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ようこそ! リンド・ユング・フートへ

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ようこそ! リンド・ユング・フートへ

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■オープニング

 七色が交じり合ったマーブル模様の空間、降る飴玉。
 花火のようにはじける太陽と蝶となって飛び回る本たちの群れ。
 果てしなく続く空間には、柱も階段も壁もない。
(らせん状にクルクルと回転したつやつやリボンが遠くに見えるけど、もしかしてあれが道? でもどこに続いているの?)
 大勢の人間が集まったせいで、ハチャメチャ度がさらに増した無意識界の図書館・リンド・ユング・フートを、火村 加夜(ひむら・かや)は目をキラキラさせて見渡していた。
 見渡す限り、本・本・本。
 たしかにちょっと無秩序的な世界ではあったが、活字中毒並に本好きな人間には、ここは天国そのものだった。
(天国じゃなくて夢の国だけど)
 ほう…とため息をつく。
 開いてみたい誘惑にかられ、ふよふよ飛んでいる1冊に手を伸ばしたとき。
 くるんぱっという感じで宙に少女が現れた。
 先がくるんくるんになったよれよれ三角帽子に、やはりくるんくるんのツインテール。シマシマピンクの靴下にブカブカの革靴。

「みんな、ようこそ! リンド・ユング・フートへ!
 あたしはスウィップ・スウェップ! ここリンド・ユング・フートの筆頭司書よ!」

 元気よく名乗ると、スウィップ・スウェップはさっとタクトを振った。
「ここは「人」の無意識の底にある、知識の源。尽きぬ知恵の泉あふれる庭。つまりはあなたたちの無意識が作り出している空間よ。ここに納められてある知識は、全て人が「それ」と認識することによって存在しているの。
 あなたたちにお願いしたいのは、破損した知識の修復。とりあえずはこの『ロミオとジュリエット』を早急に修復してね。超有名な話だから、優先度が高いのよ。
 ただ、注意事項として聞いてほしいんだけど、物語の登場人物たちと違ってあなたたちにはクリエイター権限があるわ。なんといってもこの世界の創造主なんだから。でも、だからといって好き放題していると、それは全部自分に跳ね返ってくるから、そのつもりで! この世界はあなたたちの創造世界、あなたたちの深層意識、あなたたちの知識。以後『ロミオとジュリエット』はあなたちの中でこういう話として刻まれることになるの。
 あたしはあなたたちが立派にリストレイターの務めを果たしてくれることを望みます!」
 胸を張り、できるだけ偉そうに見えるよう、館長の真似をしてみたのだが。
「任せてよ、スウィップ! この話って……ホラ、あれだ! ジュリエットが仮死の薬を飲んで倒れているのを見たロミオが、後を追おうと毒を飲もうとしたときジュリエットが目を開くんだよ! 実際は薬は仮死まで至らせなかったから、抱き起こされた衝撃で目を覚ますんだよね。
それで「待っておりましたわ。このまま二人で遠いところへ逃げましょう」ってジュリエットの誘いに「わかった! これから二人で生きていこう」ってロミオはジュリエットを抱きかかえて旅立っていくんだよねーっ!」
 楽勝楽勝、と笑っている芦原 郁乃(あはら・いくの)
「……漫画だけでなくもっと活字も読みましょうね。原典知ってるほうが楽しめることもあるんですからね」
 隣の蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が諭す。
(――――この人たちでほんとーに大丈夫かしら…。もっ……のすごく不安なんですけどー。
 館長、検閲官、これってこれって、あたしのせいじゃないですよねーっ?)
 人数メチャ多いし。
 これ、見つかったらまたものすごーーくどやされるんじゃ…。
『スウィップ! あなた、また面倒を起こしたわね…』
「ああっ、ごめんなさい、ごめんなさい、館長っっ」
 想像の中の館長に、頭を抱えてひたすら謝るスウィップ・スウェップ。
 だがそこが大勢のクリエイターたちの前だったことにハッと気づいて、あわててコホンと空咳をし、威厳をとりつくろった。
「と、とにかく。
 この物語は今、キャピュレット家の宴のシーンまでしかないの。そこから先の修復をお願いね」
「でも、肝心の本にどうやって入るんだ?」
 松原 タケシ(まつばら・たけし)が、スウィップ・スウェップの横でふよふよ浮いている本を指さした。
 せいぜいがB5サイズしかない。
「もちろん、あたしが用意した扉をくぐってよ」
 さっとタクトが振られた先に現れたのは、ピンクの質素なドアだった。ふちに木枠があるだけで立っている。
 それを見た瞬間、ざわめきが起きた。
「どこでもド○?」
「あれってどこでも○アじゃ…」
「だれだよ? あんなの想像したの。安っぽ!」
「この場合スモー○ライトじゃない?」
「ううん、ガリ○ートン○ルよ。人用だもの」
 ざわざわ、ざわざわ。
「やめーーーーーっ!」
 彼らの認識のズレによってドアが形を保てず揺らぎ始めたのを見て、あわててスウィップ・スウェップが待ったをかける。それにより、ピタッとドアの揺らぎはなくなった。
「よし!
 じゃあみんな、任せたからねー!」
 タクトが触れて、ドアがひとりでに開いた。
 向こう側は何もない。真っ白い渦でちょっと怖い。
 しかし、先頭にいたリーレン・リーン(りーれん・りーん)が覚悟を決めてえいやっと飛び込み、それにタケシが続くと、後続の者たちも腹を決めてかぞろぞろドアをくぐり始めたのだった。
 そんな彼らを不安半分に見送っていたスウィップ・スウェップだったが。
 つんつん、と革靴のかかとを突っつかれ、そちらを向いた。
 くるん、と上下を回転し、顔と顔の高さを同じにする。(さかさまだったけど!)
「なぁに?」
「貴女の様に可憐な方が筆頭司書とは……お若いのに、とても素晴らしい能力をお持ちのようだ」
「あ、あら」
 近距離で美形に褒められて、スウィップ・スウェップはほほを染めた。
 なにしろ褒められたためしがとんとないのだ。
 毎日鬼のような……というか鬼そのものとしか思えない館長にガミガミ小言を言われているので、たまに褒められると、ついつい口元が緩んでしまう。
「あなた、お名前は?」
「すまない、順序を間違えたな。
 お初にお目にかかる。俺は柚木 瀬伊(ゆのき・せい)というものだ。以後、お見知りおきを」
 握手の手を差し出されて、スウィップ・スウェップはあわててくるりと上下を戻した。
 ふわりふわりと高さを調節して、手を握り合う。
「俺は柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)
 隣に立っていた、これまた物腰のやわらかい、優しげな美形が彼女の手をとり甲に口づける。
「瀬伊のパートナーだよ。よろしくね、可愛いお嬢さん」
「よ、よろしくです…」
 スウィップ・スウェップとしては、特に美形が好きというつもりでもないのだが、やはり見目麗しい男性に注目されるとうれしい。
 いや、この際正直になろう。かなりうれしい。
 にへにへ笑いが止まらない。
 頬に手をあてて、かたちばかりに隠そうとするスウィップ・スウェップに、貴瀬はニッコリ笑ってこう言った。
「ね、お手伝いの報酬として少しだけ教えてくれない? ここ『リンド・ユング・フート』にまた来たい時ってどうすればいいの? きっと夢から覚めたら忘れちゃうんだし、教えてくれると嬉しいんだけれど…。だって、この知識の山……瀬伊に見せてあげたいんだよね
 ああそうですかー。
 いえね、そうだと思ってましたよ。おいしすぎるもの、このシチュエーション。
 心の中でそっと涙を拭いて、なんでもないようにスウィップ・スウェップは笑顔をつくろった。
「あたしたちが呼び込まなきゃ、絶対来れないわ。
 あとは中にやってきた人が無意識的なつながりを持っている相手を呼ぶとか。あなたたちの呼ぶ「絆」っていうものね。
 この本の修復ができたら、もちろんまた呼ばせていただくわ。だって修復を待っている本はまだまだたくさんあるんだもの」
 さああんたたちも入った、入った。もうみんな行っちゃったわよッ!
 スウィップ・スウェップは2人をドンっと突き飛ばして――もとい、押して、本の世界へと送り込んだのだった。