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リアクション
鴨川を巡る『水』のコース
正確に言えば、その女性は川ではなく、川を泳ぐ巨大な亀の上に立っていた。
彼女たちは『水』を司る十二神将、天后(てんこう)と玄武(げんぶ)である。
天后は透き通るような白い肌と、漆黒の長い髪を持つ、絶世の美女だ。にも関わらず彼氏いない暦が、直に千年を越えようとしている。何故かと言えば、世の男性はなんだかんだ言っても内面重視だからである。
そして、玄武は齢一万年を越える老亀。十二神将最年長であり、十二神将一の常識人である。性根の曲がった天后にいつか説教をと思っているが、彼女は老人も平気でぶつので、怖くて言えないおじいさんなのだ。
「そこな二人……」
リュースと理沙を睨み、天后は重々しく口を開いた。
「お前たちが投げたのは、この小石か? それともこっちの大岩か?」
左手に小石、右手には100キロはありそうな大岩が乗せられている。
よく見ると、天后の額にはこぶがあった。賢明な読者諸君には、こぶの原因はおわかりだろう。
「こ、小石だけど……」
戸惑いながらも正直に答えた理沙に、天后はさらに目つきを険しくした。
「正直な貴様らには、大岩をくれてやる! ありがたく受け取れ!」
そう言って、彼女は大岩を軽々と放り投げた。
河原に軽くクレーターを作った大岩を避け、リュースと理沙は慌てて逃げ出した。
どえらい事態になってしまったが、内心リュースはほっとしていたりする。
……卑劣な真似をする所でした。一応感謝はしておきますよ、天后さん。
「この世のアベック、全員死ね!」
二人を蹴散らした天后は、青空に向かって呪われた言葉を吐き捨てた。
どうやら石をぶつけられた事よりも、二人の様子に大激怒している様子である。
そんな狂気に駆られる彼女の前に、幸とガートナ、アンドリューとフィオナが立ちはだかる。
「ほう。一匹見たら三十匹はいると言うが、またアベックが出て来おったか……!」
血走った目で四人を睨みつけると、天后は憎しみのあまり身体が震えた。
「恋人達の邪魔をするのは、いかがなものですかな!」
「愛のマッドサイエンティスト島村幸がお相手します! 恋人達の邪魔はさせませんよ、主に私達のね!」
高らかに宣言しガートナと幸は、準備していた特製泥玉を取り出した。
ドロドロの泥と茶色絵の具をブレンドし、それをビニール袋に突っ込んだものである。
実はさっき水辺で戯れながら、人知れず十二神将対策を行っていたのだ。
「ど、泥玉じゃと……?」
顔を引きつらせる天后に向け、二人は泥玉を投げつけた。
天后は水を司る十二神将。川から水柱を発生させて、飛び来る泥玉から身を守った。
「西陣織の着物じゃぞ! 幾らすると思っておる!」
五行思想の、土剋水、土は水をせき止める。
水の十二神将の彼女は確かに土を苦手とする。苦手とするのだが、物理的に苦手なわけではなく、精神的に苦手なのである。いつも高い着物で着飾る彼女は、泥だとか砂だとか服を汚しかねない物を嫌がる。
と、再び額を石が直撃し、思わず彼女はのけぞった。
「あ、当たっちゃいましたね……」
タオルを簡易スリングにして、石を放ったのはアンドリューだった。
「か、顔はだめですよ、アンドリューさん。顔は女の命ですから……」
フィオナが心配そうに見つめる中、頭を抱えて天后は唸っていた。
「い、一度ならず二度までも……、今日はなんという日じゃ……」
人それを『厄日』と言う。
天后は懐から愛用の鞭『毒女鞭』を取り出すと、河原にいる四人をしとどに打ち付けた。
「み、な、ご、ろ、し、じゃーっ!」
天后に蹴散らされている四人を横目に、風間光太郎(かざま・こうたろう)は思案する。
「将を射んと欲すればまず馬を射よ……、でござる」
釣具店でレンタルした竿を振りかぶり、鴨川にその釣り針を放り投げた。
狙うは、玄武一本釣り。
水上で水に守られている天后は強敵、ならば地上に引き上げるまでの事。
「おやおや、これは塩昆布じゃないか。気の効く子もいるもんじゃのう」
目の前を漂う大好物に玄武が食いついた瞬間、その身が空中を軽やかに舞った。
ドスンと地上に落ちて来た玄武は、その状態には少しも動揺せず口を動かしている。
「お初にお目にかかるでござる、玄武殿」
「おや、お前さんかね。わしにごちそうしてくれたのは?」
目上の玄武に礼儀を示し、光太郎はひざまずいて、挨拶をした。
「拙者、玄武殿から陰陽道についてご教授願いたいでござる」
玄武の手……、もといヒレを握りしめ、彼は指導を仰いだ。
「そりゃ構わんが、まずあの娘をなんとかせんとな……」
同じく地上に引き上げられた天后が、一般のカップルにまで魔の手を伸ばしているのが見える。
「向こうはお師匠様に任せてあるゆえ、問題なかろうと思うが……」
「サルーっ! 朕に続くアルーっ!」
光太郎をサルと呼ぶのは、パートナーの幻奘(げん・じょう)である。
ちょっと目を離した隙に、天后の眷属と化し、カップルたちに襲いかかっている。
天后に認められる=美女に認められる=美女をナンパしてデートする、と言う気が狂ったような三段論法で目的を完全に見失った幻奘は、手当り次第にナンパを繰り返し、そしてことごとく撃沈し、今に至る。
「滅ぶアル。皆滅ぶアルーっ! 粉砕! 粉砕! アベック粉砕!」
アンモニア水入り水風船を彼は投げまくり、辺りにはなんとも言えない刺激臭が漂っていた。
地獄絵図を前にし、玄武は光太郎を心配した。
「お前さん、大丈夫なのかい? あんなお師匠の元に居て……」
「大丈夫ではない気がしてきたでござる……」
そんな地獄絵図の中、孤軍奮闘するのは黎次とそのパートナー達であった。
予め掘っておいた泥水たっぷりの落とし穴に、天后をはめようと言う算段である。
「みんな、俺の後ろに下がれ!」
一般カップルに避難を促しながら、黎次は鞭を振り回す天后に注意を怠らない。
「こっちですよー。え、ええと……、ぶ、ブスー」
「どうした、独り者? 悔しいか? おぬしには我らがまぶしいか?」
たどたどしく罵倒するのはノエル、核心をついて攻めるのはルクスだ。
だがしかし、天后は落とし穴には近づかず、その場で鞭を打ち眷属を呼び寄せた。
「『愛の国』作りは先送り、まずは『地獄』を作るアル!」
興奮した様子の幻奘は、とたとた走ると落とし穴に吸い込まれ消えた。
「……例え朕が滅ぼうとも、第二、第三の眷属が現れるアル。……ガクッ!」
穴の中から声が聞こえるも、黎次たちは鞭から逃げている最中で、誰も聞いちゃいないのであった。
そして、幻奘の予言通り、新たな協力者が天后の前に現れる。
「あっはっはっは! これは傑作ですねぇ……。素晴らしいですよ、天后様!」
その協力者の名は、志位大地(しい・だいち)と言う。
眼鏡の付け外しで性格の変わる特異体質の持ち主である。眼鏡着用時には、真面目な委員長タイプに。取り外し時には、ドSで鬼畜な愉快犯タイプに変貌を遂げるのだ。言うまでもないが、今は眼鏡を外している。
「鴨川のアベックに下した天誅……、実にお見事でしたよ、天后様」
「もしや貴様もわらわと同じ想いを……?」
「その通りです。さあ、天后様。手に手を取り、独り者の楽園を築こうではありませんか!」
「……よかろう! 共に地上に地獄を作ろうぞ!」
独り者が泣かない世界を夢見て、二人は固く握手を結んだ。
だが、その時である。
四条大橋の上から、笛の音が聞こえてきたのは。
橋の手すりを牛若丸のように歩きながら、横笛を吹くのはこの男、武神牙竜(たけがみ・がりゅう)だ。
ヒーロースーツに身を包み、颯爽と登場である。ケンリュウガーを名乗り、正義のヒーローとして活躍する彼は、修学旅行にもヒーロースーツを持参して来たのだった。如何なる時も変身の用意は万全である。
「これまでの数々の狼藉……、許しがたい!」
指を突きつけ言い放つ、ケンリュウガー。
なのだが、その二人のパートナーは、ヒーロー活動ではなく別の事を考えていた。
仮面乙女マジカル・リリィのコスプレをするのは、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)。
「修学旅行なんだから、ヒーローなんてしなくても……」
彼女はため息を吐いた。
……鴨川のカップルはいいなぁ。牙竜ももうちょっと気にしてくれてもいいのに。
「ワシはボインちゃんの味方じゃ〜!」」
突然声を上げたのは、もう一人のパートナー太上老君(たいじょう・ろうくん)である。
「お、脅かさないでよ。どうしたの?」
突如意味不明な事を口走った相棒を、リリィは心配した(主に脳を)。
だが、太上老君が博識を使用し、リリィと天后のスリーサイズを比べた結果、天后側に寝返る決意を固めた事を知ったのなら、彼女は脳を心配などせずに脳を破壊していた事だろう。
「ふっふっふ、ワシには見えるぞ、リリィ。お前さんの心が」
リリィの心を見透かした太上老君は、ダークサイドへ彼女を誘うべく言葉をかけた。
「嫉妬の心を解放するのじゃ。嫉妬の導くままに」
そんな事には少しも気付かず、牙竜はヒーローを続けていた。
「どれだけ人が増えてもカップルの間隔は等間隔……、これぞ鴨川等間隔の法則! それを邪魔する権利など誰にも……って、ちょっと待て。なんでお前ら、そっちにいるんだ!」
天后の横にいる二人のパートナーの姿に、彼は思わず声を上げた。
「あたしだって、あたしだって……。鴨チューしたいのにぃ!」
嫉妬の炎が宿った目で、リリィはロングボウを構えた。
ちなみに、鴨チューとは鴨川でチューの略だそうである。
「お、落ち着け! 話し合おう!」
「牙竜の馬鹿ぁーっ!!」
女心がわからないばかりに、雨のように射かけられる矢から、鈍感なヒーローは逃げ回った。
「……天后様。これをどうぞ」
「ほう。気が利くじゃないか」
大地が水の入った桶を差し出すと、天后はその中に手を入れむんずと掴んだ。
不思議なもので、彼女が触れた水はゴムのように弾力を持ち、球状に変化した。
それを上に放ると、バレーボールの要領で橋の上目がけスパイクを決めた。
「事情は知らぬが……、鈍感な男など女の敵じゃ!」
水球が顔面を直撃し、牙竜は橋の上から鴨川目がけて転落した。
「うわぁぁぁああああああ!!!」
なんだかその叫びは楽しそうにも聞こえた。
川に落ちるのは、特撮ヒーロー的にはおいしいらしい。
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