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ホワイトデート

 その大きな体に黒シャツ、白のダウンジャケットというカジュアルな服装を纏って鷹村真一郎(たかむら・しんいちろう)は、愛しい人を待っていた。
 その愛しい人ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が待ち合わせ場所に現れると少しだけ心拍が上がった気がする。
 今日のルカルカのファッションは、紺のスラックスだ。
 いつもは教導団の制服なのでかなり印象が違う。
「お待たせ。待った?」
「いや、待ってないですよ」
 真一郎は柔らかな笑顔を見せる。
 戦闘訓練中の荒々しい表情も好きだが、ルカルカは真一郎の子の柔らかな笑顔もとても好きだった。
「ねえねどこ行くのん?」
 ルカルカが尋ねると真一郎は軽く微笑み。
「今日は、一日俺に任せてください」
 そう言って、真一郎はルカルカをエスコートするように歩きだす。
 やってきたのは、ショーウインドウが並ぶ繁華街だった。
 ルカルカはショーウインドウに映る自分と真一郎を見て考えを巡らす。
 長身の真一郎、美しいブロンドの髪の自分。
 人に聞いたら大多数の人がお似合いの二人だと言ってくれるに違いない。
 だけど、ルカルカには少しだけ思うことがあった。
(「彼が私を思ってくれているのは分かる。でも彼は鈍感で、ルカが真剣困っているの知っても声かけてくれない」)
『ルカなら大丈夫だと思っていますよ』
(「ルカが聞いたら答えた」)
 一度ガラスの中の自分を見る。
 不安げな瞳をしている。
(「でも……ただ一言『大丈夫ですか』が欲しかった。
 鈍感な真一郎。
 我儘なルカ。
 お似合いなのかもしれないとも思う。
 そんなことを考えていると真一郎がある店の前で。
「ちょっと俺の買い物に付き合ってくださいな」
 また優しく微笑む。
 ルカルカはただ頷く。
 けど真一郎の買い物は色気の欠片もなかった。
 任務で使う消耗品を買いそろえていく。
 自分も教導団の生徒として必要だとは思うけど。
 デートのときくらい忘れたっていいじゃないと思う。
「お待たせしました」
「ううん」
 すっかりテンションが下がってしまったルカルカは、軽く首を振り答える。
 すると、下を向いていたルカルカの視界にリボンのついた袋が差し出される。
「ホワイトデーのプレゼントです」
 照れ笑いしながら真一郎が言う。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
 袋を開けると皮手袋だった。
「本当は、あなたが本当に欲しいものをあげたかったんですが、分からなかったんです。だから、俺とおそろいの皮手袋です」
 言いつつ自分の皮手袋を見せる、真一郎。
 そうなのだ、真一郎は不器用な男なのだ。
 そのくせまっすぐで。
 そんな彼だから好きになった。
 あせらなくてもいいじゃない。
 二人の距離を少しずつ縮めて理解していけばいい。
 二人の時間は沢山あるのだから。
「ありがとう。真一郎。大好き」
 ルカルカは、心からの笑顔を真一郎に向けるのだった。

 待ち合わせ10分前、椎堂紗月(しどう・さつき)は肌寒い中、肉まんを買って暖を取っていた。
 彼女が来るのを心待ちにしながら。
 数分もしないうちに彼女がやってきた。
 鬼崎朔(きざき・さく)
 紗月には、輝いて見える。
「お待たせしました」
 走ってきたのか少し息が乱れている。
「まだ待ち合わせ時間前。そうだ、肉まん半分食べる?」
「肉まんですか?」
「そう肉まん♪」
「……頂きます」
 頬を赤くしながら肉まんの半分を受け取る朔。
 100mほど先、そんな二人を見つめる集団がいた。
 朔のパートナー達、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)尼崎里也(あまがさき・りや)である。
「ふふふ。策も恋人と『でーと』するようになるまで、成長したのですな」
 師匠の瞳で言う里也。
「カリンお姉さま、里也お姉さま、スカサハ達は何故、こそこそ隠れてお二人の護衛をしているのでありますか?スカサハ、朔様と一緒に歩きたいでありますよ!」
 朔、大好きスカサハは護衛、監視というのに納得がいっていないらしい。
「スカサハ、わがまま言わないの!ボク達は二人がしっかりデートできるように陰ながら見守るんだよ。だけど、紗月君抜け目ないよな」
 ブラッドクロスがスカサハに言って聞かせる。
「まあまあ、二人ともでーとが無事に終わったら甘味処で朔の記念日を祝おう」
『さんせーい』
 里也の提案に二人の声が重なる。
「どうやら、移動するようだね」
 ブラッドクロスが二人の動きをチェックする。
「少し待つのだ。二人とも」
「なんでありますか?里也お姉さま?」
 スカサハが尋ねると、そのスカサハに里屋は。
「あの壁の陰に炎術を手加減して放ちなさい」
 スカサハは、頭上に?マークを浮かべたが、とりあえずお姉さまの言うことは絶対である。
「いくであります!」
 スカサハの手の平から炎が帯状になって放たれる。
 すると……。
「あっつーい!」
「熱いですわー!」
 二人の女の子の悲鳴が聞こえる。
 どうやら隠れ身を使っていたようだ。
 姿を現したのは、既知の人物。
 四方天唯乃(しほうてん・ゆいの)とパートナーのエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)だった。
 唯乃の手にはデジタルカメラ。
 状況からいって、紗月と朔のデートを盗撮していたらしい。
「どういうことかな?唯乃ちゃん?」
 ブラッドクロスは唯乃に詰め寄る。
「これは、そう!朔ちゃん達のデートの記録を記念に撮っておこうと……」
 唯のが苦し紛れに言うが、里也は厳しい瞳で睨みつけると。
「その写真を焼き増して、朔に恥をかかせるつもではあるまいな?」
「そ!そんなこと思ってないよ。ね!エラノール?」
 唯乃がエラノールに助けを求める。
「私は、唯乃がみんなの思い出を撮って回りたいと言うので着いてきただけです」
「エラノール!」
 エラノールの発言に唯乃は彼女の名前を呼ぶ。
「みんなということは、ターゲットはまだ他にいるということでありますな」
 スカサハがエラノールの発言から総推測する。
「ええ。だから時間がないんです。解放してください」
「エラノールってば!」
「そう聞かされて解放するとでもお思いか?」
 里也が一段低い声で言う。
「唯乃ちゃんたちはボク達と一緒に今日はいてもらうよ!カメラも没収!みんなの邪魔なんかさせないんだから!」
 ブラッドクロスがそう宣言すると、唯乃が諦めたように肩を落とす。
「唯乃、諦めが肝心ですよ」
「…………エラノール」
 そんな事件があったとはつゆ知らず、紗月と朔は呉服店に到着していた。
「もうすぐ春だから、朔ニモ綺麗な着物を選んであげるね」
 そう言って暖簾をくぐって呉服店に入っていく紗月。
 こういった店に入ったことが無い朔は緊張気味に暖簾をくぐる。
 店に入るとそこは花が咲いているように華やかで、一着一着の着物がとても美しい。
 思わず立ち尽くしてしまう。
「なに、突っ立ってるの?朔。早くこっちに来なよ。策に似合いそうな着物がいっぱいあるよ♪」
 紗月が朔に声をかけ、朔は紗月の元に向かう。
 紗月は早速、数着の着物を朔の体のラインに合わせて色などを見ている。
 そんなことは、初めてで朔はうきうきした気分になっていた。
 こんな美しい着物を自分が着れるだなんて。
「じゃあ、朔。何着か試着してみて。一番似合う着物をプレゼントするから♪」
 試着……。
 朔の体には己が望まなかった刺青がいくつかある。
 それをさらすのはつらい。
 だが、紗月は軽い口調で。
「着物はすごいんだぜ。女性の気になるところすべてカバーしてくれるから。まあ完璧ボディーの朔には関係ないか」
 それを聞いて顔が紅潮するのが分かった。
 だけど心が軽くなった。
 でも、口から零れた言葉は「……バカ」だった。
 それから朔は、紗月の着せ替え人形だった。
 橙の振りそでや大きな百合があしらってある着物など10着は着せられた。
「やっぱり春だし、この桜色の桜柄の着物がいいかな?蒼学の制服も桜色だけど、朔、綺麗に着こなしてるし。朔。これでいい?」
「あなたが選んでくれたものなら喜んで着ます」
「そう!じゃあ約束な!春になったら桜の下でこの着物着てくれよな」
「はい、約束します」
 朔の瞳は穏やかに輝いていた。
 赤い瞳が潤んでまるで桜色になっていた。

「皆さん、お集まりですね」
 銀髪が美しいレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が今日の為に集まってもらったメンバーを見渡す。
 一人は和服美人の西宮幽綺子(にしみや・ゆきこ)
 もう一人は、服を着ていても暑苦しい親父ルイ・フリード(るい・ふりーど)
 この3人が今回のプロジェクトのメンバーだ。
 プロジェクト名は『音井博季(おとい・ひろき)ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)のデートを成功させようプロジェクト』。
 博季は幽綺子のパートナー。
 ウルフィオナはレイナのパートナー。
 そして二人は、イルミンスール武術部に所属しており、ルイは先輩にあたる。
 数日前、博季がウルフィオナとデートしてちゃんと告白すると幽綺子に宣言したのが始まりだった。
 世渡りが下手でなんとなく頼りない博季とどこか天然入っているウルフィオナだとまともなデートにならないんじゃないかと危惧して、この3人が集まったのだ。
 このデート絶対成功させる!
 3人の思いは一緒だった。
 後は等の二人が来るのを待つばかり。
 そして、待ち合わせ場所のゲームセンター前にドキドキしているのだろうか少し早歩きの博季がやってきた。
 そして、博季が深呼吸をしているところにタイミング良くウルフィオナが現れた。
「博季お待たせ。今日はあたしと遊んでくれるんだよな。誘ってもらえて嬉しかった。今日はいっぱい遊ぼうな」
「ウルフィさん……そうですね。沢山遊びましょう」
 そうなのである、博季はウルフィオナに今日『デートしましょう』と言ったのではなく、『遊びに行きましょう』と言っただけなのである。
『前途多難』
 監視している3人全員の脳裏にこの言葉が浮かんだ。
 それでも博季は積極的にウルフィオナを楽しませようと努力する。
「それじゃあ、まずゲームセンターでワニ叩きのゲームでもしませんか?」
「あたし、ゲームセンターの中にあるバッティングセンターでも遊びたい!」
「それもいいですね。今日は、いっぱい楽しみましょう」
 言いながら二人はゲームセンターに入っていく。
「ここはワタシに任せてください」
 言うとレイナは光学迷彩をその身にまとった。
 そして、ゆっくりとゲームセンター内に入っていく。
 中では、ウルフィオナがワニ叩きゲームに夢中になっている……というより、ムキになっている。
(「……ウルさんの初デート……上手くいくと良いのですが……」)
 レイナの心からの願い。
 そうこうしているうちに二人はバッティングセンターに移動し、博季が空振りを連発して、ウルフィオナが大笑いしていた。
(「……博季さん……かっこいいところ見せてください……」)
「そろそろ次のところに移動しましょうか」
 博季が言うと、ウルフィオナは大きくうなずいた。
 レイナも慌てて外に出る。
 レイナは、二人の元に戻ると現状を報告した。
「博季駄目ね〜」
 パートナーの幽綺子の言葉は身近にいる分きつい。
「しかし、デートを尾行なんて私、トキメキを隠せません」
 ルイの感想もちょっとおかしい。
 ゲームセンターを出た博季とウルフィオナは、ショッピングモールをのぞいたりした後、広い公園にやってきた。
 もちろん尾行班の3人も一緒だ……隠れているけど。
 そして3人は息をのむことになる。
 博季の口からウルフィオナに今日の目的が語られ始めたのだ。
「ウルフィさん今日お誘いしたのは、実はバレンタインのお返しがしたかったからなんです」
「バレンタインのお返し?あっ!ホワイトデー!」
「今日は、デートにお誘いしたつもりだったんですが」
「デート……」
 その言葉を聞いてウルフィオナの顔が真っ赤になる。
「これ、もらってください」
「マフラーと銀の指輪……」
 まじまじとプレゼントを見るウルフィオナ。
「改めて言いますね……。ウルフィさんのこと、好きです。……僕はこんな奴ですが、それでも、僕とずっと一緒にいてください」
 少しの沈黙の後、ウルフィオナは、顔を真っ赤にして頷いた。
「ウルフィさん!」
 愛する人の名前を呼び、博季はウルフィオナの体を抱きしめた。
 ウルフィオナも、ただ黙って抱きしめられていた。
 それを見ていた3人は音が立たないように注意しながら手を叩きあった。
 この告白劇が、イルミンスール武術部の噂になったかは、別のお話。