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葦原の神子 第1回/全3回

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葦原の神子 第1回/全3回

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5・無灯

 漆黒の着流し姿の侍が一人歩いてくる。ひょろっと細長い。
 この日は晴天である。春の暖かさで桜の花が一刻ごとに開花している。帯刀せず、ふらふらと歩いている侍は花見帰りか、酒に酔っているようでもあり、武装した兵士たちは油断していた。
 不思議といえば、この男の顔を見ることは出来ないことだ。男の周囲では光が妙な屈折をしている。ふらふらと隊列によろめく侍。兵が咎める。その刹那、バタバタと兵が倒れた。首が飛んでいる。


「八鬼衆、無灯。ナカラ道人の末裔。契約していた剣の花嫁が死んだ際、狂気と共に不可視の光条兵器・無光剣を操る力を得る・・・」
 城の書庫では、諸葛亮孔明が古文書を読み解いている。


 明倫館のニンジャ、月見里 さくら(やまなし・さくら)は先鋒の大軍の中に紛れていた。名前だけを見ると女性と勘違いされるが、少年である。突然始まった殺戮に、隠形の術で姿を隠し、光条兵器の黒い刃の日本刀を取り出す。
 よろよろと歩く侍を見る。その周囲で兵が切り刻まれる。しかし、当の侍は両手をぶらぶらさせ視線も虚ろに隊列の中を彷徨っている。
「ちくしょう、何が起こってるのかわかんないぜ、よし、まっすぐ行くか」
 全てが不可解なのだ。まっすぐ攻めるしかない。
 さくらは、日本刀を構えると侍に向かってまっすぐ突進した。
 頭上に風を感じ、咄嗟に刀で受けるさくら、手ごたえがある。さくらに向かってくる剣が頭上にある。
 さくらは、風に音を頼りに見えない剣と戦っている。さくらの喉元にスッと赤い血筋が起こる。傷は浅い。刀先が掠めたようだ。
「ちきしょう、見えねーぞ」
 さくらは、風と幽かに見える光の屈折を頼りに、無光剣と自分の剣を交えている。

 シャンバラ教導団前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)は、侍の動きを見ていた。人々を惨殺した得物が刀であるのなら、侍が何らかの力で刀を動かしているはずである。
 侍の動きを見れば、刀の動きも予測できるのではないか、風次郎の思惑をあざ笑うように、侍は飄々と先鋭隊の中を歩いている。剣を抜いて飛び掛るものは、腹を切られ首が飛ぶ。
 光の屈折で剣らしき者が、かの侍を取り巻いているのが見えた。
 幼い頃から剣術と体術を道場主の父親から叩き込まれている風太郎は、男の周りに無数の剣が光を吸収し浮いているのを感じ取った。
「剣は無限に存在するのだろうか」
 さくらと対峙する無光剣が、彼の脇腹を薙ごうと構えに入ったことを風太郎は、感じ取った。
「助太刀いたそう」
 光条兵器の両手持ちの大鉈を無光剣に投げる風太郎。
 光を吸収して姿を消している魔剣を捕らえる。その一瞬を捉えて、さくらが剣の柄を切る。
 地面に魔剣が突き刺さった。その姿を現す無光剣。急速に光を失って、そのまま粉塵となって散る。
「すまない、助かったぜ」
 二人は、背中を合わせるように剣を構える。まだ、複数の無光剣がいるのだ。

 ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)は、隊列から離れて歩いていた。メイド衣装で女装し、半分に割れた狐面をつけた姿は少女にしか見えず、陽気に誘われて花見に来た酔狂なお嬢様と誰もが思っただろう。
 連れの柳生 三厳(やぎゅう・みつよし)は、日本歴史に名のある柳生一族の中でも、特に名高い柳生十兵衛三厳を名乗る英霊である。
 小柄で愛らしい容貌だが、剣豪十兵衛を名乗るだけあって、剣の腕前は確かだ。二人とも、柳生新陰流を使う。
 前方での騒ぎに、顔を見合わせる二人。
 ユウはヒロイックアサルト「柳生新陰流」を、三厳は綾刀を構え、駆けつける。

 黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)は、葦原明倫館を見学に訪れて、この騒動に巻き込まれた。
「思ったよりローテクだねぇ…。」
 にゃん丸が明倫館を見ての感想である。
 仙台藩黒脛巾一族の流れを組む現代忍者として、伝承が途切れた忍術の代わりに、ハイテクと近代兵器を巧みに組み入れた現代忍術を学んできた。
 にゃン丸には、自らが学んだ現代忍術がかつてのものに勝っているとの自負がある。
 にゃン丸は、隊列には加わらず、小型飛行艇で空から援軍として参加した。
「敵の目的が祠の封印にあるのなら、八鬼衆は囮なのでは」との推測からだ。
 飛行艇から見る地上は、さながら地獄絵であった。ふらふらと所在なく歩く侍の周囲で次々と雑兵が血を吹き倒れていく。
 ショットガンで狙いを定め、侍を撃つ。敵の周囲で光が屈折する。銃弾はことごとく刃で返される。
「しかし見えないといっても所詮は刀!それに、なまじ腕がいいってのは、慢心につながるのさ」
 装備した芋虫の粘液を投げつける。
「刀は、複数あるのか」
 いくつかの刀が、粘液によって姿を現す。光条兵器のようだ。
 上空から煙幕ファンデーションを投下。これで敵も視界を奪われるはず。
「こっちだけ見えないってのは、不公平だろ?」
 この攻撃で、地上では刀の全貌が明らかになった。光を奪われたことで、刀が姿を現したのだ。

 さくらは、侍の周囲を取り巻く刀を見て呟く。
「侍が刀を使うんじゃないんだ。刀が侍を護っているんだ」

 侍・無灯が立ち止まった。
「美津…」
 焦点が合わない呆けた無灯の視線が、にゃン丸の攻撃よって姿が現れた一つの無光剣に止まる。
「そちは、まだここにいたのか」
 剣には気高き女の姿が映っている。
 女を見て、無灯は正気を取り戻したのか。彼の以前の名であった、武藤の記憶を取り戻している。
「美津、すまない。かつて見殺しにした拙者にまだ念を残してくれていたとは」
 宙に浮かぶ剣を抱く無灯。
 頬に胸に、刃が当たり、血が流れ、無灯の足を伝う。
「さあ、共に戦おうぞ、今度は拙者も一緒に冥土に旅立つ」
 無灯の目に光が宿る。
 隊列から離れ、急な斜面を走る無灯。剣もまた共に走る。
 その無灯を皆が追う。

 追う風次郎とさくらに、無数の剣が襲い掛かる。
 それぞれ、構えを取る。
「もしや、全て死した剣の花嫁なのだろうか」
「わかんねぇ、だけど、こいつらを倒してやろうぜ。粉塵に戻してやれば、成仏できる」
 背中越しに話す風太郎とさくら。
 向かってくる無光剣に立ち向かう。

 ユウは、超感覚(黒猫耳、尻尾、片目が猫目)で野生の聴覚、視覚を活用し不可視の刀の正体が、現世に心を残す剣の花嫁だと確信した。
 三厳は、正気を取り戻した無灯が剣を構えるのを待った。
 だらりと提げて全く構えを取らず、無灯の前に歩み寄る三厳。
 間合いがつめられる。
 無灯が剣を振りかざす。その力を受けて三厳の剣が動く。刹那、倒れたのは無灯だった。
「まあ良い。美津、最後にお前を血で汚さずに済んだ。礼を言うぞ」
 三厳の剣は血に染まっている。息絶える無灯。
 その瞬間、風太郎とさくらを取り囲んでいた剣も力を失った。


 一同は、すぐ目の前に祠があることに気がつく。




6・援軍

 先鋭隊苦戦の知らせはすぐに城に届いた。
「この戦はなんとしても勝たなければ・・・わっちも行くでありんす。支度を!」
 ハンナは兵士の士気を高めるためにも、自ら出陣することを決意した。
「総奉行にお目通りを希望するものが御座います」
 アメリカナイズされたオリジナル甲冑を身に纏うハンナに、従者が耳打ちする。
「怪しい面々なれど、見るに人品確かかと。総奉行に献上品を持参したとのこと」
「なにやら面妖なことをいうでありんすぇ、まあここに」
 従者に連れられハンナの前に来たのは、四名の波羅蜜多実業生徒だ。
 まず、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)だ。
「「強敵八鬼衆に対抗するため、ハイナ総奉行の士気鼓舞のためこのパラ実必勝越中褌をつけて戦って頂きたく馳せ参じました」
 作法に則り口上を述べるナガンは、白さらしに白六尺褌姿、シャンバラ旗を持参している。
 さてその次は、サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が同じ白サラシと褌の格好で控えている。
「微力ながら同じ平和を願うものとして馳せ参じたッス!」
 続いて次に控えし、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が前に出る。
 着ていたツナギを華麗に脱ぎ捨て、褌姿になる竜司。その肉体美を見せ付けるように、
「オレがモヒカン力士の竜司だ!スモウレスラーとしての実力をお見せしに参った」
 さてどんじりに控えしは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)。白い割褌とさらしのみを身につけている。
「俺はこの学園の生徒じゃねぇ。だがな!この侍魂は本物だ!俺等に護衛を任せてほしい」

 ハンナは既に甲冑を身に着けている。
 差し出された赤褌を手にとり、礼を言うハンナ。しかし、
「既にわっちは褌でありんすよ」
 当惑している。
「パラ実伝統の勝負事に勝つと言われる必勝赤フン、是非とも」
 ナガンが声を張ると、
「今後の戦いの士気向上の為にも、私がお持ちした勝負事には欠かせないパラ実伝統の赤フンを是非締めて欲しいッス!」
 サレンがにじり寄る。
「弐心無きことを証明するためにも、私が先に赤褌に締め直すッス」
 大和魂を掲げる四人衆のお色気担当だけあって、潔い。ナガンを手伝いとし、褌を白から赤に締め直す。
「わっちは嬉しいでやんす、しかし葦原藩にも伝統の褌がありんすよ、この赤褌はそなたらとの絆として受け取りましょう」
 ハンナは上機嫌だ。
「パラ実の猛者の出陣で兵の指揮も高まるでしょう。出陣は、半刻後でありんす。」
「きっと褌同士通じるものがあるはずッス!がんばっていくッスよー!」
 サレンは、赤褌に力を入れる。
「仕方ねぇな。このモヒカンリキシ様がてめぇの護衛をしてやるよ。ま、共闘ってやつでも構わねぇけどな、グヘヘヘヘ」
 竜司はハイナが気にいたのだ。
「は!いい修行になりそうじゃねぇか!ま、今回は守る事に専念させてもらう!俺らに任せておけ」
 ラルクの言葉は頼もしい。
「ところで、何が封印されているんだ」
 ナガンがもっともな質問をする。
「ナカラ道人。魔女でありんすよ。それも不幸な。」
 ハンナが答えた。

 その後の出陣でパラ実の大和魂を掲げる四人は、ハンナ総奉行を取り囲むように兵に混じり祠を目指した。
 鎧甲冑を身に着けず裸に褌姿の四人は異形だが、歴戦を物語る刀傷や鍛え抜かれた体は、特別な能力を持たない雑兵の目には、心強い。
 これから戦う奇怪な魔物も彼らなら、捻りつぶしてくれるにちがいない、兵たちは感じている。
 ぶんぶん持参した旗を振り回す、ナガンにも畏敬の目が向けられる。

 時間は遡ってー。
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)を伴って、房姫とハンナに面会を申し込んでいた。
 カンナ様親衛隊でもあるイーオンは、何やら密命を受けているようだ。
「今回の事件、不足している情報が多すぎる。それについての補填を行うべきだと判断した。わかっていることだけでいい。それを前線へ送りたい」
 取次ぎに出てきた従者に告げるイーオン。
 口調は硬いが、礼儀に則り口上を述べるイーオンに従者の覚えは良い。
 要人警護のスキルを持つ機晶姫セルウィーは、イーオンの背後に控え、常に周囲に目を配っている。
 先鋭隊が祠に着く前に足止めされた情報で、ハンナと房姫は策を練っていた。八鬼衆に関して、二人は知っているとも知っていないともいえる。ナカラ道人に関する知識は、この5000年間封印されてきた。祠を護る武士でさえ、何が眠っていたのか知らぬものも多かった。ただ、今回の騒動は既に5000年の昔から予知されていた。多くの情報は、人目を避けるように分散され、書物や伝承として伝わっているはずである。
 イーオンの訪問を受け、房姫は重い口を開く。
「本来ならば葬るべきナカラ道人を陵山に封じ込めることしか出来なかった我が先祖は、口惜しかったと思いますの。八鬼衆は、ナカラ道人の末裔。封印を護るためにも、我が精鋭で八鬼衆を何としても倒さなければなりません」
「我がパートナー、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)がイルミンスール図書館で、情報を収集している。お役に立つとよいが」
 頷く房姫。
「明倫館の書庫でも、ありがたいことに多くのものが葦原明倫館を助けるためにはせ参じ、古文書を読み解いておりますわ。多くの情報は、今、書庫に集められています」
 面談のあと、イーオンとセルウィーは房姫の許可を得て、書庫に向かう。
 書庫では、ジョシュア・グリーンがイーオンらを出迎えた。
「ボクのパートナー、神尾 惣介(かみお・そうすけ)は祠近くで待機してるんだ。ここで得た情報はソースケに電話で伝える手筈になっている。イーオンさんの知識もここで集めてくれると嬉しいな」
「ではこの書庫に、不足している情報が眠っているのか」
 イーオンの問いに、
「さっき、蟲籠が狙ってきたからね、何か秘密があるのは確かだよ」
 イーオンの電話がなる。
「我が友が、この葦原明倫館へ向かっている」
 電話は、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)。彼は祠から遠くない場所にパートナーの御陰 繭螺(みかげ・まゆら)と共にいる。
「まったく、次から次へ厄介事が起きる。誰かに言わせれば、これも『女王がいないから』なのだろうか」
 イーオンから事の次第を聞いたアシャンテが繭螺へと振り返る。
「祠はすぐそこだ」
 二人は街への道から踵を返し、山陵に向かう。