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栄光は誰のために~英雄の条件~(第4回/全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件~(第4回/全4回)

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 「……来たッ!」
 ぐんぐんとこちらへ向かって来る高速飛空艇を見つけて、技術科研究棟前のデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)は叫んだ。と、隣でルケト・ツーレ(るけと・つーれ)が急に呻き声を上げた。ぐらりと傾ぐ身体を支え、顔を覗き込むと、目の焦点があっていない。
 「おいっ、どうした!? ルー、クー、ルケトの様子がおかしいんだ、ちょっと見てやってくれ!!」
 「るけと、どうした? るけと?」
 「クー?」
 ルー・ラウファーダ(るー・らうふぁーだ)はルケトの身体をゆさゆさと揺すった。クー・キューカー(くー・きゅーかー)も心配そうに、ルケトの髪をくわえて引っ張ったり、尻尾でぺちぺちと頬を叩いたりする。
 「ルケト!!」
 デゼルが耳元で怒鳴ると、やっとルケトの目が焦点を取り戻す。それでもまだしばらく呆然とした後、何度かまばたきをして、ルケトはゆっくりとデゼルの顔を見た。
 「なあ……オレが神子だとか、そんなのアリだと思うか……?」
 今度はデゼルが呆然とする番だった。
 「はぁ? 何だそりゃ。お前、《冠》を使った副作用でどっかぶっ壊れたんじゃねーか?」
 「違う! 聞こえたんだ、『目覚めよ、そしてつとめを果たせ』って……」
 「ちょっと待てよ! おい、クー、こいつの頭から《冠》外せ!」
 デゼルは怒鳴った。クーがルケトの頭から《冠》を外す。
 「どうだ、まだ聞こえるか?」
 「聞こえない」
 ルケトはかぶりを振った。デゼルはほっと息をつく。しかし、その安堵も、ルケトが次に爆弾発言をするまでだった。
 「だけど、オレの心とか記憶とか、そういうものの奥の方が、あれは幻聴じゃないって言ってる。間違いなく、オレも神子だ、って。多分、ネージュが目覚めた影響で、オレも……」
 「おいおい、マジかよぉ……何なんだよ、そりゃ……」
 デゼルは空いている方の手で顔を覆った。
 と、突然、ルーが叫んだ。
 「まもる!」
 助手席に仁王立ちし、ルーは胸を張って宣言した。
 「みこでも、みこじゃなくても、るけとはともだち、だいじ。だから、るーちゃん、るけとをまもる! でぜるや、くーや、ほかのともだちもまもる!」
 「友達、大事、か……」
 デゼルは呟くと、表情を隠すように羽根兜を目深にかぶり直した。
 「ま、確かに、ルケトが神子であろうがなかろうが、鏖殺寺院から本校を守る、そのためにルドラを倒す、ってのは変わらねーか。……ルケト、まだ行けるか? 駄目なら、研究棟の中へ入ろうぜ」
 「……大丈夫」
 軽く首を振ってルケトは答え、《冠》をかぶり直した。
 「よーし、戦闘続行だ!」
 デゼルは砲手に向かって叫んだ。しかしその時、道の向こうから敵の地上部隊が姿を現した。
 「とうとう、ここまで来たんだね……」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)がタワーシールドを構えてずい、と前へ出る。
 「でも、ここは絶対に通さないよ! 守るって言ったから…約束したからっ」
 「やれやれ、私のような文弱の徒まで出なければならないとは、まさに末期戦、総力戦ですな」
 パワードスーツをつけたミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)が、言葉とはうらはらに目をらんらんと輝かせて呟いた。
 「アマーリエ、ロドリーゴ、プリンチペ、覚悟はよろしいですな!?」
 パートナーの吸血鬼アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)、英霊ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)、魔道書イル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)はうなずく。
 「では、行きますぞ!」
 パワードスーツを着ているミヒャエル、アマーリエ、ロドリーゴの三人で、プリンチペを囲むような隊形を取りつつ、敵に向かって突進する。敵も気付いて銃を構えるが、アマーリエとプリンチペが後方から援護射撃をしてそれを牽制している間に、ミヒャエルとロドリーゴは敵部隊の中に突入した。
 「ええい、煩悩退散ッ!」
 ロドリーゴは鐘つき棒を振り回し、ミヒャエルはパワードスーツの性能を生かして蛮族を薙ぎ倒して行く。
 「危ないのは『光龍』が研究棟へ戻る時だと思ってたけど、敵が来る方が先だったか。……とにかく、ここを守り抜くぞ!」
 「うん! ネージュくんも深山楓くんも、絶対に守ろうね!」
 味方を励ます月島 悠(つきしま・ゆう)に、パートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)が言った。だが、上空を旋回する高速飛空艇が、高度を下げて機銃を撃ってきた。
 「危ないっ!」
 鳳明が盾を掲げて、悠と翼を守る。
 「えーい、お返しです!」
 翼がガトリング砲型の光条兵器で応戦するが、速度が速くて敵を捕らえ切れない。
 「ここは、『光龍』同士で連携しましょう!」
 ここまで下がって来ていた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、皆に声をかける。
 「私たちが護衛しますから、存分にやっちゃって下さい!」
 拾壱号機のフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)と、パートナーの剣の花嫁アーディー・ウェルンジア(あーでぃー・うぇるんじあ)に、水渡 雫(みなと・しずく)が声をかける。
 「ありがたい、頼むぞ」
 アーディーと腕を組んで座席に座っていたフリッツはうなずいた。
 「ローランドさん、ディーさん、お願いします!」
 「面倒だけど、ここで負けるわけにも行かないだろうから、まあ、仕方がないかな」
 吸血鬼ローランド・セーレーン(ろーらんど・せーれーん)は、アシッドミストを放って、拾壱号機に向けられた機銃掃射の弾を腐食させる。
 「……ああ、やっぱ、お嬢さんていったん敵が目に入ると、その敵だけに集中して周囲が見えないのな……」
 蛮族たちのことしか頭になくなっている様子の雫を見て、もう一人のパートナーのシャンバラ人ディー・ミナト(でぃー・みなと)はため息をつきながら、雫の死角に入る。
 雫たちや、小次郎の隊の生徒たちが地上部隊に応戦してくれている間に、技術科の周囲に居た『光龍』はいっせいに高速飛空艇を狙った。
 「おや、普通に他の生徒と協力も出来るんじゃないか」
 きちんと他の『光龍』の動きを見て射撃するフリッツに、アーディーは驚いたように目を見開く。
 「イノシシみたいに、敵に突進して行くだけが能じゃないよ、と行ってやろうと思ってたんだけどな」
 「私とて、このような事態であれば、少しは考えるのだよ!」
 この状況で何を言い出すのか、とフリッツは反論する。
 「……危ない……」
 大岡 永谷が呟いて、背後の研究棟を振り向いた、その時。
 拾壱号機の砲撃からルドラの高速飛空艇をかばう形で、もう一機の高速飛空艇が射線上に入った。光の弾丸はそちらの高速飛空艇の翼に命中したが、高速飛空艇は機体をひねって、技術科研究棟の屋根に真っ逆さまに突っ込んだ。
 ガラスの割れる音、構造物が壊れるめきめきという音、コンクリートの崩れる音が重なりあい、建物と機体の破片があたりに飛び散る。
 「まさか、機体ごと突っ込むなんて……」
 雫が呆然と呟く。
 「ぼんやりしている場合じゃない!」
 永谷は叫び、身を翻した。
 「まだ『禁猟区』は危険を知らせて来てる。ということは、まだネージュさんは無事で……そして、危険に晒されてるってことだ!」
 「永谷、永谷、もう一機の飛空艇がいないよ」
 福が永谷の袖を引っ張った。
 「まさか、上から!?」
 悠が研究棟の屋根を見上げた。だが、扉の前からでは死角になって、屋根の上の様子は良くわからない。
 「……急ごう!」
 永谷は扉を開けようとしたが、衝撃で歪んだのだろう、びくともしない。
 「どけ!!」
 悠が叫んで、扉に手をかけた。
 「開けえぇぇぇッ!!」
 パワードスーツの力で、みしみしと音を立てながら扉が開いて行く。人が通れる隙間が開いたところで、生徒たちは研究棟の中へ飛び込んだ。

 高速飛空艇が墜落したのは、技術科研究棟の中央部、一番大きな作業室の真上だった。機体が全部床まで落ちず、天井に引っかかって止まったのはさすが技術科研究棟と言おうか。しかし、さしもの技術科研究棟も、無傷と言うわけには行かなかった。天井には穴が開き、窓ガラスも衝撃で割れている。
 「こっちへ!」
 もうもうと埃が舞う中、楓とネージュを側で護衛していた土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、何だか嫌な予感がすると先に外から戻って来ていたエルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)と二人で、呆然とする楓とネージュの腕を取って、地下室の入り口のハッチまで引っ張って行った。見るからに頑丈そうなハッチを二人がかりで開け、楓とネージュを中に押し込む。
 「開けるまで、絶対に出ちゃダメでありますよ!」
 雲雀が厳しい表情で言い聞かせると、ネージュを先に下ろした楓は、じっと雲雀を見返して言った。
 「……絶対に、開けに来てくださいね? このハッチ、内側から開けるの大変なんですから。窒息死はちょっと、勘弁して欲しいです」
 「もちろんであります」
 雲雀は微笑した。
 「了解」
 エルザルドも頷く。と、楓の脇から、ネージュがひょこりと顔を覗かせた。
 「あの、ルケト・ツーレさんに伝えてください。わたしにもしものことがあったら、後を頼みます、って」
 「何だか良くわかりませんが、わかったであります」
 なぜネージュが唐突にそんなことを言ったのか、雲雀にはわからなかったが、委細を問い質している時間はない。雲雀はうなずいた。楓はまだ何か言いたそうにしていたが、ぎゅっと唇を噛み締めるとタラップを降りて行った。雲雀とエルザルドはハッチを閉め、その前に陣取った。
 「《最果(いやはて)の白》は、どこかな?」
 すずやかな声が、やっと落ち着いて来た埃の向こうから聞こえて来た。黒い戦闘用スーツを身にまとった、浅黒い肌に金髪の少年。ルドラだ。
 「素直に教えるわけがないでしょう」
 厳しい表情で明花が答える。その手にあるのは、中国風の投げナイフだ。
 「僕が欲しいのは、あの子の命と《冠》だけなんだ。それさえくれれば、あとはどうでもいい」
 「くれと言われて、どうぞと簡単にあげられるものではないわね」
 「……それなら、勝手に取って行くだけだ」
 ルドラは明花に向かって突進して来た。明花は冷静に、身を翻しながらナイフを投げる。それを腕に仕込んでいた刃物で叩き落して、ルドラは明花に迫る。
 「楊教官!」
 永谷を先頭に、翼、ファイディアス、そして鳳明が作業室に駆け込んで来た。実は福も一緒に居たのだが、光学迷彩をまとったままで、ルドラや明花からは姿が見えていない。
 その福が、果敢にもルドラに体当たりをした。ルドラは寸前で気配を察して避けたが、そのせいで明花から注意が逸れた。明花の投げたナイフが、ルドラの腕をかすめる。さらに、永谷がブライトスピアで突きかかったが、ルドラはこれも紙一重で避けた。
 「死んだら治療できませんから、死なない程度にお願いいたします」
 治療薬としてついて来たファイディアスは、一歩下がって戦況を見守っている。一方、鳳明は雲雀とエルザルドに駆け寄った。
 「大丈夫だった? 怪我は?」
 「無事であります」
 雲雀は視線を床に落としてうなずくと、担いでいたスナイパーライフルを下ろした。
 「ちょっと、遮蔽になってもらっていいでありますか?」
 鳳明を自分の前に立たせて、盾を構えさせる。
 「ちょ、ちょっと」
 何をするつもりなのか察したエルザルドが声をかけたが、雲雀は無視して、ライフルの銃口をルドラに向けた。
 「あいつを倒せば、本校は守り切れる。絶対にあいつに当てる、そして、味方には絶対に当てねぇ……」
 永谷と渡り合っているルドラに慎重に狙いをつけ、雲雀は引金を引いた。
 「……く!」
 ルドラは身を翻す。だが、永谷も居るのでかわし切れなかった。ライフルの弾丸が、肩を貫く。それでも、まるで痛みを感じていないかのように、ルドラは戦い続けた。……あるいは、痛みを感じないような、何かしらの処置を鏖殺寺院から受けていたのかも知れない。
 「投降しなさい! そのままじゃ死ぬわよ!」
 明花が呼びかける。が、それでもルドラは止まらなかった。
 「教官」
 永谷が明花の様子をうかがう。
 「……楽に、してあげましょう。私がやるわ」
 明花の投げたナイフが、ルドラの喉を貫いた。

 ルドラが倒され、残敵の掃討も終わったと全校放送があったのは、それから数時間後のことだった。
 「終わった……んですか」
 野戦病院と貸した教務棟の会議室で、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)はその放送を聞いた。トレードマークの白衣と衛生科の腕章が血液やら消毒薬のしみやらで汚れているのが、彼女の奮戦を物語っていた。
 「いいや、まだだ!」
 傷の縫合をしていた初老の校医が怒鳴る。
 「戦闘は終わったかも知れない。だが、ここにはまだ治療を待つ怪我人が居るんだ。僕たちの戦いはまだ終わってはいない! 最後の処置を終えて、使用後の器械のカウントが済むまで気を抜くなよ!」
 「……はいっ」
 彩蓮はうなずいて、額に浮いた汗を袖口でぬぐった。