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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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「探したぞ、ディミトリアス。ここで何をしている?」


 アルケリウスの第一声は、そんな不思議そうな声だった。
 その封印の経緯から、ディミトリアスが超獣と共にあると思いこんでいたようで、その内側にディミトリアスの気配が無いのに漸く気付いて、探していたらしい。
「……アルケリウス……兄、さん」
 突然の出現に、呆然と呟いたディミトリアスとは逆に、その場にいた面々は、瞬時に警戒も露にそれぞれの武器を構えた。
「……っ!」
 それを一瞥しただけで、煩そうに眉を寄せたアルケリウスが、その槍を彼らに向けるのに、はっと我に返ったディミトリアスが、咄嗟に丈二の前へ出て立ち塞がり、アルケリウスと相対した。
「庇うのか、ディミトリアス。相変わらずだな、お前は」
『それはお前もだろ、アルケリウス』
 懐かしそうに、けれどどこか呆れるような態度に、唐突に声がした。天音の端末を通じて、愚者が再び現れたのだ。その声は合成で、本人のものではなかったが、その口調で誰かは悟ったらしく、面白そうにアルケリウスが目を細める。
「”賢者”か。逃げ出したかと思ったら、そんな所にいたのか」
『お前に殺されるのが判ってて、一緒にいられるわけがないだろうが』
 愚者の哂うような言葉に、アルケリウスは皮肉に口の端を上げた。
「俺は約束は守る方だ。協力するのに、取引はしても、命の約束はしなかったろう?」
 しれっと言うアルケリウスの言葉に、愚者は『やっぱりな』とこちらも気にした風もない。
『封印を繋げるための術を教えてもらったら、俺は用済みだったんだろ。んなことはとっくに判ってたよ』
 嫌味たらしく言うが、アルケリウスは「それで?」とそよ風程度にも感じていないようだ。
「逃げ出したくせに、何故、わざわざまた関わりに来た?」
『俺はいつでも、面白い方につく。それだけだ。そいつらが、超獣やら真の王とやらを何とかようってしてるらしいからな』
 面白そうだと思ったまでだ、と愚者は言ったが、アルケリウスは最後まで聞いていないようだった。その目を細め、ディミトリアスが「そちら側」だと悟ると、盛大にため息をついて首を振った。
「……お前のその、ひたすら役目を全うしようとする潔さは嫌いじゃないが、愚直さは特に害悪だぞ」
 双子の兄弟からの否定の言葉に、ディミトリアスの体が一瞬硬直した。だが、ディミトリアスが反論しようとする前に、アルケリウスは「わかっている」と宥めるような調子で続けた。
「わかっているさ。お前は、真面目なだけだ。巫女を封じたのも、超獣を鎮めようとしているのも、そうしなければならないという、一族としての、守護術士長としての義務感からだ」
 超獣を守ってきた一族の一人として、そしてアルケリウスと対を成す、最も近き守人として。しかしその態度を正しいと言いながらも、アルケリウスは反面で愚かだと、自らの一族を哂った。
「そうとも、俺たちは超獣を、そして超獣から世界を守っていた。だが、その結果はどうだ。守ろうとしたものから、邪教の扱いを受け、町も一族も滅び、お前も俺も、命を失ったのだろうが」
 その暗い目が、忌々しげに槍を握り締めると、その切っ先をディミトリアスに向ける。
「それでもまだ、お前はこの世界を守らなければならないなどと言うのか。巫女を犠牲にしてまで、超獣を封じるのか? そもそも、あの時お前が巫女を封じたりなどしなければ、超獣によって町が守れたというのに」
 自分の中の後悔を突かれて、ディミトリアスが声を失う。それをどう思ったのか、アルケリアスがその足を一歩近付けた。
「俺と来い、ディミトリアス。巫女の封印さえ解ければ、超獣は思いのままだ」
「……そんなことをして、何になる」
 辛うじて声を絞り出したディミトリアスに、アルケリアスは驚いたように目を瞬かせると、呆れたような声で「何言ってるんだ」と笑った。
「復讐に決まっている。俺たちを裏切った世界など、滅びて当然だ。そうだろう?」
 さも当たり前のように言うアルケリウスに、ディミトリアスはくしゃりと顔を歪めた。ディミトリアスの知る、愛情深く、お人好しだった双子の兄の面影は、そこには欠片も残っていない。そこにいるのは、全てを奪われ、絶望が憎悪に塗り変わった、ただの復讐者だ。アルケリアスは、そんなディミトリアスの表情にも気付かないのか、まるで叱られる子供を宥めるかのような調子で、更に一歩、距離を寄せる。
「そんな顔をするな、ディミトリアス。過ちなど、取り戻せる。だからこれ以上、巫女を悲しませるな」
 その言葉は、何より強くディミトリアスの心臓を刺した。
「超獣は今、僅かな巫女の意思を受けてイルミンスールを目指している。あの樹のエネルギーを超獣が手に入れれば、お前も俺も、蘇ることが出来るそうだ……巫女は、お前を求めて今も嘆いている」
 その言葉に、今まで二人の様子に口を噤んでいた契約者たちも、はっと顔色を変えた。
「……誰が、そんなことを」
 辛うじて口に出された問いに、アルケリウスはあっさりと「真の王を名乗る者だ」と答えて目を細めた。
「俺と来い、ディミトリアス。お前の望みも、俺が叶えてやる」
「俺は……」
 ディミトリアスは、言葉に詰まった。復讐は論外だったが、巫女を悲しませるな、という一言が口から言葉を奪っているのだ。だが、激しい混迷に苛まれるディミトリアスの意識を割くように、はあ、とため息が割り込んだ。
「話にならないな」
 クローディスだ。呆れたような表情で、一歩前へ出ながら、さりげなくディミトリアスを後ろへ回すと、その袖口に隠して腕から腕輪を抜くと、それを更に一歩後方の丈二に、アルケリウスから隠すようにして投げ渡すと、そのまま更に一歩出ると、真正面からアルケリウスを睨むように見据えた。
「判っていないのなら言ってやるが、お前のそれはただの我儘だ。子供の駄々と同じだよ」
 大人が子供に言い聞かせるような口調に、今まで見下すようだったアルケリウスの視線が、強い怒気を孕んだが、クローディスは恐れ気もなく、その目線を真っ直ぐに受けて返した。 
「ディミトリアスは、少なくともエゴであると自覚している。後悔も願いも覚悟も責任も、背負って前に進んでいる」
 比べてお前はどうだ、とクローディスは、挑発するように、アルケリウスを哂った。
「激情に囚われて任務を放棄したくせに、そのもたらした結果を認めもせず、憎悪だ復讐だなんて、八つ当たりを正当化してるだけだ。そんな奴が、ディミトリアスを愚かだと言う権利など無い」
 アルケリアスがディミトリアスを否定したのよりもっと辛辣に言い連ねたクローディスに、初めてアルケリウスは相手を敵を定めた様子で、殺意の篭った声で「……誰だ、お前は」と名前を尋ねた。
「……待て」
「クローディスだ」
 何故か、ディミトリアスが止めようとしたが、構わずクローディスは宣戦布告でもするかのように名乗りを上げた。
「クローディス・ルレンシア。彼の……そうだな、今の身許引受人だ」
「ルレンシア……?」
 だがその名を聞いたアルケリウスは、一瞬驚いたように目を見開くと、すぐにくつりと笑みを浮かべた。
「なるほど、そうか、そういうことか、ディミトリアス」
「……っ、違う、この人は関係ない……っ」
「どういうことだ?」
 声を荒げたディミトリアスに、クローディスが首を傾げると、躊躇うディミトリアスにかわってアルケリウスが口を開いた。
「超獣の巫女の名は、アニューリス……アニューリス・ルレンシア」
「……どういう、ことだ?」
 息を呑む一同を代弁するように、佑一が声を漏らした。だが、それには答えずアルケリウスはただ続ける。
「血族は滅んだ。神話の一部に、名前ぐらいはあるだろうがな。だから、その女の名前もどこかから拾われてきたものだろう。だが……運命だ、そうは思わないか、ディミトリアス。これで、依代が見つかった」
「違う、ただの偶然だ……!」
 反論するディミトリアスの後ろで、何人かが顔色を変えていた。
「依代……まさか、巫女の魂をクローディスさんに乗せかえるつもりなのでしょうか」
 刹那が青ざめた顔で呟いた。
「魂を移し変え、クローディスさんを操ることで、超獣を操ろうと……!」
「そんなこと、できるの?」
 よもやの可能性に、緊迫する北都の言葉に、不可能じゃあないな、と答えたのは愚者だ。
『ストーンサークルに封印を移したのと同じ原理だ。特に名の繋がりは強いからな、俺でもやろうと思えば出来る』
 その言葉に、皆が顔色を変える。だが。
「させない……そんなことは、させない」
 初めてディミトリアスの言葉に怒気らしきものが宿った。
「俺は、取り戻すと決めた。今度こそ、誰にも利用されないために……それが、あんたでもだ、兄さん……!」
 それは、決意の言葉であり、決別の言葉だった。
 一瞬アルケリウスの顔が歪んだが、直ぐにそれは殺気に切り替わる。
「……本当に、愚かだな、お前は」
 低く出されたアルケリウスの声に、今度はディミトリアスも怯まなかった。吹っ切るように錫杖を構え、アルケリウスに突きつけ、自分を向く槍へと対峙する。
 だが、まさにその両者が激突しようかという時……異変は起こった。
 アルケリウスが、何かを感じてその表情を変えたのだ。
「……ちッ、あちらにも邪魔が入ったか……」
 そう言って、アルケリウスは唐突に槍を引くと、ばっとその距離を開けてディミトリアスの錫杖の射程から離れると、くすりと不気味に口元を歪めて笑った。

「まぁいい……お前もすぐに、理解する。お前を救ってやれるのは、巫女を救ってやれるのは、俺だけだと言うことを」

 そう言い残すと、現れたのと同じようにして、アルケリウスは忽然とその姿を消したのだった。