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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

リアクション


・ドクトル


「そこの資料、取ってもらえるかな」
「はい……こちらですよね?」
 海京分所の一室で、矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)はドクトルの助手として、仕事を手伝っていた。
「悩んでいるようだね」
 佑一の様子に、ドクトルも気付いているようだ。
「彼女のことが心配なのは分かる。レイヴンに飲み込まれていくような、そんな風に感じているのだろう?」
 自分の友人が負の力に囚われようとしている。レイヴンのシステム的なものはまだ分からないが、何か大きな落とし穴があると佑一は考えている。
 彼には過去の記憶が断片的にしかない。悪夢にうなされることもあり、それが自分の過去に関係しているだろうことは分かる。
 だが、何かは分からない。そういったこともあり、「よくわからないもの」に仲間がいいようにされたり飲み込まれたりするのをどうにしかしたいと思ってしまうのだ。
「レイヴンは諸刃の剣だよ。パイロットの思考を読み取るということは、機体にもパイロットの思考が送り込まれるということだ。そして、機体はある程度電子システムによって制御されている。そのシステムが人間の思考パターンをトレースしたらどうなると思う?」
「パイロットが機体を操るのではなく、機体がパイロットを操るようになる?」
「乗り手が十分に力を発揮出来ないなら、乗り手の自我を奪って、『最適化』を行う。人間の脳を演算装置として使うことで、機体本来の性能をフルに引き出す。だが、イコンに自我はない。パイロットにかかる負荷は計算に入らず、場合によってはそのままパイロットを『破壊』する」
 その内容に、佑一は絶句した。
「ドクトルさん……止めないんですか?」
 ミシェルが懇願するような目でドクトルを見上げる。
「データ上、それが起きる可能性はないとされている。少なくとも、AIを積んでなければ機体がパイロットを乗っ取るなんてことはあり得ない。機体がデータの分析は出来ても、学習が出来ないからだよ。
 少なくとも、シンクロ率のリミッターを外したところで、パイロットがその負荷に耐え切れなくなったら機体は停止する。シミュレーション上の結果もそうなっているんだ」
 だから、何を言っても止めることは出来ないという。少なくとも、ちゃんと現段階での使用法を守っていれば安全だからと。
「ホワイトスノー大佐は笑わずに聞いてくれたよ。だが、彼女は『力に飲み込まれてしまうようなら、所詮はその程度だ』と言っていた。あの人のことだ、天御柱学院の生徒を試そうとしているのだろう。同時に、何かあった場合は開発者である大佐も責任を負うことになる。テストパイロット達が試練を乗り越えられるだろうと信じてるんだろうね」
 だから、力を求める者を止めはしないのだと。
「あれから、僕も色々考えました。意志の強さとは何か、というのを。最近になって知り合った友人と話してからは、思いの形や繋がりの強さは様々だと、より感じるようになりました」
 だから、と続ける。
「これ以上、学院の人が実験体のように扱われるのを何とかしたいです」
「ボクも……なんだか最近、周りのみんなが自分から危ない場所に飛び込んでいるような気がして」
 取り返しがつかないことになる前に。
 それが佑一、ミシェルの二人に共通することだった。
「レイヴンに関しては、彼女を信じるしかない。レイヴンに支配されることなく、彼女自身の意志でそれを乗り越えてくれるはずだと」
 そして、彼の取り組みである、強化人間の安定化については、
「彼らに主体性――存在意義を確定させる方法は分からない。もっとも、普通の人間でさえ自分の存在意義、意志の強さを獲得するのは容易ではない。だけど、彼らが普通の人間と同じだと思えるようになれば、今よりは安定するだろう」
 最後の手段だけど、とある資料を二人に見せる。
「Pキャンセラーを知ってるかい? 一時的に、契約者としての能力やパラミタ種族固有の力を無効化する装置。その無効化の理論を応用して、強化人間の超能力の発現を抑制することが出来るかもしれない。そうすれば、彼らはシャンバラ人や地球人と同じ、ただの人だ。脳に負担がかかることもない」
 パラミタに行ってもなぜか拒絶されないだけの、ただの人間。
 しかし裏を返せば、超能力が使えるという強化人間の有用性を全て失わせることになる。それこそ風間が認めないだろう。だから、最終手段なのだ。
「どうしてものときは、彼らをただの人間に戻す。諦めかもしれないが、それで今後の犠牲を減らすことだって出来るかもしれない」
 そのための試薬を作る。もちろん、極秘で。
 それに対しての意見を佑一達に求めてくるが、二人が答える前に、ドクトルは呼び出しを受けた。
「申し訳ない。この時間、面会希望者が来ることをすっかり忘れていたよ。少し待っててくれ」

* * *


「えーっと、これでいいんだよな?」
 西城 陽(さいじょう・よう)は申請書を受付に提出し、ドクトルの元へ通されるのを待つ。
「機密に近いことを調べるのは、パンドラの箱を開けるみたいな退廃感で、面白いね。
 超能力研究が大きく取り上げられた頃と、強化人間の研究が確立してきた頃というのは同じ位な気がするよ」
 その間、横島 沙羅(よこしま・さら)と強化人間と超能力研究について話す。
「確か三年前くらいだっけか。パラミタが発見されてそれ以降に研究を始めたとすれば、相当早く研究が進められたことになるよな」
「2018年以前の天学は、単独で研究してたのかな? それとも、それ以外の組織と一緒に研究をしてたのかな? ここの人はそこまで詳しくないと思うけど、噂くらいは知ってそうだよね」
「2012年に天学が出来て、2015年に蒼学が誕生。それ以降、天学が今のような形態になったのは分かるけど、2015年までは研究機関としての立場が強かったんじゃないかと思うんだが……どうなんだろうな」
 まだ入学する前のことだから、詳しくは分からない。
 強化人間となれば超能力が得られる。パラミタからの拒絶に耐えるために強化人間が研究された、というのが一般的に知られていることであり、超能力はあくまで副産物だ。
 だが、「超能力」の研究から「強化人間」が生まれたのか、「強化人間」の研究から「超能力」が生まれたのか。あるいは強化人間が使う超能力と普通の地球人が使う超能力は別のプロセスから生まれたものか。
 陽は思考を巡らせたが、考えれば考えるほどこんがらがって分からなくなる。
「お待たせしました、どうぞ」
 受付からの声が聞こえ、ドクトルの元へ通される。
「確か、超能力と強化人間の研究過程について知りたい、ということだったね」
 脳科学、神経科学に精通しており、強化人間管理課の風間とは対立しているという噂だ。
「最初に言っておくけど、強化人間自体は非人道的な研究の産物ではないよ。その名前から誤解を受けるんだけどね。パラミタ線を放射することによって、地球人をパラミタ化する。それだけだよ。放射線治療ってあるだろう? それと同じようなものだよ。それ自体は特別危険だとか、非人道的だというわけではない」
「じゃあなんで、超能力とか暴走とかパートナーへの依存とか、そういうのが起こるんだ?」
「副作用だよ。短期間に大量の放射線を集中的に浴びることによって、脳に影響が出た。仮説としては、脳の未使用領域の覚醒だね。それによって、超能力が発現した。もっとも、それによる脳への負担は決して軽くはない。精神的に不安定になるのは、脳を酷使するせいだよ」
 そこからヒントを得て、超能力研究が進んだという。それまでは、超能力の原理が分からないため、研究が滞っていたらしい。
「極東新大陸研究所が出来たのは2014年。2017年にロシアで強化人間が誕生したことを聞きつけた天御柱学院が交渉してきてね。倫理的に問題がないか、技術は確実なものか等、慎重に協議した結果、2018年から技術提携することで合意した。
 知ってるとは思うが、天御柱学院は日本政府直轄の学校だよ。これは日本だけでなく、世界各国で共通している。規模でいえば、日本が一番大きいがね。2012年に、先進諸国でパラミタへ送るための契約者を育成するって名目で作られたわけだけど、やはりパラミタ直下の日本には、どこの国も及ばなかった。ロシアが日本と提携したのも、そういう理由があるんだよ」
 ヨーロッパとは揉めた時期もあったからね、と。
「大人の事情が絡んでんだなー」
「まあそうなるね。天御柱学院の上層部は利権絡みで動いている。研究所はそれとは別に動いているから、かなり敵視されてるよ。彼らとしては、技術だけであればいいわけだからね」
 だから、とドクトルがじっと陽と目を合わせる。
「あまり情報を鵜呑みにしない方がいい。強化人間が非人道なのではなく、強化人間に対する偏見があるから、ただでさえ精神的に不安定になりやすい彼らが、余計不安定になってしまうんだ。それで暴走されると、やっぱりあいつらは危険だと叩く。そういった悪循環があるから、風間君なんかは記憶消去と人格操作で精神を安定させざるを得なくなっている。そして、学院もそれを容認することで、強化人間をパラミタへ送れる『戦力』としているんだよ」
 むしろ一度わざと危険だと思わせ、その後自分達だけが彼らを制御出来るとすることで、強化人間の技術を学院が独占しようと目論んでいる可能性もあるという。
「今の話も全部信じればいいというものではない。君自身が、取捨選択して判断することだよ。私から言えるのはこのくらいだ」