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続・冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/第3回)

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続・冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/第3回)

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第1章 追跡【2】


 森の一角にその寺院はあった。
 随分長い間人の手が入らなかったのだろう、樹木が好き放題浸食した結果、ほとんど森に同化している。
「どこに隠れても無駄です。地の果てまでも追いかけて仕留めますわ」
 逢いたくて逢いたくて震え始めたカーリーは鷹のような目であたりを見回している。
 そんな彼女に吸血鬼シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は熱く声をかけた。
「さっきから見させてもらったけど、そんなんじゃだめよ、カーリー!」
「……はい?」
「男ってのは追えば追うほど逃げるものなの! 追いかけるだけが恋じゃないのよ!」
「な、なるほ……い、いえ、それぐらい知ってますけど! 淑女ならそれぐらい知ってますもの!」
 強がる姿にシオンはニヤリと笑った。
 何となく直感でこっちにきたけど正解だったわ。正直(馬鹿)で純情(残念)な女子は見てて飽きないわー。
 と個人的な趣味を満たしてる彼女を、物陰から契約者の月詠 司(つくよみ・つかさ)が見ている。
「聞く所によるとカーリーくんは奈落人の中でも飛び抜けて強いと聞きましたが……、結構隙の多い人なんですね。能力のわりに今ひとつ力を発揮出来なタイプの人なんでしょうか。いきなりシオンくんに振り回されてますよ、ほら」
「そのようだね。もっとも君もシオン君に振り回される側の人間だが」
「それは言わないでください……」
 頭を抑える司に、サリエル・セイクル・レネィオテ(さりえる・せいくるれねぃおて)は苦笑した。
「同情するよ。リズ、いやシオン君も昔はもっと……いや、やめておこう」
「なんです? 最後まで言ってください、途中で切られると落ち着かないのですけど?」
「今の君には無用の話さ」
「なになにリズねぇさまの話?」
 司のまとう魔鎧、強殖魔装鬼 キメラ・アンジェ(きょうしょくまそうき・きめらあんじぇ)が口を開いた。
「リズねぇさま、なんだか楽しそぉ。アンジェもまざっちゃダメかなぁ」
「ダメ。君の仕事はここで司君のお守りだよ、アンジェ君」
「お願いですから勝手に魔鎧化を解いたりしないで下さいね。フリとかじゃないですよ。普段ならまだしもここ、ナラカですからね。私が瘴気苦手なの知ってるでしょう。と言うかそれ以前に今そんな気楽な状況ではありませんからね」
「ええー、つまんなーい」
 とその時、シオンに焚き付けられていたカーリーに変化があった。
「……興味深いお話ですけど、ところであなた誰です?」
「え?」
「どうやってわたくしの先回りを……いえ、どこでここの情報を聞いたのかしら?」
「ええとその……」
 残念な奈落人と呼ばれる彼女と言えど、自陣をうろつく見慣れない顔をただスルーするはずもない。
「大体なんでビデオカメラを持ってますの! さてはむしけらどものスパイですわね!」
「違うの! これはあなたとパンツ番長の恋模様を記録に残そうとこっそり……」
 それはそれで取っ捕まえる理由としては充分である。
 拘束しようと迫るゴーストライダー、しかし咄嗟に飛び出した司がそれを阻む。
 ナラカの闘技『ノルニルの旋律(うた)』。相対する敵の心の声を聞き、声からその隙を見つけ出す秘技だ。
 向こうも不意を突かれたらしく、銃弾が馬に命中すると混乱が伝染して次々にライダーが振り落とされていった。
「趣味で余計な仕事増やさないでくださいよ。一応、私たちはここの制圧って目的で動いてるんですから」
「えー、でもカーリーも結構ノッてきたんだけどなぁ」
 混乱は同時にカーリー追撃に来た他の仲間への合図となった。
 気配を殺し潜んでいたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が飛び出す。
「勝手ながら乙女なのでレディファーストで先手は頂きますよ」
 転がったライダーにバニッシュ、悶絶する間に距離を詰めてライトブリンガーの一撃で葬り去る。
 逆側からは葉月 ショウ(はづき・しょう)が飛び出した。
「あいにくレディじゃねぇが、先制攻撃はもらっとくぜ!」
 弾丸のように飛び炎をまとったドロップキックで立て直そうとするライダー達をドミノ倒しに蹴り飛ばす。
 ちょうど二人はカーリーとライダーの間に入り、戦力を分断させることに成功した。
「ダウンしたらラッシュ、それが狩りの基本だぜ。てめぇらの破壊部位はどの辺だ!?
 二刀に剣を構え斬り込む。反撃の槍を女王のソードブレイカーで受け流し、鎧の隙間を無光剣でもって貫く。
 青鋼色の鎧から黒煙が上がったかと思うと、ガクンとうなだれライダーはこと切れた。
「……決まったぜ。こいつからは何か鎧っぽいものが剥ぎ取れそうだな」
「油断は禁物ですよ」
 ロザリンドはショウと並び、別方向から放たれた槍を盾で弾く。
「おっと危ねぇ、俺としたことが剥ぎ取りに目がくらんじまった。狩り……いや借りができたな、ロザリンド」
「困ったときはお互い様ですよ。ところでショウさん、気が付きましたか……?」
「む……、なんのことかわからねぇが。なにか気付いたのか?」
「ええ、この寺院のことなんですが……、たしか『さる寺院』と呼ばれてましたよね?」
「あ、ああ……?」
 緊迫する語り口にゴクリと息を飲む。
「いいですか、さる寺院さる寺院……猿寺院! ここはお猿さんにゆかりのある寺院だったのですよ!」
な、なんだってー!!
 なんという驚愕の事実。
「……って思わず乗っちまったじゃねぇか。なんの話だよ、酔っぱらってんのか、おまえ?」
「酔ってません! きっとインドにはお猿さん寺院があるんです、ハヌマーンさんとも関係あるかもしれませんよ!」
「そもそもここは猿の寺院じゃねぇ。アホなこと言ってないで、戦いに集中するぞ」
「うう……自分だってアホなこと口走ってたくせに……」
 そして、カーリーの前には天竺の九尾狐マガダ・バルドゥ(まがだ・ばるどぅ)が立ちはだかった。
 両者の間に緊迫した空気が張りつめるも、すぐにそれはどこかに消えた。
「こんにちハバネロ〜♪初めまシナモン! ワタシの名はカレーのお姫さ……イエイエ、カレーの女神様デス」
 気の抜けた挨拶にカーリーも目をしろくろさせる。
「見たところ奈落人のようですけど……、緊張感のないかたですわね」
「腹が減っては戦はできぬともうしマス。あなたも随分と消耗してる様子、まずはお食事にしまショウ。なんとカレーは疲労回復……〈中略〉……という有難く素晴らしい万能料理。これを食べれバ、貴方も元気モリモリですヨ!」
 倒れた石柱の上に用意されたカレー、刺激的な風味が鼻をくすぐる。
「おいしいデスヨ、温かいうちにドウゾ」
 笑顔のマガタ……だがしかし。
 奈落人も憑依先から飛び出すマガタオリジナルの超絶激辛スパイス配合デスガネ……と胸の奥でペロリと舌を出す。
 ところが。
「ンマーッ! わたくしにこんな安い料理を食べろですって!」
「はい?」
「支配者たるもの料理も支配者に相応しいものが当たり前、こんな下衆な食べ物王者には相応しくないですわ!」
 この言葉に、遠くはなれた奴隷都市の王はくしゃみをしたとかしないとか。
「それにこの【孔雀院麗華(くじゃくいん・れいか)】さんの身体が受け付けませんわ。彼女『庶民アレルギー』ですの。原価10000万ゴルダ以下のビンボ臭いものを食べるとショックで失神してしまいますの」
 カレーをべしっと床にはたき落とし、ぺっぺっぺと唾を吐きかけた。ほろびの森の女王、超下品である。
「わ、ワタシのカレーになんてことを……! 食べ物を粗末にしてはいけマセン!」
 ざわざわと毛を逆立て、マガタはカーリーに飛びかかる。
 しかし、振り下ろした剣をカーリーはあっさり白刃取りにした。
「同じ奈落人でも下民の技はキレがありませんわね。お蠅が止まって見えますわ」
 その時、ぞわりとカーリーの背中に走る気配があった。
 隠形の術で闇に潜んでいたマガタの仲間、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が背後を取ったのだ。
「計画失敗、当初の予定どおり第二計画に移行。実力を持って敵大将の排除を遂行します」
「了解!」
 彼女に続き二機のフレアライダーが飛び出した。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だ。
「また頭の悪そうなのが出て来おって……実力はあるのに何とも残念な奴だの」
「天は二物を与えないと言うヤツよ、ライザ。もっとも賢くないのは私たちにとっては幸運ね」
「誰が残念な奈落人です! 身の程をわきまえることをおすすめしますわ、むしども!」
 掌撃でマガタを吹っ飛ばすと、三人に槍の切っ先を向けた。先の戦いで猛威を振るったカーリーのナラカの闘技『大帰滅(マハープララヤ)』、柄を軸にあらゆるものを滅ぼす黒の衝撃波が渦を巻きはじめた。
「そうは行くか」
 ライザは空を掴むとこちら側に引き寄せる。
 不可視の緊縛、奈落の鉄鎖が切っ先を逸らし、大帰滅は三人の頭上をかすめて発射された。
 ライザ、そしてジョーはこの機を逃さず接近、同時攻撃でカーリーを叩く。
「それで勝ったおつもり?」
 その眼光に殺気が宿る。
 力任せに鉄鎖の束縛を引きちぎり、ライザの疾風突きとジョーの砕星剣シャハブを急所を外してあえて受ける。
 そして、返す槍で二人を叩き伏せた。不揃いな石畳の上を転がり、二人は意識を失う。
「よくも……!」
 崩れゆく仲間の影をすり抜けるように、ローザはカーリーの眼前に迫った。
 行動予測で攻撃後の隙に先回る、曙光銃エルドリッジの引き金を至近距離で引いた。
 しかし、またしても敵は攻撃に反応した。自ら当たりに行くことでダメージを軽減、さらには反撃の機会も作り出す。
 槍の一閃でフレアライダーを両断、ローザは高速で地面に叩き付けられた。
「そ、そんな……!?」
「……舐められたものですわね。このわたくしに手を抜いて勝てるだなんて思ってらっしゃるの?」
 そう言われて、はっと息を飲んだ。
 たしかに私たちは力をセーブして戦っていた。宿主を傷つけずに生け捕りにするのが目的だったから……。
「奈落の軍勢を束ねているのは伊達ではないということね……」
 幾らか傷を負ったが行動に支障のでるレベルではなし、カーリーはとどめを刺そうとローザに迫る。
 とその時突然、寺院に設置された屋外拡声器から放送が流れた。
「何事です……!?」