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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 14


 千代田基地敷地内の離れに、あまり人の近づかない急造の平屋がある。あまり誰も近づかないのは、悪臭が酷いからだ。そんな場所に、好き好んでやってくるのは、ここが仕事場となっているベスティア・ヴィルトコーゲル(べすてぃあ・びるとこーげる)火天 アンタレス(かてんの・あんたれす)といった、研究者達である。
 この匂いの原因のほとんどはダエーヴァだ。風呂に入るなんて習慣の無い彼らは、元からの獣臭さと合い間って、独特の悪臭を放っている。戦場ではそれよりも火薬や焦げた匂いの方が強烈で気に留める事もないが、戦地から離れたこの場所だとそうもいかない。
「レザーアーマー+1ってところかしらね」
 ベスティアはダエーヴァの死体から剥ぎ取られ、加工された皮の実験結果をそう評した。
 動物の皮を使って作る防具は、それなりに手を加えれば軽くて丈夫な軽防具となる。ダエーヴァ製品は、一般的な動物の皮に比べれば丈夫なものになるが、戦争で使うには全てにおて足りない。丈夫とは言っても、銃弾を受け止めるほどではないし、魔法に弱い特性はそのままだ。日常の負傷を軽減するツナギとしては、入手コストの安さから有用かもしれないが。果たして誰がダエーヴァの皮で作った丈夫で長持ちで安いツナギを買うのだろう、という若干の疑問は残る。
「腐りやすいのも問題じゃ、これは使い物にはならんのう」
 防腐加工の効果が大きい皮はまだいいが、ダエーヴァの肉は足が速い。
 彼らは魔法を扱う事は無いが、魔力そのものを持っていないわけではない。体を維持、制御するのに彼らは体内の魔力を利用しているのだ。
 これに限らず、魔法などの技術に強い契約者が研究に参加することで、新たにわかってきた情報は多い。彼らが魔法に弱いのは、この僅かな備蓄魔力が外からの魔力に影響を受けるからだ。結果、身体能力が落ちてダメージがよく通る。
 死亡すると、その魔力が霧散してしまうので、ダエーヴァの体は驚くほどの速さで劣化する。食べ物としては論外だが、これを利用して何かを作る場合、継続的に魔力を補給し続ける必要がある。使う時に魔力を消費するのなら問題は無いが、保存するだけでも相当なコストがかかるのである。
 構造体を記録し、何かの参考にするのがせいぜいだろう。しかし、それもすぐにデータだけになって、サンプルは残らない。
「毒ガス実験も手詰まりね。ロシアの部隊が駐留して、毒ガスの備蓄が無い時点でお察しだったけど」
「対毒耐性の得る速度は、ゴキブリでもかなわないのう」
「データをフィードバックしてるんじゃないかってぐらい、生物兵器に対する対策が早いわ。毒に耐性のあるのが生き延びるゴキブリとは、話が違うでしょうね」

 廊下を歩いていた猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は、正面から歩いてきた兵化人間の集団に思わず道を開けた。
 戦場でも内地でも、ロボットのようにキビキビ動く彼らは、正直ちょっぴり怖い。表情も希薄で、何より契約者とも他の国連軍ともあまりコミュニケーションを取らない。
「そりゃ、あいつらロシア語しか喋れないし、日本じゃ浮くだろ」
 心を読んでたかのように、三船 甲斐(みふね・かい)が背後から呟く。
「うわぁ」
「そんなところに突っ立ってないで、次の報告の下準備があるんだからとっととこい」
 甲斐は剛利の腕を掴むと、そのまま研究室へとひきずる。
「そんな、やっとナノマシン原木の準備終わったところなのに、少しは休ませてよ。それに、なんで毎回俺に報告全部押し付けるのさ、俺じゃなくて自分でした方が絶対いいって」
「俺様は研究を邪魔されたくない。お前は偉くなりたい。ほら、WINWINじゃんか」
「いつ俺がそんな事を言った! 言ってない!」
 結局そのままひきずられて、研究室へ。ダエーヴァの研究所ではないので、匂いは特に無い。
「お、きよったの」
「待ってたよー」
 エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)佐倉 薫(さくら・かおる)の手には資料らしきものが既に用意されていた。
 ただ珍しく、甲斐達によって半ば私物化されている研究室に見知らぬ人の姿があった。銀髪の女の子だ。名前はわからないが、兵化人間部隊の一人に間違いない。
 その子が何の為にここに居るのか、とか疑問をする余裕もなく椅子に押さえつけられ、報告用のプレゼンテーションの練習が行われた。
 とはいえ、これももう何度目になるか。諦めて素直に練習に参加すれば、開放は割りと早い。
「これって、さっきの人たちはこの実験に参加してもらってたって事?」
 プレゼン練習が終わってから、渡された資料を見つつ質問する。
「そ、あそこの人体実験一号ちゃんだけじゃ、サンプルとしては弱いだろ」
 日本語がわかってないからって、随分とひっどい名前である。
「あ、えー、それで、うまく行きそうになったと」
「うむ。術者の素質はオリジンもアナザーもさしたる違いは無いが、技術としての洗練され具合は天と地程の差がある。こっちの魔法はあれじゃな、ちょっと火をつけるのに、ナパーム弾を使ってるようなものじゃ」
「すっごく非効率だって、それも一人や二人じゃなくて、みーんなそうなの」
「そうしなきゃいけなかった理由もわかるぜ。けど、正直これじゃ使い捨ての一発屋だ。しかも、あれでもこっちじゃ魔法に関してはトップエリートをかき集めてんだな、これが。てなわけで、少しでも効率をあげるように考えたのがこれってわけだ」
 人体実験一号ちゃんの手には、銀色の腕輪がつけられている。
「これにはわしがルーンを刻んでおる。起動させれば、装備者の魔力を元に、手のひらぐらいの火の弾を発射する事ができるのじゃ。ま、これでも普通に火術を使った方が、当社費三倍程度効率がいいがの」
「ま、今はもっと効率よくて使いやすい道具を作るための研究と実験の段階ってわけだ。魔法そのものを教えるにも、妙な癖を矯正すんのに時間かかって非現実的だ。それに、簡単に構造を見破れないように改良も必要だしな」
「なんでそんな事を?」
「そりゃ、超科学を持った宇宙人が人間に勝つ時ってのは、相手の技術を奪い取ったからに決まってるだろ?」
「それって、フィクションの話だよね?」
「それだけ、技術は大事ってこった」



「オーラーイ、オーラーイ」
 クレーンの運転手に大きく身振りで指示を出す柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)の前に、ゆっくりとイコンがその姿を現していく。
 引き上げられた巨大な人型は、一旦持ち上げられたあと、ゆっくりと地面に置かれた。
「十五分と二十七秒。なんとか、許容範囲ですね」
 ストップウォッチを見つめるアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)。止まった数字が示すのは、一体のイコンを道に通過させる時にかかる時間だ。
「作業に慣れがでれば、もう少し早くする事はできるはずだ。イコンを固定するのがもう少し早くなれば、その分時間も短くなるはずだ。固定を簡単にする固定具なども考えるといいかもな」
 湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)はたった今、こちらに吊り上げたイコンを見上げた。
「この様子でしたら、Lサイズのイコンも搬入できそうですわね」
「LLサイズは、ちょっと無理だよな」
 高嶋 梓(たかしま・あずさ)は、桂輔に「そうですわね」と返す。
「しかし、Lサイズを持ち込むとなると、パイロットに協力して頂く必要がありますな」
 アルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)が先ほどの映像記録を確認しつつそう口にする。Mサイズであれば、無駄に大きい武装でもない限り、簡単に道を通過させる事ができる。
 一方、Lサイズは個体差もあり、固有武装などは一旦全て外してもらい、道を通るためにポーズを決め手もらうなど単純な輸送とはいきそうにない。
「仕方ないな。拡張工事自体は続けられるからいずれ問題無くなるだろうけど、それまでは我慢してもらうしかないさ」
「今から頑張れば、教導団の量産型だけど七つは送り込めるわね。前線に送ってあげた方がいいかしらね?」
 イコンに取り付けられていた、吊り上げ用のワイヤーを外し終えたソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)がやってくる。
「武装は最低限とは言っても、ダエーヴァに対しては十分な戦力にはなりますね」
「パイロットが足りないなんてこともないしな」
「稼働時間を考えると、あまりオススメはできませんわね」
「今これが敵陣に飛び込んでいけば、敵も味方も驚くでしょうな」
「たぶん、味方の方が驚くな」
「命令もないし借り物のイコンを勝手に使うわけにはいかない。ひとまず、無事イコンの通過実験が終了した事を伝えよう。もしそれで、今すぐに必要だと言われても問題無いよう稼動のチェックももう一度しておこう」
「んじゃ、俺はこのまま次の搬入をするとして、報告と整備は任せたぜ」
「それでは、報告は私が行って参ります」
 イコンの搬入実験が完了報告が、前線の羅やコリマに届いたのは、日が傾きかけた頃だった。
 イコンを緊急出動させるような依頼もなく、道の拡張工事はこれでひとまずの目安であるイコンを安全に搬入する、という目的を無事に達成したのだった。

 千代田基地の見張り台の上で、ドリル・ホール(どりる・ほーる)はシチューの材料のジャガイモの皮をむきつつ、黙々と有害な芽の部分をえぐえぐとえぐり取る。
「当方が、攻撃の好機――と今を捉えているということは、敵さんも攻撃の好機と考えているかもですね。自分だけに思考能力があるわけではない、とは心得ていなくてはならない所です。黒い大樹を直にこちらは攻撃に向かいましたが、敵も同様にアイシャ様のいらっしゃる『ここ』を狙って来ないとも限りません。備えておくに越した事はないですね。見張りの任務を怠らないようにしましょう」
「連中にとって守るべき『王将』が黒い大樹だとしたら、こっちが守るべきは、アイシャ様か? じゃあ、しっかりかっきり、守らないとなー。こっちが仕掛けた作戦が成功する事を祈るけど」
 レーダーのモニターの確認を怠らずに、ジョン・オーク(じょん・おーく)はニンジンの皮むきを続けていた。
「しかし、包丁にニンジン片手では、いまいち説得力はありませんけどね」
「作戦に人手割かれてるからな。ま、おかげでこっちは平和だし、飯の準備もできるってわけだ」
 千代田基地には何度かダエーヴァが接近しているが、内部に食い込まれたり、警報が鳴り響いて混乱するような事はなく、巡回する守備隊の手で追い払う事ができていた。本隊が作戦を開始してからは、そんなちょっかいもさっぱり起こっていない。
 こちらに手を回す余裕が無いという事は、作戦が順調だという事に違いない。基地ではイコンの搬入テストも無事終わり、イコンの作戦導入も見通しがついた。
「お、やってるやってる」
 足元に目を向けると、夏侯 惇(かこう・とん)による牛の解体ショーが始まっていた。
「これは、これで少しやりにくいものがあるのう」
 惇は期待の目を向ける観衆に、頬を指でかいて困惑した。
「基地の皆に振舞うのであれば、牛の一頭ぐらい肉が必要であろう」
 なんて言ってしまったら、本当に牛一頭分の肉が食肉として手配され、言いだしっぺとして解体を任されたのである。それは問題無いのだが、何故だか牛の解体ショーをやるという噂が基地に流れ、時間と場所を指定されて作業をする事になったのである。
「噂を流したのは誰なんでしょうね?」
「さぁなぁ、でも面白そうだしいいんじゃね?」
 上から眺める二人の表情は含みのある笑顔だった。
 解体ショーは、大事な解体は滞りなく進み、観客に「それは何て肉なんですか?」と尋ねられると、「こ、これは背肉だ、これは右のわき腹だ」と答えて笑いもとっているようだ。
 そんな解体ショーから遠くない場所に、寸胴なべが何個も並ぶ野外調理場が設置されている。そこでは、カル・カルカー(かる・かるかー)が部下と共に大量の野菜と格闘していた。
 気の遠くなるような量の野菜を、切って切って切りまくる。
「てめーら、人間じゃねぇや、叩っきってやる!!」
 疲労と、タマネギから発せられる刺激物に抗うためには、奮起の咆哮が必要だ。
 部下を指揮するカルがそんな感じで、ひたすらに作業をするものだから部下も楽しくお料理なんて空気は微塵もなく、何処かの戦場のような必死さで下ごしらえが行われていた。
「いっ」
 自分の指を包丁で切ってしまい、カルはつい血の出た指を口に当て、濃縮されたタマネギのエキスにむせた。
 指にぷっくりと血が浮かび、鼓動に合わせて痛みが走る。
 手をとめじっと指先を見つめる。
 「雷龍の紋章」のファーニナル先輩達が精鋭部隊に志願する中、カルはどうしても足がすくんで前に進めなかった。そんな彼にファーニナル中尉は「君にできる戦いをしてくれればいいよ?」と声をかけた。
 ただ待っているのは申し訳ないから、ベルティ少尉に頼まれた食事の下準備を引き受けた。
 千代田基地の防衛をする人は必要だし、ただ単に手持無沙汰に待っているよりは、なにか作業があった方がいいと考えたのだ。
 だが、待っているというのは、思った以上に大変だ。戦う仲間を信頼しているぶんだけ、何かあったらという恐怖も抱える事になる。
 作業で気を紛らわすのも、思ったより上手くはいかない。
「絆創膏、持ってきましたよ」
 大きな籠を抱えたジョンが、立ち尽くすカルに絆創膏を差し出した。
「あと、ニンジンとじゃがいものおかわりを貰っていきたいのですが、よろしいですか?」
 下処理を終えた食材を置き、新たなニンジンとじゃがいもを補給する。
 カルの胸中を察するのは、ジョンにはさほど難しく無かった。この基地に残っている多くが抱えている問題だ。それだけに、無責任な楽観論を適当に口にするのは憚れた。
「では、牛の解体ショーを覗きに行きましょう」
「え?」
「せっかく惇さんが頑張ってるんですから。野次ってあげるのが、仲間の務めというものです」
 観客の言葉に対応しきれてない惇を、さらに身内で弄ろう。爽やかにジョンはそう宣言すると、カルを押して解体ショーへと向かった。
 惇はにこやかに近づいてくるジョンを見て、この時ばかりは敵前逃亡を候補にいれたとか、いれなかったとか。