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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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第十八曲 〜Daybreak〜


 天沼矛の上で、その男は俯瞰していた。
 怜悧な容貌に漆黒のローブ、黒の長髪、黒い瞳と、闇に解け込みそうなその姿は、黄昏の空を象徴しているかのようだ。
(人は何を求め、何故に争うのでしょうか)
 ぶつかり合う、白と黒の巨人。
 飛び交う光。
 男はただ、その行く末を見つめる。


(・ヴィクター・ウェスト)


(影の人、と呼ぶべきかしら? 彼はこの近くにいそうね)
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)は影の人の存在から、ローゼンクロイツが近くにいると判断する。
 この都市から全ての戦況を窺える場所など、一つしかない。
「彼の者は天沼矛にいると思われます」
 ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が提言する。
 二人は空飛ぶ箒で、天沼矛の最上部まで飛んでいった。

「やはり、お出でになると思っておりました。メニエス様」
 慇懃に一礼し、メニエスと顔を合わせるローゼンクロイツ。
「ちょっと思うところがあって、可能ならあのクローン兵の開発者に会いたいのだけど」
 視線を上空の輸送機と、そこから降下していく黒い装甲服に移す。
「ご案内致します。とはいえ、一瞬で済みますが」
 次の瞬間、メニエスとミストラルの周囲の風景が一変した。
 ローゼンクロイツの芸当がいかなる原理なのかは未だに分からない。だが、ここが自分の用がある場所なのは確かなようだ。

* * *


「おヤ、珍しいナ。せめてノックくらいしてくれてもいいじゃないカ」
 目の前にはサングラスをかけ、白衣を纏った男がいる。
 白衣の下は派手な柄のワイシャツに、ジーンズというラフな格好だ。
 この男がクローン強化人間の開発者なのか?
「お初にお目にかかるわ。あたしはメニエス・レイン」
「ほウ、かの有名ナ……これはこれハ。オレはヴィクター・ウェスト。ここで研究を行っていル」
 独特な喋り方をする男だ。
「ふふ、貴方のクローン兵。非常によさそうな道具ねぇ。戦いはもちろんのこと、色んな所の感情を煽る意味でも素晴らしいものだわ」
「クク、光栄ダ。あの女とは大違いだナ」
「……ところでちょっと気になったんだけど、このクローン技術は『人間』じゃないとダメなのかしら? ヴァルキリーや守護天使、獣人、魔女なんかの比較的人と同じ形を成すものであれば応用も利く可能性もあるでしょうし、精霊や魔道書みたいなどちらといえば不可思議な存在まで複製出来ないか、と。
 例えば魔道書なら、書そのものを複製して、その中に原本の一部を使う……とか。それは兵としても各方面の感情を煽るものとしても、とても面白い道具にならないかしら? ただまぁ、単純に『軍』で使ってしまうとこちらの立場を悪くするだけなのは明白だから、どう使うかと言われると机上の空論でしかないのだけれど……。
 追求する技術としては面白いと思わないかしら?」
 メニエスの提案に対し、ヴィクターは、くっくっと笑う。
「あら、何が可笑しいのかしら?」
「クク、キミの思考は素晴らしイ。そう、それダ。それでこそエドワードを始めとした評議会が注目するだけのことはあル。ククク、ついてきたまエ」
 ヴィクターに案内され、研究所らしき建物中を歩いていく。
「実際、これまでパラミタ種族のクローン化もいくつか試しタ。見ロ」
 ヴィクターが指差した先にあったのは、異形だった。翼のようなものがあるが、とても人型とは思えない。
「ヴァルキリーの遺伝子情報を元に『再現』したものガ、あれダ。魔女に至ってハ、魔女化の原理が完全に解明出来ていない以上、クローンにしたところでただの人間になってしまウ。獣人にしてモ、せいぜいキメラがやっとダ。遺伝子、塩基配列、染色体、全て完全なはずなの二、作ってみれば出来損ないばかりダ。クク、そういえば地球人とパラミタ種族が交配してモ、ハーフは生まれないと聞いたことがあったナ。そこにヒントがあるのかもしれないナ、ククククク」
 それはそれは、とても楽しそうだった。
 彼にとっては、全ての研究は興味を満たすために存在しているのだろう。そこには人道に則るなんて考えは微塵もない。罪の意識、そもそも好奇心を満たそうとすることの何が罪だとこの男なら言いかねない。
「もしクローン兵の更なる開発に手を伸ばすということであれば、貴方ほどの技術を持っているわけではございませんが、わたくしも技術官僚としてお手伝いさせて頂ければと。吸血鬼であり、パラミタ人の身としては、多少パラミタ種族を知る上でもお役に立てることと思います」
「ならバ、吸血鬼の生態とやらを調べさせてはくれないだろうカ。何、身体の隅々までメスを入れて調べるだけダ。内臓の一つ一つをこの手に……クク、軽い冗談ダ。そう殺気立ちなさるナ」
 この男は決して高い戦闘能力を有しているわけではない。。
 おそらく、メニエスの魔力なら軽い火術で消し炭に出来るだろう。今この瞬間にも、ミストラルが掴みかかればそれだけで簡単に首の骨を折ることも出来る。にも関わらず、ヴィクターは何者をも恐れていないように見えた。
 きっと、この男なら『神』にすら喧嘩を売るだろう。ある意味、既に売っているようなものだが。
「そうそウ、魔道書と言ったナ?」
 問われ、メニエスは以前手に入れた『全能の書』の残骸である紙片を取り出した。
「これハ、化身として顕現していた姿があったカ? 仮にあるならバ、復元は可能ダ。完全な姿には戻せないガ、再び実体としての姿を呼び起こすことなら出来ル」
 その原理について、クローン技術と絡めて説明してきた。
「魔道書ハ、ある種のエネルギー、魔力によって書の知性が現れたものだと考えられル。東洋には言霊という考え方があると聞ク。ならば字――意味を持った言葉がそのまま知性として顕現していても不思議なことではなイ。最モ、そういったものヲ、意図的に呼び起こスにはまだ至らないガ」
 つまり、一度実体化した魔道書であれば、本体が完全に駄目になっていなければまた「生き返らせる」ことが出来るという。
「これの究極形は、一つの実体に複数の本体を持たせることだ。オリジナルとは別に同等の魔力を持った複写、それらで一つの円環を作リ、魔力を補い続けル。そうすれば無限に等しい力を得ることになル」
 似たような話を、メニエスは聞いたことがある。
 魔導力連動システムだ。
「あくまでこいつも机上の空論に過ぎないガ」
「そのアイディア、もしかしたら実現に近づけるかもしれないわ」
 可能性に過ぎないが。
「だからお願いしてもいいかしら? この『全能の書』を甦らせて欲しいの」