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リアクション
作戦の変更及び司令官からの注意に基づき、【ノイエ・シュテルン】隊の者たちは、当初自分たちだけで考えていた行動の若干の変更を迫られることになった。
「ここはダメですね……あっちはどうかしら」
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)少尉は、地図を片手に、入り口から降りて来てすぐの場所(以下、「大空洞」とする)から奥へ向かう地下通路を一つ一つ確かめて歩いていた。今ある地図では通路の幅と奥行きは判っても天井の高さがわからず、兵を伏せたり内部で戦闘するのに適するかどうかがわかりにくいため、それぞれの用途に使えるかどうか、一つ一つ洞窟を覗いて確認しているのである。
「みと、ここの奥はどうなっている?」
「深部で他の穴と繋がっています」
パートナーの相沢 洋(あいざわ・ひろし)に聞かれて、機晶姫乃木坂 みと(のぎさか・みと)は、銃型HCのマッピング機能を立ち上げ、周辺の地図を確認した。
「よし、じゃあ、ここにも仕掛けておきましょうか」
洋はみとに、背負っていた背嚢を下ろさせ、中から爆発物を取り出した。先日クレセントベースに着いたばかりの洋はだいぶ張り切っているようで、
「拠点防衛戦だから楽しいねえ。好きなだけ爆薬が使える。地雷に火炎瓶。贅沢を言えば龍騎士相手じゃなければ最高なんだが」
などと軽口を叩きながら、爆薬を仕掛けて回っている。
「あまり大量に仕掛けて、洞窟にダメージを与えないように気をつけてください」
その様子を見て、水原は洋に軽く釘を刺す。が、
「場所や量はちゃんと考えてあるであります。香取司令官は連鎖的に落盤が起きて他の通路まで塞がることを心配しているようですが、ということは、他の場所に影響が出ないように安全が確保できれば、一つ二つ潰しても構わない、ということでありましょう」
と、洋にはあまり釘は効いていないようだ。
「まあ、それはそうでしょうが……」
彼がガンマニアで、爆発物や罠の仕掛け方にも長けていることは承知しているが、嬉々としているように見えるその態度に、水原は不安感をぬぐえないままため息をついた。
「もちろん、敵を罠にかける囮は我々自身でも担当するので、安心するであります。みと、次だ!」
「了解です、洋さま」
心配そうな水原を残し、洋はさくさくと次の設置ポイントを探しに行く。みとは再び背嚢を担いで、従順にその後に従う。
そんなこんなでばたばたしている洞窟の奥、長猫たちの街に近いあたりでは、沙 鈴(しゃ・りん)参謀長のパートナー、剣の花嫁綺羅 瑠璃(きら・るー)が、ながねこたちを相手に応急手当の講座や避難訓練を行っていた。こんな場所に自分たちの居住空間を作ってしまうだけのことはあって、ながねこたちは見た目のわりには器用なようで、瑠璃の講義にちゃんとついて来た。
「人間と今後も付き合うなら、覚えておいた方が絶対にいいし、みなさんの役に立つこともあると思うの」
そこへ、
「おっ、ここは何をやってるのかなぁ?」
ながねこの一団を連れた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)少尉とパートナーの猫型ゆる族マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)がやって来た。
「一言で言えば防災訓練かしら。そちらは?」
「んー、避難経路の確認を兼ねて、歩き回りながらあっちこっちで皆の手伝い……?」
「とは名ばかりで、ほとんどながねこさんたちとのお散歩ですね」
頭を掻きながら言葉を濁す曖浜に、マティエが鋭い突っ込みを入れる。
「ながねこさんたちと喋ってばかりで、はたして本当に避難経路の確認になっているのやら……まったく、ねこさんたちが可愛いのはわかりますが、任務をおろそかにしてはいけないですよー」
「ちゃんとやってるよー、ほら」
曖浜は自分で作っていた略地図をマティエに見せたが、
「りゅーき、この余白の書き込みは何なのです! 『ねこさんのすきなもの』って!」
余白にメモした雑談の内容を、マティエに見つけられてしまった。
「私だって、私だって、ねこさんと心ゆくまでたわむれたいのを必死で我慢しているのにー」
「あう、だからええと……あ、ここで何か手伝えること無いかなっ?」
曖浜は愚痴モードに入ってしまったパートナーの追撃をかわすべく、救いを求めるように瑠璃に尋ねた。
「じゃ、負傷者役をお願いできる? ながねこ相手だと、人間の怪我の応急手当の説明や練習がしづらくって」
苦笑しながらやりとりを見ていた瑠璃は、二人にそう頼んだ。
「はいはいー。じゃあ、みんなも一緒に練習しようかー」
曖浜は連れていたながねこたちに言った。
「曖浜さん、早速ですけどここに座ってもらえます?」
瑠璃はながねこたちの輪の真ん中に曖浜を座らせた。
「出血が止まらない時は、傷口に清潔な布などを当てて圧迫するのよ。手で押さえていてもいいし、包帯のようなもので巻いてもいいわ。止血点と言って、ここを押すと血が止まるっていう場所もあるんだけど、とっさにそこをピンポイントで押さえるのは慣れてないと難しいから」
するとと、一匹の、かなり胴体が長いながねこが、
「こんな感じかにゃ?」
と、するりと曖浜の腕に身体を巻きつけた。
「む、なんかぶかぶかしててきちんと締まらないにゃあ」
マティエの足にも、一匹のながねこが巻きつく。
「え、えーっと、体で止血するのは、されてる方も重いし、みんなも苦しいだろうし、ちょっとやめておいた方がいいと思うわ……」
「オレは、これはこれでしあわせだと思うけどー?」
困り顔の瑠璃と対照的に、曖浜はのほほんとしている。
「……それに、出血している場所に巻きついたら、あなたたちの体が汚れちゃうし」
瑠璃は一生懸命ながねこに言い聞かせる。
「あー、そりゃそうだねえ」
曖浜が同意すると、ながねこは身体をほどいて、元の場所に戻った。
「と言うわけで、圧迫するのは清潔な布や包帯でね!」
瑠璃が念を押すと、ながねこたちは一斉ににゃーにゃーと返事をした。
一通り応急手当講習会を終えた瑠樹とマティエは、ながねこたちをぞろぞろと引き連れたまま、大空洞へと向かった。
「あれー、もうこっちに着いたんだ」
入り口に近いあたりでは他の生徒たちが防壁作りや塹壕掘りに精を出していて、皆が忙しそうに行き来している大空洞の奥の壁際の、少し引っ込んでくぼんだ一角に、一機のイコンが搬入されて行く。やっと、クレセントベースにイコンが届いたのだ。どうやら、そのあたりをイコンのとりあえずの格納庫と言うか、整備スペースに使うつもりらしく、既に奥の方には数機のイコンの姿がある。
「何故、憲兵士官の私が、こんな埃まみれ油まみれになって、作業監督なんぞやらねばならんのだ。実に理解に苦しむ!」
「仕方ないわよ、前線へ出たら、本来の所属や職分を無視して行動しなくてはいけないことは、どうしたって起こりうるわ」
「おーい、何か手伝えることあるかなー?」
曖浜は、既に搬入が完了していた教導団のイコン『クェイル』の側でぶつぶつ文句を言っている【ノイエ・シュテルン】のマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)と、隣で彼を宥めているパートナーの吸血鬼アム・ブランド(あむ・ぶらんど)に声をかけた。と、瑠樹の前に、同じくマーゼンのパートナーである機晶姫本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が、手にしていたリカーブボウをかざして立ちふさがった。
「うわっ!?」「な、何なんです?」
味方にいきなり武器を向けられて、曖浜とマティエはたたらを踏んで立ち止まった。その後ろで、足がもつれたながねこたちが絡まりあってだんごになり、にゃーにゃーと悲鳴を上げた。
「……曖浜くんかぁ」
飛鳥はリカーブボウを降ろし、表情を和らげてほっと息をついた。
「ごめんね、帝国のスパイが偵察に来るといけないから、警戒中なの」
「びっくりしましたよー」
マティエがはあ、と息を吐き出した。
「あら、ながねこさんたちもいらっしゃいましたのね」
もぞもぞと団子状態から復帰しようとしているながねこたちに気付いて、剣の花嫁早見 涼子(はやみ・りょうこ)が言った。
「丁度良かったわ。ちょっとお聞きしたいのですけど、コンロンに古代のイコンが埋まっているという昔話や噂を聞いたことはありませんか?」
「奥の方はどうなってるか、ぼくたちにも良くわかんないんですにゃー」
「長なら、知ってるかもしれないにゃー」
ようやくほぐれたながねこたちは、顔を見合わせた。
「そうですか。では、後程長にお話を伺ってみることにしましょう」
涼子は残念そうにため息をつく。
「で、オレたちにも手伝えること、何かあるかな?」
曖浜は話を元に戻した。
「奥のスペースを広げてる最中だから、土砂の搬出とか、掘る作業を手伝ってもらえる?」
飛鳥がくぼみの奥を指差した。
「ここをイコンの整備場にしたいんだけど、ちょっとスペースが足らないんだー。防壁や塹壕作りに人手を取られてなかなかこっちまで人を割いてもらえないから、やってもらえると嬉しいなぁ」
「うん、いいよー」
「おっけーですよ。スコップはどこですか?」
曖浜とマティエはながねこたちをぞろぞろと連れて、奥の方へ入って行った。
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