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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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第7章 朝日

「……亜璃珠……ッ」
 額に手を当て、歯を食いしばりながら、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)を睨んだ。
「正気に戻ったのね」
 チャーターした飛空艇から、亜璃珠は先に降り、優子の手を強く引っ張って、彼女のことも降ろす。
「肩、貸しましょうか?」
「結構。ここは……」
 優子は亜璃珠の手を払いのけて周囲を見回した。
「ヴァイシャリー家の敷地内。ラズィーヤさんの許可は得てあるわ」
「もうすぐですよ」
 続いて飛空艇から降りたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が指差した場所には、何もなかった。花も植えられておらず、むき出しの地面が広がっているだけだ。
「説明をしなくても、もうわかるわよね。……彼女が戻ってくるの」
 亜璃珠はそう言って、優子の背を押した。
 多分、優子はラズィーヤの話した通り、公務を優先するだろうと考えて。
 亜璃珠は、計画を正直に説明をすることなく、隙を見て、優子を吸精幻夜で幻惑して、強引に連れ帰ったのだ。
 アレナ復活の影響か、優子は不調であったことと……亜璃珠を深く信頼していた為か、優子は術にあっさりとかかり、亜璃珠に魅了された状態で、抵抗することなく帰還を選んだのだった。
「どういうことだ……っ」
 亜璃珠に向けられた優子の目は冷たかった。
 亜璃珠は拳を握りしめる。
 皆が自らに課した、課された使命を果たそうとしている時に、作戦の為にラズィーヤに呼び出されていたはずなのに。
(結局、私は自分の勝手で動いてる)
 正気に戻った優子が、自分に向けた目は拒絶するような、厳しさがあった。
 馬鹿なことをしているということは、解っている。
 彼女の決意は知っている。
(だけれど、舞台の幕が降りる時に一人だけ姿がないなんて私は嫌)
 優子や他の誰かが、自分のことを、どう思おうが構わない。
 ラズィーヤや、事務作業を手伝っていた者達も姿を現して、何もない空間を見つめている。
 空が赤くなり、暗闇に、太陽の光が差し込んでくる。
 夜が明けようとしていた。
 眩しさに皆が目を細めたその瞬間に。
 空間が歪んだように、見えた。
「さあ、行って。もう、自分を責めないで……」
 亜璃珠がもう一度、強く優子の背を押した。
 よろめくように、歩き出した優子のその先に――。
 離宮から戻った者達の姿があった。
「優子!」
 美羽が、皆に囲まれ、守られているアレナの背を押して、前に出す。
「ゆ、優子……さん」
 太陽の光がまぶしくて、優子の顔は良く見えなかった。
 アレナは少し怖かった。
 だけれど、体に力を込めて、優子の元へ走った。
 優子は茫然とした表情で、アレナと、微笑みを浮かべている皆を見回している。
 ただ、その足は、一歩一歩、アレナへと近づいていく。
 アレナが、優子に体当たりをするような勢いで、抱きつき、しがみついた。
「アレナ……?」
「はい……。ごめん、なさい。ごめんなさい……ごめん、なさい」
 アレナの口から出る言葉は、謝罪の言葉ばかりだった。
 アレナにしがみつかれながら、優子はしばらく立っているだけだった。
「……お帰り」
 ようやく、優子は掠れた声で、その一言だけ口にして。
 目をぎゅっと閉じて、アレナの体を、強く強く抱きしめた。
 彼女はそれ以上、何も言わなかった。
 言葉を出す、余裕さえもなかった。
 アレナは優子の腕の中で、声をあげて泣き出した。
「よかったね優子。またアレナと会うことができて……」
 見守る美羽の目にも涙が浮かんでいた。
「お疲れ様。間に合ってよかった、お互いにね」
 コハクがそっと近づいて、美羽の隣で2人を見守る。
 美羽は強く首を縦に振る。
「……さてさて、これで優子さんへ良い影響が出ればよいのですけれど、ね」
 ステラは、穏やかに2人を見ていた。
 呼雪ヘルは、顔を見合わせて、ごく軽く微笑み合うと、ユニコルノと一緒に、その場を後にする。
 歩きながら、ユニコルノは1度だけ振り向いて「アレナさん、またこんど」と、小さく言葉を残した。
「良かったな、アレナ!」
 嬉しそうな笑みを浮かべている康之を、がコツンと叩いた。
「さて、あの子はヴァイシャリーの英雄だが、お前はどうかな? 各方面に謝りにいかないとな」
 康之には友達が沢山いる。多くの人が、康之がいなくなったことを、悲しんでいたから。
「おう、心配かけたしな」
 そう明るく言う康之の姿に、某は安心感を覚える。本当に、帰ってきたんだなと、友の帰還を実感していく。
「アレナ先輩……優子副団長……うわーん」
 は大泣き状態だった。
「葵ちゃん、よかったですね」
 エレンディラが抱きしめて、頭を撫でてあげている。
 葵がずっとアレナのことで、心に深い傷を抱えて、苦しんできたことを知っていた。
「本当に、よかったですね」
 エレンディラの言葉に、葵はうなずく余裕もないほど、激しく泣いていた。
「これからは一緒に、守ろうな」
 ミューレリアはアレナに友情を感じていた。
 これからは今まで以上に、共に作戦に参加をすることが増えるだろう。白百合団員として、ロイヤルガード隊員として。
「優子隊長っ……アレナさんっ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
 有栖も泣き出しながら、アレナに負けないくらいの謝罪をしていた。
「私達……御二人の為になんにもできなくて……辛かったでしょうに……悲しかったでしょうに……ごめんなさい……!」
「お嬢様、落ち着いて下さい。皆が困ってしまいますわ」
 有栖を落ち着かせようとする、ミルフィも落ち着きがない。
「アレナ様……よく……よく、お戻りになられました……! お帰りなさいませ……!」
 少し大きな声を発して祝福する。
 アレナが泣きながら首を大きく縦に振った。
「今度は、誰一人犠牲にならずにすんだわ。皆のお蔭で」
 マリルは、優子、アレナ。そして、仲間であった騎士達の姿を確認した後、芳樹の方に目を向けて微笑む。
「そうだな」
 芳樹は、アメリア伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)とも、微笑みあった後、そっとその場から離れていく。
「顔は写せないけど、これが一番かな……」
 祥子は、抱き合う優子とアレナを、携帯電話の写真に収めた。
「……それじゃ、帰りましょう。早く報告もしたいから」
 静かな秘め事と、朱美に微笑みを見せて、一緒に帰路につく。
「……」
 ただじっと、2人を見つめていた刀真の携帯電話が音を立てた。
 メールの着信音だった。
 相手は……神楽崎優子。刀真が離宮にいる間に、彼女が刀真に送った返信メールだ。
『詳しい話が聞きたい。だがその日時は、すでに予定が入ってしまっている。電話じゃ都合が悪いようなら、キミの方から来てはくれないか? 出来るだけ早く話を聞かせてほしい』
 そんな内容の返信だった。
「もう、俺から話す必要はないでしょう」
「刀真……」
 傍らの月夜が刀真を見上げる。
 彼は、まっすぐに、優子とアレナの姿を見ていた。
「……頑張ろう……」
 月夜も再び優子とアレナに目を向けて、小さく呟いた。

 優子とアレナは長い間、皆に見守られながら抱き合っていた。
 柔らかな朝の光が、大地と皆を照らし、2人を優しっく暖かく包み込んでいた……。

○     ○     ○


 優子とアレナは、亜璃珠がラズィーヤに頼んで借りた馬車に押し込められ、病院へと搬送された。
 それより前に、リカインはラズィーヤの別邸に運び込まれ、処置が施されている。
 出来るだけ広く、離宮で起きたことが少しでも和らぐように……そう思いながら、行った行為だけれど、効果の程を知る術はもうなかった。
 リカインは仲間に酷く叱られたが、離宮に降りた時よりも少し落ち着いた表情をしていたという。
 離宮から持ち帰った物はすべて一旦、ラズィーヤの別邸に運び込むことになっており、その作業の為に、まだ残っている者もいた。
「遺族への報告等は任せても問題ないか?」
 遺体を運びながら、クレアがラズィーヤに問いかけた。
「ええ、すぐに連絡を入れますわ……。収容までお願いしますわね」
「ああ。責任を持って、最後まで行わせてもらおう」
 クレアは遺体を背負いなおして、別邸の方へ歩く。
「ゴミ類は裏にある倉庫へ運んでくれ。怪我をした者は入って右側の部屋で治療が受けられる」
 レンは、別邸の前で皆に説明をしていた。
 遺体や遺品は北側の部屋にひとまず収容することになっている。
 説明を受けたクレアは、北側の部屋へと向かっていった。
「体を洗いたい者は、浴室を利用することもできるが、重ならないよう事前に申し出てほしい」
 更に、ロビーや食堂では、軽食を食べたり、談話が出来るようになっていた。
「お疲れ様でした。時計はこちらでお預かりします」
 メティスは、時計や通信機などの配布物を回収していく。
「休憩室も用意してある。仮眠をとってもいいそうだ」
 レンは説明をしながら、戻った契約者達と、回収されてきたものを静かな目で見守っていた。