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葦原の神子 第1回/全3回

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葦原の神子 第1回/全3回

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7・蘆原太郎左衛門

 陵山に祠を護って蘆原太郎左衛門がいる。
 春うらら、数日前までこの地は、四季の花が咲き乱れていた。ナカラ道人の強い魔力が影響するのか、この地は、季節外れの草木が春に芽吹く。
 草木の芽が萌え出て、芳香に満ちた日々となるはずだった春、風に乗って流れてくるのは腐臭と血の匂いだ。
 今、花々は香華となっている。
 怪我人を城に戻し、生き残った動ける兵は、累々と横たわる死屍を山陵に埋めてゆく。
「ここには新たな寺が必要だ。死者を弔うために」
 蘆原太郎左衛門は、板塔婆代わりに立てられた多くの刀を見て呟いた。
 援軍はまだ来ない。しかし、敵の姿もない。

 援軍に先立ってサムライのユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)が来ている。ワシントン出身の彼女はハイナの招聘を受け、契約者となって明倫館にやってきた。
 ユーナがこの地に来たのは、ほんの半刻前だ。シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)と共に、ハンナの密命を受け、魔物を避けて祠にたどり着いた。
「死守せよ、天命に逆らえ、とのご命令ですわ」
 暫しの間ののち、太郎左衛門は豪快な笑い声を上げた。
「相変わらず、無茶なことを言う。天命とはお筆先のことか。ところで、誰を連れてきたんだ?」
 ユーナの背後にいるのは、大きな荷物を背負った度会 鈴鹿(わたらい・すずか)織部 イル(おりべ・いる)だ。
「鈴鹿と申します。戦力としては心許ないかも知れませんが、出来る事を精一杯頑張らせて頂きます。戦が始まれば、負傷者も多く出ましょう。そのときの応急手当が出来る場所を作ろうと、先鋭隊よりも先にユーナさんと共にやってきました」
「房姫様も鈴鹿さんの申し出をお喜びになってね。太郎左衛門殿、どこか適所があるかしら」
 ユーナが周辺を見回す。
「少し右に下ったところに、銀杏の木がある。樹齢数百年の大木だよ。一年中葉を散らして実をつける変な木だが、獣を産む女は苦手なようだ。ただ祠周辺を歩くときは、この娘と共に歩け。多くの獣避けの仕掛けがあるんでね」
 太郎左衛門が指差した先には、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がいる。
 メイベルに連れられて、鈴鹿とイルは背負ってきた応急手当の道具や簡易食料などを銀杏の木のむろに置いた。

 メイベルは、知らせを聞いて、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)を伴って陵山に参じてきた。
 フィリッパは生前は英国ガーター騎士団所属である。剣には覚えがある。
「多くの魔獣が出現していると聞いていますぅ。正面からの戦いだけでなく、罠も必要かとぉ」
 のんびりとした口調のメイベルだが、死臭漂うこの地で、罠を仕掛けるのは勇気ある行動である。
「あい判った。ただ、罠の所在が皆に知れないと意味がないだろう、部下をつける、いいように使え」
 太郎左衛門は生き残った貴重な部下をメイベルに貸し与えた。
 メイベルが仕掛けた罠は、敵の接近を知らせる鳴子、逆茂木やその手前の落とし穴といったものだ。
 バリケードの役目となる逆茂木を作るには相当の手間が必要だ。
「いくら特別な力があるといっても、女には無理だろう」
 本当のところ、太郎左衛門はメイベルを見くびっていた。
 フィリッパは、高周波ブレードを使い木々を集めている。
 メイベルは、爆炎波を使い祠の周囲に、深い溝を作った。
 セシリアは、与えられた兵を使って、逆茂木を組み立ててゆく。
「いつ再び戦いが始まるかぁ、微力ですが全力でお手伝いいたしますぅ」
 メイベルの透き通った肌が、土で汚れている。


 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、愛馬のアルデバランと共に山陵に来ていた。
「何事にも徹底して慎重に動くべきです」
 獣人の呀 雷號(が・らいごう)は前方に広がる一面の片栗の群生から死臭を嗅ぎ取った。
 頷く尋人。
「アルデバランは、ここに残そう。ここならまだ人家もある」
 近くを歩く農民に幾ばくかの礼と共にアルデバランを托す。
「まずは、蘆原太郎左衛門に会って見たい」
 農民に尋ねたところ、彼のいる祠は菜の花畑の奥にあるとのこと。雷號が嗅いだ死臭はそこからなのか。
 雪豹の姿に変化し、安全な道を探りながら、祠を目指す雷號。
「筋肉だらけの巨漢なのかな。それとも特殊な武器や魔術の使い手なのだろうか」
 葦原明倫館で最も実力のある侍と評判の蘆原太郎左衛門が気になるらしい。
「ここは、魔物の住処です。外観に惑わされてはなりません」
 可憐な片栗の花の群生に、時折混じる桔梗や山百合が禍々しい。
「戦いが終わったら、明倫館の学食の日本食、特にお蕎麦を食べたいな・・」
 尋人はのんきなことを言う。
 祠が見えてきた。小さな祠だ。
 その前に、太郎左衛門がいる。
「なんだか、考えていたのと違ったよ」
 雷號に語りかける。
「一目見て、気に入った」
 雷號は、「仲間を守れるよう強くなりたい」という思いを持っていることを好ましくおもっていたが、
 つい行き過ぎて暴走することを心配している。
「尋人、今回の戦にはまだ分からないことが多い、気をつけることだ」


 弐識 太郎(にしき・たろう)は、魔物を避けるためスキル「殺気看破」を使用することで気配を隠して祠まで辿りついた。風の噂で、自分と同じ”太郎”を名に持つ強い武人が葦原島に居ることを知り、太郎左衛門に強い関心を持っていたのだ。
 太郎が、祠前まで来たとき、既に弔いの静けさは消え、再び戦火が始まろうとしていた。
 葦原太郎左衛門に武家の気取りはない。葦原家の血筋だが傍流で、房姫とも城に上がるまで面識はなかった。
 実力人望共に、葦原明倫館で最も名高い侍であるが、本人は至って普通で、町家のものとも普通に話す。
 やって来た若者が、自分と同じ名であることに、太郎左衛門は喜んでいる。
「で、主は何を学んでいるのだ」
「柔道です」
「ほぉ、それがしも柔術は心得がある」
「今度、暇な時に武術の手合わせ願えないだろうか」
「それはよい。もし我が命あればだが」
 太郎左衛門は鋭い眼光で周囲を警戒しながら快諾した。


 教導団南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、葦原明倫館には寄らずに直接に祠を目指した。ドラゴニュートオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)も共にいる。
「俺ら戦えるガッコーに通ってるのに、ピンチの隣人見捨ててられっかよ」
 太郎左衛門の精鋭500が壊滅したということは、相当の敵に違いない。早めに戦地を確認したかった。
「今回の戦闘で500が損害を受けたということは葦原明倫館の1万人はすべて戦力となるんだよなー。教導団と数ではどっこいどっこいかぁ?」
 オットーは、他の事は気になっている。
「鏖殺寺院と八鬼衆、なにやら関係がありそうだな、どう思う?」
「まだ、わかねー。まずは、見てやろうじゃん、どんな敵か」
「だなぁ」
「戦いが終わったら、城下町でも見るかぁー」
「ああ、土産も買ってかえりたいしーなぁ」
 光一郎は、上官の顔を思い浮かべている。
「髪飾りでも買うかな、いつも訓練で世話になっているからな。しごかれたりしぼられたりばっかりだけどさあ」
「そんな、悠長なこと言って、それがし、まず生きて変えれるかどうか」
 光一郎とオットーの目の前には、夥しい刀が突き刺さっている。板塔婆の代わりだ。刀の柄には名前がある。
「しかし、これだけの兵を殺した魔物はどこにいるんだ?」
「そこだよ、オレ様は間に合ったらしい」




8・火焔

 祠付近で待機している神尾 惣介(かみお・そうすけ)の元には、古文書から得た情報がひっきりなしにジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)の電話から伝えられている。
「ああ、静かなもんだ、まだこない、ん、新しい八鬼衆の情報だな、燃えている人間?火焔?なんだよそれ、もっと分かるように話してくれよ」
 ジョシュアが何を言っているのか。
「何を燃やすんだ。人かぁ?自分も燃えてる?火でも持ってんのか」
 惣介の言葉が止まる。ジョシュアの言葉が現実となって、目の前にある。
「大丈夫だ、分かったぜ。ああ、で、どうすりゃ、こいつは死ぬんだ?わかんねーだと?速く調べろよ、もう時間がねえ」
 惣介は、祠に向かって歩いているものを見ている。
「あれ、さっき援軍に来た女の子達がよぉ、戦うようだ、奴を取り囲んでいる。無理だろっ、どう戦うんだ、あんな火達磨」


 男か女かも分からない。全身が焔に覆われている。八鬼衆の一人「火焔」だ。
(獣母、どこだぁ?)
 火焔はテレパシーで呼びかける。常に燃えているため、他人との接触は出来ない。触れた人間は燃えてしまうのだ。焔に包まれているので話すことも出来ない。
 テレパシーで話すことが出来るのは、八鬼衆だけだ。火焔は常に火に焼かれる苦痛を味わっている。目を閉じても瞼が焼ける痛みに襲われる。息をすれば炎が気管を焼く。
(我が辛さを理解してくれるのは、八鬼衆のみ。そして一番の理解者、獣母が窮地に落ちいっている)
 火焔は、寝床としている地下深くの氷河から這い出でてきた。春の風が吹く。氷の地で焔を小さくし苦痛を和らげていた火焔は、風によって猛る焔に憎しみを燃やす。
 火焔は板塔婆代わりの刀の間で、恐怖のあまり立ちつくす兵に手を差し伸べた。たちまち兵は焔に包まれる。地中に埋まる死者の名前を刻む刀も焔で焼けている。
「なんなんだ、やつらは。殺しただけで飽き足らず、墓まで冒涜するのか」
 蘆原太郎左衛門が,火焔に向かおうと兜を被る。
「変な敵はボクらに任せてよ」
 いつの間にか、女の子達が戦闘の準備をしている。
「助っ人に来たんだよ」
 一列に並ぶのは、百合園女学院の桐生 円(きりゅう・まどか)を中心とした11名だ。
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)桐生 ひな(きりゅう・ひな)ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)、そして七瀬 歩(ななせ・あゆむ)ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。

「そんなこと言っていませんッ」
「リンリン、セクシーになりたいといったではないか、妾は聞いたぞ」
「ナリュキ、その服で戦えるのですか」
「駄目です、リンちゃんは」
「歩ちゃん、可愛いッ、怒っても可愛いッ、持って帰りたい」
 じゃれている。

「愛らしいおなごばかりだが、まあ、どこまで出来るか見せてもらおうじゃねか」
 太郎左衛門には、祠を護る任務がある。
「よし、火の化けもん、あんた達に任せたぜ!」
 円の背中をポンと叩く。


 火焔は時折、その苦痛に耐えかねて叫び声をあげる。声を出すことで気管が焼け、内臓が爛れる。
「救いようが無いねぇ」
 その様子を見ていた魔女の帽子を被った小柄でやせ細った少女、円が呟く。
 状況にそぐわない鷹揚な口調でオリヴィア・レベンクロンが答えた。
「燃えていえる人、もっと燃やしたらどうなるんでしょうねぇ」
「ちょっとやってみようか」
 片頬で笑うと、円は走り出した。それを見て火焔が動く。
 まさに火達磨である。転がりながら円を追う火焔。草木が燃える。円は、光学迷彩起動しながらの銃を構える。
「燃えてる人が、もっと燃えたら燃え尽きるんだよ」
 ヒロイックアサルトにより動体視力を向上させ、身体を丸めて転がる火焔の目や口を狙う。
 突然、火焔が立ち止まった。
「あーそびーましょー  ミネルバちゃんあたーっく!って、あれ、言う前に死んじゃった?」
 ミネルバ・ヴァーリイが激しく燃える動かなくなった火焔を見る。
「ん、んん?」
 オリヴィアが博識を駆使して、叫んだ。
「違うわぁ、もう、魔はここにいない…」

 火焔は先ほど火をつけた兵に移っていた。自分が燃やした別の人間に転移することが可能なのだ。
 再び身体を丸め、兵に突進してゆく火焔。
「ギャー!」
 絶叫が聞こえる。
 生きながら火に焼かれる兵の叫びだ。

「火を消すのです」
 桐生 ひなが叫んだ。火炎に巻かれのたうつ人々を見殺しにするわけにはいかない。
 スキルを使うと、余計なダメージを与えてしまうかもしれない。皆はそれぞれに人々を覆う火を消そうと奮闘している。