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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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 アルケリウスが、トゥーゲドアの遺跡から姿を消した、丁度まさにその頃。
 イルミンスールの森では、大きく事態が動こうとしていた。

「ポイントの到達まであと10秒!」
「防火帯、展開!」
 マリーと氏無の合図と同時に、メイスンの仕掛けたトラップが発動し、機晶爆弾による轟音が響いた。と同時に、結界の強化に努めていた妖蛆が「メイスン様!」と声を上げた。
「さて、さんちゃんと言ったか……残念じゃが、ここより先は通行止めじゃ!」
 一声。森の中に張り巡らされたルーン魔法カードが、一斉に光を帯びたかと思うと、氏無たちが作ろうとしているのとは別の結界が、超獣の周囲を取り囲んだ。魔力を放った光の帯は、呪詛に塗れた超獣の体を、僅かに弾いてその足を怯ませた。
「次っ」
 それを次の合図とし、セレンフィリティとコウが、破壊工作によって確保していたポイントに、ルカルカとカルキノスがミサイルと怒りの煙火で、先と同じように超獣の前へ大きな亀裂を作って、進路を妨害する。物理的な障壁に、動きの鈍った超獣に、更に歌菜たちのブリザード、そしてグラキエスのクライオクラズムが吹き荒れて足元を凍りつかせ、その身動きを封じる。勿論、これで稼げるのは数十秒だが、それで十分だった。
「結界展開!」
『術式、発動します!』
 氏無の次の合図で、終夏やグラルダ達の魔術的な強化を受けた結界の、第一層が発動した。
 敬一達が設置した柱が一本ずつ光を放っていくと、超獣を取り囲むようにして光が円を描き、起点の一本目に集約して、イルミンスールの森に大きな光円が生まれた。それは淡い光ながらも強力な魔力を放って、はっきりとその円の内外を区切っている。それを超えようとした超獣の腕が、バヂっという嫌な音を立てて弾かれた。
「いけるか!?」
 乱世が思わず声を上げ、生駒たちも息を呑んだ。
 だが、安心するにはまだ早かった。
 超獣が、自由を奪われたことで苛立ちが最高潮に達したのか、胴体の至る所から一斉に腕を噴出させて暴れ始めたのだ。どうやら結界円は天地の区別なく有効なようで、腹下から伸びた腕もサークルの外へ伸びて来る事はなかったが、四方八方を暴れまわる腕が、結界の縁に当るたびに、バチバチッと嫌な音があがり、その内それはドンッという何かのぶつかる衝撃音へと変わった。
『……っ、まずいわ』
 フレデリカの焦った声が言った。
『結界の光が、ぶれ始めてる。このままだと、サークルを破られるぞ!』
 敬一の声が警告を発するのと同時に、指示の飛ぶより早く、幾人かが動いた。飛び込んだのはルイだ。結界の中に踏み込むと同時に、闘気の巨大な拳を暴れる足へ叩き込む。続いてなぶらも真空波で腕を切り払う。
「助太刀します……!」
 昴も蒼竜刀『氷桜』を振るって、腕を払っていく。 大掛かりな魔法を使わないのは、結界のサークルに少しでも負担を与えないためだ。そして、同時に、稼いでいたのは……時間だ。
 続いて。
「設置完了。いつでもいけるわよ」
 スカーレッドの合図を受けて、白竜がスピーカーの音量を目一杯に上げた。
 プリムの眠りの竪琴がスピーカーから流れ出、それにあわせるように、歌が響いた。


” 明かりを灯せ大地が上 星のごとく 点と点を繋ぎて
  太陽 干渉を阻害せんとし 月 地の底にて 灰色の天蓋 その眠るを繕う 
  その奥に隠す 光をも呑む全くの闇より 古に還るを断たれた繋がり
  その眠りの終えるまで 失われしが満つるまで 忌むべき槍の届かぬよう  ”


 それは、組み替えられた歌に、更に地下の碑文を混ぜただけの、粗いものだった。
 意味も途切れがちで、歌というにはあまりに断片的なものだ。
 だが、トゥーゲドアの遺跡で、ペトとリカインが意味を拾い上げ、地上で白竜たちが繋げたそれは、プリムの、そしてリンの重ねる歌声と、ルイーザが更にその歌の力を増幅されたその歌は、ツァルトの歌声も重なって森の中に響き渡り、今までに無い効力で、超獣の動きを鈍らせた。
 その間に”本命”が動き出す。
「援護、了解しました。SPリチャージ、開始します」
 ヴァイス・フリューゲル(う゛ぁいす・ふりゅーげる)が言い、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の精神力を回復させていく。その煉は、超獣の正面に陣取って、意識を集中させていた。神降ろしによって強化した体に、天宝陵『万勇拳』奥義、倍勇拳によってその炎の如き闘気のオーラを高めていく。高まっていく闘気に比例して、体へと負担がかかっているためか、煉の額にじわりと汗が浮かぶ。
「頑張って……!」
 エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)はそう励ますと、少しでもその疲労を和らげようと、ブライドエンジェルを呼び出し、額に浮かんだ汗を拭う。実際にはほんの数秒の、しかし長いその数秒後。目を開いた煉の視線を受けて、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は力強く頷いて、ぎゅうっとめを閉じた。
『全員、退避だ! バカでかい一撃をぶっぱなすぜ……!』
 エヴァのテレパシーに、皆が一斉に円の外の更に外へと退避する。その、次の瞬間。
「食らえ、神薙之太刀――……ッ!」
 限界まで高めた闘気が煉の腕から迸り、機晶剣『ヴァナルガンド』を柄代わりに、巨大な剣として顕現したのである。超獣の頭を捉えられそうなほどの巨大な闘気の剣は、ただ振り払う、それだけで十分だった。
「おおおおお……ッ!!」 
 煉の咆哮と共に振り抜かれた大剣は、超獣の体を支える腕を一気に分断し、返す刃で荒れ狂う腕を大量に粉砕した。断たれた腕から形を崩し、ぶわりと濃灰色の霧と化す。だがそのままでは、再び超獣に吸収されるだけだ。だが。
「行くぞ……!」
 一声。強烈な突風が、それを超獣の本体から引きはがすかのように吹き荒れた。小次郎の芭蕉扇が引き起こした突風だ。それは、撒き散らされたそれを吹き飛ばし、そして――……
「ふふふ……残念ですが、このエネルギーは私が頂きますよ」
 エッツエルの不気味な笑い声がしたと思うと、その異形の左腕が開き、その掌と思われる場所に開いた巨大な開口部へとエネルギーが吸収されていく。憎悪に塗れた、濃い呪詛を孕むエネルギーだ。常人であれば取り込んだだけでその体を蝕むところだが、エッツェルの顔には苦痛は無い。寧ろ、好物でも食らっているかのように、その顔は笑みを浮かべたままだ。ズズズ……と巻き散らかされた瘴気に似たエネルギーが薄まったのを察知して「今だ!」と小次郎が合図したのと同時。
「結結界、第二術式発動ッ!」
 氏無が、結界の面々へと合図を送った。
 ひとつ、ふたつ……発光していた柱の一本一本が、順々にその光を増して輝き、超獣の頭上、空中に光の線を繋げていく。星を描くように、点と点が繋ぎ合わさっていき、八芒星が上空と大地の両方に輝きを放ったかと思うと、先程まで暴れ狂っていた超獣が何かに押さえつけられるようにしてその動きを鈍らせたのだ。
「やった……か……」
 それを見届けて、がくん、と煉が膝を落とした。先ほどの闘気の剣の反動は凄まじく、意識があるのも辛うじてだ。突っ伏してしまいそうな体をエヴァが支えると「やったな」と声をかけ、そのままぎゅうっと思わずと言った様子で抱きしめた。
「すげえぞ煉、お疲れ」
 まだ完全に解決したわけではないが、その足止めは確かに成功した。
 その達成感に、皆がその表情を僅かに緩めた……その時だ。


「成る程な。小ざかしい真似をしてくれる」


 唐突に。
 嘲笑うような声がしたかと思うと、遺跡から姿を消したアルケリアスが、超獣の傍らに忽然と姿を現した。
「……貴様!」
 契約者たちが一斉にそれぞれの武器を構えて、一瞬の内に臨戦態勢へ戻る中、アルケリウスは泰然と、超獣の伸ばした腕の一本の上に立ち、契約者たちを睥睨するように見下ろして、しゃらり、と音を立てながら、槍の先端を封印柱を庇うように前へ出た氏無に向ける。
「おやまあ、唐突なお出ましで。でもちょっと遅かったんじゃあないかい?」
 氏無が口の端を上げて、挑発めいた言い方をしたが、アルケリウスは鼻で笑う。
「この程度の封印で、超獣が止められると思ったのか?」
 そう返して嘲笑うアルケリウスを、結界の始点である柱に戻ってきていたニキータが、氏無の前へ出ると鋭く睨みつけた。
「ちょっと聞きたいんだけど、貴方、あの子の父親をどうしたの」
「あの子?」
 問いが、本気で判っていない、という様子で首を傾げるアルケリウスに、ニキータの口から舌打ちが漏れる。
「忘れたとは言わせないわ。トゥーゲドアの町長の一族……」
「ああ」
 そこまで言って漸く気づいたようだった。その、重たさの無い反応に、ニキータの目は更にきつさを増す。
「胸を自分で突いたそうじゃないの。アンタ、あの子の父親に何をしたの」
 その詰問にも、アルケリウスには気分を害すことも、悪びれる風もなく肩を竦めた。
「何ということもない。体を借りようとしたら、抵抗されただけだ。どうしても敵わないと知って、自ら死を選んだ。愚かな男だ……おかげで、余計な時間を食った」
 その結果寄り代を確保できなかったせいで、結局完全な体は取り戻せなかったしな、と、そう語り、やれやれと困ったような顔をしたアルケリウスに、罪悪感といったものを感じ取ることは出来ない。ニキータも、そして隣にいたタマーラもまた目線をきつくすると、アルケリウスを睨据えた。
「よおく、判ったわ。最初っから気に入らなかったけど、いくらイケメンでもあんたは最低の男だわ」
 投げつけられた言葉にも、ふ、とただ笑うだけで歯牙にもかけず、自由を奪われて呻く超獣の表面をなでるようにし
「残念な知らせだ、アニューリス」と呟くように言った。今までの態度が嘘のように優しく、そして寂しそうな……けれどどこまでも暗い目で、アルケリウスは囁く。
「ディミトリアスは俺たちとは来ない……また俺たちを裏切るんだ」
 アルケリウスの言葉に反応したのかどうか。超獣は一瞬身じろぐのすらやめて、その動きを止めた。
 そして。


「――――――…………ッ!!」


 それは、咆哮だった。
 地上のおよそどんな獣とも違う、空気を、大地を振るわせるその耳障りな「音」は、地鳴りのように足元に、サイレンのように耳の奥に、精神まで磨り潰すかのように鳴り響き、それと同時に、超獣の輪郭が、ゼリーの溶けるかのようにずるりと変化を始めた。
 胴は縮まって、側面から無数の腕はそのままに、くびれと女性の胸のふくらみのようなものが現れたかと思うと、その背からは、羽を失った翼の骨格のようなものが這い出すと、その先端を地面へと突きたてた。
 そして、ずるずると頭部がやや持ち上がってやはりこれも小さくなり、横に避けるようだった口が狭まって、口避け女のようにも見える姿へと変じていく。
 まるで、獣から人間に、近づくように。
「――……っ」
 そのグロテスクな姿に皆が息を飲む中、姿を変えた超獣は、何を思ったか空を見上げると、再び口を開いた。
 それは苦しげな悲鳴のようであり、怒りの咆哮のようであり、悲しい鳴き声のようでもあり――……


「……う、た?」


 そんな風に何故か聞こえて、氏無は耳を押さえながら、独り言のように呟いた。