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ウツクシクナレール!?

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ウツクシクナレール!?

リアクション

 扉を開いたシェディ・グラナート(しぇでぃ・ぐらなーと)は、そこに佇む見知った顔の数々にぽかんと双眸を丸めた。
 ヴラド・クローフィ(ぶらど・くろーふぃ)の手法を倣って助けを求めたは良いものの、乱れた心を落ち着けようと屋敷の中を歩き回った結果居ても立ってもいられず屋敷を飛び出そうとしたシェディの視界には、今まさに扉をノックしようと振り上げられた、全身に純白を纏う人物の拳が映る。
「……あ、お久し振りです」
 シェディの驚愕も気に留めず、件のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)はゆったりと手を下ろしつつ挨拶を述べた。咄嗟に返す言葉の無いシェディの戸惑う様子を暫し眺めた後、おもむろに屋敷の景観を眺め回す。
「何とか人が住める程度ではありそうですね」
 以前大掃除をした際と全く変わらない、とは言えないものの、最低限清潔さを保たれた庭や玄関の様子に、エメは満足げにうんうんと頷いた。背後の瀬島 壮太(せじま・そうた)もまた屋敷を眺めると、未だ状況を把握出来ずにぱちぱちと目を瞬かせるシェディへと軽い調子で呼び掛ける。
「よ、久し振りだな。ヴラドは元気か?」
 その問い掛けに、シェディははっと目を見開いた。答える暇も惜しいとばかりに彼らの脇をすり抜け歩き出したシェディは、次の瞬間むぎゅ、とした感触の何かに足を取られ大きく倒れ込む。
「いったーい!」
 途端に頭上から上がる悲鳴に、シェディは弾かれたように飛び起きた。見れば、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が両手で尻尾を抱え込んでいる。非難するように向けられた紅玉には、薄らと涙が浮かべられていた。
「尻尾だって痛いんだから、気を付けてよね!」
「……すまない」
 ふーふーと息を吹き掛けながらファルの喚く言葉に、シェディは肩を落として頷いた。分かればよし、と手放した尻尾を揺らしたファルの傍ら、ミミ・マリー(みみ・まりー)はシェディの瞳を覗き込むようにして問い掛ける。
「何かあったの?」
 ミミの純粋な瞳に浮かべられた疑問の色に、シェディはうっと言葉に詰まった。ほのぼのとした一団を事態へ巻き込むことへの躊躇に黙り込むシェディへ、助け船が出される。
「……これと何か関係があるのか?」
 そう言いながら早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が差し出したビラに目を留めたシェディは、重々しく一度頷いた。タコについて記されたそのビラは、確かに自分が描いたポスターと共に薔薇の学舎へ置いたものだ。
「ヴラドが、行方を眩ました」
 溜息交じりのシェディの告白に、彼を知る一同は驚きの声を上げた。薔薇の学舎の生徒であれば、校門の前をモデル歩きで通り過ぎる彼の姿を一度は見掛けたことがあるかもしれない。そんな彼が予告もなく家を空けるなど、今までに無いことだとシェディは続けた。
「惚れ薬、というのが怪しいですよねぇ」
 さも興味津々と言った様子でビラを覗き込む黒服の朱 黎明(しゅ・れいめい)に、シェディは驚いたように身を引いた。
「……誰、だ?」
「早川君のお父さんですよ」
 警戒を露にしたシェディの問いに名乗ろうと口を開いた黎明が言葉を発するよりも早く、のほほんとした語調でエメが答える。困ったように否定を紡ぎ掛けた黎明の声に、今度は呼雪の言葉が覆い被さった。
「いえ」
「父というより、大切な相手だ」
 呼雪のその言葉に、シェディはぎょっと双眸を見開いた。もともと男色思考な彼としては、真っ先に思考がそちらへ走る。
「……親子で」
「大切な友達、でしょ! コユキも変なこと言わない!」
 やや青ざめたシェディの呟きを遮るようにファルが吼え、未だ疑いの残る眼差しを向けるシェディへ、思い出したようにエメが呼び掛けた。
「ところで、一室お貸し頂けませんか?」

 ヴラドの救出に協力したい旨、その為にも服が溶けるのは嫌なので脱いでから行きたい旨、などなど。動揺から冷めないシェディは一先ず助力を得られる点に安堵と快諾を示し、客室へと彼らを案内した。
 しかし依然として落ち着かない様子の彼が再び玄関をうろうろしていると、こんこん、と扉がノックされる。慌ててシェディが扉を引き開けると、そこにはやはり数人の人影があった。
「ふうん。君のパートナーが行方不明になったのと時期を同じくして、そんなに珍しいタコが大量発生か……少々話しがうますぎるね」
 ビラを片手にした彼らへヴラドの事、商人のことなどを一頻り語ると、そのうちの一人である黒崎 天音(くろさき・あまね)は訝しげに呟いた。言葉の意味が分からずに首を傾げるシェディにはそれ以上構わず、傍らのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)へ呼び掛ける。
「行くよ、ブルーズ」
 鼻先を空へ向けて周囲を警戒していたブルーズは、天音の言葉にぴくりと尻尾を跳ねさせた。頷き従う彼を伴い、天音は誰よりも早く屋敷を後にして行く。何か目的があるらしいその背中をシェディは呆然と見送り、暫し場を沈黙が満たす。
「……薔薇学がタコに狙われているのは本当だとして」
 不意に、藍澤 黎(あいざわ・れい)が声を発した。呟くような形ながら凛と響くその声に反射的にシェディが向き直り、その蒼眼を黎は真っ直ぐに射抜き、言葉を続ける。
「貴殿の目的はヴラド殿なのだろう? 彼を助けたくて、あのようなポスターを作ったのではないのか」
 口ごもるシェディへ、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)もうんうんと頷き同意を示した。
「ヴラドさんを助けてほしいんだよね?」
 クリスティーの問い掛けに、シェディは小さく顎を引いて頷いた。その微かな所作を目に留めたクリスティーは、満足げに頷いて見せる。
「シェディさんには前に助けてもらったし、今度はボクたちが手を貸すよ」
 ね、と見上げるクリスティーの視線に、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は首肯を返した。
「薔薇学の者は助けを求めて伸ばされた手を理由もなく振り払う程、冷たくはないぞ。どうして、素直に助けてほしいと言えないのだ」
 苦笑交じりの黎の言葉に、シェディは照れたように俯いた。丁度その時、屋敷内での着替えを終えた面々が現れる。
「レディ・ゴディバのような真似をさせて申しわけありません」
 シーツを腰から下に巻き付けてベルトで留め、その上からコート一枚をはおったエメの言葉に、片倉 蒼(かたくら・そう)は恐縮したように純白の翼を縮こまらせた。黒のインバネスの胸元を握って下着姿を隠し、蒼は丁寧に一礼を施す。
「僕はエメ様のスーツとシーツを持って参ります。宜しければお屋敷の鍵をお借り出来ませんか?」
 鍵など無い、とさらりと告げたシェディの言葉に驚きを示した蒼は、再び一礼をすると直ぐにその場を去ろうと歩き始めた。慌ててシェディが彼の肩を掴み、引き留める。
「待て。……着ていくと良い」
 無造作に壁に掛けられた、蒼にとっては大分サイズの大きいであろう燕尾服の上下を示し、シェディはぶっきらぼうに告げた。蒼が言葉を返すよりも早く、純白の服に身を包んだ壮太が声を上げる。
「何か美味そうな匂いがするぞ、これ」
 彼の纏う衣服はエメのものであり、彼の普段使用する香水の匂いが仄かに染み付いていた。やや落ち着かない様子で整えられたタイを引っ張る壮太へ、蒼は慌てて駆け寄り位置を正す。
「……行きませんか?」
 その後ろからとことこと現れたユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)の言葉に、物珍しげに壮太を眺めていた一同ははっと我に返った。思い出したように駆け出そうとしたシェディの視界に、不意に影が落ちる。
「待ってもらおう! 俺様も行くぞ!」
 樹の上から勢いよく飛び降りた、裸体にマントといった出で立ちの男性に、シェディはぽかんと口を開けたまま動けない。そんな様子を誤解した変熊 仮面(へんくま・かめん)は、照れたように身をくねらせ、わざとらしく下半身を見せ付けた。
「いいだろ〜、手編みだぞ〜」
 赤い毛糸のパンツを誇示する様に腰を揺らす変熊仮面に、ブーメランパンツ一丁の黎明は冷めた視線を送った。他ならないパンツの贈り主であるユニコルノは、口元に手を当てる。
「こういう時、普段から服をお召しでない変熊様には有利かと思いましたが……余計な事をしてしまったでしょうか」
 困ったようなユニコルノの言葉に、変熊仮面は慌てたように視線を彷徨わせた。素早く木陰へ引っ込み、ごそごそと衣ずれの音を立てる。呆れたように呼雪が歩み寄ると、「ちょっ! 着替えを見るなって!」と焦ったような声が上がった。
「……着替えは駄目なのか」
 暫し後に現れた、今度こそ一糸纏わず仁王立ちする変熊仮面の姿を呆然と眺め、呼雪は不思議そうに呟いた。エメは素早く蒼を屋敷内へと促し、壮太はさり気なくミミの視界を遮るように立ち位置を変えている。クリストファーもクリスティーを庇うように一歩前へと歩み出、黎は居た堪れない様子で顔を背けていた。ぶんぶんと振られる変熊仮面の手に、ユニコルノはどこか安心したように手を振り返す。
「ほら、行こうよ〜」
 目の前で繰り広げられた光景に愕然と固まるシェディをぐいぐいと引っ張りつつ、ファルが呆れたような声を上げる。再び我に返った一同は、思い出したように目的の洞窟へと向かい始めた。

「ヴラド、心配だな……」
 その会話を少し離れて聞いていたサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は、小さく呟くとおもむろに身を翻した。傍らで共に会話に耳を傾けていたアルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)は、ビラへ落としていた視線をやや意外そうにサトゥルヌスへと向ける。
「助けに行くつもりか?」
「うん。心配だからね……髪が」
 茶化すようなアルカナの言葉に間髪入れず頷いたサトゥルヌスは、当然とばかりに一言を添えた。え、と固まるアルカナをよそに、彼の背後でしきりに頷く影がある。
「そうね。サトゥが整えてあげた髪を雑に扱っていたなら、ただじゃおかないわ」
 さらりと同意を示すカーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)に、アルカナはやれやれと肩を竦める。その隣で愉快気に微笑む銭 白陰(せん・びゃくいん)に意見を伺えばかえってややこしくなるであろう事は目に見えていた。深々と溜息を吐き出し、長い間の後にアルカナは肩を落とし彼らの後に従った。