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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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○     ○     ○


 別邸の整理や掃除が人型兵器に邪魔されることなく行えていたのは、残党の掃討に当たっていた者達がいるからだ。
「ここでは……命を奪わず、重傷を負わせて放置する方が残酷でしょうね」
 調査当時も、容赦なく敵を倒してきた志位 大地(しい・だいち)は、再び離宮に降りたった今も、当時と変わらないスタンスだった。
「宮殿の方から、光条兵器使い2体、来るわ」
 氷月千雨(メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり))は、朽ちた木の陰に隠れながら、接近を待つ。
「東の方からも来ますわね〜。挟まれたら大変かもしれませんわねぇ〜」
 幻槍モノケロスを手にシーラ・カンス(しーら・かんす)は、東側を見ながらおっとりと言う。
「面白いことになりましたね」
 大地の目に、東方向からこちらに向かってくる機晶姫に似た兵器の姿が映った。
「全てここに引きつけて、片付けます」
 その大地の言葉に、千雨は真剣な顔で頷く。
「わかりました〜」
 シーラは微笑みを浮かべながら、光精の指輪を撫でた。
「行きます」
「はい」
「ええ〜」
 次の瞬間、3人は同時に地を蹴って、それぞれの方向へと飛んだ。
 シーラは光の人工精霊を呼び出して、あたりを照らす。
「敵……壊す、壊す……」
 光条兵器使いがこちらに気付き、ボウガン型の光条兵器を千雨に向ける。
 構わず、千雨は光条兵器使いに接近し、光の矢が放たれた直後に、至近距離から2丁の銃を撃ち、光条兵器使いの頭を討ち抜いた。
 光の矢は千雨に当たらなかった。
「……っ」
 しかし、もう1体の光条兵器使い振り下ろした光の剣が、千雨の肩を掠める。
 即座に千雨は後方に飛び退き、光条兵器使いの胸を狙って撃ち抜いた。
「危ないですわ〜。もう少し胸が出ていたら斬り落とされていたところですわよ〜」
 シーラが肩を負傷した千雨を労り?ながら、ヒールをかける。
「ホントです。サラシを巻いてぺったんこにしてきたお蔭で助かりましたね、千雨さん」
 大地が機晶姫型の兵器を2本の剣で薙ぎ払いながら、真面目な顔で言う。
 二人の言葉に――千雨はカアアアッと赤くなっていく。
「そんなもの……巻いてないわよ。分かってて言ってるでしょーーーーっ!」
 真っ赤になって、わなわな震えながら、千雨は銃を撃ち鳴らし、魔法を乱発して、周囲の敵を打倒していく。
「まあまあ、こんなに汚してしまって〜。お掃除が大変そうですわ〜」
 千雨の激しい攻撃に、周囲に敵の残骸が散らばる。
 シーラはハウスキーパーのスキルで、散らばった残骸を素早く片付けていく。
「シーラさんに来ていただいてよかったです。こうなると思っていたんですよ……」
 自分達が掃除に行くことで、余計に離宮の中が散らかるのではないかと思い、大地はシーラを連れてきたのだ。
「任せて下さいませ〜」
 シーラはほんわりと微笑む。
「はあ、はあ、はあ……」
 敵を一掃し終えた千雨は肩で息をしていた。
 大地は軽く息をつく。
(精神力を温存する必要がありますし、からかいもほどほどにしなければなりませんね)
 淡い笑みを見せた後、大地は真剣な表情へと戻る。
 戦闘の音に反応し、宮殿の方から光条兵器使いが、パラパラ姿を現していく。
「休んでいる時間はないようですね。……掃除、してしまいましょう」
 大地は光条兵器使いの懐に走り込み、剣で喉を切り裂く。
 返り血を払い、次なる敵の心臓を貫いた。
「もっともっと、こちらに敵をおびき寄せても大丈夫そうですわね」
「こちらは、1対大人数でも構わんが、そっちは?」
 北塔から南塔に向かい、敵兵器の処理に当たっていたナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が、合流をしたシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)と共に、近づいてくる。
「……構いませんよ」
 大地が答えると、ナコトは光る箒を操って、付近の敵をこちらへと集めていく。
「心配せずに作業を進めてくれ。じきに敵の姿はなくなる」
 シーマは南に向かう者達に声をかけた後、加速ブースターで速度を上げて、姿を見せた光条兵器使いに一気に接近。
「全て片付けなければな」
 そして、ランスバレストで腹部に風穴を開けた。
「撃たせませんわよ」
 銃のような光条兵器を持つ光条兵器使を、上空からナコトが魔道銃で狙い、頭を撃った。
 弾かれた光条兵器使いの体を、大地が刀で切り裂いて息の根を止めた。
「まだ来るぞ」
 シーマが次なる敵に向かっていく。
 5人は奮闘し、次々に敵を打倒す。
 中心部であるこの場所にこうして敵を集めることは、各方面に向かった仲間達の助けになるだろう。

 大地達より少し南。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は別邸の傍に、来ていた。
 パートナー達は後ろからついてきている。
 リカインはソフィア・フリークスが最後を迎えた時、傍にいたから。
 彼女の遺体の場所はよく覚えていた。
 残党の対処に当たると言って仲間と別れた後、即この場へとやってきたのだ。
 ソフィアの亡骸がそのままになっている、この場所へ。
「わしはここで何があったのか、詳しくは知らん。ただ、封印というものが為されていたらここで尽きた者はナラカに行くこともかなわない……そう感じるのだ」
 背後から、義仲がリカインに語りかける。
「己が野望のため戦を繰り返したわしですら今こうしてここに立てているというに、それではあまりに悲しいではないか。そんな者達のためになるというならば、この義仲迷うことなく力を貸そう。巴の身体ではあるがな、はっはっはっ!」
「……」
「……そういえば生き延びて欲しい一心とはいえ、いざという時に付いて来ることを拒絶した上に朝敵となったわしのこと、巴はずっと弔っていてくれたと聞く。想いとはやっかいなまでに強きもの……そうは思わぬか?」
 リカインは何も答えずに、目を軽く伏せた。
 そして、ゆっくり、歩いていく。
(……あの時契約をした人がいると知っていたとしても、選択肢に変わりはなかった。ううん、変えようがなかった)
 血まみれで倒れている女性に近づきながら、リカインは思いを巡らせていく。
 あの時。
 ソフィアから『退かない』という確固たる意志を感じた。
(だからこそ倒してハイ終わり、なんてしたくない)
 百合園側はヴァイシャリー軍人の遺体収容を優先するだろう。
 2時間という短い時間では、彼女や離宮に残っている物を十分に回収することはできない。
 リカインはソフィアに近づいて、彼女の体を仰向けにした。
 ……開かれていた目を、閉じさせて。
 足をまっすぐにして。
 片方しかない腕を、お腹の上に乗せて。
 癒えることのない傷に、布を巻きつけた。
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)と、中原 鞆絵(なかはら・ともえ)に憑依した木曾 義仲(きそ・よしなか)は、静かにリカインを見守っていた。
 そこに……。
「ソフィア……どこ……」
 小さな声が、響いてきた。
 リカインははっとして、顔を上げる。
「……迎え、来てくれたみたい」
 そう言葉を発して、目を軽く閉じた後で、リカインは立ち上がり……そっとその場から離れた。

 返事なんて、絶対にないことは解っていたのに。
 桐生 円(きりゅう・まどか)は、ソフィアの名前を呼びながら、彼女の姿を探していた。
 場所は聞いてきているので、このあたりだということは解っている。
 沢山の屍を越えた先に――ようやく、探していた人の姿が在った。
 円は転びそうになりながら駆け寄って、彼女の傍で倒れるかのように、膝を地面についた。
 彼女の体は、服も髪も体も血だらけで、片腕は失ったままで。
 眠っているわけではなく、死んでいるということが一目で分かるほど酷い状態だった。
 茫然としていた円の目から、涙が一つ、落ちた。
「ソフィア……」
 名前を呼んでも、返事はない。
 わかっている。わかっている。わかっている……けれど。
 ぽた、ぽた。円の目から、涙が溢れていく。
 理解していた。
 ただ、死体を取りに行くだけだと、そう思っていた。
 だけれど、涙が止まらない。
 前が良く見えない。
 ぼやけて何も見えない。
 ソフィアの傷も見えない。
 流した血の跡も、手がないことも見えないよ。
 全部、全部嘘だったらいいのに。
 涙が止まったら、元通りになっていたらいいのに。
 もう一度、話をしたい。
「話……したい、よ……」
 謝りたいんだ。
 ソフィアの事を何も知らなかった事を。
 知った気になっていて、知れたからパートナーになったと思ってた。
 仲良くなれれば、考え直してくれると思ってた。
 そういう甘い考えで接して、死なせてしまった事に。
 そして、自分に何が求められていたのかを、一切察することが出来なかった事を。
 ただ、甘えていただけだった事を。
 謝りたかった。謝りたいんだ!
 我儘を言っていいのなら、ボクは――ソフィアに生きてて欲しかった。
 生き恥を晒してもいいから一緒に生きていて欲しかった。
 生きていて、欲しかった……。
 涙をボロボロ流して、泣き続ける円の頭に、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、ぽんと手を乗せた。
「円、泣くのを辞めなさいな。泣いてるとソフィアさん心配して安心して眠れないわよぉー」
 ソフィアの魂は、まだこの封じられていた離宮の中にあるかもしれないから。
 円を見ているかもしれないから……。
 円はこくりと頷いて、涙を手の甲で拭った。
 それでも、涙は溢れて止まらなかったけれど、持ってきた布を取り出して、ソフィアの体をオリヴィアと、一緒に包んでいく。
「動いてるのはっけーん。ミネルバちゃんアターック!」
 護衛としてついてきた、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が、ぐらりと動いた石像型兵器の体を剣で叩き壊す。
 それから、笑みを円に向けてくる。
「やりたいことやって、意地張って死ねたなら、それはそれで幸せだとおもーよー」
 円はわずかに頷いて、オリヴィアと共に、ソフィアの体を抱えて立ち上がる。
「ソフィアは……精一杯生きた、よね」
「そうねぇー。少ししか会えなかったけど、すごぉく頑張ってる人に見えたわー」
 こくりと首を縦に振って、円はオリヴィアと一緒に北の塔へと歩き出す。
 ソフィアの体は、小さな円にはとても重かった。
「……」
 無言で近づいてきた女性が、ソフィアの体を横から支えて歩き出す。
 ……リカインだった。
「ありがとう」
 円は小さく礼を言って、一緒に地上へ向かう道を歩いていく。