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栄光は誰のために~英雄の条件~(第4回/全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件~(第4回/全4回)

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 風紀・査問委員たちと『白騎士』がどういった判断を下すのか。それは普段は派閥にかかわりを持たない生徒たちにとっても、大きな関心事だった。
 (馴れ合えと言うつもりは毛頭ないが、本校や《冠》を守りきれないという最悪の事態が発生したら、派閥などというものに意味は無くなってしまうのだがな……)
 仲間たちとの話し合いが終わったのだろうか、どこかへ駆けて行くヴォフルガング・シュミットを『光龍』拾号機の車上からちらりと見て、ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)は心の中で呟いた。
 「……どうかしたんですか?」
 ロブの気が逸れたことに気付いた、パートナーのヴァルキリーアリシア・カーライル(ありしあ・かーらいる)が首を傾げる。
 「すまない、少し考え事をしていた」
 ロブは謝ると、上空を見上げた。事の成り行きがどうなろうとも、彼はこの持ち場を離れることは出来ないし、離れるつもりもない。ただ、本校を鏖殺寺院から守るために戦うだけだ。
 「間もなく、林教官の元に向かうヒポグリフ隊が出発するはずです。その前に、少しでも飛龍の数を減らしておかなくては」
 精神力を回復させるためにSPルージュを塗り、アリシアも空を見上げる。数は随分と減っているが、それでもまだ飛龍も高速飛空艇も上空を飛び回っている。ヒポグリフ隊にも疲れが見えているようだ。
 「砲手! スプレーショットで広範囲に向けて攻撃し、敵を牽制するぞ!」
 「了解です! ……撃ッ!」
 砲手の声にあわせ、ロブは発射ボタンを押す。砲撃に気付いて急旋回する飛龍を、さらに追撃する。翼に数発の弾を受けて、飛龍はふらふらと戦線を離脱した。

 「私は決して、派閥争い自体が悪いことだとは思わんのだが」
 『光龍』漆号機のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、パートナーの守護天使ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)と剣の花嫁エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)、機晶姫パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)に向かって言った。
 「人は望むと望まざるに関わらず、様々な派閥に組み込まれて生きていくものだ。それらが対立するのはごく当たり前のことだろうし、対立が互いを切磋琢磨することだってあるのだからな。
 だが、今、どういう立場で何を為すか、ということを考えるならば、教導団の内部で対立するのではなく、『教導団』という派閥の一員として『鏖殺寺院』という派閥に対抗すべき時だと思う」
 そこまで言って、クレアは軽く息をついた。
 「……と言うようなことを、先刻ヴォルフガングには言ったのだがな」
 『光龍』に乗るクレアたちは貴重な戦力であり、話し合いに直接参加するのは難しい。そこでクレアは、話し合いに先立って、遠縁である『白騎士』のリーダー、ヴォルフガング・シュミットに自分の意見を伝えていた。
 「そもそもここで教導団が鏖殺寺院に敗れるようであれば、『白騎士』も風紀・査察委員会もない。『国』に対しても顔向けができまい。ヴォルフガングが、そこまで踏み込んで話をするかどうかはまた別だが……」
 「建前だけしか言わないのじゃないでしょうか、彼は。風紀・査問委員にそこまで腹を割って話をするとは思えない……と言うより、妲己はそこまでお見通しでしょう。ただ、妲己以外の生徒が理解をしているかどうかは別ですから、揉めるとしたらそのあたりかな」
 隣に座るハンスが言う。
 「気になんのは判るけどさ、言いたかったことはもう言ってあるんだろ? 戦場に居る時は戦闘に集中しようぜ、隊長!」
 砲手を務めるエイミーが言う。
 「そうだな。ここで変に揉めるほど、ヴォルフガングは馬鹿ではあるまい。エイミー、援護射撃を頼む」
 クレアは軽く首を振った。
 「ほら、あっちから高速飛空艇が来るじゃん。あいつを狙うんだ!」
 エイミーが上空の機影を指差す。
 「はいです〜」
 今二つくらい緊迫感に欠ける声で答えながら、パティは高速飛空艇の進路方向に狙いを定めた。直接当てるのではなく、高速飛空艇が動ける範囲を制限することを狙っている。
 「いっきま〜す!」
 パティの機晶姫用レールガンから発射される弾体が、高速飛空艇の行く手を遮る。射撃を避けつつ、こちらへ向かって来ようとする高速飛空艇に、
 「こっちが本命だよ! 撃ッ!」
 エイミーの狙いすました必殺の一撃が命中した。片方の翼をもぎ取られ、高速飛空艇は螺旋を描きながら墜ちて行く。
 「やったぁ!」
 パティが手を叩く。


 その頃、技術科研究棟では、楓の提案について、鵬悠らの意向を聞いた査問委員長妲己と、技術科研究棟に到着したヴォルフガング・シュミット、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)ら、特にこの件に関して意見がある者たちの話し合いが行われていた。
 「技術科が『白騎士』を風紀委員と『同格』として認めると言うなら、受けても良いと俺は思う」
 レオンハルトはヴォルフガングに言った。
 『白騎士』にくみする者の中でも、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)などは、楓からそういう発言が出ること自体が既に、風紀・査問委員会と『白騎士』を同格に見ているということだと主張していたが、レオンハルトはよりはっきりとした言質を望んでいたのだろうか。
 だが、ヴォルフガングが答えようとする前に、楓が声を上げた。
 「ちょっと待って下さい。今回のことは、技術科としてではなく、教導団の一生徒であり、ネージュのパートナーである深山楓個人としてのお願いです。ですから、私から協力の条件として提供できるもの、約束出来ることは何一つありません」
 この戦闘が終わった後、教導団の生徒で居られるかどうかすら判らないんですから、と楓は苦く笑う。
 「それに多分、楊教官はそんな取引を許可なさらないと思います」
 楓はちらりと、まるで立会い人のように皆の話を聞いていた明花を見た。
 「この状況で交換条件として出してくること自体が間違っているわ。これまで技術科が風紀委員会や査問委員会に対して便宜を図ってきたのは、それが技術科の益、ひいては教導団の益になるからよ。同格に扱われたいなら、自分たちがそれにふさわしい存在なのだと、自ら示せば良いだけのことだわ」
 明花は厳しい表情で言う。
 「ルーヴェンドルフさん」
 妲己が静かに口を開いた。
 「条件を飲めば協力する、ということは、裏を返せば、条件を承諾しなければ協力しないと言うことになるかと思いますが……そう取って良いのですね?」
 「……」
 レオンハルトは押し黙り、厳しい表情になった。
 「もしもそうなのであれば、あなたがたを監視していた査問委員の行動は、間違いではなかったと私は思いますが」
 妲己は、微笑を浮かべながらも探るような表情でレオンハルトの顔を覗き込む。
 「委員長……」
 この件の発端を作ったとも言える香取 翔子(かとり・しょうこ)は呟き、視線をレオンハルトとヴォルフガングに向けた。
 「鏖殺寺院を退けるまでは、深山さんの言うように、お互いに協力しても良いと思います。……が、その前に一つ聞かせてください。あなたたちは何のために教導団に入学し、団員の間で支持を集めているんですか?」
 「入学の理由は、人によって様々だろうが……パラミタで見聞を広め、知己を得、紅生軍事公司を始め各国の軍隊組織についての知識や情報を得るように、とのヨーロッパ各国の意向で、私はここに居る」
 まっすぐに翔子を見返して、ヴォルフガングは答えた。
 「派閥を組んだのは、もともと少数派だったヨーロッパ系の生徒が、その数の少なさゆえに不利益を蒙ったりすることのないようにだ。マイノリティだからこそ集団を作るということは、我々だけでなく、どこででもあることだろう。支持を集めているというが、こちらから積極的に勧誘をしているわけではない。生徒が集まっているように見えるなら……それは、皆が自発的に我々を支持してくれていると言うことだ」
 「私には、あなたがたがまだ何か隠しているように思えるのだけど」
 翔子はじっと、探るようにヴォルフガングを見る。
 「東洋には、『疑心暗鬼』という言葉があるそうだが、まさにそれだな」
 ヴォルフガングは肩を竦めた。
 「……まったく」
 そのやりとりを聞いていた千代が盛大に嘆息した。
 「こんな下らない話し合いをしている場合ですか! 外に敵がいて、生徒たちが戦っていて、負傷者だって何人も出ている。そんな状況だって言うのに、生徒たちを守ろうとせず、パワーゲームにうつつを抜かす人間に、指導者の資格はありません!」
 決して逆上している風ではなく、しかし、声を大にして、千代はきっぱりと言い切った。
 「シュミットさん」
 妲己はヴォルフガングに向き直った。
 「風紀・査問委員会は、深山さんの提案を受け入れます。ただし、先刻のルーヴェンドルフさんの発言については、失言ということで取り消してください」
 「……了解した」
 レオンハルトが答えるより先に、ヴォルフガングが頷いた。条件を飲まなければ協力しない、と言う発言は、本校の防衛に対して消極的な態度であると判断されて、懲罰を視野に入れた調査の対象となりかねないからだ。
 「ただし、協力と言っても、それぞれに向いた役割というものがあるだろう。連携に固執するあまり、風紀・査問委員と我々を無理に一緒にするような部隊編成は避けるべきだ、との意見がメンバーから出ているのだが、それについては了承して欲しい」
 クレアから出された意見をヴォルフガングが伝えると、妲己はうなずいた。
 「もちろんです。……香取さん、『白騎士』への監視は戦闘が終了するまで解除し、校内に居る全査問委員を戦線に投入します。私も前線に出ますから、ついて来てください」
 「……はい」
 妲己に言われ、翔子は不満そうにヴォルフガングとレオンハルトを睨みながらもうなずいた。
 「深山さん」
 妲己は、両手を固く握り合わせてなりゆきを見守っていた楓に声をかけた。
 「……私は、あなたのような人が一番怖いと思います」
 「……え?」
 楓は目を見張った。だが、妲己は何も言わずにただ微笑むと、翔子を従えて部屋を後にした。
 「私たちも行こう」
 レオンハルトの肩を叩き、ヴォルフガングもそれに続く。
 「こんな状況なのに、こうでもしなきゃまとまらないなんて……」
 それを見送って、千代はもう一度、大きくため息をつく。そこへ、
 「はいはーい、差し入れよ」
 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)が、パートナーの剣の花嫁リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)と、配食に使う大きなアルミのバットを作業台の上にでん!と置いた。
 「戦闘中だし、表に食材取りに行くのもなかなか難しいから、このくらいしか出来なかったけど」
 バットの中は、戦闘糧食研究班がストックしていた米を炊いて作ったおにぎりだった。具は鮭フレークとツナマヨ。それに、ビスケット状の携帯食と缶詰の沢庵が添えられている。
 「おにぎり食べて、リラックスして、元気出しなさい。ね? ネージュさんも、楊教官も、他の人たちもどうぞ」
 月実は、緊張していたのだろう、気疲れした様子で顔色の悪い楓の肩を叩いた。
 「楓さんは、おにぎりの具は何が好きなの? 今は無理だけど、戦闘が終わったら作ってあげる」
 「梅干しです。……あ、ちょっと待って」
 楓は壁際のロッカーの所へ行くと、そのうちの一つを開けて、小さな瓶を出して来た。
 「祖母が毎年漬けるんです。食べ慣れているので、給養部隊には申し訳ないんですけど、教導団の食事に出て来るのじゃダメで。母に頼んで、差し入れの荷物の中に入れてもらってるんです」
 良かったら一つどうぞ、と差し出された大ぶりな梅干しをひょいと口に入れた瞬間、月実は悲鳴を上げた。
 「な、何これぇ!」
 何と言うか、酸っぱいししょっぱい。市販の梅干しに比べて、あらゆる方向に味が濃いとでも言おうか。耳の下がキーンと痛くなるような、強烈な味だ。
 「昔ながらの漬け方で漬けると、こうなるんですって。でも、疲れが取れるんですよ。クエン酸たっぷりですから」
 楓は思わず、という様子で小さく噴き出すと、自分はまるまる一つを全部口に入れるようなことはせずに、肉厚の実を少しかじってから、みなさんも試してみませんか?と瓶を差し出した。
 「あー、やっと笑ってくれたわね」
 月実はほっとした表情で言った。
 「楓さんの笑った顔も見たし、私も外へ行くわ。あなたたちは私たちが必ず守ってみせる。だから安心して」
 (うわ、月実がシリアスなこと言ってる……どうせ頭の中はいつもみたいに妄想グルグルなんだろうけど、『戦闘が終わったら』とか、なんか死亡フラグ立てまくってる感じで嫌だなぁ)
 リズリットはこっそり胸の中で呟いて、月実の手を引っ張った。
 「ほら月実、差し入れ終わったんだから、もう行くわよ!」
 これで楓さんを守り切ったら、大好きですずっと一緒に居てくださいとか告白されたりしてー、と脳内妄想だだ漏れになり始めた月実を引っ張って、リズリットは部屋を出て行く。
 「……愛されてるわね、深山」
 沢庵を齧りながら、明花がぼそりと言う。
 「はぁ……」
 私は女で、女子に対して告白する趣味はないのですが、と楓は困惑した様子で答えた。


 レオンハルトのパートナー、剣の花嫁シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)と剣の花嫁ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)は、技術科研究棟の外で警備をしながら、レオンハルトたちが戻って来るのを待っていた。
 「話し合いはどうなったの?」
 扉から出てきたレオンハルトとヴォルフガングに、ルインが尋ねる。
 「鏖殺寺院を本校内から排除するまでは、風紀・査問委員と協力することになった」
 レオンハルトは渋い表情で答える。
 「まあ、そうなるでしょうね。ここで『否』と答えれば、戦闘を放棄するのと同じですから」
 つまり『白騎士』にとっては、戦う姿勢と、教導団に対する忠誠心を試されているのと同じことだったのだ、とシルヴァが言う。
 「我々は深山にはめられた、ということか?」
 レオンハルトが不愉快さを隠し切れない表情で言う。シルヴァはかぶりを振った。
 「いいえ。ただ彼女は、パートナーを守るために必死だっただけでしょう。そんなロジックを持ち出してでも、『白騎士』を協力させたかった、全校挙げてネージュさんを守る体制を作りたかったんですよ」
 「誰か一人が『嫌だ、やらない』って言ったら、じゃあ自分もやらなくていいか、と思う人も居るかも知れないもんね」
 ルインが唸る。
 「では、私は、ヒポグリフ隊に戻る」
 ヴォルフガングは言い残して駆け去って行く。
 「……雑念にとらわれていては、戦果は挙げられまい。ここはいったん措くか」
 レオンハルトはようやくいつもの表情に戻り、パートナーたちを見た。
 「ここで、敵を食い止めるぞ」
 シルヴァとルインは、その言葉にうなずいた。