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リアクション
それとは別の校舎の中で、イルミンスール魔法学校の瓜生 コウ(うりゅう・こう)は、スナイパーライフルを窓の外に向け、息を殺して、パートナーのベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)が敵をこちらに追い立てて来るのを待っていた。
(上手くやれよ、ベイバロン……)
しかし、コウの視界に入ったのは、敵の一斉射撃を受けて逃げ戻って来るベイバロンだった。移動速度は馬に乗っているベイバロンの方が速いのだが、武器が薙刀なので、リーチは敵の方がはるかに上だ。連れている狼に隠れている敵をあぶり出させる作戦だったが、馬に乗っていれば敵の目にもつきやすく、それどころではなくなってしまった。
(まあ、標的をこちらに連れて来てくれた、ということは変わらないか)
銃を撃ちながらベイバロンを追って来る蛮族に照準をあわせ、コウは引鉄を引いた。顔面を打ち抜かれた蛮族が倒れる。しかし、撃ったことで、敵も狙撃手が校舎内に居ることを知った。数人が分かれて、校舎の方へ向かって来る。
「……何やら、危険が迫っているようでござる。ニンニン」
校舎の中で待機していた葦原明倫館の秦野 菫(はだの・すみれ)が、入り口に積み上げた机の向こうを見た。パートナーのシャンバラ人梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)の表情に緊張が走る。
「毒虫に巻き込まれたくなければ、こっちまで下がれ」
イルミンスール魔法学校のレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、廊下の奥にある教室の入り口から菫と仁美を呼んだ。二人は慌てて、レンの居る場所まで下がる。レンが虫の羽音を真似たハミングをすると、どこからともなくぞろぞろと小さな甲虫がやって来た。
「あれが毒なのでござるか?」
菫は首を傾げた。
「まあ見ていろ。……ああ、念のため鼻を覆っておいた方がいいぞ」
怪訝に思いながらも、菫と仁美は懐から明倫館のロゴが入った手ぬぐいを出し、鼻を覆った。レンも、厚手のハンカチで口元を覆い、教室のドアを閉める。
次の瞬間、机の山が崩れ落ちるガラガラという音と、それに続いて、『ウオオ!!』だの『ギャア!!』だのという悲鳴と咳き込む声、そして、バタバタと遠ざかる足音が聞こえて来た。
「な、何が……?」
ドアの上部についた窓から、仁美はこっそりと廊下の様子を覗いた。心なしか廊下の空気が煙っている。
「毒虫だよ。カメムシの強烈なヤツって言ったら、地球人には判るかな」
「それは……」
どたばたと敵が逃げて行く足音を聞きながら、菫は心の中でご愁傷様と呟いた。
「思った以上に効果があったみたいだな」
仁美と入れ替わりに窓から廊下の様子を見て、レンは言った。うっすらと黄色っぽく見える廊下に、敵の姿はない。
「本当は、弾薬庫とか、もうちょっと重要な施設で戦いたかったんだが」
効率的だと思うんだがなあ、とレンは苦い表情で言う。だが、他校生であるレンには、そういった場所で戦えという指示はなかった。
「敵は……っ、何だこの臭いは!?」
校舎に向かった敵を迎撃しようと降りてきたコウが、廊下で叫んでいる。
「ここは俺たちが固めるから、上へ戻ってくれ!」
レンはドアごしに叫んだ。コウは咳き込みながら、階段を駆け上がった。
「洪庵、ジーナ、もう少し頑張ってくれ!」
休息を終えて戦場に戻る『光龍』弐号機の車上で、林田 樹(はやしだ・いつき)は、隣に座るパートナーの英霊緒方 章(おがた・あきら)と機晶姫ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に声をかけた。
「私はパラミタに来る時に一度、大切な人たちを失っている。もうこれ以上、大切なものを失いたくはないのだよ。この学校の仲間たちも、洪庵とジーナもだ。私が皆を守るから、二人も私に力をくれないか」
「言われるまでもありません、樹様」
バスタードソードを携えたジーナは、少し不満そうに答えた。
「ワタシは樹様のパートナーです。だからそんなこと、改めてわざわざ言わなくたっていいです。樹様と、ついでにあんころ餅も、ちゃあんと守るですよ」
「まったくだよねぇ」
章もうなずく。
「大一番で気合が入るのはわかるけど、気負っちゃいけないよ。……どれ、ちょっとおまじないしてあげようか」
そして、樹とつないでいるのと反対側の手を、樹の頭に伸ばした。身体をひねらなくてはいけないので、ちょっと向き合う……と言うより、覆いかぶさるような姿勢になる。
「なっ……」
目を見開く樹の間近に、章の顔がある。ひっ、とジーナが息を飲む。
「……よしよし」
章はにこにこと笑って、大人が小さい子供にするように、伸ばした手で樹の頭を撫でた。
「この非常時に、何を考えているーッ!」
「なにどさくさに紛れてずうずうしいことしてやがるですか、このくされ餅!!」
「いだーーッ!」
左右から脛と膝裏に蹴りを入れられ、章は飛び上がった。
「冗談っ、冗談だって!」
慌てて叫ぶ章を、樹とジーナは両側から睨む。
「時と場合を考えんかぁッ!」
樹は章の耳元で、思い切り怒鳴ってやった。
「……でも、元気出たでしょ」
章はつないだ手の甲で耳を覆って、にこりと笑う。樹は一瞬むっとした表情になり、それから苦笑した。
「確かにな」
そんな三人が搭乗した『光龍』を、少し離れた場所から興味しんしんで観察している他校生がいた。蒼空学園の朝野 未沙(あさの・みさ)とパートナーの機晶姫朝野 未羅(あさの・みら)、魔女朝野 未那(あさの・みな)の三人である。
「あれが新兵器……? 何だか、ただ小型の軍用トラックの荷台にターンテーブル積んで、砲を設置しただけみたいに見えるけど」
デザイン性などまったくない、やっつけ感が漂う外見に、未沙が首を傾げる。
「でも、威力はすごいですよぅ?」
ほらほら、と未那が指差す。発射される光の弾丸が、上空に追い込まれてきた飛龍を吹き飛ばす。
「えー、何あれ。普通の弾丸じゃないよね。光条兵器のうんと大きいやつ? それとも、レーザー兵器みたいなものかなあ」
とたんに、未沙の目が輝いた。
「どういう仕組みで動いてるんだろう。近付いて見たいなぁ……」
未沙は食い入るように『光龍』を見つめ、手を無意識にわきわきさせながらじりじりと近付く。その時、
「お姉ちゃん、危ないのっ!」
未羅の叫び声と、銃弾が金属に爆ぜる高い音がした。
「敵が来ましたよぅ!」
校舎の影から現れた蛮族たちを雷術で迎撃しながら、未那が言う。先刻の音は、未羅が自分の装甲で未沙を庇ってくれた時に銃弾が当たった音だった。
「そうだ、あの新兵器を守るっていう名目があったら、きっと近付いても大丈夫だよね!」
未沙はたったったったと足取りも軽く『光龍』に近付いた。蛮族の侵入によって教導団の指揮系統や部隊配置にも若干混乱があるのか、未沙を咎める者は誰も居ない。『光龍』の樹たちの周囲も、手を貸してくれるなら誰でも構わない、という雰囲気だ。
「樹様には傷一つ負わせないです!」
座席から降りたジーナが、敵にミサイルを撃ち込む。
「姉さん、見るのは後でゆっくりにして欲しいですぅ」
どうしてもちらちらと『光龍』の方を見てしまう未沙に、未那が言う。
「そーなのお姉ちゃん、壊されちゃったら見られないの!」
ミサイルポッドとレールガンを使って敵を牽制しながら、未羅も叫んだ。
「あ、そ、そうだね」
妹たちに言われて、未沙は慌てて、氷術や光術で攻撃を始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
本校の校内でそんな戦いが続いていた頃。
《工場》では特に動きはなく、風紀委員長李 鵬悠(り ふぉんよう)と風紀委員たち、そしてクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)とパートナーの守護天使クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)が警備を続けていた。
パートナーの機晶姫ネージュが神子であると判明した深山 楓(みやま かえで)の呼びかけに、風紀・査問委員会としてどう対応するか。査問委員長妲己からの連絡を受け、風紀委員たちとクレーメックたちが話し合った結論は、
『本校を守るためであれば、『白騎士』と一時的に手を結ぶのもやむを得ない』
というものだった。理由は、もしも『白騎士』を警戒するあまり、今回協力体制を取らずにいて万一ネージュに何かあった場合に団長から叱責される可能性があるとか、一時的なものであれば、手を結んでいる間に相手のやり方を観察できるのではないか、など皆微妙に違ってはいたが、ざっくりまとめると、
『今は派閥争いをしている場合ではない』
ということに尽きた。
「ただし、手を結ぶのはルドラの死亡が確認されるまでだ。むやみとなれ合うべきではないと思う」
そう主張するクレーメックは、『白騎士』が何を目的に教導団内で勢力を伸ばそうとしているか判らないと言った。そこが判らない限り、彼らを全面的に信用するのは避けた方がいい、と言うのだ。
「でも。『白騎士』も、教導団のためを思って動いているという点については、わたしたちと同じだと思うのですわ。それとも、クレーメック様は、『白騎士』が教導団を潰すために送り込まれて来ているとお考えなのですか?」
ヴァルナがクレーメックに問う。
「断言はできないが、可能性はあるかも知れない、と言っているんだ」
「……いや」
クレーメックの言葉を、鵬悠は否定した。
「『白騎士』は、教導団を潰したいわけではない。ただ、団長個人に対しては忠誠を誓っていない」
「……何とも、微妙な立ち位置だな」
クレーメックは唸るように言った。
「以前に、『我々は地上の思惑に縛られている』という話をしたと思うが、シュミットを始めとする『白騎士』の結成メンバーは、元々は、パラミタの軍事力や軍事技術を紅生軍事公司……イコール中国に独占させないために、ヨーロッパ各国からパラミタに送り込まれた生徒たちだ。だから、教導団に不利益をもたらすような行動は彼らの本意ではない。しかし、団長や、団長の意を受けて動いている我々の言うことを諾々と聞くかと言えば、答えは否だ」
そう説明し、鵬悠は手の中の携帯電話を見た。既に、妲己には彼らの意向は伝えてある。
「後は、『白騎士』がどう出るかだな」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
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