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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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○     ○     ○


 宮殿より南に位置している、王族か貴族のものと思われる別邸。
 ここでも、熾烈な戦いが繰り広げられた。
 破壊された人造兵器。崩れた塀や壁。
 割れた窓ガラス。
 まだ稼働している人造兵器もあったが……近づくことなく、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は、パートナー達と別邸の中へと入った。
 かつての、仕事場へと。
 涼介はここで、医師として負傷者の治療に当たっていた。
 命を落とすものがいないよう。
 誰一人、死なせはしないと誓いながら。
「ここに残してしまった物や思いを回収しないとな」
 壁の崩れた部屋――血の跡が残る部屋へと、足を踏み入れる。
 地上では、あれから随分時が流れたが、やはりこの部屋も撤退した時のまま残っていた。
 持ち込んだ書物、書き記した書類、小物類を優先して集めていく。
 医薬品も持てそうであるのなら、持ち帰ろうと思っていたが……使用できないものもあるだろう。
「もうアレから半年経ったんだよね……。またここに来ることがあるなんて思ってなかったけど」
 離宮調査当時、涼介の手助けをしていたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)も、過酷だった日々を思い出しながら別邸の中を見回していく。
「やり残した事、あるよね。この家の中を片付けないと」
 クレアは自分は何をすべきか、歩き回って考えていく。
「ちゃんと回収すべきものは回収しないとね。でないと、ここで亡くなった人たちがうかばれないし、何よりここで時が止まった人たちも動き出せないもの」
 そう言いながら、涼介の背に目を向ける。
 彼は硬い表情で持ち帰る物を選んでいるところだった。
「持ち帰られるだけ、持ち帰ろうね」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)は、敷いてあったシーツを畳み始める。
 血まみれでもう使うことは出来ないものだけれど、ここに放置しておくより、持ち帰って燃やすなり、きちんと処分した方がいいと考えて。
「っと、この部屋は壁が崩れてるし、気をつけないと……残ってる兵器が入ってくるかもしれないしね」
 アリアは壁の方には寄らないように注意しながら、シーツを回収し一所にまとめていく。
「家として使われることはもうないとは思いますが……でも、出来るだけ片付けていきましょう」
 エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は、掃除道具を持ってきた。
 今回地上から持ってきたものではなくて、ここで使っていた道具だ。
「時間がそんなにありませんので、早くここを掃除して、皆さんと合流しましょう」
 ハウスキーパーの能力で、手際よく室内を片付けて掃除していく。
「うん。私は北側の部屋の家具類を出来るだけもとに戻すね。バリケードにして塞いでたヤツ」
 クレアはそう言って、北側の部屋へと向かう。

 長期間、沢山の人が過ごした場所だ。
 4人だけでは、とても片付けきれない。
 整理は諦めて、持ち帰る必要のあるものだけ、集めようと涼介が提案をしようとしたその時。
「私達にも、手伝わせて下さい」
 女性が3人、別邸に駆け寄ってきた。
 離宮調査当時、仲間達を励まし、救護に力を貸してきたグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)レイラ・リンジー(れいら・りんじー)アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)の3人だ。
 彼女達は最初に訪れた西の塔に寄った後、こちらに駆け付けたのだ。
「ありがとう……助かる」
 涼介はほっと息をついた。
 長い間助け合ってきた女性達の姿に、安心感を覚えた。
「あっ、一人では無理よ」
 アンジェリカはまず、一人で家具を戻そうとしているクレアの元に駆け寄った。
「こちら側持つわね。この本棚は……あの辺りにあったのかしらね?」
「うん、ありがとっ。床にへこんだ後があるから、あのあたりだと思う」
 アンジェリカとクレアは本棚を持ち上げると、その部屋の壁の方へと運んでいく。
 部屋にあるのは、別邸にあったものだけではない。
 地上から持ち込まれた布や板も、僅かにある。
「……」
 グロリアの陰から出て、レイラがそれらの物を回収して集めていく。
 二度と来ることのない場所だと思っていた。
 人見知りが激しく、親しく会話をした人達はいないのだけれど。
 それでも、一緒に過ごした救護班の人達や、怪我人の治療に当たっていた涼介達は、レイラにとっても、あの時確かに、大切な仲間だった。
 皆と過ごした場所を片付けて、回収できずにおいてきてしまったものを持ち帰ろうと、レイラは動き回る。
 今度こそ『忘れ物』をしないように。
「この離宮で、多くの人が傷つき、亡くなりました。多くの人達が未だ、ここで眠りについています。……私にとって、この離宮は仲間の墓所でした」
 グロリアは涼介と共に、持ち帰るものを選びながら、語っていた。
 言葉を話していないと、胸が苦しくなる場所だった。
「人も、物も。色々残してきてしまったものがあります。そういったものを、回収して……生きている人達も、亡くなった人達も、心残りがなくなるようにしたいです」
「そうだな。残した物を、持って帰ろう。あるべき場所に。そして、この作戦にきちんとけじめをつけよう」
「ええ」
 グロリアと涼介は寂しげともいえる微笑みを浮かべて、頷きあった。

 更に30分くらい過ぎた頃。
「ゴミの回収しますよー!」
 西の方向から、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)とパートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)。それから。
「あと、30分くらいで戻るじゅんびですよ」
「急ぎますわよ」
 タイムキーパーを務めている、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)と、セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が、別邸に駆け付けた。
 4人は西の塔の片付けをしてから、空飛ぶ箒に2人乗りして、こちらに駆け付けたのだった。
 西の塔にはあまり物資類も残っていなかったとはいえ、既にゴミ袋はパンパン状態だった。
「アレナお姉ちゃんはまだ見つかってないそうです……。他はじゅんちょうみたいです」
 通信機で連絡を取り合っていたヴァーナーが皆に状況を報告していく。
 東の塔については、遺体、遺品を優先として運んだ後、可能な範囲でクレアとヴァル達が片付けと残してきた道具の運搬を行うそうだ。
 戦死者の遺体は全て発見されたということだ。
「ゴミはこちらの袋に入れてください。持ち帰るものはこちらの箱ですわ」
 セツカが新たなビニール袋を広げ、段ボール箱を組み立てていく。
「使わせてもらうよ」
 涼介は本や書類をセツカが用意した段ボールに入れていく。
「紐とか持ってない? 落ちないようにまとめておきたいんだけど」
 シーツを集めていたアリアがヴァーナー達に尋ねた。
「使って下さいです」
 ヴァーナーはすぐに道具袋から、ビニール紐を取り出して、アリアに渡した。
「ありがとっ! 上手く運べそうだ」
 アリアはシーツの他、タオルやガーゼなども一緒に縛り、背負えるように結んでいく。
「壊れ物はどうしましょうか。鏡やビン類も多少あります」
 別邸内の掃除をしていたエイボンが、手鏡や空き瓶を持って顔を出す。
「お預かりします。使える物はこちらの袋に入れて下さい。ゴミのようでしたら、こちらの不要な紙にくるんで、こっちの袋にお願いします。
 ソアが新しい袋を広げて、エイボンに向けた。
「まだ使えそうだから、こっちですね。割れないよう、何かでくるんだ方がいいでしょうか……」
「これ使って、エイボン姉ぇ」
 アリアが汚れていないタオルをエイボンに差し出した。
「ありがとうございます。……では、お願いします」
 アリアから受け取ったタオルで鏡とビンを包んだ後、エイボンはそれらの物をソアが持つ袋の中に入れた。
「こちらもお願いします。こちらは……ゴミでしょうね」
 グロリアが持ってきたのは、壊れたバケツだった。
 水を作ったり、運んだりするのに使っていたものなのだが、敵の襲撃にあった際に壊れてしまったのだ。
 バケツだけではない。
 ここには、懐かしい道具が沢山残されていた。
「これもお願いします」
 アンジェリカがソアに差し出したのは、血で赤黒く染まった百合園女学院の制服だった。
 誰の制服かはわからない。
 だけれど、百合園生の死者は出ていないから、生存者のものであることは確かだった。
 アンジェリカはソアに制服を渡した後、そっと目を伏せる。
 多くの人の悲鳴やうめき声、啜り泣く姿が、未だに夢に出るくらいに、当時のことが脳裏に残っていた。
 自分自身のけじめをつけるため。医療に携わる者としての思いも新たにするために、アンジェリカはこの場にいる。
 強く拳を握りしめて深呼吸。それから軽く笑みを浮かべて会釈をして、アンジェリカは作業に戻っていった。
「こちらも、いいでしょうか」
 グロリアは自分で持ちきれない道具を、ソアとベアに預けていく。
「お願いしますね」
「はい。こちらは大切に扱いますね。こっちも、地上まで大事に持っていきます」
 ソアは、ここで戦い続けてきた、皆の想いを感じ取った。
 大切に扱う約束をして、預かった全てのものを――ゴミのようなものでも、丁寧に扱っていく。
 ソアが離宮調査隊に直接協力をしたのは、離宮との通信が回復してからだった。
 地上にいる間に、もっと離宮で戦っている人達のことを考えて、助けてあげることができたら、という、後悔もあった。
 だから、せめて今は、離宮で戦い続けた仲間達の手伝いができたらと思い、ベアと共に拠点出会った場所を回っている。
「よし、掃除だな掃除。水はないが、ウエットタイプのクリーンシート、持ってきてるんだぜ」
 ベアが軽快に掃除を始める。
「集めたものは、こちらの袋の中に入れておいて下さいね。空飛ぶ箒に括り付けて持っていきますから」
 袋を並べると、ソアもウエットシートを取り出してシーツをどかした後の血の床、壁、テーブルをごしごしと拭いて、汚れを落としていく。
「ご主人が持ちきれない分は、俺様がなんとかするから大丈夫だぜ! 出来るだけ沢山持ち帰ろうな」
 ベアの声はとても力強かった。
 そんな彼女達に、涼介は「ありがとう」と、小さく心の籠った声で礼を言った。