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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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(・西地区)


 杵島 一哉(きしま・かずや)アリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)は、極東新大陸研究所海京分所の中にいた。
 避難誘導を行おうとして入ったのはいいが、どうやらもう済んでいたらしい。
 そこへ、一人の男性を発見する。
「あ、まだ人がいましたか」
 部屋を見て回っている最中だったため、ここの研究員だと判断し、誘導しようとする。
「ここは危険ですから、ひ……」
 そこで彼らの記憶は途切れる。

(研究所の皆さんのことだから、避難は済んでると思いましたが……部外者がどさくさに紛れて入ってきていたとは)
 イワン・モロゾフは咄嗟に気絶させた二人を見て呟いた。
(見たところ、天御柱学院とも関係なさそうですし、とりあえず適当に安全な場所へ運んでおきますか)
 二人を抱え、モロゾフは呟いた。
(大佐……もう少しだけ、待ってて下さい)

* * *


(どうやら、ここもみんな無事に避難できたようだね)
 山田 桃太郎(やまだ・ももたろう)は西地区のビルを見て回っていた。
 特に、研究者気質な人間はこういう状況でも持ち場を離れたがらないために心配だったが、どうやら杞憂だったらしい。
 機密情報も大体持ち出されたようだ。
 念のため、入れる場所は確認してから外へ出ようとする。
(資料室か)
 研究機関ではないが、どうやらこの建物は超能力研究に出資している企業のものらしい。2018年以降の新聞記事が保管されていることから、天御柱学院とも提携しているのだろう。
(ん……)
 その二年前の記事が目に留まった。
(パラミタ化手術は安全か? パラミタ化を施された人間が暴走、天御柱学院に新設されたばかりの超能力科に早くも暗雲が)
 見出しはそうなっていたが、中身はパラミタ化人間、今で言う強化人間を批判する内容であり、具体的な事件についての記述はない。
 だが、この事件が今の強化人間管理課と何かしら関係があるのではないか、そう思わずにはいられなかった。

* * *


 北と西の境界。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は、ここで敵の強化人間部隊を迎え撃とうとしていた。
「この先には研究施設がある。ここで食い止めなくてはいけない」
 極東新大陸研究所海京分所だけではない。世界から集約された最先端技術が、この海京の西地区にはある。
「敵、来るよ!」
 ロートラウトが敵の姿を発見した。
 数は五。
 以前の製造プラントで戦ったときと同じ、黒い装甲服を着た者達が攻め込んでくる。
(見えている者達だけとは限らない)
 姿を捉えてからは、後の先で相手の動きを読み、神速で懐へと入る。敵の超能力による加速技能は厄介だが、それを超えていけばいい。
 敵がナイフで匕首を受けるが、パワーはエヴァルトの方が上だ。そのままナイフを弾き飛ばし、首に匕首を突き立てる。
 そして、その敵をそのまま蹴って別の敵にぶつけた。
 直後、敵が爆発する。
 残りは三人だ。
「被害は最小限に抑えたい……だが、敵はそれを許してくれなそうだ」
 上を見れば、ビルの壁伝いに装甲服が駆けて来ている。
「……!」
 そのとき、エヴァルトが分身した。
 正確には、隠れ身でビルの壁に身を隠したロートラウトがメモリープロジェクターで彼の姿を投影したのだ。
 さらに、六連ミサイルポッドを放つ。敵はフォースフィールドでそれを防ぐが、ミサイルの煙によって分かることがあった。
「何もなければ、空気は揺れない」
 迷彩で姿を隠していても、動けば煙が多少は揺れる。敵の数は残り三人ではない。さらに二人いるのだ。
 竜の波動で相手に気をぶつける。
 それによって煙が完全に晴れたところに、ロートラウトが機晶キャノンによって砲撃を行う。
 回避されるものの、それを食らったことによって敵の迷彩が効力を失った。
「お前達に、これは効くか……?」
 その身を蝕む妄執を繰り出す。
 だが、恐怖を感じないクローン強化人間には、幻覚は通用しないようだ。
 ならば同じ戦法でいくしかない。敵はこちらの攻撃パターンを学習し、先程とは異なる連携を行っている。ならば、それを逆に利用すればいい。
 神速で飛び込む、と見せかけてドラゴンアーツによる衝撃波を放つ。敵は加速にサイコキネシスだけではなく、レビテートも使っている。と、いうことは衝撃には滅法弱い。
 一人を飛ばしている間に神速で駆け、壁を蹴る。
 そして両手に持った匕首で敵二人の首を刎ね飛ばす。
 残り三人になったところで、ドラゴンアーツで飛ばした者以外は後退した。
「逃がさないよ!」
 ロートラウトが機晶キャノンを放つ。狙いは身動きが出来ない一人だ。
 自爆の条件は大体分かっている。だからあえて即死しないように、だが致命傷にはなるように胴体を狙う。
 直後、敵は誘爆した。
「どれだけ来ようと、ここで止めるまでだ」

* * *


(そっちはどう、見つかった?)
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)はイワン・モロゾフの姿を探していた。
(まだ見つからないわ)
 メルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど)と精神感応で連絡を取る。
 教導団として海京警察に問い合わせたところ、モロゾフが消えたと聞いた。刑務所はそのまま地下シェルターと繋がっており、囚人も非常時には移送可能だが、一般人であるはずのモロゾフがいなくなったことに、警察当局は狼狽しているようだった。
 しかし、ローザマリアは決して驚かなかった。
 イワン・モロゾフとベトナムで合流したが、彼がただの一般人でないことはそのときに知った。
 捕まった理由についても、元々疑いをかけられるきっかけになったのは教導団の人間なので聞いている。
 だが、なぜ彼が自分達をベトナムに送ったのか、そして自らベトナムまで出向いて来たのかは分からぬままだ。
「ローザ、おそらく中尉はこの地区にいるはずだ」
 ライザが推測するには、中尉のことだからまずはホワイトスノー博士を探しにここまで来るだろう、ということだった。
 海京分所のある西地区に。
「カメラは……動いているわね」
 メルセデスに精神感応で連絡を行う。
 彼女とエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)がカメラの管理元へアクセスし、モロゾフが映っていないかを調べる。
 当然、このような緊急事態なだけあってハッキングするしかない。
 だが、ちょうどそれを指示したときだった。
「モロゾフ中尉?」
 その姿を発見した。
 相変わらず油断していれば気付かないくらい、存在感の希薄な男だ。
「教導団の貴女方は、僕を連れ戻しに来たのですか?」
 そう問うてきた。
「いいえ、違うわ」
 なぜ彼が拘束されていたのか、その裏には天学上層部の意向があったということまでは把握している。
 そこで、本人に心当たりがあるか聞く。
「貴方を拘束するように仕向けたのは、貴方が握っている情報がその仕向けた側からすれば不都合な物でしかなかったから、違う?」
「あえて言うなら、学院側はきっかけが欲しかっただけですよ。僕や大佐、極東新大陸研究所が持っている情報を独占するための」
 天学は極東新大陸研究所と提携しているが、その技術を全て学院に吸収したいと考えているらしい。
「それに、ロシア側からこれ以上口を挟まれるのがわずらわしかったんでしょう。校長は放任主義だからいいとしても、イコンの力は好きに使いたい、そういうことです。
 そしてこれは推測ですが、既に敵のスパイはその上層部の中にいます。それも、かなり前から……少なくとも二年前から、ですね」
 モロゾフはある程度学院のことを調べていたらしい。
「学院の方針が完全に変わったのが2018年です。それは極東新大陸研究所と提携し始めた年。なお、申し出は天御柱学院からです」
 そのときからスパイだったのかは分からないが、少なくとも学院にいる人間であることは確かなようだ。
 極東新大陸研究所は学院の運営には携わっていない。
「一応、確かめる必要があるわね。少し協力してもらうわよ」

 しばらくして、メルセデス達と合流した。
(カメラは……あそこね)
 それを確認した瞬間、モロゾフが動いた。
「――――ッ!」
 背後から一瞬で組み伏せられ、倒される。
「抵抗しないで頂けますか?」
 ローザマリアが動こうとし、振りほどいた瞬間に無光剣で喉元を切り裂いた。
「やはり貴方がスパイだったのね。情報を聞き出してからにしたかったけれど……」
 不可抗力だ。
 しかし、この死体を海京警察に届ける必要がある。
 海京警察にも契約者はおり、近くを捜索しているはずだった。
 その姿を探していたメルセデスが、精神感応を送る。
(チーズケーキが地面に落ちてしまったの。拾ってくれない?)

 それを受けた富永 佐那(とみなが・さな)は、行動を開始した。
(モロゾフ中尉が死んだのですね)
 言葉の意味を、彼女は知っていた。
 だから海京警察の制服を着用して、さらには異性装の特技を生かして男性警官として現場へ直行する。
「本部へ移送します」

* * *


「あれってイワンさん、だよね?」
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)はイコンのモニターからその姿を発見した。彼は海京の都市防衛のクェイルから街の様子を窺っていた。
「え? モロゾフさんですの? モニターズームアップしますわ」
 ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)がモニターの操作を行う。
 彼といる女性も映し出された。
 ベトナムで合流した教導団の人であり、面識は一応ある。
「ああ、無事に釈放されたんだ。良かっ――」
 直後、惨劇が起こった。
 モロゾフがローザマリアを組み伏せ、それに抵抗した彼女によって彼は斬り殺された。
「イワンさん!」
 咄嗟にイコンのハッチを開けて、機体から飛び降りる。もちろん、そのままでは怪我どころではすまないので、ワイヤーを使って。
「仕方ありませんわね。私も付き合いますわ!」
 二人は機体から飛び出し、現場に直行する。
 だが、そこに到着する頃には、海京警察の人がイワンを運び出したところだった。
 必死になって追いかけるが、見失ってしまう。
「イワンさん、嘘だよね。そんな……」
「ミルト、落ち着きなさい! 真相を確かめますわ!」
 おかしなことが二つある。
 なぜ、ベトナムで助けた相手を拘束しようとしたのか。
 そして、一般人でありながらあの黒い装甲服数人をたった一人で、しかも無傷で倒せるにも関わらず、あっけなく斬られたのか。
 その答えはすぐに分かった。
 突如背後から掴まれ、物陰に引きずりこまれる。
「イワンさん……?」
 物陰で息を潜めていたモロゾフだ。首元には血糊がついている。
「静かに……!」
 そして、さっきのがなんだったのかを知る。
「少し、一芝居打っただけですよ。ちょうど、僕を探している人がいたようですので」

* * *


 死亡情報と生存情報を流している中、佐那は死体袋を指定の場所まで運んだ。
 そして中身を出し、布を被せて放置する。
 当然、モロゾフの動向を知ろうとしている者はいるはずだ。そのため、モロゾフが死ぬ際の映像は天学に流している。
 それと同時に、生存情報もだ。彼の安否が気になるのならば探しに来るだろう。もっとも、流している情報はほとんどが偽者だ。
 本物のスパイは、おそらくこういう状況でも都市全体の情報を掴んでいるはずだ。そして、敵が街を襲撃するこのタイミングこそ、動き出す絶好の機会だ。モロゾフにスパイの罪を完全に着せた上で殺すために。
 しかし、それはモロゾフがスパイではないと仮定した場合だ。
 彼がスパイならこのまま何も起こらない。逆に彼ではないとしたら、一度確認しに来るだろう。
 PASDから驚異的な腕前のハッカーがおり、そのアクセスポイントが海京であることを知った。あえてカメラの前を通ってきたのは、誘導するためだ。
 物陰に隠れ、様子を窺う。
 そこへ、一人の人物が入ってきた。
「殺さ……なくては」
 その人物に、佐那は見覚えがあった。パイロット科の科長だ。なぜここにやってきたのか。答えは明白だ。
「動くな!」
 ライザが首元に刃を突きつける。
「な、何をする!? 私はただ……」
 目の前の布を取っ払う。
 そこにあったのはマネキンだった。
「説明してもらうわ。なぜ、ここに来れたのか。目的は何かを」
「決まっている、私はこいつを殺さなくてはいけない」
 そのとき、彼ははっとした。
「違う……」
「今、確かに殺すって言ったわね」
 身を隠していたローザマリアが近付き、確認を取る。
 次の瞬間、小隊長の目が見開かれた。
「そうだ、私が全部やったんだ。情報をあいつらに流した!」
「なら、質問に答えて」
 敵の正体について聞こうとした。
 すると、パイロット科長はみるみる青ざめていった。
「そうだ、私は脅されたんだ! そうしなければ――」
 それ以上は話せないようになっているらしい。だが、どうしようもないと悟ったのだろう。
「天住 樫真」
 その単語を言った瞬間、男は力を失った。
「……死んでる」
 口にした瞬間死ぬような呪い、もしくは術式が施されていたのだろう。
「私の知る限り、今の学院にはそんな名前の人物はいません」
 佐那が言う。
 だが、それが敵を知るための手掛かりなのは確かなようだ。