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お菓子づくり大会その3あなたの笑顔が見たいから

 蒼空学園の調理室には、様々な甘い匂いが立ち込めている。
 その中でもとても甘い匂いをかもっしだしている調理台の前に立つのは、イルミンスールの本郷涼介(ほんごう・りょうすけ)その人であった。
 涼介は自慢の料理の腕を活かしマシュマロを作っていた。
 調理法の知識も豊富で、アレンジでハート型のものなども作っている。
 これは、自分の愛しいパートナー、クレア、エイボンに渡すのだ。
 いつもパートナーがお世話になっている、ミリアフォレストには綺麗にラッピングして感謝を伝えなければと思う。
(「男が料理上手ってもしかして不毛?」)
 とも思いもしたが、料理が上手い男に惚れる女子だっているだろうと思う。
 涼介の気持ちのこもった白い愛が沢山出来ていく。
 涼介の心を写すように。

 それにしても、テディにお菓子作りの趣味があるとは、知らなかったよ。
 皆川陽(みなかわ・よう)が、パートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)に向かって思ったことを述べる。
 それに比べて万事不器用で、チョコの湯銭もなんだか焦げ臭い。
 陽に比べたら、大抵の人が上手いのだがテディが上手いのには、理由があった。
 バレンタインのあの日、陽からチョコを貰ったのだ。陽にしてみれば特に意味のない、友人にお菓子をあげた、ただそれだけだった。
 だがテディにとっては、バレンタインに好きな相手からチョコを貰う、自分をそういう相手に見ていない陽から貰えたのは奇跡のような出来事だった。
 だから、この一カ月テディは頑張った。お菓子の本を何冊も読破し、自分が甘いものが嫌いになるのではないかと思うくらいの量のお菓子を作って試食した。
 その結果が今日に繋がっている。
 テディの努力の結果スポンジケーキは綺麗に膨らみ、スポンジの間に生クリームと果物を挟み、スポンジ全体に生クリームを塗りつける。
「陽、俺のケーキもうすぐ完成なんだ。一緒に生クリームとかで飾付しないか?」
「えっ?いいの?ボク、不器用だよ」
「いいんだよ。陽と一緒に仕上げがしたいんだ。パートナーとの共同作業っての?」
「共同作業って、テディはほんと面白いこと言うな〜。じゃあ、手伝うね」
 そう言って、テディが手渡す生クリームの絞り袋を受け取ると慎重に、ケーキの上を飾っていく。流石にテディは手慣れたものでストロベリークリームでバラの花を作っている。
 その時。
「うわっ!」
「どうした!陽!」
 陽の悲鳴にあわてて陽を振り返るテディだったが、陽を見た瞬間笑いがこみあげてきた。
「テディー……」
「ハハハハ。……悪い悪い。陽、それじゃケーキじゃなくて陽がデコレーションされてるじゃん」
 そう、陽は絞り袋に入っていた生クリームをぶちまけて、自分にかかってしまったのだ。
 特に、顔周辺がひどい有様だ。
「陽は、仕方ないな……」
 そう言うとテディは自然な動きで陽の頬の生クリームを舐めとる。
「テディ?」
 陽の呼びかけに我に返ったテディは顔を赤くし、陽に見られないように後ろを向き。
「早く、水道で生クリームを洗い流せよ」
「うん……」
 素直に言うことを聞く陽に対してテディはかなり焦っていた。
 陽が自分に恋愛感情をまだ抱いていないのは分かっている。だけど、生クリームを顔につけた陽は本当に甘そうでつい、舐めてしまった。
「大丈夫、テディ?」
「ああ」
「デコレーションやり直しになっちゃったね。ごめんね」
「そんなの全然平気だ、完成したら一緒に食べような」
「うん」
 今は一歩ずつ。
 そう心に言い聞かせテディは陽の横顔を眺めるのだった。

 明らかに市販の大量生産品のチョコレートを見ながら、影野陽太(かげの・ようた)は、優しく微笑んだ。
 とても憧れている人からのチョコレート。手作りじゃないから何だというのか?
 あの人が自分にくれたそれだけで陽太にとっては、十分だった。
 それだけ、陽にとって『御神楽環菜』の存在は特別だった。
 お菓子作りに自信はなかったけれど、環菜様の為と思えば全然苦ではない。
「陽太の腕ならこれくらいの出来でも十分ですわね」
 パートナーのエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が頼みもしないのに、試食係として陽太のクッキーを一つ食べ、厳しいことを言う。
「おにーちゃん、お菓子出来たの縲怐v
 こちらも頼んでいないのにくっついてきた試食係ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が無邪気にクッキーに手を伸ばす。
「お〜いしい♪もう一つ食べちゃえ」
 その調子でどんどん減っていくクッキー。
「ちょっと待って!ノーン!それ以上食べられると、環菜様に差し上げる分がなくなります!……ほかの方々のお菓子も味見させてもらってきなさい」
 このままでは、食べつくされてしまうと焦った陽太があわてて言うと、ノーンは手に持っていたクッキーを置いて。
「分かった。わたし、ほかのおにーちゃん達のお菓子食べさせてもらうね♪おにーちゃん、かんなさま喜んでくれるといいねお♪」
 言うだけ言って、ノーンはほかの調理台に向かってしまった。
「環菜様、喜んでくださるでしょうか?」
 できたクッキーを眺めて自問自答する陽太だった。

 佐野亮司(さの・りょうじ)は、調理台で丁寧にへらを動かしていた。
 一月前のバレンタイン、片思いの相手、月島悠からチョコレートをもらった。
 しかし、その日から悠となんだか距離が離れてしまった気がする。
 素直にお礼を言えなかった自分が悪いのか。
 もう、手遅れなのか……。
 いや、何を譲れても悠だけは譲れない。
 だから、関係を今までのように、いや、それ以上に親密にしてみせる。
 ただ、好きだから……。
 亮司を見ながら、向山綾乃(むこうやま・あやの)は、数日前を思い出していた。
 涼司にクッキーの作り方を教えてほしいと言われたのだ。
 綾乃も亮司と悠の関係がぎくしゃくしているのは知っていた。
 実際にバレンタインの後、悠は落ち込んでいたし、二人の会話もすっかり減っている。
 このホワイトデーに亮司が全てをかけているのも、当然と言えば当然かもしれない。
 二人のこれからがかかっているのだから。
 かといって自分が手を貸しても意味はない。
(「亮司さん、私は家族のようにあなたが好きです。それは悠さんに対しても同じなんです。だから二人が離れてしまうのは、すごく悲しいです。だから頑張ってくださいね。亮司さん。悠さんの笑顔が見れますように」)
 綾乃は祈るように亮司の背中を見ていた。

 調理室の扉がガラッと開いた。
 そこには美しい男性、薔薇の学舎の神楽坂翡翠(かぐらざか・ひすい)が二人のパートナー、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)榊花梨(さかき・かりん)を連れて立っていた。
 なんでも、パートナーに言われるまでホワイトデーの存在を忘れていた翡翠は、パートナーたちに促されるように、ここへやってきたのだと言う。
 ここに来るまでに、材料等は揃えてきたらしくさっそくエプロンをつけて調理にかかる。
が、しかし、レイスの足の引っ張り具合が明らかだった。
「あれっ?次はなんだっけ?計量カップどこ?オーブンから煙出てるー!」
 オーブンから取り出したクッキーは見事に真っ黒。
「はあ、見てられないわね」
「何だと!花梨!」
 花梨の一言にレイスが食ってかかる。
「ねえ、大雑把だって。きちんと測った?」
「それは、え縲怩チと……」
「やっぱり」
 レイスの反応に花梨がため息をつく。
「クッキーは、レイスにはLVが高いわよ。クレープを作りましょう。あたしも手伝うから」
「花梨」
「だって手伝わないと翡翠ちゃんが可哀想だもの」
 感動していたレイスを奈落の底に突き落とす花梨の一言。
 肝心の翡翠はと言いますと、のんびり傍観していたりなんかする有様。
 時間内に終わるのか?