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葦原の神子 第2回/全3回

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葦原の神子 第2回/全3回

リアクション

2・綿毛

 まだ血の匂いが残る。
 足を無くした瀕死の兵が何かを見ている。
 それが花の種であれば、ふわふわと風に舞う様は死期を迎えた男の心を和ませたのであろう。しかし、今、風に吹かれ飛んでいるのは八鬼衆の一人、綿毛だ。
 風に翻弄され、思うように動けず、血に染まった綿毛、顔は苦痛で歪んでいる。
 瀕死の兵は目を閉じた。
 あの小さな怪物がここに辿り着く前に死ぬことが出来るよう神に祈る、男の希望が通じたのか意識が消えた、心は死んだようだ。
「ちきしょー、あの男が命尽きる前に、内臓を食い破り、腹を満たさねば」
 綿毛の小さすぎる胃袋はすぐに満ち、すぐに空く。
「全く、なぜだ、なぜ満たされぬ。充足を知るものが憎い!」
 苛立つまま、風に邪魔されながらも、男の鼻まで進む綿毛。

 綿毛が兵の身体に入る様を、獣母と戦った橘 カオル(たちばな・かおる)が見ていた。
「おいおい、なんだあのちびっ子。えぐいな」
 眉をひそめるカオル、兵が内側から食い破られる様を見ている。
 マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)は、周囲を警戒して見回す。
「カオル、これ」
 刀を手渡すマリーア、どこからか拾ったものらしい。

「あいつが腹から出ていたときが勝負だな」
 いつの間に来ていたのか、同じ教導団の南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)がカオルの側で呟いた。
「橘はどう戦う?」
「あ、南臣」
 顔見知りの二人は、少しずつ体積を減らしている兵を苦々しく眺めながら、作戦を立てる。
「蜂の毒針を使おうとおもってる。麻痺系の毒だ、これ。綿毛に刺して動きを鈍らせることができれば」
「こっちは、これだ」
 光一郎は手に持った樽に入った油を掲げた。
「食い破った直後に樽ぶん投げてずぶ濡れにする。で、火をつける!」
「火か。しかし、あいつは小さいからな…」
 火を綿毛につけるのは難儀しそうだ。カオルも思案している。
「火はどうやってつけるのかって?」
 光一郎は後方を見やる。
「そこで先生、出番です!」
 先生と呼ばれたのは、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)だ。
「お、おう?それがしか!」
 ドラゴニュートのオットー、大きく頷いた。光一郎に頼られるのは悪い気持ちではない。
「魔法使いの基本に立ち返り、火術でも使ってみるか」
 エンシャントワンドを振る。
 兵の腹が大きく波打つ。
「出てくるぞ」
 光一郎が、小さく凹んだ兵の腹に寄る。手には樽を持ち。
「気をつけろ」
 オットーが目で合図を送る。カオルが針を持ち光一郎に続いた。
 兵の腹に小さな穴が開く。
 素早く飛び出して来る綿毛。
 すかさず、光一郎が油を掛ける。
「うッ!」
 油まみれになった綿毛が牙を剥いた。なんとも面妖な表情だ。
「うまいぞ、俺に飯をくれるのか」
 綿毛は光一郎を見る。身体にかかった油を舐める綿毛。
「羽が濡れてちょうど良い、風に負けずに獲物に向かえる」
 綿毛がニヤッと笑う。
 カオルが蜂の毒針を投げる。しかし、針の風圧で綿毛が飛んだ。
 オットーが飛び去る方向に目掛けて、火術を!
 しかし、これも火が届く前の、風が綿毛を助ける。
「大丈夫、以前より動きが鈍いわ」
 後方で支援しているマリーナが冷静に檄を飛ばす。
「ん」
 綿毛がマリーナを見やる。
「若い女を食ってみるか、さきほどから男ばかりだ」
 風を選びマリーナにと向かう綿毛!
「マリア、危ない!」
 カオルが叫ぶ。
 突然、にゃん丸が飛び出してきた。
 風圧で綿毛が飛ぶ。
 ニャン丸は両耳に六文銭とトリモチ(芋虫の粘液)を詰め、綿毛を自分の耳で生け捕りにしようと考えていた。
 しかし、綿毛はマリーナに向かっている。
 ニャン丸は、マリーナの危険を察知、彼女の前に身体を投げ出し、耳から取り出した六文銭を投げつける。
 カオルが再び、蜂の毒針を構えた。超感覚を駆使して、全霊をこめて綿毛に投げる。
 六文銭の周りの風と針の周りの風がぶつかり、綿毛の周りが一瞬無風になった。
「いまだ!」
 光一郎は小さな叫び声をあげると、懐に持つ予備のアルコールを口に含む。
 アルコールを綿毛に向かって吹きかける浩一郎、反対側からオットーが再び火術を打つ。
 綿毛の四方を四人が囲む、四人が起こす風が風を止めた。
「動けない!」
 火が綿毛を包む。
「無念!」
 小さな羽根が焼け落ち、火の塊となり地面に落ちる綿毛。
「止めだ!」
 剣を構えるカオルをにゃん丸が制する。
「駄目だ、こいつは生かしておかないと。八鬼衆を殲滅させては…」
 しかし。
「もう、終わった。やつは消えた」
 浩一郎が二人の元に駆け寄る。
 手の上には小さな羽根が残った黒焦げの塊があった。