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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

リアクション


・情報収集


「ミルト、急にきょろきょろしてどうしましたの?」
 天御柱学院から海京分所に向かう途中で、ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)は目を白黒させていた。
「あれぇ……びっくり。体形だけだとイワンさんと間違っちゃうねぇ。ペルラあの人誰だっけ?」
 強化人間管理棟から出てきた人影を指差す。
「髪の色だって違うし、普通は間違いませんわよ。後姿だからはっきりとは分かりませんが、課長の風間ですわよ、きっと」
 ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)が呆れたように声を漏らす。
 同じなのは、二人とも二十代半ばということくらいだろう。背は風間の方が高いはずだが、距離があると分かりにくい。
「それより、イワンさんが時間を取って下さるのだから、道草食ってないでいきますわよ」

* * *


(さて、ここが天御柱学院ですか)
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)のパートナー、雨宮 七日(あめみや・なのか)は天学の校舎を物陰から観察していた。
 イコンと強化人間という技術を携えて現れた学校だが、どうにも謎の部分が多い。蒼空学園の前身であるという話程度は聞いたことがあるが、シャンバラの他の学校よりも機密が多く、大陸の他の学校では黒い噂も流れているくらいだ。
 いわく、他の学校勢力もイコンと強化人間の力で支配し、シャンバラを独占しようと天学上層部は目論んでいるというものだ。あまりに荒唐無稽過ぎて、都市伝説扱いではあるが。
(噂は色々ですが、どうにもキナ臭いものがあるんですよね。まあ、争いの予兆を見つけられれば皐月のためになりますし、私の研究に使えるものもあるかもしれませんので、ちょっと調べてみますか)
 しかし、ここ海京は科学都市。コリマ・ユカギールという例外的な存在がいるとはいえ、基本的に彼女の専門外だ。
 そのため、情報を『集める』ことのみに終始することを考える。
「ヤマダさんとレイスは潜入、職員の会話から情報を」
 ゴーストのヤマダさんと、アンデッド:レイスを学院へ送り込む。
「それと、これは……職員にプレゼントとして渡しましょうか」
 チョコレートアンデッドである。とりあえず丁寧に包装して、中身が分からないようになっている。氷術で固めてあるため、溶けるまでは動き出さない。
 固める前に、七日は指令を送っている。書類等のデータ媒体の回収だ。そして、宅配物として学院へ送りつける。学院宛ての荷物に混ぜる形で。
(では、お願いしますね)
 しかし、チョコレートアンデッドは学院ではなく、極東新大陸研究所海京分所に間違って届くことになる。
 
 しばらくしてゴースト達が戻ってくるが、学院の一般職員程度ではほとんど機密を知らないらしく、有益な情報を得ることは出来なかった。
 ただ一つあるとすれば、強化人間部隊が近いうちに新体制になるかもしれない、ということくらいだ。

* * *


「一息入れませんか?」
 海京分所の研究室で、ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)がお茶を入れていた。会議前までいたモロゾフと入れ替わる形で、博士が戻ってきている。
「皆さん、真剣に話し合ってますね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がモニター越しにプラントでの様子を眺めていた。今は、ちょうど休憩時間に入っている。
 こちらも、今はひとまず休憩だ。博士の手伝いをしているとはいえ、まだ研究所のことを完全に把握していないため、指示を受けて雑用を行っているという感じだ。
「やっぱり、教導団のイコンをベースにしようって人は出てきませんね」
 少なくとも、ルカルカが聞いている範囲で提案はなされなかった。
「お前はどう思う?」
 博士から問われる。
「うーん……戦いで物を言うのは、少数精鋭ではなく高性能の汎用機ですからね。『高性能』と一言にしても、定義によって変わってはきますが。
 少なくとも、国軍である教導団のイコンの性能は劣悪ですね。継戦能力は長所としても、遅いし、飛べないのは痛いですね」
「教導団は現代兵器――戦車の延長のようなものだからな。火力こそあれ、あくまで歩兵と組んでこそ意味のあるものだ。その点で言えば、教導団のイコンは近接、長距離どちらにしても、支援機であると考えた方がいいだろう。
 それに、武器の扱いや個々人の白兵戦能力は、やはり軍の人間が秀でている。その点も踏まえれば、天御柱学院とシャンバラ教導団は対極にあると言ってもいい」
 イコンを扱っているとはいえ、天学は軍隊ではないからな。と博士が続けた。
「適材適所、ということか……」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が声を漏らした。
「何にせよ、開発、進化の機会を得られるのは羨ましい限りだ」
 と呟き、紅茶をすする。そんな彼を見て、ルカルカが首を傾げた。
「……?」
「イコンの話だ」
 そのとき、ルカルカが不審な気配に気付いた。
「誰か盗み聞きしてる……!」
 しかし、人間ではなさそうだ。
 さっきモロゾフ中尉に気付かなかったのは、この研究所の人物ということもあり、危険ではないただの一般人だったせいだろう。
 博士は落ち着いて紅茶を口にしている。気付いていないのだろうか。
「向こうはまだ気付いていない。迅速に、だ」
 ダリルの目配せを受け、ルカルカがニケを纏って扉へ駆け寄る。開けた先にいたのは、たしかに人ではなかった。
「……チョコレート?」
 人型のチョコレートような、よく分からないものがそこにいた。
 一瞬唖然としたものの、とりあえず凍らせて、粉々に砕いた。
「おかしな真似をするヤツもいたものだ。とりあえず、再生するかもしれないから太平洋にでも捨ててくれ。サメかなんかが飲み込んでくれるだろうから、環境破壊には並んだろう」
 大して気にした風もなく、博士は冷静なままだった。

* * *


「大佐とノヴァの話をもっと聞きたい?」
 わずかにモロゾフは困惑したようだった。
「どうしても知りたい! 駄目かなぁ……?」
 はあ、と息を漏らした後、モロゾフが苦笑いをした。
「大佐には内緒ですよ」
「ありがとー、イワンさん大好き!」
 ミルトがぴょーん、と飛びついた。
「とりあえず、応接室に行きますよ」

 モロゾフは自分が博士と出会ったところから話を始めた。
「2012年に、博士の助手を務めるように言われて研究所に派遣されましてね。その研究所の一級指定研究対象が、ノヴァという子供でした。大佐は、当時発掘された古代の遺物――後にイコンであったと知ったわけですが、それを解析するために軍部からやってきていました」
 当時はイコンどころか、パラミタ研究すら満足にいっていなかった時代だ。
「そのため、最初はまったく接点がなかったのですが……大佐がノヴァを気に掛けたことで懐かれたようでした。僕もよく、付き合わされたものです」
 それからは実験とは関係なしに三人でコミュニケーションを取る機会は多かったという。
「ノヴァは純粋で感情豊かでしたが、それを顔に出す術を知りませんでした。超能力で何でも出来てしまうあまり、身体機能が発達しなかったという風に見られてました。自力で歩くことも出来ない……というより、飛べるから歩く必要もなく、口を開かなくてもテレパシーで会話が出来る。物に触れずとも、念動力で自在に操れる。そういう子でした」
 それでも博士は普通に接していたという。
「大佐にとっては弟、あるいは妹のような存在になってたのでしょうね。そんな様子を、所長は観察していました。ノヴァが人と接することでどう変化するのか、データを取っていたのでしょう。そしてある日、所長は『実験』を行いました」
「実験?」
「ノヴァの心の奥底に眠る『トラウマ』を呼び起こすというものです。忘れたい記憶を無理矢理思い出させる、と言った方がいいでしょうか。ノヴァは実の両親から捨てられたばかりか、孤児院でさえその力ゆえに引き取ってもらえなかったというほどです。所長が連れてくるまでの経緯は分かりませんが、とても想像出来るものではありません。
 実験によって、ノヴァは過去を思い出しました。同時に、力のリミッターが外れたのです」
 その結果が『はじまりの地』の惨状だ。
「最後に見たノヴァの顔にあったのは、絶望と悲しみでした。解放された力を前に、大佐は怯えてしまったのです。それがショックだったのでしょう。大佐なら、自分がどうなろうと受け止めてくれると信じていたでしょうから」
 ノヴァの力に呼応するかのように目覚めた、銀色のイコンの中の少女に導かれ、どこかへと去っていったという。
 モロゾフは右目と左足を失い、博士は生身の身体を失った。
「義眼と義足ですよ、これは。大佐の技術ですから、端から見てもそうだとは分かりませんが。海京決戦に現れるまでの八年間、飛び去った銀色のイコンがどこにいたのか、ノヴァが何をしていたのかはまったく分かりません」
 もし我が身を顧みず力の制御を失ったノヴァへ駆け寄っていれば……。そんな後悔が、ホワイトスノー博士の中にはあるのかもしれない。
 喪失の悲しみは、ミルトも知っている。
 ただ、全てを失ったのは彼ではない。パートナーのペルラだ。テロで家族を失い、本人も、一人ではまともな生活をするのが難しいほどの後遺症を負った。
 そんな彼女を助ける唯一の方法が、パラミタ化手術と、パートナー契約だった。もちろん、確実に成功するわけではない。契約者となっても、元のようにはいかないかもしれない。
 結果は、今ここにミルトとペルラがいる通りだ。
 そういった経緯もあり、博士の気持ちも分からなくもなかった。
「ノヴァの目的は未だ不明です。ですが、もう一度現れたとするなら、大佐は真っ先に動くでしょう――過去を清算するために」