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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

リアクション


・心の闇


「思い詰めたような顔をしているが、どうした?」
榊 朝斗は、ある出来事を話すために、事前に博士との面会手続きを行っていた。
「実は――」
 自分の内面にある『闇』が一時的に表面化し、暴走した。
 仮契約契約期間が長かったことによる『歪み』が闇を蓄積していったことに起因するらしい。
「朝斗が暴走すると、私は脱力感に襲われて動けなくなってしまいます。これも、仮契約による代償なのでしょうか……」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も、彼の影響を強く受けてしまうようだ。
「それは専門外だ。だが、なぜ私に話そうと?」
 ホワイトスノー博士の専門はイコンだ。一見、彼の暴走とは関係がなさそうに見える。
「『闇』を『力』と置き換えて考えて下されば分かると思います。イコンの覚醒。あれは、圧倒的なものでした。しかし、あれは本当に僕達が必要とするものなのでしょうか?」
 力への疑念。それが彼の中には存在している。
「レイヴンだってそうです。なんか……嫌な予感がするんです。まるで、あの機体は僕達を飲み込もうとしているかのように」
 例え望んだ力だったとしても、それが良い方向へ作用するとは限らない。
「そのことは、他の者にも話したのか?」
「いえ、まだ……」
 博士がふむ、と顎を押さえた。
「覚醒やブレイン・マシン・インターフェイスそれ自体は決して危険なものではない。少なくともデータ上は、な」
 あくまで科学的に見た場合、何ら問題はない。
「これは推測だが」
 ホワイトスノーが続ける。
「仮契約期間が長かったことが直接の原因ではない。本契約をしないことによって、お前は『他の契約者とは違う』と無意識のうちに思っていたのではないか? 仮初の契約者である自分があたかも契約者として振舞うことに強い不安を覚えていた。同時に、そうでありながら契約者と同等、あるいはそれ以上になりたいとも望んだ。それが『歪み』というものだろう」
 全ては朝斗自身が無意識のうちに招いたことだという。
「人間というのは不思議なものだ。他者と同じであろうとすることを拒絶しながらも、他者と違うと強い不安を覚える。同じ特徴を持った集団の中で自分だけが違うと、それだけでストレスに感じる。それでも、同一集団の中で均一化されるのは嫌だ。だから、序列をつけ、競い合う。そして同じでありながら、他者とは違うという『称号』を欲する。地位、名声、あるいはそれらが象徴するような『力』、と言い換えた方がいいかもしれない」
 じっ、と朝斗と目を合わせてくる。
「乗り越えられるか、それとも挫折するか。それはお前自身の強さにかかっている。確固たる信念が揺らいだとき、お前は『闇』に飲まれるだろう。惑わされるな。覚悟を決めているというのであれば、己を貫け」
 それは彼自身の心の歪み。
 向き合えるのは本人しかいない。
「自分自身をコントロール出来ないものが、その先にある『力』を制御するなど、どだい無理な話だ。『力』というのは、押さえつけて我が物にするものではない。受け入れてなお、惑わされない者に、自ずと『力』の方から身を委ねてくるものだ」
 そして今、天御柱学院、いやシャンバラの学生は一つの岐路に立たされているという。
「強力なイコンを造れたからといって、シャンバラが強くなれるというのは、ただの思い上がりだ。そのことを一体どれだけの人間が理解しているのか……」

 時間になり席を立ち、朝斗達は研究所を後にした。
「ルシェン、アイビス。僕はもう一度自分自身とちゃんと向き合わなければいけないのかもしれない」
 弱さを棄てず、痛みからも逃げない。そう覚悟は決めた。
 だが、それは「戦い」における在り方だ。
 今、朝斗の前に立ちはだかっているのは黒い装甲服を着た兵士ではなく、自分の奥底にある『心の闇』なのだ。
「自分との戦いですか」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が呟く。
「そうだよ。今度は戦うためじゃなく、この世界における自分の在り方を見出すために」
「それは、戦い以上に過酷な道です。私は、今の朝斗を……『家族』と呼んでくれる者達を……二度と、失いたくありません」
 しかし、このままでは朝斗の心は蝕まれる一方だ。それこそ、本人が自覚しないうちに。
「大丈夫。博士が言っていたように、自分のことも満足に出来ないようなら、この先戦う資格なんてないよ。
 僕は、僕自身のままこの『力』を乗り越えてみせる!」