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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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第六章 〜螺旋〜

 
 教皇庁。
「猊下、封書が届いております」
 マヌエル枢機卿は、一通の手紙を受け取った。
 その内容は、自分との面会を希望するものであった。
(ほう、これは……なかなか面白いことを)
 面会に当たり、使者を要求してきた。「薔薇の学舎へ薔薇十字を使者に」と。
 その下には、メアリー・フリージアと、天住 樫真という名前が記されている。
 十人評議会という世界を裏から操る組織が存在し、名前の出ている三人がそこに所属していると送り主は推測しているのだろう。それをマヌエルにわざわざ知らせる理由は一つ、
「なるほど、黒崎君は私を十人評議会の一員だと睨んでいるようだ」
「どうなさいますか?」
 控えているスーツ姿の女性が問うてくる。
「アスタローシェ。さすがに堂々とローゼンクロイツを送るわけにはいかない。エドワードの一件もあり、シャンバラでは評議会が実在すると考える者が増えているそうだ」
 エドワードは、海京決戦の『先』まで見通していた。だが、彼が敗れたことで、地球の有力者が裏で糸を引いているではないかという疑念を持たれるようになった。
 評議会発足時からの付き合いだが、彼の真意は結局分からないままだった。なぜ、実力ではこちらが勝っているのに、新型機の開発を急いでいたのか。
 ヴィクター・ウェストから完成の知らせを受けた後、仕様の変更を行い、クルキアータとして仕上げてもらった。ミスター・テンジュの協力もあり、機体のデータは全てヴィクターから引き出してある。マッドサイエンティストは、『真っ当な組織』にはもう必要がない。
 幸いにして、ローゼンクロイツがイコンに精通している。それに、シャンバラが戦争を吹っかけてこないのなら、このまま均衡を保っていればそれはそれで問題はない。テロリスト、鏖殺寺院だけが『悪』でいい。
「ローゼンクロイツから術式は施されてるな? 彼には、君が会ってきてくれ。『第二席候補』の意志確認にも、行くのだろう?」
「はい」
「それに、これからシャンバラからの客人と会わねばならないからな」
 アスタローシェの姿が部屋から消える。
「旦那ぁ、あの女を行かせていいんでさぁ?」
 彼のパートナー、ロンギヌスがアスタローシェのいた辺りに訝しそうな視線を送る。
「ロンギヌスよ、悪魔とは主に背いた御使いだ。それがここにいるというのは、私の信仰心を惑わし、試さんとしていることを意味しているのだろう。評議会の他の者達がどういった思惑を持っていようとも、私は私の信仰を貫き通すだけだ」


・一つの答え


 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はマヌエルに会うため、ヴァチカンまで足を運んだ。
 もちろん、フォーマルな格好である。当然、警戒されないように丸腰だ。
「宇都宮様ですね? 猊下がお待ちです」
 この微妙な世界情勢の中、いくら彼と面識があるとはいえ、「シャンバラの人間が何の用だ?」と門前払いを食らっても不思議ではなかった。
「久しぶりだね、宇都宮君」
 通された部屋で、見た目には二十代前半くらいの若き枢機卿と対面する。
「お久しぶりです、猊下。本日はお忙しい中、お時間を取って下さりありがとうございます」
 深々と頭を下げる。
 対し、枢機卿は柔和な笑みを見せた。
「楽にしたまえ。そう畏まらなくとも構わないよ」
 現在の、目に見える反シャンバラの筆頭。だが、相変わらずシャンバラで警戒されているほど、危険な人間には見えない。前に会ったときと変わらない、物腰柔らかな男のままだった。
「このような情勢の中でも、私に会いに来たんだ。聞かせてもらおうか、君の――答えとやらを」
 かつて、マヌエルがシャンバラの学生に残した問い。

『――シャンバラは人を幸せにするのか』

 祥子がここまで来たのは、それに答えるためだ。
「シャンバラは人を幸せにする。少なくとも私は幸せになれたと思っています」
 そして自分のことを打ち明けた。
「私がシャンバラに行った理由は、家出なんです。家業と親の決めた結婚から逃げた先がシャンバラでした。そんな自分でもシャンバラは受け入れてくれたし、多くの人と巡り合えた。それに、生涯を掛けて支えたい大切な人とも出逢えました。
 それが、私の答えです」
 ですが、と続ける。
「無論、全員が幸せになったとは思っていません。しかし、幸せの基準と形は人それぞれ……私と違った形で幸せになった人もいるでしょう。
 聖戦宣言は真摯なものだと思っていますし、私もテロは許せません。ですが、その幸せを壊すようなことはテロ同様に許せません。猊下にとって戦う理由が宣言の内容なら、私にとってのそれは……大切な人の願いを叶えるため、私を受け入れてくれたシャンバラへの恩返し、それにアムリアナ様の願いを次代に伝えるため……それが私の戦う理由です。シャンバラはまだ地球に頼る部分がありますから……」
 祥子の言葉を聞き届けたマヌエルが、静かに口を開いた。
「君の答えは分かった。君はシャンバラで、いい出会いに恵まれたようだね。志を持った仲間や大切な人と、これからの未来のために戦う。あまり安っぽい言葉は使いたくないが、『実に素晴らしい』と思うよ。正直、羨ましいとさえ思える。
 演説を聴いてくれたのなら、わずか少数の『力ある者』たちの歪みが、時として大きな歪みとなってしまうことは、分かるね? 今のシャンバラはそういった状態だと私は考えている。君達のような純粋な願いで戦う者がいるなら、まずはその内なる敵に勝って欲しい。それで、シャンバラを、パラミタを導いてもらいたい」
 その力が今の若い世代にはある。自分もまだ若いが、と。
「他人の幸せを壊そうだなんて、私は考えていない。それに、戦いとは必ずしも武力によって行われるものではない。これは、心の戦いだ。
 地球とシャンバラ。信じるものは違えど、平和を願う気持ちは同じだと私は考えている。いずれ訪れるだろう『終焉』と『調和』。私はそれを『最後の審判』と呼んでいるが……我々の内なる戦いは、そのときまで続くだろう。
私達は、お互いを理解しようと努力し、こうやって対話が出来る。けれども、決して相容れることはない。それが信仰というものだ。理性や感情で推しはかることの出来ない、一つの真理」
 シャンバラと地球は、決して交じり合わない。
 だけど、互いを理解しようとすることは出来るから、それぞれで住み分けていかなければならない。地球人がパラミタに行くことも、パラミタ人が地球に来ることも否定しないが、中途半端に繋がったこの状態は、双方のバランスを崩す危険な状態だという。
「最近、私は友人達とこんな話をした。今のシャンバラだけが繋がった世界が問題なら、どうすればいいのかと。ある者は、『二つの世界が一つに融合すれば、完全に一つの世界として生まれ変わる』と主張し、別の者は『あるべき姿――地球は地球、パラミタはパラミタで切り離すべきだ』と主張している。私はまだ、結論を出せずにいるんだ」
 もっとも、それを人の手で行えるかといえば、疑問が沸く。
「失礼。ちょっと待ってくれ」
 少し、精神を集中するかのように、マヌエルが目を閉じた。
「すまんね。今、ウクライナから君達と同じく、シャンバラで会った子からテレパシーが送られてきたものでね。あちらの制圧戦は終わったみたいだ」
 話に戻る前に、彼は時計を見て時間を確認した。
「おっと、短い間だったけど、そろそろ時間だ」
 席を立つ、マヌエル。
「猊下、もし宜しければ、またお会いさせて頂けませんか?」
 彼の言葉が本心かどうかはさておき、話を聞いた祥子は、マヌエル枢機卿という人物に強い興味を抱いた。
「猊下とはもっとお話ししたいですし、それにまだお尋ねしたいこともあるんです」
「構わないよ。今度は友人として、ゆっくりと話したいものだ」
 再び会うと約束し、二人は別れた。