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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

リアクション


・罪と罰


「ここが極東新大陸研究所か」
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は海京分所の前までやって来た。
(司城センセーから紹介状ももらったことだし、まあなんとかなるだろ)
 悠司はPASD発足前から司城達を手伝っていたこともあり、ある程度の信用を得ている。
 そこで、研究所へ入るために司城を頼ったというわけだ。
 しかし、彼の目的は研究所の職員と接触することではない。
(ローゼンクロイツ……未憂の話じゃ、昔から生きてたみたいだけど……センセーの同類か何かかねぇ)
 謎の男、ローゼンクロイツを追うため。敵の中でも相当な力の持ち主であれば、研究所を襲撃しに来るかもしれない。
 そう考え、警備として研究所に雇ってもらおうというのである。
「すいませーん、司城センセーから推薦を受けてやって来ましたー」
 受付で紹介状を渡し、用件を話す。
「研究所の警備希望ですか。少々お待ち下さい、担当の者をお呼びします」
 すぐに、その担当者がやってくる。
「イワン・モロゾフです。警備希望ってことですよね?」
「そーっすよ。高崎 悠司っす。よろしくー。
 そういえば、警備員の姿があまり見えないけど、警備体制ってどーなってんすかね?」
 するとばつが悪そうにモロゾフが苦笑する。
「いやぁ……この研究所、セキュリティのほとんどがコンピューター管理なんですよ。有人警備は僕くらいしかいません」
 この頼りない男が? と疑問に思うが、あることを思い出して納得する。
「まあ、コリマの旦那は海京のほとんどを見張れるって噂があるし、いらねーのかもっすけど、今までの襲撃考えりゃ数は多いに越したことはねーんじゃないっすかね?」
「ごもっともです。予算削減、なんて言ってる場合じゃないですよねー」
 ははは、と相変わらず微笑を浮かべたままだ。
「ただ、ファーストはこの海京分所の中までは監視出来ませんよ。そういう風になってますからね。ともあれ、警備として巡回して下さるのなら有り難い限りです。ただ、注意して欲しいことが」
 と、セキュリティについて説明する。
「対契約者対策で、Pキャンセラーが至る所に設置されています。それも、量産型で出回っているものよりもよっぽど強力なものが。なので、念頭に入れておいて下さいね」
 とりあえず、モロゾフは彼を警備として置いてくれるらしい。

* * *


「あの、すいません」
 悠司がモロゾフの後に続いて研究所を見回っている頃、関谷 未憂(せきや・みゆう)リン・リーファ(りん・りーふぁ)は受付にやってきた。
「本日面会予定の関谷です」
「はい、司城様より伺っております。紹介状と申請書はお持ちですか?」
 事前に司城から預かった書類を渡す。
「では、こちらです」
 案内されるままに通される。
「高崎先輩!」
 途中で悠司とすれ違う。
「ん、これから研究所の人と会うのか?」
「はい。先輩は?」
「警備として世話になることになったから、ちょっと案内してもらってのさ」
 そして小声で、
(ローゼンクロイツについて何か分かるといいな)
 と残し、そのまま巡回を続けていく。
 応接室に入ると、そこにはホワイトスノー博士と罪の調律者が座していた。
「確か、ローゼンクロイツとかいう男のことだったな」
「はい。あの人は、こう言ってました。『この戦いを通して確かめなければならない』と」
 なぜ戦うのかと、海京決戦のときに、未憂は問うた。

 ――今の地球勢力は、決して力を正しく使おうとしている者ばかりではありません。ですが、我が総帥は『選ばれし者』です。調和をもたらすのが、『選ばれし者』である総帥なのか、それとも貴女達シャンバラの契約者なのかを、私はこの戦いを通して確かめなければならないのです。

 それがローゼンクロイツによる答えだった。
 そして最後に、

 ――『罪の調律者』は目覚め、歌は夜明けを告げる。
 ――あの御方が、我らが総帥――ノヴァ様です。そして『終わり』をもたらす可能性を持つ者。

 と言い残した。
「何かローゼンクロイツさんにお心当たりはありますか?」
 未憂が調律者へ尋ねる。
「わたしを知っている、ということはおそらく彼よ。『罰の調律者』。調和の到来が終わりだとするならば、それは人々の争いに終止符が打たれるということ。【ジズ】に選ばれたあの子供がその可能性を持つというのならば、【ナイチンゲール】に選ばれた少女もまた、同じ可能性を持っているはず」
 その『終わり』が何を指すのか。
「彼はおそらく、わたしの知らない何かを知っている。そして罰に抗いながら、わたし達が理想とした世界へ導こうとしている。どんな方法かは知らないけれどね」
 ローゼンクロイツ自身は自分の意志で何かを成すことは出来ないという。
「きっと、ノヴァとやらの望みが、戦いを終わらせることなんでしょうね。繰り返される争いの歴史を終わらせるために、争う。矛盾してるわね。でも、その矛盾の先に一つの答えがあるのでしょう。
 それにしても、パラミタの神を化け物扱いとは、実に彼らしいわ。よっぽど憎かったのね」
 どこか過去に思いを馳せているようだった。
「でも、だからと言って……化け物呼ばわりは……」
 ローゼンクロイツがそう表現したことに、未憂は胸を痛めていた。
「わたし達から見た『神』が化け物なら、何の力も持たない人々から見たわたし達もまた、化け物ということになるわね。相対的な見方をするならば」
 一般人から見た契約者も、十分普通ではない領域にある、ということだろう。
「あなたは、『神』はいると思いますか?」
「いるんじゃないかしら? もっとも、それはあなたの言う『神』とは別物でしょうけど」
「ローゼンクロイツさんは、絶対的な『神』なら誰も苦しまない世界を作ってるはず、と言いました。でも、神様がいたとして、その価値観は人間と同じとは限らないのではないかなと思います」
 もしかすると、この世界は誰かの作った箱庭で、その誰かは退屈しのぎにヒトの争う姿を見て笑っているのかもしれない。
「わたし達がそれを想像出来ない存在だからこそ、『神』なのかもしれないわね」
 いるかもしれないが、けれど認識出来ていないだけかもしれない。
 自分達は死を恐れ、闇を恐れてその心を支えるための「誰か」を求める。
 優れた指導者、あるいは恋人を神と呼ぶ人もいる。
 夜明けの瞬間を神とする信仰、十字架に象徴される信仰、そして万物に神は宿るとされる、八百万の神。
 長く大切にされたモノには魂が宿るという。もしかしたら、イコンというのはそういった存在なのかもしれない。
 はっきりと実体が掴めないからこそ、『神』というのは様々な形として現れるのかもしれない。
「パスカルの賭けというヤツだ。神が実在するかどうかを理性によって決定できないとしても、神が実在することに賭けて失うものは何もない。むしろ、神の存在を信じることによって生きる意味が増す、というものだ。まあ、これは神の実在証明というわけでなく、信じることへの期待値の方が、信じないことの期待値より大きいというだけのものだが。得るときは全てを得、失うときは何も失わない。ならば存在する方に賭けた方がいい。人間がこの賭けに対し意識的であろうとなかろうと、こういった考え方が信仰の推進力になっているのだろうな」
 博士が淡々と告げた。
「本当の神というのは、ただの傍観者なのかもしれないわね。わたし達の考えを知った上で、沈黙を保ち続ける。だけど、その『神』へ到達出来るとしたら……」
 調律者が何かを言いかけた。
「いえ、なんでもないわ。とにかく、ローゼンクロイツと名乗っている男は、かつてのわたしのパートナーよ。間違いなく、とは言えないけれどね」
 どういった経緯でこの時代に存在しているのかは分からないけど、と結んだ。
「あの人の力って分かりますか?」
「検討もつかないわ。昔は何の力も持たない普通の人だったもの。わたしが『マスター・オブ・パペッツ』という力だけの存在にされたのとは違うみたいだけれど……少なくとも、魔法の類ではないわね。かといって、フラワシかといえば話に聞く限りそうではないみたいだし」
 直接見れば分かるかもしれない、とのことだ。
 そこで時間になり、二人は海京分所を後にした。

「薔薇十字さんの力は分からず仕舞いだったねー」
「魔法使いでも、コンジュラーでもない。だとするとあの『ギャラハッドの盾』や『アイアス・フィールド』はどういう原理なんだろう?」
 あの防御に秀でた力の正体は一体?
 何かを壊すのは簡単だけど、造ったり育てたりするのは難しい。だが、何かを守るのはもっと難しいだろう。

 ――たった一人の人間を守り切れなかった。本当の名も失った、ただの憐れな敗者。その成れの果て。

 そんなことを、天沼矛で言っていた気がする。
 失った後にその力を与えられ、そして守ろうとしていた人は他者を傷つける力(あの傀儡師の力)を得たというのならば、なんとも皮肉な話ではないだろか。