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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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(・覚醒)


「アレンさん、無線機お借りします。全体の情報連絡、お願いします」
「了解! 気をつけて」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は海京襲撃の報を受け、すぐに海京へと直行した。その手には、ワーズワースを巡る事件で暗躍していた傀儡師の資料が握られている。
(博士、あなたは一体……?)

* * *


「くそ、博士、どこだ!」
 月夜見 望(つきよみ・のぞむ)はホワイトスノー博士を探し、海京の街を駆け回っていた。極東新大陸研究所には既に姿はなく、携帯電話に送られてきた情報では、モロゾフ中尉も行方不明だという。
 あの二人がスパイかもしれないという知らせが海京に流れたとき、彼は耳を疑ったものだ。
 そんなことはない、と学院上層部の会議室に飛び込もうとしたこともあった。
 もっとも、後に噂で、その上層部こそが自分達に不都合な存在になりつつある博士達を拘束させたと聞くことになったわけだが。
(あと行きそうな場所は……)
 一ヶ所しかない、天沼矛だ。
 おそらく研究所から向かっているなら、西ゲート付近から当たった方がいい。北は敵強化人間部隊との戦闘地区だから、おそらく違うだろう。
 ふと見ると、見慣れた黒いロングコートの女性の姿があった。
「博士!」
 急いで駆けつける。
「無事でよかったぜ!」
 どうやら、監視はいないようだ。博士がどうやって振り切ったのかはしらないが、彼女の姿を見れば明確な目的を持ってここに来たのは明らかだった。
「今から、この上の通信室に向かう。あれだ」
 ホワイトスノーが見上げた先には、天沼矛にある円盤状の建造物の一つだった。
「敵はどこから来るか分からない。博士、俺達で守るぜ」
「頼もしいな」
 望と一緒に、天原 神無(あまはら・かんな)須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)が護衛を行おうとする。
 が、神無はむっとした顔をしていた。
「……ふん! 好きで博士、あなたに協力してるわけじゃないわ! あたしは望くんがあなたの手伝いをしたいって言ってるから手伝ってるだけ! 勘違いしないでよね!」
 そんな彼女に対し、ホワイトスノーが何も言わずにただ微笑を浮かべた。
「……ところで、その少女……もしかして、いつぞや見せてくれた『機晶姫』の子か?」
 顔の左半分を包帯で隠した少女人形に目を遣る。
「……なあ、もしかして、その子はイコンと関係あるのか?」
「鍵を開ける者だ」
 どうやら物言わぬその少女が、これから行うことに必要なようだ。
「危険なことにはならないよな?……博士が無茶なことをするとは思わねぇけど、やっぱりさ、気になる訳さ」
「おそらくは大丈夫だろう」
 博士は一般人だ。
 そんな彼女も、目の前の少女人形も一緒に護るのは自分の役目だ。

「ん、あれはホワイトスノー博士か?」
 佐野 誠一(さの・せいいち)は、望達と話している博士の姿を見つける。
 極東新大陸研究所海京分所には電話が繋がらなかったため、足を使って捜していた。機晶バイクから降り、合流する。
「博士!」
 声を掛け、博士に近付く。
 その上で、万が一に備えての提案をする。
「もしイコンの真の力を引き出す方法が判ったのなら、俺にもそれを教えてくれ。俺ならこの混乱の中で博士を暗殺して成果を奪取する。それで海京は陥落し、寺院はイコンの真の力を手に入れることが出来る。
 もちろん、俺達も一緒に博士を全力で守る! だが、もしものときのために知っておきたいんだ」
 先に博士と合流した望達も合わせれば、六人。だが、こちらは整備科所属の人間でそれほど戦い慣れてはいない。
 対し、敵は戦闘のプロから作られたクローン強化人間達だ。だから、完全な保障は出来ない。
「分かった。一応、お前達にも伝えておこう」
 博士からこの後の段取りを聞く。
「……本当にそんなことだけでいいのか」
 意表を突かれるも、そのためにはどの道通信施設まで辿り着かねばならない。

* * *


 天沼矛の内部。
 エレベーターは停止している。そのため、連絡通路を通って駆け上がっていく。
「博士!」
 荒井 雅香(あらい・もとか)がホワイトスノーの姿を発見し、近付いてきた。
 ちょうど整備科の面々も一緒だ。
「私も手伝います」
 状況を察する。そして博士達と一緒に上っていく。これから行われることを成功させるために。
 今のところ、特に危険な感じはしない。まだ強化人間達は天沼矛内部までは侵入していないらしい。
「……さすがに高いな」
 望が声を漏らした。
 元々高度6000メートルのエレベーターだ。それを上るというのだから、契約者といえど決して楽なことではない。
 不思議なことに、ただの一般人であるはずの博士が一番疲れていないように見受けられた。
「博士、ただ……これだけは言っておくわ」
 道中で、神無が口を開いた。
「あたしはあなたが大嫌いだわ。あたし達、強化人間も機晶姫も『人間』じゃないとか言うあなたはね!
 誰に決められるでもない『あたし』は『あたし』よ! それを忘れないで!」
「その威勢の良さ……風間にも知ってもらいたいものだ」
 そして、ついにその場所の前まで辿り着く。
 が、そこには二人の人物が待ち構えていた。御空 天泣(みそら・てんきゅう)ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)だ。
「PASDからの連絡情報を元に推測して待っていました。少々、賭けでしたが」
 博士に問う。
「貴女が何をしようと止めません……僕に止める権利などないとは思っていますが。
 その人形、あの子供も触りました?」
「子供?」
 博士の顔つきが変わるのを、天泣は確かめた。
「僕はイコンを、神を知りたい。貴女の過去や世界の闇等は、僕の研究の対象外、興味はない。だけど僕の知りたい真実がそれに覆われているのなら……剥がします。
 2012年に一体何が? あの子供は今どこに?」
「その話は後だ……まずは、イコンを目覚めさせるのが先だ」
 部屋の中に入っていく。
 そして、博士は「匣」を取り出した。
 
 部屋の手前で、結城 真奈美(ゆうき・まなみ)カーマ スートラ(かーま・すーとら)が襲撃者の警戒に当たっていた。
 扉の前方では櫛名田姫が武器を構えている。
 そこへ、二つの影が迫る。
「この先に用があるものでして。通させてもらいますよ」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)だ。
「行かせません!」
 真奈美が扉をロックした。
 また、途中のシャッターを起動してもらいサイコキネシスで押し切られないようにする。
 そして、カーマがアシッドミストで通路に霧を漂わせ、視界を奪う。
「そう来ますか。突破しますよ、バルト」
 シャッターに向かって、バルトが神速と加速ブースターを使用し、そのまま即天去私を繰り出す。
「シャッターが!?」
 その威力で、シャッターが破壊される。
 だが、そこで終わりではない。真奈美が壊れたシャッターをサイコキネシスで操り、足止めを図る。
 だが、そのときピッと切れ目が入り、シャッターがバラバラに切断された。
「この糸術――夢幻操糸流、試させて頂きますよ」
 雄軒が武器にしているのはナラカの蜘蛛糸だ。
「糸ならば電気を流せば!」
 カーマが雷術を繰り出す。しかし、雄軒の前にバルトが立ちはだかり、エンデュアで耐え抜く。
「あまり貴女方に時間を費やすわけにはいかないのですよ」
 通信室へと足を踏み入れようとする。
 その瞬間、櫛名田姫がバルトに向かって斬りかかってくる。
「ふははは! 我は破壊神、須佐之 櫛名田姫!! さあ、かかってくるがよい!」
 二人に向かってチェインスマイトを繰り出す。
「ほう、では新しい技を使いましょう」
 雄軒が糸を束ね、刃を受ける。
「――束糸!」
 その横から、バルトが即天去私を繰り出す。
「やりおるの!」
 すぐに飛び退き、今度は轟雷閃を放ってくる。それが雄軒の身体を掠めるも、ほとんど気にした様子はない。
 今度は、彼の方から蜘蛛糸を飛ばしてきた。
「ふん、そんなもの」
「――曲糸!」
 櫛名田姫が糸を斬ろうとした瞬間、それが曲がった。それは彼女の剣を避けるようにして、彼女の身体へと食い込む。
「ぐぬ……」
 そこへ、バルトが加速ブースターで飛び込んできて、ロケットパンチを繰り出した。
「それでは中へ入らせてもらいましょうか」
 通信室の扉をバルトが体当たりして破壊する。
「来たわね!」
 扉がなくなった直後、神無が禍心のカーマインを放つ。
 だが、外れた。
「博士に近付くな!」
 望がスパナを投げる。
 今度はそれを、バルトが叩き落とす。
「博士、ここは抑えますので、早く!」
 雅香がハンドガンでスプレーショットを放つ。
 それを、雄軒が「束糸」で蜘蛛糸を盾のように束ねることで防ぐ。
「これは、どう!?」
 その後ろから飛んできたのは、サイコキネシスによって撃ち出された複数のタロットカードだった。
「無駄ですよ!」
 蜘蛛糸を広げ、カードを切り刻む雄軒。
「さわりを抑えただけでこれほどとは。少々手首が痛みますが、やはりこの力は素晴らしい!」
 夢幻操糸流糸術の強さを改めて実感する。
 だが、そこへ地を蹴る音が聞こえてくる。
「博士達から離れて下さい!」
 ロザリンドが飛竜の槍を構え、雄軒達に飛び込んで来る。
「――束糸!」
 槍の先を雄軒が受け止めた。
「これは……!」
「そう、傀儡師様から頂いた力ですよ!」
 一旦飛び退き、再び槍を持ち直す。
「そしてこれは私が編み出した技!」
 蜘蛛糸を遣りに絡ませ、アルティマ・トゥーレを使用する。
「――氷糸!」
 糸から冷気を放ち、槍を凍らせて破壊しようと目論む。
 だが、冷気が完全に武器を覆う前に、ロザリンドがライトブリンガーを放った。
「ぐ……!」
 すぐに束糸に切り換えて防御しようとするが、間に合わなかった。
「さすがはロイヤルガード、ここは大人しく引き上げるとしましょう――バルト!」
 バルトが部屋の機材に向かって六連ミサイルポッドを撃つ。その際に発生した煙に紛れ、退散した。

* * *


「機材は……え、無事?」
 煙が晴れたときに整備科の生徒達が周囲を見渡すと、ミサイルの残骸のようなものが散らばっていることを除けば他は何事もなかった。
「ジール・ホワイトスノー博士。あなたは、傀儡師ですか?」
 ロザリンドが槍を構えたままホワイトスノーに問う。同時に、PASDに存在する傀儡師関連の資料を投げ渡した。
「今の一瞬で全てのミサイルを払った様。ただの一般人に出来る芸当ではありません」
 よくよく部屋を見渡すと、通信室内部にはワイヤーが張られており、敵が来たらすぐに迎撃出来るようになっていた。
「博士、あんたは一体……」
 整備科の生徒達が驚くのも無理はない。
 今の今までただの一般人だと思っていた人物が、少し前に起こった事件に関わっており、護衛を請け負った自分達以上の戦闘能力を持っているのだ。
「傀儡師。そうか、あいつはそう名乗っていたのか。これで確信した」
「どういうことですか?」
「私はお前達の出会ったという傀儡師――いや、マスター・オブ・パペッツと言うべきか。それをよく知っている。その所在を、私も知りたかったところだ」
 敵意はない。
 どうやら、味方ではあるようだ。
「詳しい話は後だ。イコンを目覚めさせる」
 博士が「匣」を機器につないだ。
 それは海京、ひいては海上で戦っているイコンにも聞こえるように、電波を送信する。
「頼みがある。PASDの通信網を使って、製造プラントにも繋いでくれ」
「はい、分かりました」
 ロザリンドはアレンにその旨を伝える。もちろん、まだ完全に警戒を解いていないことも含めて。
「これは……曲?」
 旋律が耳に入ってくる。
 それは、まるでオルゴールで鳴らしているかのようだった。
「最初は何か情報を記録しているものだとばかり思っていた。だが、それらを分析し、正しく組み合うように匣の中をいじると、一つの曲になった」
 穏やかな曲だった。
 奏でられる旋律に耳を傾ける。

 そのときだった。
 博士が持ってきた少女人形が光に包み込まれる

 ――ようやく出てこれた。長かった、本当に「永かった」わ。

 幼い少女の声が響く。
「さあ謳え、調律者」
 まるで指揮者のようだった。
 ホワイトスノーは両手を振るう。
 人形だった少女は次第に温かみのある人の肌を取り戻していく。

「私は奏でよう」
「わたしは謳おう」

 ――鳥達の目覚めを、護りのための祈りを、聖譚曲(オラトリオ)を