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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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●Ir4付近

「毒にかかった奴はおにーさんに言いなさい。キュアポイゾンくらいは出来るんだぞー」
 マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)の呼びかけに、続々と攻撃を受けた生徒たちが運ばれてくる。中には二度三度攻撃を受けて、自分では殆ど動けない状態の生徒もいた。
(これは、予想以上に厳しい展開だな。真言達の方は大丈夫だと聞いたのが救いだが)
 彼らに治療を施しつつ、まだまだ怪我人の絶える様子のない有様に、マーリンが表情を引き締める。
(合流は叶わないかもしれないが、その分こっから先には行かせないぜ?)
 別ルートを行った者たちが『根』の切り離しに成功することを願いながら、マーリンが怪我人の治療に当たっていく。
「ちっ……これでは護衛補佐とは言っていられないな。キクイムシと同じようにはいかないか」
 一方最前線では、それまでユグドラシルの『根』の切り離しに向かう生徒たちを補佐していた白砂 司(しらすな・つかさ)森崎 駿真(もりさき・しゅんま)、実際に攻撃を加えていた師王 アスカ(しおう・あすか)らが、攻勢を強めた蛇に押し込まれるように、じりじりと戦線を下げる格好になっていた。
「流石、しぶとさだけは折り紙付き、か。まだこれだけの抵抗力を残しているとはな」
「そうだな、例え敵であれ、その点は評価に値する。……それで、司はこの者と付き合いたいと思うか?」
 ロレンシア・パウ(ろれんしあ・ぱう)の冗談とも本気とも取れる言葉に、司が心底嫌そうな表情で答える。
「知っているだろ、ロレンシア。俺はテンションの高い奴が苦手だ」
「そうだったな。私も、今回ばかりは遠慮させてもらうとしよう」
 微笑み、ロレンシアが牽制の火弾を蛇の一群へ撃ち込む。炎を逃れて進み、後退を続ける生徒たちへ飛びかかろうとした蛇は、司の繰り出す槍の一撃に身体を貫かれ、物言わぬ骸と化す。
「敵に背を向けるな! 向ければ敵の思う壺だ! 気持ちで負けるな!」
 ともすれば潰走に陥りかねない事態の中、司が生徒たちを鼓舞して回る。
(大勢ネットワークに戦力を投入して失敗しました、では、超ババ様に顔向け出来ないからな)
 このネットワークを出る時は、全ての脅威を取り除いてからだ、そう心に誓って司が戦場を駆ける。
(おっと! ……ふぅ、危ない危ない。もう少し前に出ていたら、今頃は蛇の餌になってたかもしれないな)
 身体の両側から飛びかかってきた蛇を間一髪回避して、駿真が額に浮かんだ汗を拭う。気持ちに負けて逃げ出してしまうのは論外だが、かといって無謀に突っ込んでも、蛇にとっては新鮮な餌を提供することと同義である。
「駿真、ピンチの時こそ、慌ててはいけないよ。一つ一つ確実に出来ることをこなしていけば、必ず道は開けるからね」
 駿真に助言を告げたセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)の、鎖のついた十手が蛇を打ち、隙を晒した蛇はそのまま前衛の生徒たちの的となる。
「ああ、分かってるぜ、セイ兄。こんな所で、オレ達の冒険は終われない! イルミンスールはオレ達が守る!」
 意思の篭った表情を浮かべて、駿真が向かってきた蛇を剣の一振りで斬り伏せる。軽やかな剣さばきと盾を駆使して、蛇の攻撃を食い止め、晒した隙を逃さないように剣の一撃を浴びせていく。
 すると今度は、両側に2匹ずつ、計4匹の蛇が駿真に狙いを定め、襲い掛かろうと口を大きく開けて這い寄る。
「下がって下がって〜! 凍っちゃっても知らないよ〜!」
 聞こえてきた声に反応して駿真が飛び退く、右から左に走る氷の刃が、蛇を掠め見る間に氷漬けにしていく。
「おりゃあ!!」
 踏み込みから蛇の前に躍り出た駿真の、振り抜き、返す刃が氷の彫刻と化した蛇を粉々に砕く。もう片側にも同様に連撃の技を打ち込んだ駿真が、氷刃を放った当の本人、アスカに振り返って感謝を告げ、新たな敵に向かっていった。
「おいアスカ、あまり無茶するな。さっきの戦闘で相当酷使したろ? 下手すっとこっから脱出出来なくなっちまうぜ?」
 そのアスカの下へ、蒼灯 鴉(そうひ・からす)、次いでルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が駆け寄る。『根』への攻撃の際は仲間の精神力回復に専念していたこともあって、アスカ自身はあと大技を1発、という所であった。
「ん〜そうだねぇ。でも、あのバカドラシルにもう一度きっつ〜いお仕置きを加えてやるまで、退くわけにもねぇ」
 ユグドラシルのことをそう称したアスカが、手にした刀を振って答える。
「ったく、おまえにゃ危機感ってもんがねぇのかぁ!? ……まぁいい、おいルーツ、さっきのアレ、出来るな!?」
「ああ、任せろ。再び根に辿り着けるよう、我も全力を尽くそう」
 この戦いにおいて初めて、鴉に自らの名を呼ばれたことに感慨を覚えつつ、ルーツが鴉の要請に頷いて答える。直後、通路の奥から生徒を蹴散らし、蛇の群れが牙を煌かせて突撃してくる。
「いい加減に消えやがれっ!!」
 武器を高らかに掲げ、鴉が攻撃の姿勢を取る。
「こいつを受け取れ、鴉!」
 そこに後方から、ルーツの生み出した火弾が武器に命中し、武器に火力を付与する。その状態で鴉が爆炎を放てば、増大した炎の勢いは蛇の群れをまとめて包み込み、進軍の足を大いに鈍らせる。
「じゃ、トドメは美味しくいただいちゃうね〜」
 かろうじて炎を耐え切った蛇も、アスカの振り抜いた刀の前には抵抗できずに身体を切り裂かれ、二つに分かれた身体はその内動かなくなった。
 それでも、蛇の勢いは未だ生徒たちを圧倒していた。生徒たちの後方、すぐ見える所にl1との交差点が来る所まで、生徒たちは押され続けていた。
 態勢を整えるまであと少し時間があれば……生徒たちの間にそんな思いが蔓延していく。
「皆様、蛇の侵攻は私達が食い止めます! 皆様はその間に回復を!」
 交差点から少し行った地点に、床と天井の四隅にミニ雪だるまをマーカーとして設置した風森 望(かぜもり・のぞみ)の声が飛ぶ。望が魔力を投じ、雪だるまが青白い光を放つのを見て、術の行使を察知した生徒たちが後方に下がり、それぞれの場所で治療を受けながら、術が解けた後の対応に追われる。
「おせんちゃん、サポートお願い。お嬢様、決してご無理はなさらずに」
「うむ。良いか主、わらわが手助けできるのは起動までじゃ。維持は主自身で行う他ない。これだけの数を抑え込むものとなると、規模も桁違いじゃ。他の者が態勢を整えるまでの間でよいことを忘れぬようにな」
 伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)のサポートを受けつつ、望が雪だるまを基点にした低温領域形成のための詠唱を行う。
「部下の仕事を無事遂行させるのも、主の務めですわ! 邪魔しようとする無粋な輩は、お帰り下さいませ!」
 その間に攻撃を仕掛けようとした蛇は、尽くノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の槍に突き返され、死という報いを受ける。
「――雪だるまを基点に魔力ラインを形成。
 ――山海経を開封。
 ――奏デルハ氷雪ノ葬送曲――寒獄ヲ開ク八鍵ノ音ナリ――
 ――アブダ――ニラプタ――アタダ――カカバ――ココバ――ウバラ――ハドマ――マカハドマ!


 ――山海経、付記が一節、八寒地獄!」

 発動の言葉が紡がれた直後、形成された魔力結界から冷気が放出され、前方十数メートルに極寒の低温領域が生まれる。その場にいた蛇は寒さに動くことができず、そこをノートと山海経の攻撃で仕留められる。
 低温領域から逃れた蛇は、流石に自らを死に至らしめる領域への進軍は、しないようであった。
「功を焦って深追いするなよ、嬢。わらわ達の役割は主の護衛じゃ」
「言われずとも。下の敵はこちらで受け持ちます、山海経、貴女は上を!」
 互いに了解の意思を示して、領域の境目付近で蛇を迎撃する二人。
(くっ! 私の魔力では、やはり維持するだけで精一杯ですか……っ!)
 苦悶の表情を見せる望、四隅に設置された雪だるまが、小刻みに振動し始める。
(ですがっ! アーデルハイド様の為! ミスティルティン騎士団の為! 
 そして何より、他の世界樹から馬鹿にされてるイルミンスールの為にも!)
 ともすれば気を失いそうなほどの虚脱感の中、望が術を維持することに死力を尽くす。
 そして、ついに四隅の雪だるまにヒビが入り、砕け散るその瞬間、Ir3から援護に駆けつけた生徒たちを加え、態勢を整えた生徒たちが声をあげ、蛇の迎撃に向かっていった。
「主!」
 倒れそうになる望を、山海経が受け止める。
「……よく頑張りましたわね、望。山海経、望は任せてもよろしいかしら?」
 ノートの言葉に山海経が頷き、術を行使した反動で意識を失った様子の望を連れて、後方に退く。
「さぁ、本気でお相手してさしあげますわ!」
 封じていた力を開放し、ノートが他の生徒と共に、蛇の一群に突っ込んでいく――。