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リアクション
☆ ☆ ☆
「ふう。おかしいですね。なんでかワカメしか採れないじゃないですか」
海面に顔を出して、クロセル・ラインツァートが水中用の仮面をつけた頭を左右に振った。手に持ったランスの先には、海草しか引っかかってはいない。魚の姿はどこにもなかった。
「そうよね。なんか変だわ。とりあえず、ワカメはそこそこ採れたから、貝とかウニとかに狙いを変更しない?」
青いビキニを着た鈴虫翔子も、何かおかしいといった顔で作戦変更を提案した。
海から上がると、本郷翔がすでにいろいろな貝を集めていた。帆立やら蛤やらサザエやら浅蜊やら、貝類は意外に豊富なようだ。
「貝はいいでございますよ。大きな物は、貝殻をお皿として再利用できますし、食べられない物でも貝殻などは蛮族の皆様に手土産として御提供できるのではないでしょうか」
そう言う本郷は、形のよい物、あるいはいびつでも真珠を持っている物などを、すでにレベッカ・ウォレスに渡していた。
そのレベッカは、用意周到に蛮族との接触を図っていた。飛空艇でここにくるまでの間に、ジャタ族の集落の大まかな位置を、ガイドの姐御からいくつか教えてもらっていたのだ。
「これで、うまく蛮族にミートできれば、お鍋とかゲットできるよ」
「こちらが、ミートにされなければいいですけれど……」
アリシア・スウィーニーは、犬耳カチューシャをつけた頭を、疲れたようにうなだれさせた。
二人とも、お揃いの白いタンクトップとホットパンツという出で立ちだ。ただ、それらはマイクロタイプで、これ以上短いとまずいだろうというほどに小さい。こんな格好で蛮族の所に行ったら襲ってくれと言っているようなものだが、レベッカの方はまったく気にしていないようであった。アリシアの方は、そんなレベッカを少し恨みつつも、本当に手を出してくる奴がいれば、ミートどころかミンチにしてやろうと心に決めていた。
「それにしても、蛮族、ポップしませんねえ」
かなり残念そうにレベッカが言ったとき、ふいに近くの茂みがゆれて音がした。やっと蛮族が現れたかとレベッカは喜んだが、現れたのは宝月ルミナとリオ・ソレイユだった。
「禁猟区に反応があったかと思ったら、レベッカさんたちでしたか」
あまり意外でもなさそうにリオが言った。
「どこか行くの? じゃあ、一緒に行ってもいいよね。ねっ、おにいちゃん」
手持ち無沙汰になったので周囲を探索していたルミナは、レベッカたちについていけば面白そうだと同行を希望した。
「いいデース。トラブルは道連れ、いえ、トラベルは道連れ、世はなっさけねーデース」
あっさり認めると、一同は蛮族の村にむかって進んでいった。
その少し前、椿薫たちは川で水を確保に動いていた。椿は持ってきた革袋などで一所懸命水を汲んで運ぼうとしていたが、一緒にいる愛沢ミサは果物ばっかり採っている。
「愛沢殿、果物よりも水を汲んでほしいのでござるが」
「でも、この人がさっきから俺にさあ……」
椿に言われて、愛沢がうっとおしそうに棚畑亞狗理を指さした。
「その方がいいけん。水にはDHMOが混じってるよって、危険じゃからのう」
「DHMO?」
聞き慣れない言葉に、椿は聞き返した。棚畑はやけに自信たっぷりだ。
その後、えんえんと棚畑によるDHMOの説明がされるのだが、椿にはちんぷんかんぷんだった。DHMOは危険だから、それを大量に含む水を飲むと毒になるとか、酸性雨の主成分になっているとかいろいろ言われる。
棚畑の講説に二人が困惑していると、誰かが川を泳いでやってきた。
「危険じゃ、DHMOにやられるぞ、はよ川からあがりんしゃい」
棚畑がわざとらしくあわてる。
「はあ、なんの話だ」
メリナ・キャンベルは、素早く川から上がりながら棚畑に聞き返した。しなやかな褐色の肢体に、弾かれるようにして水が滴り落ちる。それを見て、棚畑が水の危険性を繰り返した。
「それって、水その物のことであろう。何を今さら」
乳白色のショートヘアーから水を絞りながら、メリナがつまらなそうに言った。
「なんだ、水のことか」
椿と愛沢がほっとする。ばれたかと、一瞬棚橋がつまらなそうな顔をしたが、すぐにまたそらとぼけてしまった。
だいたい、水自体は極度の大量摂取で死亡もありえる物質なのだ。これは意外と知られていない。また、ほとんどすべての食べ物に水分が含まれていたり、身の回りのあちこちに水は存在する。それを逆手にとって、毒には水が含まれることが多いとか、水を飲むとお腹を壊す者がいるなどという言葉遊びの詭弁を弄(ろう)して、棚畑は他人をからかっていただけなのである。
「まったく、人騒がせでござる」
椿が怒っていると、近くで人の気配がした。
「こんな所に、水着の姉ちゃんとは、運がいい。何か、持ってたら全部こちらによこしな」
突然現れた蛮族が、持っている手斧をちらつかせながら言った。
「おっと、動くなよ」
椿たちが武器に手をのばそうとするのを制して、蛮族が素早くメリナを捕まえた。
「人質とは卑怯でござる」
椿は歯がみしたが、メリナはあまりあわててはいない。
「あら、人質なんて、必要ないであろうに」
メリナの目に不思議な色が浮かぶ。その手が、なめるようにして蛮族の男の胸から首筋を這い上がった。
「お前、何をす……」
背の低いメリナが、背伸びするように顔をあげた。
「きゃっ」
自分の位置からはキスをしたようにも見えて、愛沢が小さく悲鳴をあげた。
それには構わず、メリナは蛮族の首筋から唇を離した。
「メリナ・キャンベルを解放せよ」
「はい。おおせのままに」
メリナが命じると、蛮族が素直に彼女を放した。
「吸精幻夜か。やるじゃないか」
棚畑が感心する。
「さて、どうしようかしら。お前の村は近くなのか」
メリナは、腰に手をあてると、僕(しもべ)にしたばかりの蛮族に問いただした。
いくつか質問すると、この男は近くの村に住む蛮族で、なかなかの有力者のようであった。村の番長は、生粋のドージェ信者で、誇りをもってパラ実生を名乗っているらしい。それでも、比較的、穏健な性格ではあるようだ。
「話が通じそうじゃけん、行ってみるのも面白かろう」
棚畑が、面白そうに言った。
「そうでござるな。ちょうど、水を汲む容器がほしかったところでもあるし」
「お土産も、果物ならいっぱい集めたしね」
「決まりだな。行くとしよう。さあ、案内せよ」
メリナに命令されて、蛮族はゆるゆると歩きだした。
蛮族の村の入り口で、メリナたちとレベッカたちはばったりと出会った。
「奇遇デース。ぜひ、蛮族さんとフレンドになって、いろいろゲットしましょう」
メリッサの僕となった蛮族の仲介で、レベッカたちはこの村を仕切る番長の許へと案内してもらうことに成功した。
パラ実生であるレベッカたちであったが、今日は私服だった。運のいいことに、棚畑がもろに波羅蜜多ツナギを着ていたので、一応見た目で味方だとは分かってもらえたようである。
「これ、プレゼントデース。仲良しフレンド、希望しマース」
愛沢の集めた果物を見せて、レベッカが話を進めていく。ただ、彼女のしゃべり方のせいか、食器などの交換はなかなかまとまらない。
「この隙に……」
ローグの性(さが)か、椿がこっそりとそばにあったスプーンをポケットにしまおうとした。だが、運悪く、見つかってしまう。
「こいつ、今盗みをしやがったぜ」
「なんだと、俺の目の前で、いい度胸じゃねえか」
場は一転して、一触即発の状態になってしまった。大勢のジャタ族が、レベッカたちを取り囲んだ。
とっさに、アリシアがレベッカを守ろうと、自分のメイスを手にする。
「近寄ると、ホームランですわよ」
「瞑須暴瑠(べいすぼうる)の構えか。やるな、お前」
威嚇するアリシアに、ジャタ族の番長が面白そうに目を細めた。
「あたりまえデース。このレベッカ・ウォレス、波羅蜜多タイタンズのチアリーダーとして、瞑須暴瑠にトゥゲザーしてましたー」
「ななな、なんだって!」
そのレベッカの言葉が、再び状況を一変させた。
「あんた、あの瞑須暴瑠の現場にいたのか。しかも、俺の愛する波羅蜜多タイタンズのチアリーダーだってぇ! おい、てめえたち、何をしてやがる、チアリーダー様に御無礼だろう。さっさと武器をしまって御接待さしあげねえか!」
番長の一声で、蛮族たちがあたふたと態度を変えた。一気に賓客扱いである。
「なあ、試合の話をしてくれよ。中継には出てこなかった話とかいろいろあるんだろう」
番長が、ねだるようにレベッカに頼み込んだ。
「もちろんデース。あなたは、大切なフレンドですから、誰も知らないシークレットを、あなただけに教えてさしあげマース」
「すげー、すげーよ、あんた」
こうしてジャタ族とお友達になってしまった一行は、合宿参加人数に充分なほどの鍋や食器や水用のポリタンクをお土産に貰ったのだった。
「こんなに貰ってもいいのでしょうか」
少し申し訳なさそうにリオが言った。
「なあに、そのキャンプ場とやらにおいといてもらえば、後で取りに行くさ。なくなったとしても、またどっかで略奪してくるからな。心配いらねえ」
そう言って、ジャタ族の番長は高笑いをあげた。
☆ ☆ ☆
「ふむ。これは手頃ですね。持っていって、バーベキューのプレートにしましょう」
クロス・クロノスは、海岸にうち捨てられていた船の中で鉄製のプレートを見つけた。補修部品であったのかテーブルとして使っていたのか、どちらにしろ使える物であることは間違いない。
だが、なぜこんな所に船があるのかは謎だった。いや、謎どころか、船の一部が何者かに噛み砕かれたようにして破壊されている。そのせいで廃棄されたのであろうが、いったい何者がそれを行ったのだろうか。
一抹の不安を感じつつも、クロスは作りかけの竈(かまど)にセットするために、プレートを運んでいった。
真面目に働いている者の陰で、浜辺では最初から遊びまくるつもりで、しっかりそれを実行している者たちも多くいた。
「ははははは、エリオットくーん」
浜辺を走っていたメリエル・ウェインレイドが、立ち止まって手を振った。白いセパレートの水着が砂浜にまぶしいが、機晶姫であるがゆえの装甲が重たいゆえか、砂浜には深々とした足跡が点々と残されている。
エリオット・グライアスは、読んでいた植物図鑑から顔をあげると、軽く手を振り返した。
メリエルにあわせてトランクスの水着を穿いているが、海に入る気はない。それ以前に、メリエルは大丈夫なのだろうか。海で装甲が錆びたりはしないのだろうか。
「後で、サンオイルを塗ってやるか……」
エリオットは、そうつぶやいた。
「そこの機晶姫、【岩国のシロヘビ班】に入らんか?」
「やだ」
シルヴェスター・ウィッカーが、同じ機晶姫繋がりでいけると思ったのか、メリエルをわけの分からない道に引っ張り込もうとしたが、即答で断られた。
「もうそれはいいから。そこの、一緒に遊ぼう」
「うん」
水着のガートルード・ハーレックはシルヴェスターを一喝すると、メリエルとともに笑い声をあげて砂浜を駆けていった。
「ああ、親分、待ってつかあさい。わしもまぜてー」
シルヴェスターは、大あわてで二人の後を追いかけていった。
「海……いいな」
永倉七海の水着の端をつかんで引っぱりながら、春告晶がぽそりと言った。手に持った携帯電話で、ガートルードたちの写真をパチリパチリと撮っている。電子機器の持ち込みは禁止だったが、さすがに携帯電話はパートナーとの大切な繋がりを象徴する物だ。パートナーがシャンバラ人である晶には絶対ではないが、剣の花嫁をパートナーとしている者たちには武器の一部とも言えるため、あまり厳しく咎められてはいなかった。もちろん、盗撮などしているのが見つかれば、ガイドの教官によって簀巻きにされて海に沈められるだろうが。
「晶ちゃん、つかまるのはいいんだけど、パーカーの方にしてくれるかなあ。水着は、その、いろいろとまずくて……ああ、のびるだろぉ」
セパレート水着のおしりあたりを引っぱる晶の手を外すと、七海は羽織っているパーカーの端をつかみなおさせた。
パチリ。
「おい、今どこ撮った。そういうことは……」
「じゃ、むこう撮る」
七海に怒られて、晶はレンズをガートルードの方に戻した。
「ははは、これが海なのねえ。いいなあ、海」
「親分、童心に返って無邪気すぎですけん。親分ー」
バシャバシャと波打ち際を走り回るガートルードたちを、しっかりと記録している者は他にもいた。
「よっしゃあ、脳内録画完了。次の被写体はと……」
伊達恭之郎が、ガートルードの胸をしっかりと心のアルバムに焼きつけてガッツポーズをとった。
「おや、嫁の奴、何やってるんだ?」
パートナーの天流女八斗を始めとする何人かの生徒たちが一箇所に集まっているのに気づいて、恭之郎はいそいそとそちらへむかった。
「これはもう、神様からの贈り物だよね」
小さな川の河口に集まった八斗たちは、上流から流れてきた果物たちを集めてほくほく顔だった。あまり美味しくないレーションではなくて、甘く美味しい果物をお昼にできるのと、なんといってもスイカが手に入ったからだ。
「これはスイカ割りをしなさいということですわ」
近くにいてやってきた狭山珠樹が言った。
さっそく、スイカ割り大会が始まる。
「ああ、外れだよー」
思い切り砂浜を棒で叩いてしまった八斗が、飛び散ってスクール水着についた砂をはたき落としながら言った。
「よし、みごとに外したところも脳内録画完了」
「もう、恭ちゃんったらあ」
おどける恭之郎を、八斗はポカポカと殴った。
「さて、真打ちの登場といきますか」
ウィング・ヴォルフリートが、木の棒と光条兵器を両手に持って現れた。
「双龍・爆炎波!」
爆炎波を乗せた木の棒と光条兵器の合体攻撃が、スイカを直撃する。その威力に、スイカは跡形もなく吹っ飛び、砂を撒き散らしながら攻撃の余波が海へと飛んでいった。
「なんか飛んできた?」
海に浮かべた浮き輪におしりを入れてプカプカと遊んでいた緒方碧衣が、燃えさかりながら海面を転がってきた木の棒に、ほえっ? という顔をした。
「スイカ様に何をする!」
八斗の跳び蹴りが、ウィングに炸裂した。つんのめって、ウィングが倒れる。
「スイカ割りだから問題な……」
「誰が粉砕しろと言った、誰が!」
げしげしと、八斗はウィングを足蹴にした。他に何本もの足が混じっていたが、ウィングには数えている余裕などなかった。
「むこうは楽しそうね」
水無月睡蓮は、砂浜の上でポーズをつけながら言った。
「こちらも充分楽しいだろ。さあ、どんどん写真を撮るぜ」
男性型機晶姫である鉄九頭切丸が、このときのためにと自身を改造した内蔵カメラで水無月睡蓮の姿を次々に写真に収めていった。これで、合宿から帰ったときに、参加できなかった友達たちへのお土産ができるというものだ。
「よし、今度はわしとのツーショットじゃ」
セシリア・ファフレータが、睡蓮の隣にならんだ。
しかし、見た目完全なお子様のセシリアと、モデル体型の睡蓮では、一歩間違えると年の離れた姉妹か親子のようだ。
「いいねえ。オレも仲間に入れてくれ」
いつの間にかやってきた恭之郎が、九頭切丸に言った。
「おや、あんたもカメラ内蔵かい?」
カメラを持たない恭之郎に、九頭切丸はそう訊ねた。
「まあ、そんなもんだ」
いろいろ交遊を深めている者たち以外にも、独自の世界を楽しんでいる者たちもいる。
「こうして海岸を歩いていれば、魚でも打ち上げられてるかと思ったけれど、以外と何もないね、ダーリン」
嵐堂大地と手をつないで歩きながら、サラ・嵐堂はそう言ってちょっと残念そうな顔をした。先日籍を入れた二人は、この合宿を新婚旅行にしてしまっている。
「サラがいれば、オレには充分だ」
「んっ、ダーリン」
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