り立っているんだが。おーい、それで、捜索の方はどうなってるんだ?」
「捜索隊は、すでに集合していて、これから我が社のバイトたちと一緒に迷子のメイドを捜すそうです」
予備のバイトに連絡してゴチメイ捜索隊を手配した編集者が、そう編集長に答えた。
「そうか。二次遭難だけはするなと言っておけよ。もっとも、迷う奴が多ければ多いほど、うちの雑誌は売れるってわけだけどな」
ちょっと複雑な心境で、編集長は独りごちた。
★ ★ ★
「だれもいないのですよ」
辿り着いたイルミンスール魔法学校のエントランスを見て、あいじゃわが少し寂しそうに言った。ゴチメイ隊にいるジャワ・ディンブラに会えるのを楽しみにしていたようなのだが、残念ながらエントランスの前に彼女の姿は見あたらなかった。捜索隊として集まっているだろう学生たちも、すでに世界樹の各地に散ってしまった後のようである。
「なんだ、あんたたち、今ごろ来たのかい。もうみんな出発しちゃったよ」
エントランスに個人的な捜索本部を造って待機していたメイコ・雷動(めいこ・らいどう)が、のんびりとやってきたかに見えた藍澤黎たちを見て言った。
「そちらは、そなたたちに任そう。我らの使命は、明日の世界樹の安全なのだ。行くぞ、じゃわ」
「にゅい!」
元気よくあいじゃわが答えて、てててててと足音も楽しくイルミンスール魔法学校の中へと入っていく。
なんなんだと唖然とするメイコ・雷動をその場に残して、藍澤黎たちは中央階段を上にのぼっていった。
てててててててて……。
「このあたりでよいであろう。やるぞ、じゃわ」
「あいあいじゃわー」
あいじゃわが、きりっと敬礼する。
そんなあいじゃわの全身に、藍澤黎はぺたぺたとシールを貼りつけていった。粘着面を外側にし、印刷面に米粒をつけてあいじゃわの全身に貼りつけていく。
「準備完了であるな。今こそ我らの真の力を見せつけるときである。ゆけ、じゃわ!」
「いくですよ。あじゃわあたっくぅぅぅぅ!」
あいじゃわが、ポーンと階段に身を投げ出した。ゆる族の特殊な着ぐるみが驚くべき弾性を発揮する。あいじゃわはそのままスーパーボールのように大きくはずむと、世界樹の中の階段や通路の内壁にポンポンとめまぐるしく跳ね返りながら、身体につけていたシールを驚くべき早さでぶつかった所に貼りつけていった。
「すばらしいぞ、じゃわ。この調子で、世界樹の中をすべてシールで区画分けしていくのだ。きっと、我らの名は、後世までイルミンスールの救世主として伝えられていくであろう」
ゆっくりとした足取りであいじゃわを追いかけながら、藍澤黎は勝ち誇った。
★ ★ ★
第2章
「では、これより遭難者の捜索を始める」
エントランスに集まった学生たちを前にして、天城 紗理華(あまぎ・さりか)は大声で言った。
「今回、月刊世界樹内部案内図編集部の記者たちには、腕章により自由に世界樹内の通行を許可するが、だからといって逸脱した行為は行わないように。特に二次遭難は絶対に禁止する」
これ以上いらぬ手間を増やされてたまるかと、天城紗理華は声を張りあげたが、他校の生徒たちはまじめに聞いてはいないようだった。
「はあ、端から無理かあ」
天城紗理華は、呆れて溜め息をついた。
「他校生までいては収拾がつきません。ここは、早く散らしてしまった方がいいと思いますが」
アリアス・ジェイリル(ありあす・じぇいりる)が、天城紗理華に助言した。
「しかたない。とにかく、面倒はかけないように。では、捜索開始!」
その声を待ってましたとばかりに、学生たちが思い思いの場所に散っていった。
「ははは、馬鹿ばっかだぜ。お宝を見つけるには、目星ってもんをつけるのが一番だってえのによ。なあ又吉よ」
「そのとおりだぜ、武尊」
三毛猫姿のゆる族である猫井 又吉(ねこい・またきち)が、国頭 武尊(くにがみ・たける)の言葉に思いっきりうなずいた。
「相手は、なんでも珍しい光条兵器を持ってるっていうじゃねえか。それを捜せば一発ってもんよ。さあ、さっそくトレジャーセンスだぜ」
「あいよ!」
国頭武尊と猫井又吉はむかい合うと、両手を前に突き出してなにやら怪しいポーズをとり始めた。
「うー、光条兵器、光条兵器……」
精神を集中するが、今ひとつ感触がない。
「あんたたち、何をしてるのよ」
初っぱなから不審な行動をとっている国頭武尊たちに、当然のように天城紗理華が声をかけてきた。
「だから、光条兵器をトレジャーセンスでだなあ」
「それって、実体化していない物でも感じとれるの?」
「えっ……」
天城紗理華の言葉に、思わず国頭武尊と猫井又吉が顔を見合わせた。そういえば、光条兵器にはまだ謎の部分が多くある。普段どこに光条兵器がしまわれているのかも微妙に謎である。
一端疑問を持ってしまうと、感覚がさらにぼやけてしまった。
「ええい、こまけぇこたぁいいんだよ! 何となく上だ、上行くぞ」
まさに野生の勘に頼ると、国頭武尊は猫井又吉を連れて上への階段をめざしていった。
「まさに、なんとかは高い所にのぼりたがるってとこね。何もしでかさないといいんだけれど」
国頭武尊たちを見送りながら、天城紗理華は嫌な予感にかすかに眉根を寄せた。
★ ★ ★
「おばさん、それください」
ごった返す購買でソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は手をのばしたが、人垣で棚まで手が届かない。
「どっせぇい。おばちゃん、これくれ」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が巨体で人をはねのけ、がっつりと『月刊世界樹内部案内図』をつかみ取った。
「ほれよ、御主人」
「もう、ベアったら。私、そこまで子供じゃないです。でも、ありがとう」(V)
投げ渡された雑誌を受け取って、ソア・ウェンボリスがお礼を言った。
「さあ、行こうぜ」
「うん」
うながされて、ソア・ウェンボリスが小走りで歩き出す。
「御主人、ちゃんとついて……、あー、また迷子かよ!」
一瞬目を離した隙に姿が見えなくなったソア・ウェンボリスに、雪国ベアが頭をかかえた。
「騒がしいことだぜ。こちらも捜し始めるぞ、クレア」
雑誌を手に、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)に声をかけた。
「うん、おにいちゃん、頑張ろうね」
本郷涼介の手をとって、クレア・ワイズマンが答えた。
「さて、とりあえず、チャイさんとやらから捜すとするか」
そう言うと、本郷涼介は雑誌の上でダイスを転がした。一の目が、上を指す。
「よし、こっちからだ」
本郷涼介は、上への階段へむかった。
「お待たせ、ねーさま。ちゃんと雑誌買えたよー」
久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、丸めて持った雑誌を片手に、藍玉 美海(あいだま・みうみ)の所へ戻ってきた。
「うーん、地図に頼るのもいいですけれど、迷い子を捜すのですから、直感に頼った方が早く見つかると思うのですけれど」
「だめだよ、ねーさま。そういうことだから、迷子になるんだから。ここは、留美の所へ行って、ちゃんと道案内してもらうんだもん」
「失礼ですわね。いつわたくしが迷ったというのです? さあ、早く行きましょう」
「ねーさま、そっちは地下への階段だよ。寮はこっちの枝通路だよ」
「わ、分かっておりますわよ」
クルリと踵を返すと、藍玉美海は、久世沙幸を追い越すようにして歩き始めた。
「やれやれ、凄い人気だ。肝心のマップを買うのも一苦労だな。ほら、クエスの分」
人混みをかき分けて購買から戻ってきたウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が、エントランスで待っていたクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)に、買ってきたばかりの雑誌を渡した。
「わあ、ありがとう」
「では、それは、私が」
クエスティーナ・アリアが受け取った雑誌を奪い取ると、サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が、ページを広げて現在位置を確認した。
「それにしても、学校自体が迷宮というのもおもしろい物だな」
「ええ。でも、植物であるのなら、一定の法則のような物があってもいいはずですが、なにしろ世界樹はでたらめな存在のようですから」
ハンドヘルドコンピュータに地図データをインプットするウォーレン・アルベルタに、サイアス・アマルナートは言った。
横から雑誌をのぞき込んで、クエスティーナ・アリアも、自分のハンドヘルドコンピュータにデータをインプットしている。
「成長とともに、部屋がくっついたり離れたりするんでしょうね」
二人から、ちょっと距離をおく位置に立ちながら、ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)が言った。
「どっちにしろ、俺たちの歩いた後に地図ができるんだぜ。それがマッパーの醍醐味というもんだ。さあて、くんくん、こっちの方が怪しいな。さっさと行こうぜ」
超感覚を全開にして、清 時尭(せい・ときあき)が走り出した。
「ここ、怪しいかも……」
購買横の小さな扉を指さして、清時尭は言った。
「隠し通路か何かかな?」
ちょっと安直かなと、メモをしながらウォーレン・アルベルタは小首をかしげた。
「きっと、秘密の資料室に……」
「こら、うちの物置に勝手に入ろうとするんじゃないよ!」
扉の取っ手に手をかけた清時尭を、購買のおばちゃんが怒鳴りつけた。
「あらあらあら……。ごめんなさい。さあ……上に行きましょう」
やんわりとごまかすと、クエスティーナ・アリアはぞろぞろと男たちを引っ張ってその場から逃げ出した。
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