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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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・円環


「ブルーズ、彼は来ると思うかい?」
「どうかな。いくら証拠がないとはいえ、そう素直に応じるとは思えんが」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、薔薇の学舎でマヌエル枢機卿からの使者――ローゼンクロイツを待っていた。
「毒を食らわば皿までとは言うらしいが、お前は我が何を言った所で聞かんのだろうな」
 呆れたように、ブルーズが溜息を吐く。
 と、そこへ漆黒の長髪に黒いロングコートを着た男がやって来た。紛れもない、ローゼンクロイツである。
「久しぶり、『罰の調律者』使ってしまってすまないね」
 関谷 未憂、というよりはそのパートナーのリン・リーファからだが、調律者の話を聞いている。罪の対極に位置する者、という考え方によるカマ掛けだ。
 相手は不敵に微笑を浮かべたままだ。それが返事代わりなのだろう。
「使者が現れたということは、マヌエル枢機卿が十人評議会のメンバーなのは間違いないみたいだね。それにしても彼女から聞いた話だと、君とあのマヌエル卿が『神』についての舌戦を繰り広げたらどうなるのか、少し興味もあるな」
 そのとき、ようやくローゼンクロイツが声を発した。
「なるほど。どうやら私が、猊下への便りにあった『薔薇十字』に見えていらっしゃる、ということですね」
 ローゼンクロイツが指を鳴らすと、その姿が、ガラスが割れるかのように砕け散り、中からスーツを纏った知的なキャリアウーマンといった風貌の女性が現れた。
「残念ながら、この通り私は『薔薇十字』ではございません」
 しかし、ここは女子禁制の薔薇の学舎の中である。
「失礼致しました。教皇庁所属及びF.R.A.G第二特務のアスタローシェと申します。以後お見知りおきを」
 ローゼンクロイツとは異なるが、この女性からもただならぬ雰囲気が感じ取れる。
「困ったね。学舎は女人禁制なんだ」
「ご心配なく。我が主による第一の術式は完全に解除しましたが、第二の術式により他の者からは認識されなくなっております。それでも、と仰るのであれば場所を変えますが?」
「ああ、一応建前はあるからね」
 どうやら彼女の近くの一定範囲は、人の注意が一切来なくなるらしい。姿見えなくなるのではなく、ただ「見えているけど意識出来なくなる」術式だとか。
「これは一本取られたね。ちょっと予想外だったな。
 ところで、君は薔薇十字や十人評議会について、何か知っているかい?」
「その問いに対し、私は十分な答えを持ち合わせております。ですが、お答えするわけにはいきません。
 猊下からの伝言です。会いたければ、小細工は使わず直接ヴァチカンへ来ればいい。とのことです」
 逃げも隠れもしないと。評議会のメンバーだと疑うのなら、それでもいいと。
「じゃあ、質問を変えるよ。君の主は何者だい?」
 我が主の術式、と言っていることから魔術師の類のように思えるが、目の前の女性のただならぬ気配を考えれば、相当な手練だろう。
「魔術師にあらず。ただ『失われた技術』を使う者。それが、我が主です」
 すると、アスタローシェと名乗った女性は二枚のカードを天音に手渡した。
「我が主を示すものです。それを解き明かせば、求めし真実へと辿り着くでしょう」
 カードに示されたもの。
 一つは、自らの尾を咥えた円環の蛇――ウロボロス。
 もう一つは、メビウスの帯と呼ばれるものだ。
「それでは、失礼致します」
「待って」
 女性を呼び止め、一枚の券を手渡す。
「足労へのお礼だけど……空京に優しい味の紅茶を出してくれる店があってね、そこの優待無料券。一枚あげる。一つの可能性みたいなものだよ。まあ、君がいらなかったとしても『主に渡してあげれば』いいと思うよ」
「では、頂いておきましょう。主への言伝があればお伺い致しますが?」
「今度会ったときは、手品のタネを教えて欲しいな。ってところかな」
 確証はないが、カードを見た直感で、主が誰であるかを想像する。

「ウロボロス……ね。錬金術だと、相反するものの統一の象徴、だったかな」
「何か分かったのか、天音?」
「いや、さすがにどんな意味があるのかまでは分からないよ。だけど、『影の錬金術師』って彼は呼ばれていたよね。だから、もしかしたら……って思っただけだよ」
「なるほどな」

* * *


(さて、会うにしてもどこにいることやら……)
 仮面の男――トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、ローゼンクロイツの姿を探していた。
 海京決戦のときは、天沼矛にいると踏んで行ってみたら会うことが出来たが、元々どこで何をしているのか分からない人物だ。
「そろそろ私に会いに来る頃合だと思っていましたよ」
 背後から声がかかった。そこにいたのは、漆黒の男――ローゼンクロイツだった。
「相変わらず不気味なヤローだぜ」
「そう仰らずに。単に、『私に会いたい』と行動し、その結果がここにあるだけです。いわば、貴方自身が事象を引き付けた、ということですので、私が何かをしたわけではありませんよ」
 何やら思わせぶりなことを言ってくるが、その意図は分からない。
「天学の連中、色々と動いてるぜ? 第二世代機に、それに知り合いの子が何か学院のお偉いさんからお呼びがかかったみたいでさ。何やら、次の戦いに向けて準備を始めてるみてぇだ」
 ローゼンクロイツが不敵な笑みを浮かべた。
「『今回』は、随分と早いですね」
「うちらは何か対抗しないのかい? 十人評議会の連中がいくら化け物揃いでも、戦力を小出しにして各個撃破されるってのは、適役がやられる定番だ。イコンだけじゃなくって、生身で戦える連中も揃えておいた方がいいんじゃねぇの?」
「生身の戦力も十分に揃ってますよ。もっとも、イコンこそが重要な意味を持つのですが、ね」
 このローゼンクロイツも、生身でイコンと戦えるだけの実力は備えていることだろう。海京決戦の最後に登場した『総帥』に至っては、もはや別次元の存在だ。
「で? あんたはなぁにやろうってんだい。のんびり高みの見物ってわけじゃねぇんだろ」
「貴方から見れば、その高みの見物ってことになるでしょう。『制約』が多いものでして。私自身は特に何かしようというわけではありませんよ。しいて言えば、総帥のサポートです」
「で、その総帥に関してだけどよ。ちらっと聞こえてきたんだが、『終わり』をもたらす可能性を持つ者だっけか。ちょーっと穏やかな響きじゃねぇよな。例えば全てをゼロからやり直す。なぁんて物騒な終わり方は、乱暴過ぎるだろ」
 相変わらずローゼンクロイツは微笑を浮かべたままだ。
「終わりを滅びと考えるのは、実に短絡的なことですよ。しかし、貴方の例えは総帥の目的に非常に近く、そして限りなく遠いものです」
「さっきからほんとによく分からないヤツだぜ。あ、滅ぼそうと思って滅びちまう世界なら、滅びた方がマシだろ。そうじゃねぇから、今でも俺達は飯食って働いて夜寝てるんじゃねぇか? それってもしかして、調和を求めて失敗した連中の流した血が、無駄じゃなかったって証になんねぇか……なんて、感傷的過ぎるかぁ」
 それを受け、ローゼンクロイツの顔から笑みが完全に消えた。
「しかし、人は果たして滅びが訪れたとき、世界が滅んだと気付くのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「一人称での死を人は体験出来ないように、世界もまたいつ滅んでいたとしても、誰も認識出来ないかもしれないというだけの話です。例えば、因果が歪められたことに、誰も気付いていなかったように」
「あんた、何を知っている?」
「さて……。私の口から話せることは特にありませんよ。言うならば、『運命を変える』という行動自体が、さらに大きな運命によって既に決められているかもしれない、ということですよ」
 ただ、彼にも彼の思惑があるのだろう。
「ま、そんでも俺は俺の守りたいモンのために戦うだけさ」
 必ず守れるわけじゃないが。
 それでもせめて、目の前で拾える命は拾っておきたい。
 海京決戦で戦った天学の夕条 媛花が生きていることを知り、ほっとしたくらいだ。仮面を被って悪党を気取ることがあっても、殺しが好きなわけじゃない。
 ……まさか、海京決戦後に表の顔であんな形で再会することになるとは思わなかったが。しかし、裏の顔で次に会ったらまた戦うことになるだろう。奇妙な縁もあったものだ。
「貴方が私達の側で戦おうというのなら、F.R.A.Gへ行くことをお勧めします。もっとも、彼らは十人評議会が組織の裏にいるとは知りませんが」
 F.R.A.Gも天学も、まだ均衡状態が続いている。争わずに済むならいいと互いに考えているらしいが、
「お互いに協調を目指していたとしても、おそらく一度は戦うことになるでしょう。それが最初で最後になるか、あるいは長い戦争の始まりとなるかはまだ分かりませんが……ね」
 その横顔には、どこか悲しげな色が浮かんでいた。