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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 13


 鉄心の僅かな変化を、パートナーであるティーは感じ取った。
「……っ、いきます!」
 ティーの背中から、三対の光の翼が現れる。
 一時的な能力の上昇を受けているとはいっても、彼女の本分は肉弾戦にはない。ザリスに対して、打撃らしい打撃を与えるには至らない。
 しかし、一流に及ばなくともセラフィックフォースで強化された単純な打撃を、ザリスは無視する事はできずに対処を必要とした。
 僅か数手の応酬、一瞬ともいっていい時間が、鉄心の中で五秒を三十秒に延長させる。
 一秒。
 ザリスは向かってきたティーの攻撃をいなした。
 二秒。
 後の先の一撃が、ティーを間合いから遠ざける。
 三秒。
 ザリスが背後から迫る鉄心に気づき、振り返ろうとする。
 四秒。
 振り返りは間に合わない。裏拳でとめようとするが、鉄心はそれを掻い潜る。
 五秒。
 突き出されたナイフ、しかしその先をザリスのもう片方の手の平が塞ごうとする。

「は……武器がどうとか……言ってたそうだが、流石に……こいつほど世話焼きな武器……は持ってなかったようだな」
 ザリスの手は、突き出されたナイフの柄を止めていた。刃は、そこから伸びたワイヤーの先、ザリスの鎧にあった隙間に突き刺さっていた。
 さらに伸ばした手はワイヤーが絡め取っており、片腕の自由を奪っている。
 グリップからブレードを射出可能なワイヤー付きナイフでなければ、刃は止められてしまっていただろう。
「あ……れ?」
 相変わらず、ザリスに緊迫感は無い。
 だが今はそんな事はどうでもいい。アクセルギアの反動が残る体に鞭打って、鉄心は融合機晶石【ライトニングイエロー】の力を限界まで引き出した。制御しきれていない電流が皮膚の表面を撥ねて、小さなやけどをあちこちに作る。
 防げたはずの一撃を受けたザリスは、その場に片膝をついてうずくまっていた。刃がただ刺さっただけではなく、スープの轟雷閃と爆炎波が内側からザリスを破壊しているのだ。そこへ更に、電撃が襲い掛かかる。
「――――――――――――っ!」
 ザリスは言葉にできない声を漏らし、鎧の隙間から濁った煙を吐き出していた。
 精神力の限界まで続けた電流を流し続けた。精神力が途切れる前に、ザリスは声は静まり、動きも止まっていた。
 射出したナイフを元に戻そうとワイヤーを戻そうととすると、ザリスの腕がこちらに引っ張られた。ワイヤーが巻き付いているから、まずはそれを外さないといけないとザリスに近づく。
「あは♪」
 聞いた事のないような、不気味な声がザリスから聞こえた。
「見えた、見えたよ。あっち側が、一瞬だったけど、あはは、死も共有してきたつもりだったけど、違うね、違う、今まで一回だって、共有できたことはなかったんだ、いひひひひ」
 きりきりとした雑音だった。
 ザリスはワイヤーを掴み取ると、強く引いた。
 アクセルギアの反動で、抗するにも手を離すにも、どちらも間に合わない。
 引き寄せられて姿勢を崩した鉄心の目に、ザリスの片方の腕が床の亀裂に埋まっているのが見えた。
 引き寄せた鉄心の首を掴む。指先で的確に頚動脈を押し、ものの数秒で鉄心の意識を刈り取った。ザリスは空き缶でも捨てるように、鉄心を投げ捨てる。ついでに、自分に刺さったままのナイフのスープも乱雑に引き抜いて投げた。
「あー、つい癖で殺し損ねちゃった……ちゃんと殺さないと、うん、失礼だもんね」
 少しふらつきながら、ザリスは投げ捨てた鉄心の方へ歩く。
 そのまま、路傍の空き缶を踏み潰すようなぞんざいさで片足をあげた。
 その足は鉄心を踏み抜く前に、止まる。
「……まいったな」
 振り返ったザリスを、イコナと窮屈そうなフェニックスが睨んでいる。フェニックスの炎はさっそく室内のあちこちに火を分け与え、オレンジ色の明かりが増殖していく。
「い、いかんぞ」
 スープが武器形態を解除して、イコナに声をかけるが、届かない。
「一緒にお家に帰りますの……」
 フェニックスが僅かに身じろぎする。
 今のザリスは、崩壊寸前の状態だ。あのフェニックスが、そのまま突っ込んできたとして、耐えれることはまず不可能だった。その上、逃げ場も無い。崩れた穴に飛び込もうとしても、問題はフェニックスだけではない。
 イコナの周囲に相当な魔力が集まっている。それがどんな術かはザリスの知るところではないが、フェニックスを避けつつそれをやり過ごせる自信は、さすがに無かった。
「そんなに、大事かい?」
 一見困難な問題だが、その解き方は単純だ。ザリスは鉄心を掴むと、盾のように前に出した。
「鉄心を、離しなさいですの!」
「いいよ?」
 どうせ、盾にしてもしなくても、ザリスも鉄心も丸焼きにされるだけだ。なら、有効に活用するべく、鉄心をイコナではなく、フェニックスに向かって投げつけた。
 炎の塊に気絶した人間を投げ込めば、時間はかけて死ぬ。その時間のうちにザリスを仕留め、それから治療を施す。なんて考えが浮かぶ相手なら、結果はまた違ったものになっただろう。
 イコナは咄嗟にフェニックスを引っ込め、さらに壁にぶつかりそうな鉄心の間に割り込んで受け止めた。
「君が、仲間想いの優しい人で助かったよ」
 声が聞こえたのは、イコナの背後。ザリスは丁寧に、イコナの意識を手刀で刈り取った。
「あれ? てっきり死んだと思ったのに」
 両肩に人間を三人抱えた新たなザリスが、部屋に入ってくる。
「うん、僕も死んだと思ったけど、生きてたよ」
「ふーん、残念。ま、見たところ今日はもう限界だね。だったら、頼みごとを引き受けてくれないかな?」
 新しいザリスの足元には女の子、愛々と、その後ろには仮面を被った見知らぬ人間が一人居た。



「これは結構、無理があるよねぇ」
 ザリスは、黒い大樹にできた亀裂に手をかけていた。その位置は、地上からおよそ三十メートルはあるだろうか。それでも、ザリスは地上を見下ろすでなく、顔をあげていた。
 巨大化カプセルを使い、身長およそ五十メートルになった小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、武器を構えなおす。
「凄い上手だけど……でも」
「うん、強いけど、あいつ程じゃないよ」
 ザリスとダルウィは、国連軍では司令級として同格として扱っている。だが、先日ダルウィと、そして今ザリスと相対している二人には、司令級という括りでもその差は大きくあると感じていた。
 ダルウィの強さは、細かい説明のいらないものだ。産まれた時から、強い。虎のようなもんである。
 一方ザリスの方は、確かに強いのだが、それは状況をよく見る目であったり、自分の力の程を理解して無理はしない事だったり、そういった身体能力以外の技術的な部分で素の能力以上の成果を出すタイプだ。
 現に、ザリスの背後の黒い大樹は傷だらけだ。彼が手をかけている亀裂も、蒼炎槍が掠めたものである。大樹に多少の被害が出るのは止むを得ないとして、それが致命傷にならないようにと上手に立ち回っているのだ。
 もしもこの相手がダルウィであれば、恐らく十倍以上の身長差を持ってしても、受け止め弾き返してくるだろう。今のように大樹に傷がつくような事もなかったはずだ。
「もう少し、無理に付き合ってもらうよ」
 ザリスが大樹の幹を撫でる。
 そこへ、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の強化型光条兵器のブライトマシンガンの光弾が飛来する。
 黒い大樹の幹から枝が伸びていき、広がっていく。一つ一つは細くか弱いものだが、それが網状に重なって弾を受け止める。枝葉も幹も同じものである以上、すり抜けることはできない。
 伸びた枝を伝ってザリスは走り、空中へと飛び上がる。
 そこへ、コハクの蒼炎槍と美羽の熾天使の焔が迫る。
「あ、だめだこれ」
 この攻撃は大樹ではなく、ザリスを狙ったものだった。大樹への攻撃をメインとして、自身に対しては牽制程度だったからこそザリスは巨人相手になんとか奮闘できていたのである。
「そっか、最初の銃からこっち狙いだったんだね」
 ベアトリーチェの銃撃は大樹を打ち抜くためではなく、防がせてこちらの視界を奪うためのものだったとザリスは理解した。迫り来る二つの攻撃のうち、熾天使の焔を槌で払い、ザリスの胸から上を蒼炎槍が消し飛ばした。

 アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)の周囲にはゴミが散乱していた。輪切りにされた車、輪切りされた電柱、輪切りにされた道路標識などなど。
 アンジェラは息を切らしながら、長刀を持ったザリスを睨む。乱れた呼吸は彼女だけではなく、グスタフ・アドルフ(ぐすたふ・あどるふ)も同様だ。
 ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)を纏った天貴 彩羽(あまむち・あやは)は目に見えた疲労や負傷はまだ無いが、その表情は苦い。
「おー」
 突然、長刀を持ったザリスはパチパチと拍手を始めた。
 それから、遠くを指差す。
「やったね、僕が一人死んだみたいだ。これだよ、これ、これを待ってたんだ」
 指差した先には今は何も無い。巨大化していた契約者が時間切れになったのだ。
「仲間が倒れるのが、そんなに嬉しいの?」
「仲間じゃないよ、死んだのは僕さ。そりゃ嬉しいに決まってるよ、僕が死んだんだからね?」
「意味がわからないわ」
 彩羽は眉をしかめる。普通に会話するにもめんどくさい相手だが、この話題はそもそも理解不能だ。
 この会話の最中に、リース・バーロット(りーす・ばーろっと)はアンジェラとグスタフを命のうねりで回復させた。
「ごめんなさい、これが最後ですわ」
「無理させてごめんね」
「我輩が不甲斐ないばかりに」
 治療を受けた二人は、息の乱れも収まり、戦闘態勢を取り直す。
 長刀の広い間合いを、ザリスは大事に扱っていた。その鉄壁の間合いに、数で勝っているというのに直撃を与えられないままでいた。
 この、静かなにらみ合いももう何度目かはわからない。だが、今回に限ってはにらみ合いの時間は僅か数秒で終わった。
 足音、それも大群のものだ。それが、こちらに向かって近づいてきているのを、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)ははっきりと聞き取った。
 足音は途中で別れ、扇状に広がっていく。
「包囲するつもりですか……!」
「僕としては君たちの活躍は嬉しくてたまらないけど、僕達としては大打撃だからね。やっと、下級兵の混乱も落ち着いたし、そろそろ幕引きといこうか」
 いくら相手がゴブリンとはいえども、完全に包囲され、ザリスもこの場にいる状況では勝ち目も、包囲網の突破も不可能だ。
 仕掛ける最後のチャンスは、今しかない。
 小次郎は指揮官の懐銃を引き抜き、五月雨撃ちを試みる。不意の攻撃にザリスは最初の二発を被弾するも、残りはステップと長刀の柄で払い落とした。
 銃声が合図となって、アンジェラとグスタフが間合いを詰める。
「ここは、我輩が」
 アンジェラの真正面にグスタフは立つ。迎え撃つ長刀を、その身で受けた。ほとばしる鮮血。だが、受けと覚悟した一撃は、それが致命傷に至るのを防いだ。
 グスタフが切り開いた道を、アンジェラが駆け抜け、ここに来て初めて肉薄した。
 アンジェラは持てる力を全部発揮し、ザリスに攻撃を仕掛けた。
 梟雄剣ヴァルザドーンがザリスの鎧を打つ、叩く、亀裂をつくる。
 手ごたえはあった。
「この距離は苦手なんだよな」
 ザリスは長刀での迎撃を断念し、アンジェラとの間合いを詰めると、アンジェラの肩に手を乗せると、そのまま真下に強く押して、無理やり肩を外した。
 さらに押されて沈んだ体に、膝を合わせて打ち上げる。
 その片足ああがった状態を、彩羽と龍砲 天羽々矢(りゅうほう・あめのはばや)は見逃さなかった。
 ザリスの相手をし始めてから、ずっと溜めていた滅技・龍気砲を、ここで使う。
「終わりよ」
 彩羽がザリスをよく見ていたように、ザリスも彩羽の動きを見逃してはいなかった。
 ザリスはアンジェラの反撃に使わなかった長刀をその場で地面に勢いよく突き立てると、棒高跳びのような動きで空中に飛び上がった。そのまま地面には着地せず、突き立てた長刀の柄の上に立つ。
 ザリスの足の下を一塊の光弾が通り過ぎていく。
「残念、時間切れだよ」
 包囲を完成させたゴブリン達が、契約者達に雪崩れのように押しかけていく。それまで、ザリスの目には人数に数えられていなかった魔装や、ギフトが唐突に現れもしたが、それで何かが変化するような事は無かった。