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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
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【プロローグ】





 正しいことだと信じたかった。
 未来の為だと思いたかった。
 平和という物が綺麗で輝いているものと信じていた。
 けれど、結果として仲間達は敵にも味方にも殺されて、彼等の名前はまるで書き損じのようにいともあっさり消されてなくなった。
 自分の名前だけが虚しく書類の上で移動していって、元々半分無くなってた名前はこれで完全に返上になった。
 生きた屍の使い方なんて知れたもので、一向に平和になりもしない世界を、なも何事もないかのように見せ掛ける為に走り回るのが仕事になった。
 闇から闇に。かつて自分たちがそうやって消されたように。
「お前は時々、生きている人間に見えない」
 何時だったか言われた言葉を思い出す。
 自分でも時々判らなくなる。
 とっくに死んだ身体を何故まだ動かしているのか。何のために戦っているのか。
 変わらず判っているのはひとつだけ。

 多分、自分は何ひとつも許せていないのだ、と言うこと。







 空は、誰の心にも関わりなく晴天。
 傾き始めようとする陽が採掘跡の岩肌を錆色に照り返す、そんなヒラニプラの中でも、辺鄙な場所に作られた「旧演習場」を半ば遠巻きに、避難を終えた観客達は、まだ幾らか事態を呑み込めていない様子で、細波のようなざわめきの中にいた。
 試合中の突然の襲撃。アナウンスによってそれが演出かと思っている内に避難を促されたのだ。戸惑いながらも、彼等がそれなりに秩序を保っているのは、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)神崎 優(かんざき・ゆう)、そして酒杜 陽一(さかもり・よういち)たちのすばやい誘導によって、最後砕けた魔導師の姿を見ていない者の方が多かったことや、陽一の歌った幸せの歌によるところが大きいだろう。今も、その歌が観客達のパニックを抑えるのに一役買っている。
 そんな中、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が避難している観客達に、事情――といっても、機密に関わることが多く、話せることは殆ど無いが――を説明しているらしいのと、パートナーの綺羅 瑠璃(きら・るー)が後々の“辻褄あわせ”や根回しの為に氏無春臣大尉の配下らしい者たちの手を借りて、方々へ連絡を取っているのを遠巻きに、情報整理の傍らで沙 鈴(しゃ・りん)金 鋭峰(じん・るいふぉん)へとちらりと視線を投げた。
 そもそも、疑問ではあったのだ。形式を整えるためという名目や、来賓との釣り合いの関係があるにしろ、団長自身が出張ってきたのは何故なのか。舞台や役者をわざわざ揃えているということは、この事態を想定していたことになるが、後々で隠ぺい工作を図る前提があったにしても、リスクの高い作戦である。
 現場は契約者達に丸投げに近い状態になるのは判っていながら、何故――鈴が思考を巡らせていると、まるでその疑問を見透かしたように、鋭鋒は「然程、不思議なことではない」と口を開いた。
「この“遺跡”の鍵を持つのは三人――だが、最悪の事態で、決断を下せるのは私だけだ」
 その“最悪”がどんな状況かは聞かなくても判る。そんなことには決してならないと、中で奮闘する仲間達を思いながら、同時に「この場の全ての責任を取れるのも、な」と苦笑勝ちに付け加えられた言葉に、鈴はその肩にずしりと何か重たいものを感じて、息苦しさに視線を逸らしたのだった。



 そして――……

「ぅう、うぇ、うううっ」

 会場上空に、小さく響く少女の泣き声があった。アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)だ。
 ドラゴンの背にしがみつきながら、アルミナの心は喪われた名前のない少女のことを思い出していた。
 届かなかった手、及ばなかった力、守れなかった自分への不甲斐なさ。
 自分がもっと強ければ守れたのだろうか。自分にもっと力があれば助けられたのだろうか。そんな「もし」がぐるぐると回り、悲しさがどうしようもなく涙を流させた。
 そんなアルミナの頬に触れ、そっと涙を拭ってやりながら「泣くでない」と辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)
は宥めるように優しく言った。
「まだ諦めるのは早い」
「……?」
 その言葉に顔を上げ、首を傾げたアルミナに刹那は続ける。
「あの少女は元より遺体。ならば生き返らせることは出来ずとも、動く死体にはまだ、戻せるやもしれん」
「……!」
 それは淡い希望、薄い望みだ。けれど、それだけあれば十分だった。頷いたアルミナはぐいっと袖口で涙を拭うと、面を被り直して決意を示し、刹那は満足げに頷いてその頭を撫でると他の二人へと通信を送る。
「先ずは遺体を奪還する。位置を補足し、行動に備えよ」
『了解』
 イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が即答する中、くすくすと笑ったのはファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)だ。
『全く、アルミナには甘いんですから』
 そう言いつつも、ファンドラもまた刹那とアルミナの願いに応じて会場へと視線を巡らせるのだった。





 そして、時を同じくその地面の下。
 出雲 しぐれが崩れ落ちた後、エリュシオンの第三龍騎士団長アーグラの牽制に、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が体制を立て直しに一旦退却して行った後。“出雲しぐれであったもの”を前に、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が膝を突いていた。
『幾多の無念を平然と踏みにじりながら、尚も犠牲を強い、膨れ上がっていく醜い化け物』
 現実味の無い美しい顔で、空洞のような目で、契約者達をそう称した男の言葉を思い出す。
『平和という凶器を掲げて、あなた方が食い散らかしていくものを、私は返していただく。取り戻させていただく。等しく同じく、あなた方にも犠牲を払っていただく。無念の海に沈んでいただく』
 ぞわぞわと背中を這い上がるような、昏い熱を持った声。ただひたすらに「許せない」という、理性を取り払って全てを等しく憎む、強い執念を思い返しながら「その通りだよ、しぐれ」と、灰と骨だけに成り果てたその上にそっと指を触れ、呼雪は呼びかけるように口を開く。
「平和の名の下にどれだけの非道が蔓延り、嘆きが地を揺るがしたか。人の歴史は如実に表しているのに、それを受け止め、見つめられる者はあまりにも少ない」
 しぐれという存在は、今自分達が立っている平和の足元に、押し潰されたものの一つであり、積み重なった妄念が意思を持って牙を剥いたような、現象そのもののようなものだ。悼むように目を伏せ、呼雪は触れている骨を拾い上げると、それをアニメイトで蝶へと変じさせた。ドリームバタフライとひらひらと肩口で飛ぶその様子は、呼雪の容姿と相まって、場所を忘れさせる幻想さがある。
 それを複雑な表情で見やる氏無の身体を、呼雪の金色の風が包み込んだ。
「あなたをここで死なせる訳にはいきませんからね」
「そうそう」
 頷いて、精神波の影響を僅かにでも解消したらしい身体を逆側から支えるのはヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だ。
「しっかり道案内、してもらわなきゃねえ」
 二人が自身の行き先を察し、その上で同行しようとしているのを察して、氏無は苦笑した。恐らく何を言っても付いてくるのだろう、と察したためだ。ゆっくりと歩き始めようとするその足取りに沿いながら、呼雪は不意に口を開いた。
「……もう一度刃を入れて膿を出さなければ、癒えない傷もあります」
 傷の痛みか、それとも別の何かか、黙り込んでしまっている氏無に向かって、呼雪はそっと声を続ける。
「大尉……しぐれの想いを知ったのなら、今度はあなたが答えを示す番です」
 呼雪と氏無との付き合いは短い。いわんやしぐれとの間に至っては、誘拐されてから今日に到るまでの数日でしかない。吐き出された激情でその望みを察することは出来ても、それ以上のことは判らない。仲間を失い、自らも死してから、一体どんな思いでこの数年を過ごしてきたのか。判らない、判ってはやれない。「でも、あなたならきっと分かる筈だ」と呼雪は言う。
「死の際に刻み付けられた妄執の向こう側にある、彼の本当の心を」
「…………さぁ、どうだろうね」
 誤魔化そうとしたのかどうか、曖昧に答えながら、氏無は深く息を吐き出した。

「あんまり知りたくないなぁ…………案外、ボクと同じなのかもしれないからね」