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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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「近くの部屋に運ぶね」
 攻略隊の一員であったクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、宮殿も気になりはしたが、今回は回収班の手伝いをしていた。
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)と共に、遺体を乗せた担架を持って、近くの部屋に運んでいく。
 ここでもう少し整えたり、整理をしてから、離宮の地上にあげて、集合場所に運ぶ予定だった。
「ここでいいかな? どの程度の処置をしたらいい?」
 現場の指揮は、経緯もあって、武尊が出しているが、クリスティーは、責任者である瑠奈やロザリンドを立てることも忘れなかった。
「人の姿になるように。そして、誰だかわかるように……」
 瑠奈は、真剣で、悲しげな顔でそう言った。
 クリスティーは首を縦に振って、遺体の形を整え、目を閉じさせて、顔を出しておく。
(地上に戻ったら、もっとちゃんとしてあげよう)
 この場では、この程度で精いっぱいだった。
「それじゃ、瓦礫を外に運ぼうか」
 時間は限られているため、クリスティーはクリストファーに声をかけて現場に戻る。
 用意してきた、脚立を利用して、邪魔な瓦礫を離宮の地上へと上げる。
 それから、台車や、折り畳み式のリヤカーを引き上げるための、ロープや板を並べておく、
「遺品は上げてしまいますね……」
 百合園生のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、遺品の入った箱を持って、脚立を上り、クリストファーに手渡した。
 メイベルは、離宮調査には加わっていなかったが、クリストファー達と同じ攻略隊の一員だった比島 真紀(ひしま・まき)から話を聞き、パートナー達と急いで駆けつけたのだ。
「こっちも上げてくれるか」
 武尊が発見した道具袋をメイベル達の方に向ける。
「うん」
 すぐに、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が走り寄る。
「あっ」
 しかし、足場が悪くて、転びそうになってしまう。
「気を付けてください」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、後ろからセシリアを抱きとめて支えた。
「ここで、これ以上血を流すことがないよう、気をつけなければなりませんわ」
「うん。ありがとう、気を付けるね」
 セシリアはフィリッパに礼を言って離れて、足下に十分注意をしながら武尊に近づき、遺品の道具袋を受け取った。
「メイベル、これもお願いね」
 大事に抱え慎重に歩いて脚立の下に戻ると、脚立の上に登っているメイベルに、袋を差し出した。
「はい。箱の中に入れておきますぅ……」
 メイベルは地上に上ると、遺品用の箱の中にその道具袋を入れて、どのあたりで発見されたのかを、書き記しておく。
「多くの人を、皆を『連れて帰りましょう』ね」
 フィリッパが壊れた何かの破片を、拾い上げながら言った。
 彼女は遠い遠い昔。英霊となる前に、戦地に赴く兵士の姿、物言わぬ体となって帰ってくる様を幾度となく見てきた。
 場合によっては、遺体も遺品すらも回収されない場合もあった。
 だから、こういう状況下では、出来るだけ多くの人を「連れて帰りたい」という気持ちを持っていた。
 体だけではなく、その想いも一緒に家族の下へと。
「死は悲しい事ですが、それでも尚彼らを連れて帰ることが出来ればと……思いますわ」
 死亡の知らせを受けていても、家族は奇跡を――生存を信じているかもしれない。
 動かない体を返すということは、家族にとって辛いことでもある。
「皆さんのお蔭で、僕たちはまだ、ヴァイシャリーで暮らしていける」
「同じように、まだヴァイシャリーで暮らしていたかった人もいるよね。無念だった人も……」
 新たに発見された遺体を、セシリアはシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)と共に、担架に乗せて、部屋へと運んでいく。
(お帰りなさい)
 そう、セシリアは心の中で、遺体に声をかけた。
(無念、でしたでしょうね……。もうすぐ、ご家族の元に、戻れますからね)
 シャーロットも心の中で話しかけながら、部屋の中に遺体をおろして、毛布をかぶせた。
「全部、持ち帰りますからね。壊れているものも、破れているものも」
 シャーロットは遺体と共に置かれている、所有者が判明している遺品を確認していく。
 この場所で見つかった遺品の中に、使えるようなものはない。
 それでも、誰かにとってはとても大切なものである可能性が高いから。
 大切に扱い、1人1人の名前を書いた袋の中に入れていくのだった。

「台車には乗せたくないわよね……」
 イルマ・レスト(いるま・れすと)から話を聞き、駆け付けたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、離宮の地上で、待機していた。
 ヴァイシャリーの為に命を落とした勇士達の遺体を、同じヴァイシャリーの民として、連れて帰るために来たのだ。
 パートナーの橘 舞(たちばな・まい)は、こういった作業に耐えられるとは思えないため、地上に残してきた。
「時間はあまりありません。一人で抱えて運んだりしたら、効率が悪いですよ」
 ブリジットと一緒に訪れた、カルラ・パウエル(かるら・ぱうえる)がそう言って、担架を用意する。
「若干、身長がありますから、少し運びにくいかもしれませんけれどね。それでも、一人で運ぶより、良いと思いますよ」
「わかってるわよ」
 ブリジットはそう答えた後、地下で作業をしている人達に声をかける。
「そろそろ亡くなった皆を地上に連れてきてくれる? 集合場所まで運ぶから」
「……うん、もうちょっとだけ待ってね」
 答えたのは、防衛隊の一員だった清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
「最後の一人だ」
 武尊が最後の遺体に手をかけた。
「ホールの入口に近い場所です。瓦礫の除去には十分注意してください」
「こっち側から救出しよう」
 美央と、尋人も近づいて、付近の瓦礫を後方へと移動させる。
「入口んとこと、上の方は凍らせとくぜ。けど、ソイツ出した後は、また瓦礫並べておいた方がいいかもな」
 又吉が冷線銃で、ホールの入口の方向と、不安定な上部の瓦礫を凍らせていく。
「それじゃ、ここの石、どかすね」
 北都がサイコキネシスで軍人の体に乗っかっている瓦礫をふわりと持ち上げる。
 武尊が、男性の体を引き出して、尋人、美央が受け取る。
「こっちデース!」
 ジョセフが広げた担架の上に、男性を乗せると、一旦近くの部屋に運んでいく。
「ここには何もない。下してくれ」
 空いた空間に入り込んで調べていた雷號がそう言い、北都は頷いて石を下す。
「早く上に、連れていかないとね」
 それから、北都は軍人達が寝かされている地下の部屋へと向かった。
「……これで、爆破を行った方、全員だね」
 暗い部屋に横たえられた遺体を確認して、北都は悲しみの籠った目でひとりひとりを見回した。
 あの時。自分も一緒だったら、何かが変わっていただろうか。
 大事な時に、何も出来なかった自分が恨めしい。
 そっと目を伏せて、最後の一人の体に、毛布を巻きつけていく。
「彼らは即断で爆発させ、散り行きました。でも、決して、自分の命を軽くなんて見てませんでした。守るべき命を対等に思うからこその、自己犠牲」
 美央が北都を手伝って、遺体を整え、毛布を巻いた。
「死んでもいいという覚悟じゃなくて、死んでも守るという覚悟だったのでしょう」
 彼らから目を逸らさずに、美央は立ち上がった。
「このあたりには、敵はいないようだけど、罠も完全に除去できているわけじゃないしな。早く移動させようぜ」
 罠の解除や、周辺の警戒を担当していた白銀 昶(しろがね・あきら)が、近づいてきた。
「北の塔の方は、ここより安全だしな」
 南の方面にはまだ稼働している兵器がいるだろうけれど、これより北側には、存在しないから。
「お連れしよう。でも、その前に」
 この場への収容を手伝っていた大岡 永谷(おおおか・とと)が、毛布でくるまれた遺体に、二礼二拍手一礼。
 調査隊員として、地図の作成や、応戦に尽力してきた永谷は、普段着用している男性用の軍服ではなく、女性用の軍服を着ていた。
(俺達の力不足もあって、まだ人としていたかったであろう人達なのに、神様にしてしまった)
 軍人たちに、弔いと――ヴァイシャリーを護るためにであったのだろうけれど――結果的に身代わりになってくれたことに、感謝をした。
 それから、永谷は横たえられている人達一人一人の名前を、呼びかける。
「トール神様、ありがとうございます。お蔭様で、私は今も遅いながらも一歩一歩、歩みを進めることが出来ております。神となった……トール様、生前あなたが護ろうとしたヴァイシャリーの人々を見守っていてあげて下さい。彼らも、着実に充実した生活をしておりますし、引いては、シャンパラ全体の民も安心して暮らせるように、私も頑張りますね」
 もしかしたら、宗教は相容れないかもしれないけれど、永谷は永谷なりに、仲間であった彼らを弔いたかった。
 彼らの意志を胸に、未来へと進むために。
 マスクを外して、武尊もその部屋に近づいた。
(オレが教導軍人なら家族と故郷に対する献身に敬意を表し敬礼する所だが……今のオレはパラ実だからな)
 彼らを前に、武尊は黙祷をした。
(長い間ご苦労さまでした。帰りましょう、ヴァイシャリーへ)
 永谷が感謝の言葉を終え、武尊が黙祷を終えた後、彼女達、そして、その場に集っていた回収班のメンバーは、遺体を担架に乗せていき、担架を抱えて瓦礫と板で作られたスロープを上り、離宮の地上へとあがる。
「ありがとう。待ってたわ」
 そして、ヴァイシャリーの民であるブリジットの前におろした。
 永谷は礼をしてブリジットとカルラに遺体を預ける。
「では運びますよ」
 カルラが担架に遺体を寝かせる。
「これからも、よろしくね」
 ブリジットは永谷にそう声をかけて、カルラと共に、担架を持ち上げて北の塔へと運んでいく。
「南の方が少し騒がしいな。俺は集合時間まで、警備を手伝おう」
 彼女達を見守った後、永谷は普段の表情に戻り、仲間達に声をかけて南の方向へと歩いていく。
 続いて、美央が、メイベル達に手伝ってもらいながら、軍人一人の体を離宮の地上へとあげた。
 亡くなった方々に、かけたい言葉が沢山あるのだけれど、上手く言葉に表すことが出来なかった。
「とにかく、一人残らず……大切な物と共に、家族の元へ届けましょう」
「はい……。地上に戻りましたら、改めて綺麗にしてあげたいですぅ……」
 毛布で包んだため、遺体は見えはしないけれど……。惨たらしい姿であることは、メイベルも知っていた。
「早く地上に、連れて帰りたいですね」
「全員、連れて帰ろうね」
 シャーロット、セシリアの言葉に、美央とメイベルがこくりと頷く。
「ヴァイシャリーで、皆が待っていますわ」
 フィリッパがそう言うと、美央はふと、遠くの方に目を向けた。
 見えはしない、地上。ヴァイシャリーの風景を思い浮かべる。
「……ヴァイシャリー、本当に美しい街だと思います」
 そして、美央は再び、毛布にくるまれた体に視線を落とす。
「生きて一緒にヴァイシャリーに帰ることはできませんでしたが、絶対、確実に一緒にヴァイシャリーに連れて帰りましょう」
「はい」
 美央の言葉に、メイベルが返事をして、地上へと続く、北の塔へと担架を運んでいく。
「帰ろう……。本当は、一緒に歩いて帰りたかったけど、ね」
 続いて、北都が昶と共に、毛布にくるまれた遺体を、離宮の地上へと運んで、一旦下す。
「急ごうぜ。この人達だって、こんな場所に長居してたくないだろうからな」
 ぽん、と、昶が北都の肩を叩いた後、毛布でくるんだ遺体の片側を持ち上げる。
「うん、早く帰ろう。故郷の今のヴァイシャリーに。家族のもとに……」
 北都も片側を持ち上げて、昶と一緒に北の塔へと急ぐのだった。
(……ここに来て、俺も少しは成長したかな)
 クリストファーは、瓦礫を運びながら思う。
 気付けば、考え方も、立場も変わっていた。
(一緒に死線を乗り越えて戦友を得たからというのもあるかもしれないね)
 作業に勤しむ皆の姿を眺め、そして、犠牲になった軍人達を思い、軽く目を閉じた。

「……大丈夫ですか?」
 眉間に皺を寄せている瑠奈に、ロザリンドが問いかけた。
「大丈夫」
 そう答えた瑠奈だが、やはり顔色が青い。気分が悪いようだった。だけれど、決してそのようなことは口にしない。
「早く皆さんを地上にお連れしたいですね」
 ロザリンドがそう言うと、瑠奈は口を閉じたまま、首を縦に振った。
 ある程度の修羅場をくぐりぬけてきた瑠奈にでさえ、この現場は辛いのだろう。
 防衛隊を率いた彼女だから。この軍人達のことも、指揮する立場にあった彼女だから、現実が苦しくもあるのかもしれない。
 瑠奈とメリッサと共に、遺体を乗せた担架を離宮の地上にあげたロザリンドは、南の方に目を向ける。
(円さんも、大丈夫でしょうか……)
 友人の桐生円は、ソフィア・フリークスの亡骸がある場所へと向かった。
 ソフィアの遺体は、検分後、身寄りがないため、おそらくはパートナーの円に引き渡されるだろう。
 もし、そうならないようなら、ロザリンドはヴァイシャリー家に、ソフィアのことは円に任せてはもらえないかと嘆願するつもりだった。
「行きましょう」
 ロザリンドは、再び瑠奈に声をかける。
 班長としてこの離宮で奮闘をした瑠奈の方が、ここでは立場は上なのだが、年齢はロザリンドの方が上であり、ロザリンドはロイヤルガードとしての戦いも経験してきた。
 それらの経験により、この現場にも耐えることができた。
「メリッサも、手伝ってくれますね」
「あ、うん!」
 離宮の地上で瓦礫の片付けをしていたメリッサが、ロザリンドに呼ばれて駆けてきた。
「もうすぐ帰れますからね……」
 ロザリンドは遺体にもそう声をかけて、瑠奈に労りを込めて小さな頷きを見せた後、一緒に北の塔へと遺体を連れていくのだった。