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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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「どうだった?」
 町の調査を終えた呼雪が戻ってきたのに、天音が声をかけたが、呼雪は難しい顔で首を振った。
「これといって新しい情報はあまり」
 小さな町ではあるが、親戚でも無い限り、人が死んだ時のことをあまり詳しく覚えているものはいない。そして尚悪いことに、町長の座を退いてからは、一族の殆どはばらばらになってしまったらしく、この町に親戚と呼べる人間はいないのだそうだ。
「死んだときの状況を覚えている人はいても、その日の様子まで覚えてはいないらしい」
「ただ、本当に唐突なことだったみたいだよ」
 後を引き取ったヘルの言葉に、呼雪も頷く。
「金に困ってる節も無いし、家族の仲も良かった。病気をしているでもなく、気のいい真面目な人だったようだ」
 その日も、恐らくいつもの通りに仕事をし、いつものように家にいたのではないか、と町の人は言う。
「なんら原因らしきものもなく、けれど、自殺前に錯乱でもしたのか、凄まじい格闘の後があったんだそうだ」
 家具は倒れ、壁にはぶつかったり刃物で切りつけたりした痕があり、至る所に血痕が残っていたらしい。それも、体を見る限りでは、それは全て父親本人の怪我によるものだったので、最初は強盗でも入ったのかと思ったほどだそうだ。だが、それでも自殺だと断定されたのは、直接の死因となった包丁による一撃だった。
「お父さんの包丁はこう、しっかり自分で心臓を一突き」
 ヘルが身振りで、包丁を掴んだふりをした手を、どん、と胸に押し当てる。その様子からすると、刃渡り全てが肉に埋まったと見える。
「それも、かなり強い力で包丁を握ってたみたい」
 それは抜こうとしたものではなく、自分で胸に押し当てたとしか思えない力の入り方だったのだそうだ。
「だから、自殺で間違いないってことになったんだけど、その時現場を見た人は「取り憑かれたみたいだ」と思ったってさ」
「もしかしたら、自殺じゃなくて……乗り移った誰かに、殺されたのかもしれないな」
 そしてそれが出来るのは。
 一瞬視線がディミトリアスを向いたが、彼は恐らく細かい事情は知らないのだろう。軽い目配せでそれは彼には伏せておこうと、暗黙の内に頷きながら、呼雪たちは苦い顔で沈黙を守った。




 一方、その頃、風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)は、教導団の面々からそっと離れ、単独で通路を逆走していた。
「なにかの手がかりが手に入ればいいのですけど……」
 光術で照らされた洞窟内は、望の暗所恐怖症の緩和のためもあって随分と明るい。照らされた壁に刻まれた呪文をなぞりながら、望は息をついた。先日の調査の折と同じで行き止まりになっているが、様子が違う。それは、遺跡に張ってから感じたのと同じ感覚だ。ここへ訪れるのははじめての望だが、その空気が違っているのはなんとはなしに悟っていた。
「招かれている、というのも変ですが、主が帰ってきたのが判っているのかもしれませんね」
 遺跡という無機物が”感じる”というのは可笑しいが、魔術を行使していた場所なら、力の流れやそういったものが反応すると言うのはありそうな話だ。となれば、もしかしたら普段は閉じている扉が開いているかもしれない、というのも調査の根拠だ。
「壁の呪文を見る限りは人工物の様ですし、隠し扉とかあるかもしれません」
 その呟きに、それなら、とノートが自信ありげに指を振った。
「隙間に流れ込む風の動きを探れば、隠し通路や隠し部屋の位置も探れそうですわね」
 そう言うと、ノートはふわりと自らの周りに風を生み出した。閉ざされた洞窟の中だ、風の通り抜けていく場所はないが、僅かな砂埃が、風に押し流されて、行き止まりのはずの壁の隅へすうっと入り込んだのだ。それを見て、重点的に風を送り込むと、つもり積もった土埃が払われ、そこが行き止まりになるように塞がれているのが判った。どうやらこの一本道には、本来はもっと先があったようだ。
「……本当にありましたわ………と、当然の結果ですわよ!」
 一瞬信じられない、という顔をしたものの、直ぐに気を取り直すと、ノートは「流石わたくし!」と胸を張ったが、望は綺麗にスルーし、通路を塞ぐ壁を調べたが、直ぐに難しい顔で首を振った。
「駄目ですね……完全に塞がれているようです」
 恐らくは、本来この遺跡に訪れるために、地上へ繋がっている道だったのだろうが、埋められて大分時間もたっている。どうも、超獣を封印した後で更にこの遺跡も埋めて封じようとしたようだ。
「随分念入りに封印したのですね。と……いうことは、もしかしたら」
 閃くものがあって、望が更に調べると、思ったとおり、通路を魔法的にも封じるためだろう、巧妙に壁と一体化させてあるが、恐らく封印の呪文だろう文字が、その中央に環状に刻まれていた。望は知る由もなかったことだが、それはドームの中央で、月の象徴を覆っていた封印具に刻まれていたのと、同じものだ。
「さて、それではアーデルハイト様に報告に戻るとしましょう」
 通路を引き返せば、その中ほどに、ディミトリアスが地上と繋いでいる地点がある。
「教導団……には、アーデルハイト様経由で伝えて貰えばいいんじゃないでしょうかね?」





 同時刻、クローディスの通信に、「すごいものを発見したのだよ!」と興奮ぎみの声が届けられた。
 超獣の進路を逆行していたリリからだ。
「どうやら、ここを起点にして、超獣が姿を現したようなのだ。恐らく、超獣に縁があるものなのだよ」
 彼女たちが見つけたのは、小さな古い祠のようなものらしかった。
 超獣と同じ時代のものなのだ。老朽化が酷く、殆ど原形を留めていなかったが、辛うじて祠の中心だったと思われる廟だけが何とか残っており、その中に何かがあるようなのだが、触れようとするのを阻むように、邪悪な気配が纏わりついているらしい。
「呪詛の片鱗が残っているか、呪詛の一部のようにも思えるのだが……これは一体なんなのだ?」
 それを聞いたディミトリアスは「鎮めの祠の一つだ」と答えた。
「超獣を囲むようにして、町の外に作られた祠だ。全部で八箇所にあり、一人ずつ神官が守っていたはずだが……」
 それから呪詛を感じる、というのが解せないらしく、ディミトリアスが眉を寄せる。そんなディミトリアスを横目に、クローディスがリリ達に尋ねた。
「他には何か見えるか?」
『廟の扉には、太陽、それから星と……稲穂を持った女性……かな? が描かれているんだが』
 ララが答えると、はっと何人かが表情を変えた。
「八人の神官……そして、星、もしかして……」
「あの絵!」
 呼雪と優が顔を見合わせた。優の目線に頷いて、刹那が地輝星祭の折のデータをひっくり返し、その中の、長老の家に飾られていた絵を引っ張り出して、それを皆で覗き込む。八つの星と、それを囲む星座の神々。そのうちの一つに、稲穂を抱えた女性の姿が確かにある。
「……同じだな」
 データを覗き込んで柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が呟いたのに、そうだな、と陽介も頷く。
「じゃあ、この配置の通り、他の祠もあるってことか」
 続いて、見慣れないアイテムに四苦八苦しながらディミトリアスもそれを確かめ、その配置を見て頷いた。
「月と太陽、夜と朝、天と地。全ては繋がり、巡る八つの星、完全なるもの……間違いない。この絵は、八つの祠の位置そのものだ」
 だが、その言葉には陽介が「ん?」と訝しげに首を傾げた。
「でもこれ、超獣に力を与えるための術に使われていた配置だろ?」
 超獣を封印するための祠の配置が同じ、と言うのは違和感がある、と陽介は言う。現に、超獣を足止めする氏無は、この星の順を逆転させることで結界を張ろうとしているはずだ。そんな疑問に、ディミトリアスは「本来、我々の役目は超獣を封じることじゃない」と説明した。
「穢れないよう、飢えて暴れ出さないよう、鎮めるための祠だ。力のバランスを均衡化するための術を応用して、力を与える術を構築したんだろう」
「そんなに簡単に応用できるもんなのか?」
 逆方向で反転させることといい、形式を近付けることで同一とみなしたり、大掛かりな術であるようで、反面、妙に原理が単純で、基準がファジーなものが多いようだ。ディミトリアスは頷いて肯定し、説明を続ける。
「俺たちの使う術は、あんたたちから見れば原始的で単純なものだ。根幹と基盤、それに要素を付加することで、幅を広げているだけだからな」
「へぇ……」
 単語を主語と述語で繋げ、意味を方向付けていくことで、言葉となるプロセスに似ているかもしれない、と、そのイメージを何人かが浮かべた。あるいは、音と音、詩と声を重ねて生まれる音楽。
『我々はもう少しこちらを調べてみるのだよ。それで、そっちは何か判ったのかな?』
 リリが問うのに、「いくつか」とクローディスは答えた。その視線を受けて、最初に頷いたのは誌穂だ。
「まず柱についてだけど……動かしてみたけど、特に何か起こることはなかったよ」
 半ば落胆の声ではあったが、無収穫と言うわけではない。何も起こらなかった、というのは、現時点で何か想定外の術が仕込まれてはいない、ということがはっきりしたからだ。
「柱はエネルギーを収束し、蓄積する役目を持っている。それを月の周期とを接続させることで、超獣に清浄を保たせ鎮めていたが……超獣はここにはいないし、柱と接続するエネルギー源が存在しない」
 そのせいで、何事も起こらなかったのだろう、とディミトリアスが答える。
「じゃあエネルギー源と接続することが出来たら、この柱が本来の役割を果たすって考えていいのかな」
 誌穂の問いに、恐らくは、とディミトリアスが頷くと、「そのエネルギー源っちゅうのは、例の祠が送ってくるエネルギーだったんじゃろう?」と、今度は青白磁が口を開いた。
「地上の太陽と、地下の星が、大地を挟んで繋がっとるいう、イメージがあったけぇの。距離がどうとかじゃのうて、術同士が繋がっとる、と見てええんじゃろ?」
 それにも頷いて、ディミトリアスはぐるりと視線を八本の柱に巡らせる。
「距離も、場所も関係は無い。それぞれが独立した術であり、それらと要素を結びつけて”繋がって”いる」
 極端な話を言えば、氏無がそうしたのと同じように、その柱の場所を変えても、構成をあわせれば繋がりもまた同じように結びつく、というのだ。もちろん、その精度や密度は、どれだけの要素を揃えられるか、そして術者の力量によっても変化するものではあるが。
「それなら、超獣を何とかするのに、この柱が使えるかもしれないね」
 大地を傷つけ、国家神たる存在を傷つける原因の一つが、何とかできるかもしれないという大きな手がかりの気配に、誌穂の表情がぱっと明るくなった。つられるようにして、場の空気に明るいものがさしたが、まだ、問題は残っている。
「……水を差すようで悪いが、床を調べた結果を報告しても構わんかな」
 クィンシィの言葉に、皆が視線を向けると「巫女を取り込んだ手とやらの痕跡だな」
「ディミトリアスに似た一つの気配とは別に、断片的ではあるが、強い力が超獣に干渉をしたようだ」
「ただ、それが何かについてはちょっとわからなかったんだけどね」
 北都が難しい顔で、欠片を集めて仮に復元した床を指した。刻まれていた碑文は大分砕けてしまっているが、その亀裂は、超獣、あるいはアルケリウスの槍が破ったにしては随分と切り口がなめらかだ。魔法的な何かが原因だと言うことが見て取れる。
「それから、砕けていた封印具ですが……パーツの欠損はないみたいだから、復元できそうですね」
「修復はこちらで請け負えると思います」
 クナイが言うのにツライッツが答えた。
「これも何か、超獣に対してアプローチになりませんか」
 クナイが今度はディミトリアスに言ったが、考えるように眉を寄せると「それだけでは難しいかもしれない」と呟きつつも、だが、と続けた。
「要は使いようだろうな。それは、超獣に直接楔を打ちつけていた”槍”だ」
 元々、月の刻印を覆っていたその封印具は、ディミトリアスが巫女へかけた封印を利用し、エネルギーを蓄積する遺跡の柱に繋げ、大陸の力を一極集中させて、超獣に楔を打ちつけていたものだ。それだけでは発動しないだろうが、あるいはディミトリアスであれば、その槍を違う形で顕現させることが出来るかもしれない。
「こちらの柱の碑文ですが、こちらも修復して読解することができました」
 今度はツライッツが、挙手と共にそれを開示した。

”八つの意思 点と点を繋いで星は瞬く 古に還るを断たれた繋がり
 太陽 干渉を阻害せんとし 月 地の底にてその眠る天蓋を繕う”

「ストーンサークルのと似てるけど、少し違うな」
 言ったのはアキュートだ。何割かはそのままだが、いくつかの要素が違うだけで、印象が変わっている。
「八つの意思、点と点、古の嘆き、断絶される繋がり、干渉を阻害、太陽の刻印、繕う、地の底……基本の碑文は変わっていませんよ。ただ、地上の柱は、意図的に部分が抜かれていたんでしょうね。こちらが本来のものの筈です」
 ふむ、と皆がその碑文を頭でなぞっている中、恭也が不意に首を傾げた。
「そういや、大地に還す……って言ってたが、そのための方法ってのは、何なんだ?」
「まずは呪詛を取り払うこと……そして、超獣を鎮める、あるいは倒すことだ」
 皆の顔が更に難しいものになる。「呪詛を払う……なあ」とアキュートが独り言のように唸った。
「呪文みたいなものがあれば教えて欲しいところなんだがな」
「呪詛の種類がわからなければ、呪文もわからないが……判ったとしても、あんたたちの言葉で表すのが難しい」
 ディミトリアスは首を振った。先も言ったように、言語体系の違いが、呪文のような繊細なものを表現しがたくさせているのだ。
「わかれば、うちの小さいのに歌わせたいところだったんだが」
 そう言ったアキュートに、そうですね、とリカインも頷く。
「超獣に対して、唄は有効なようでしたから」
「なるほどな……だかそういうことなら、俺たちの言葉である必要は無い」
 意外な言葉に、リカインが目を開いて、どういうこどかと問うのに、ディミトリアスは続けた。
「言葉は力に、歌は音に……それが等しければ、それらは繋がり、同じ力と意味を持つ」
「それなら、地輝星祭の歌も……組み換え、読み替えれば還すための力にもなるということでしょうか」
 見えた光明にぎゅっと掌を握ってリカインが尋ねると、やはり、ディミトリアスは頷いた。
「恐らく。あの歌の響きは……神事で歌われていたものと良く似ている」
 恐らく基盤にしたのだろう。そうやって、訊ねられたことに淡々と応えていたディミトリアスだったが「還す、と言うが、本当のところはどうなんだよ」と口を開いた恭也に、一瞬口をつぐんだ。
「還すことと、巫女を取り戻すこと、ってのは同時に何とかできるもんなのか?」
「……」
 ディミトリアスの沈黙は長かった。
 それで、皆が難しいことを悟ったが、そんな中で、クローディスは容赦なく詰め寄って、じっとその顔を眺めた。その無言の圧力に屈したように、ディミトリアスは俯くように視線を下げ、言い辛そうに口を開いた。
「超獣を還すとき……同化している状態では、恐らく、共に還る」
 今の巫女の状態は、超獣を降ろしているのではなく、”ひとつのもの”として同化している。超獣を還せば、自動的に共に大地へと還ってしまうだろう。その時、封印のために永遠の眠りを招くことになるのか、体を失って魂となるのか、いずれにしろそこにあるのは”死”だ。
「巫女を取り戻したかったんじゃなかったのか?」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)が問う。
「……そうだ」
「だが、お前は超獣を大地に還すと言ったな、それは本当にお前の本音か?」
 大地へ還すと言うのは偽りで、巫女を取り戻すためにただ超獣を引き剥がしたいだけなのではないか。最悪、引き剥がした後で、超獣が大地に還るすべなどないのではないか、とクローディスが厳しく追及するのに、ディミトリアスは「偽ってはいない」と強い口調で反論した。
「超獣と巫女の同化を解くのは、恐らく呪詛を祓うより難しい。あれは、俺たちの術の及ばない何かが介在している可能性がある。巫女を取り戻すために時間を割けば、その分大陸の力は失われ、大地は傷つけられてしまう。それだけは……避けなければ」
 呻くように口にし、無意識に握りこんだらしいディミトリアスの錫杖が、チリチリと小さく音を立てた。
「俺は、超獣を鎮めなければならない義務がある。その為に、あんたたちを巻き込んだのはすまなかったが……」
 苦く言ったディミトリアスに、そんなことはいいの、と零が首を振った。優が、そんな霊の肩を叩き、その後を継いで口を開いた。
「俺達が知りたいのは、あなたが本当はどうしたいかなんだ」
 優の目が、まっすぐにディミトリアスを見る。義務とか必要とか、そういったものを全部取り払ったところの、本当の望み。何をおいても優先したいことは何か。
「……」
 そんな真っ直ぐな視線に、ディミトリアスは返答に詰まったままだ。自分を戒めるように黙るディミトリアスに、その背中を押すように、聖夜が「遠慮することはないさ」と促した。
「素直に、言えばいいんだよ」
 その言葉に、躊躇い、ぎゅうと拳を握り締めて、ほとんど絞り出すような声が、ようやくディミトリアスの口から漏れた。
「彼女を取り戻したい。本当は……それ以外、どうだっていい」
「……」
「軽蔑してくれて良い。俺にとっては、彼女だけが全てだった――超獣が復活すれば、取り戻せるのではないかと……心のどこかで、期待していた。だから……あの時も、封印を解くなと、言えなかった」
「地輝星祭の時か」
 この遺跡を調査していた時に、聞こえた声のことを思い出してクローディスが、なるほどな、と小さく言った。確かにあの時、解くならば、とは言ったが、解くな、とは言っていなかったし、どこか解かれる事を期待するような様子だった。ただそれは、超獣の復活と共に巫女を目覚めさせ、暴走を抑える勝算があったあったからでもあったのだろう。巫女が封印を受けたまま、超獣と同化させられるのは想定外だったのだ。
 だが、そのとき少しでも自分の願いを優先させたことを、ディミトリアスは酷く悔いているようだった。
「あの時、俺が解くなと言っていれば、あんたたちを惑わせなければ、こんな事にはならなかった。いや、そもそも俺が巫女を封印したことが、間違いだったんだ」
 自分の役目を考えれば、巫女を討ち、自分の命は超獣を封じるためにこそ使うべきだったのだ、と。吐き出される言葉、苦く、重い。
「判っていた。それでも……巫女を死なせたくなかった。彼女が生きていてくれれば、それで良かった。今も、そうだ。だが……俺は、俺の過ちを拭わなければならない」
 だから、超獣を大地へ還すことを優先しなければ、と、続けようとしたディミトリアスの声を遮って、クローディスはとん、とその心臓の位置を指で突いた。
「私はお前の意思を推す」
 はっきりとした言葉に、ディミトリアスが息を呑んだ。
「これは利害の一致だ。お前は巫女を取り戻したい。私たちは超獣を何とかしたい」
 そうだな、と確認するような声にも答えられずにいる様子に、クローディスは少し笑った。
「超獣も巫女も、何とかすればいい。どっちか一つを選ばなければならない理由はないはずだ。そうだろう?」
 実際は、そんな簡単なことではない。危険は大きく、負うリスクも大きいのだ。皆が皆、その意見を推すとは限らない。そんなことは判っているのだろうに、クローディスは自身の言葉に躊躇いなど無いようだった。
 その、してやる、という押し付けがましさの無い真っ直ぐな提案に、ディミトリアスが少し表情を緩めた。その時だ。
「……何か、来る……!」
 イナンナの加護を受けるミシェルが叫んだ。
 同時、その声が孕む危険なものに、丈二が飛び出し、殆ど直感的に、ドームの中心近くに立っていたディミトリアスとクローディスの腕を引いて、自分の後ろへ庇うように飛び出した。
「……っ、この、感じは……」
 瞬間、遺跡の気配が変質した。
 先程まではどこか凛と張り詰めた水のようだった空気が、ずんとその重さを増したように、体に不快に纏わりついてくる。この感覚を、丈二は覚えていた。そして、北都の超感覚は察知していた。

 超獣と、その呪詛を纏わりつかせる、憎悪の化身――アルケリアスが、忽然とそこに姿を現したのだった。