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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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間章 〜猜疑〜


 プロジェクトが始まる数日前。
「ナイチンゲール大丈夫? 怪我はない?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が侍女服姿の女性を心配そうに見やった。
「特にシステムに異常は見当たりません。大丈夫です」
 リヴァルト・ノーツ(りばると・のーつ)が声を発した。
 制御室からプラントのシステムを徹底的にチェックし、ナイチンゲールが無事だと確認が出来た。
「それでは、先生が呼んでいるので失礼します」
 リヴァルトが去ったところで、樹月 刀真(きづき・とうま)はナイチンゲールに頭を下げた。
「プラントに常駐しながら侵入者に気付けなかったのは、俺の落ち度だ。ごめん、ナイチンゲール」
『いいえ、やむをえないことです。それに、あえてセキュリティを作動させて樹月様達が来れないようにしたのは、私ですから』
 プラントにいる他の人間を守るためには、それが最善だと判断したためだと。
『それに、私のこの姿は実体ではありません。そのため、このプラントが徹底的に破壊されない限り、私が再起不能になることはありません』
「それでも……何かあったら俺達にすぐに連絡をくれ、必ずだ……約束してくれ」
 ナイチンゲールには、なぜそこまで刀真が言うのか理解出来ていないようだった。感情がないためでもあるのだろう。
「侵入者については、どこまで分かったんだ?」
『ノヴァ・ホワイトスノーと名乗っておりました。金色の髪に、澄んだ蒼い瞳。性別は男性とも女性とも取れる出で立ちであり、スキャンでは確認出来ませんでした。【フォー・ディメンションズ】という空間支配能力を有しており、それによって進入したと推測されます。また、その能力は空間の切断・接合を主としており、防御に関しては自らの周囲の空間を断絶出来ることから、無敵と言って差し支えないでしょう』
 ホワイトスノー、という名字を聞いたところで、極東新大陸研究所海京分所のジール・ホワイトスノー博士を思い浮かべる。
 おそらくは関係者だろう。そこで、PASDの専用回線を通してロザリンドに連絡を行う。仲介してもらえないか頼むためだ。
(天音からの情報は、慎重に扱って欲しいと伝えておかないとな)
 情報交換を最初に行う。
 そしてPASD情報管理部から得たプラント攻防戦からの事態の流れと、その背景にあるとされる裏の流れを黒崎 天音(くろさき・あまね)へと送る。もちろん、ちゃんと許可は取ってある。
 こちらも、プラントで得たナイチンゲール関連の情報を全部送った。
(なるほど、海京での戦いに現れた『総帥』。ローゼンクロイツと話した天音によれば、十人評議会の、ということになるか)
 一応、博士の連絡先は教えてもらったため、プラントからアポイントを取る。PASDの高性能通信機は空京を中継して、今では海京にまで繋げられるようになっている。
『ホワイトスノー博士、樹月 刀真と申します。ノヴァとナイチンゲールのことで、あなたと罪の調律者と相談したいことがありまして』
 直接足を運び、会って話が出来ないか? と尋ねる。
『確か、征やPASDの情報管理部とも繋がりがあるんだったな。そういった話は直接の方がいい。こちらのスケジュールに合わせられるか?』
 なんとか、面会の約束を取り付けることに成功した。

「司城さん、ちょっといい?」
 月夜が司城に質問する。
「PASDの高性能通信機を使って、シャンバラの外まで通信が出来るようにならない?」
「うーん、難しいね。他国の都市に中継所を設ければ、国外通信も可能になるだろうけど……この世界情勢じゃ、まだ厳しいかな」
 とはいえ、可能性がないわけではなさそうだ。
 前からナイチンゲールをこのプラントの外に出したいと考えている月夜だが、分身であるニュクスとは違う。
「それなら……ナイチンゲール用に機晶姫のような身体を創ることが出来れば、自由に動けるはずだよね?」
「ジールならば、用意することが出来るはず。だけど、ナイチンゲール自身のことがもっと分からないと、それがいいことなのかは分からないよ」
 刀真も月夜も、ここから出て広い世界を見るのが彼女のためだと考えている。しかし、本当にそうなのかは分からない。
「案外、ニュクスやジズが、そのための分身なのかもしれないけどね」
 と、司城が呟いた。
 それを確かめるのも、調律者に会ってからになりそうだ。

* * *


 会議の前日のこと。
「イコンに『他所を活かす』ための機能が欲しい、だぁ?」
 整備課長グスタフ・ベルイマンと整備教官長「姉御」に向かって、月夜見 望(つきよみ・のぞむ)は自分の考えを打ち明けた。
「なんか、第二世代機開発プロジェクトって、他者を傷つけるための『兵器』を作るためのもののような気がしてさ。イコンだって、人を傷つけ、破壊するだけじゃやるせないだろ?」
「本気で言ってんのか?」
 教官長が睨んでくる。
「機晶エネルギーの装甲を無効化する装置とか、相手を傷つけずに済ませる捕縛専用の武器や機能とか……」
「本当にそれで、お前は人を傷つけずに済むとでも思ってんのか? お前が言ってるのは、『イコン』が強い武器を持てば人を傷つける。だったら、ハナっからそんなもん持たせなきゃいい。そんなとこだろ」
「イコンも大事な仲間、じゃねーのか、おい? 今の言葉は、イコンを『道具』だと思ってっから出てきたようにみえんぞ?」
「んなわけねーだろ! 俺はただ、イコンを『破壊するだけの兵器』なんて存在にしたくないだけだ」
「んじゃ、お前は第二世代機開発プロジェクトがどう進もうと、『破壊するだけの兵器』に成り下がるって思ってるわけだ。そうだろ?」
「違う!」
「一つ教えといてやる。イコンが人を傷つけるんじゃねぇ。イコンに乗ってるヤツが、相手を傷つけんだ。イコンってのはそれはそれは素直なヤツだ。本人がどう思おうと、乗ってるヤツには歯向かわねぇ。例え機体が悲鳴を上げようと、乗ってるヤツが死ぬまで戦うってんなら戦い続ける」
「強い力を目にすると、みんなそれを忘れちまうんだよな。どうなろうと、全てはそれを振るう者次第だってのによ。なんかあるたび、『あれは危険だ』『あんな恐ろしいもの、なくした方がいい』って騒ぎ立てる。月夜見、今のお前はそいつらと同じだ」
 返す言葉が見つからない。
「海京決戦、あの『覚醒』がもたらされたのは、みんなが覚悟を決めて、そんでも自分の居場所を、仲間を守りたいって強く願ったからじゃねぇのか? だったら、信じろよ。てめぇの仲間をよ。どんな力を手にしても、『他者を活かす』戦い方をするってよ。そんで、そいつらが求めんなら、さっき出た機能も自ずと提案されんだろうさ」
 二人とも、自分達はイコンがどうであれ、整備するだけだという。自分達に出来るのは、パイロットを信じること。信じられないようなら、そんなヤツには乗らせないと。
 同じことを、そしてホワイトスノー博士と罪の調律者にも言ってみた。
「わたしはその考え、素敵だと思うわ。でもね、それは【ナイチンゲール】が体現し、ブルースロートに受け継がれている。あなたの提案するものとは違うけれど、少なくとも他者を『活かす』ことは出来るわ」
 むしろ、【ナイチンゲール】には一切の攻撃機能がないという。望むはそれに驚きを隠せなかった。
「機体への干渉による無力化。エネルギーシールドの形成。そして、『女神の祝福』による絶対防御領域の展開。【ジズ】の力はその逆よ。機体への干渉による無力化は共通だけどね」
 そして博士も答える。
「このプロジェクトの真の目的は、強力な兵器としてのイコンを造ることではない。少なくとも、そのことは理解して欲しい」
「ジール、あなたの考えは分かるわ。でも、わたしは彼らまでは信用出来ない。『覚醒』を許した子達まで、変な影響を受けたら困るのよ」
「そうなったら、所詮その程度だったという話だ。『覚醒』を再封印してしまえばいい」
 望は不安げな様子の調律者を無意識になでてしまった。
「……なにしてるの?」
「つ、つい……」
「あなたも同じなのね。そう、人は力を手にすれば変わる。そうなったら、元には戻らないのよ。誘惑に打ち勝てるほど皆が強かったら、この世界から意味のない殺戮なんて……とっくに消えているわ」

* * *


 イコンハンガーにて。
「護りたい……力が欲しいと言う気持ちは……よく分かりますがね」
 神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は試験導入されたレイヴンの機体を見上げ、呟いた。
「勝つためなら、しょうがないんだけど、どうも駒にされている気もするわ」
 橘 瑠架(たちばな・るか)が応じる。
「自分は……覚醒は……両刃の剣だと思うので……なるべくなら使用したくないところです……同調高くなれば……負担も事故崩壊も……招きそうで……ただそのときになれば……やる覚悟は……ありますがね」
 イコンと一体となる。覚醒にしても、ブレイン・マシン・インターフェイスにしても、そこには大きな危険があるのかもしれない。
 もっとも、彼には両者の区別がまだついていないのではあるが。前線に出ていない紫翠にとっては、どちらも未知の力であることに変わりはない。
「分かっているわ。戦場では、冷静が基本だもの……でも不都合=危険だと聞かないのが、反対に怪しいわね? まあ、下っ端には伝えることもない――と上には言われてそうね」
 表向きは、「今は」危険はないとされている。もっとも、管理課長の風間には何か企みがありそうなため、それを真に受けることが二人とも出来ない。
「そうですね……無理しないように……最悪のこともいつ起こるか……分かりませんから。乗っていると、熱くなるので……何が起こるか……不明なんですよね。皆さん……まだ使いこなしていませんし」
 そんな状態で、第二世代機を開発しても大丈夫なのだろうか。
 力を手にすることに対する疑問は、どうしても拭い去ることが出来なかった。