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第4章 騒乱、ヴェローナ

 かくして2人は運命の出会いを果たし、遠く東の空が白み始めるまで想いのたけを伝えあった。
 互いに敵同士の家に生まれたが、だからといって2人も憎み合わなければいけない理由はないはずだ。ならば、愛し合って何が悪い? 自分たちが憎み合うことなく愛し合い、結ばれたなら、もう両家はこの先憎み合わずにすむだろう。自分たちの代で変えてしまえばいい。
 そう思うと、2人の心は軽くなった。
 そして2人は翌日修道院を訪ね、修道士ロレンスのもとでひそかに結婚式を挙げたのだった。
 結婚の事実を知る者は、手引きをした乳母のみ――


「けっこんー!? 13歳と16歳だよ? いくらなんでも若すぎないかい?」
「この時代、もっともっと若い歳で結婚して子どもを生んだ例はいくらもあるよ? 知らんかった? エピ」
「子ーーーっ!?」
「うん。にしても、賢いよねー。これって今でいう駆け落ち婚だろ。既成事実作っちゃえばあとはなんとでもなるっていうか。ほら、カソリックに離婚はないからさ」
 と、シヅルはそこでマイクのスイッチをオンにした。

 2人の親友、ベンとマキューシオにも知らせずに、ジュリエットと永遠の愛を誓ったロミオ。夜にまた会おうと約束してジュリエットと別れたロミオは、2人の待つヴェローナの町へと向かう。
 そしてまさにそのとき、ヴェローナの町の大通りでは、ティボルトとその取り巻きたちを相手にマキューシオが大変な事態を引き起こしていた。


 シヅルの両手が暗闇へと伸びる。
 その先で、カッと強い光を放つスポットライト。
 まばゆい光の中、夜は昼へと変わり、ライトは太陽の輝きとなってヴェローナの町に照りつけたのだった。



「マキューシオ、もう帰ろう。今日はやけにキャピュレットのやつらが出歩いてる。嫌な予感がするんだ」
 ベンは、他人からは分からない程度にそっとマキューシオの袖を引っ張った。
 ここ最近暑い日が続いていて、さらに今日は真夏日だ。暑さで人は死なないが、苛立ちを増大させ、ちょっとしたことで悪態が口をつく。
「何を弱気なことを。一体いつからキャピュレットなぞの顔色を伺うようになった? 俺たちは堂々と真ん中を歩いていればいいんだ。やつらは端でも歩かせておけ」
 ベンの忠告に耳を貸さず、マキューシオは大声でそう言うと、言葉通り道の真ん中を歩いて行った。
 やがて正面をふさぐようにティボルトが脇から現れる。その面を見れば、先の彼の言葉を聞きつけたのは間違いなかった。
「よお。ひとのシマでえらく息巻くやつがいると思えば、ロミオの腰ぎんちゃくどもじゃねぇか」
 ねめつくような視線がマキューシオの靴先から頭の先までなめるように上がる。
 値踏みし、鼻で笑うその態度が癇に障った。
 どちらが先かといえば、公正に見て、それはマキューシオだろう。ティボルトの胸倉を掴み上げようとしたのも彼だった。ティボルトは視線で彼を小ばかにしただけだ。
 とっさにベンが前に出て制止の手を伸ばさなければ、彼はティボルトに掴みかかり、壁に打ちつけていたに違いない。
「やめろ、マキューシオ。ここは往来だよ。互いの言い分を話し合うのなら、どこか物陰か店に入ろう。でなければ、今日はこのまま別れよう。ここは人目につきすぎる」
 その言葉はマキューシオだけにあてたものではなかった。
 ティボルトを見上げ――ベンは2人より頭1つ分小さかった――意を汲んでくれることを願う。ティボルトは、たしかにやれるかもしれない。ティボルトは剣の達人とうわさされているが、マキューシオとて腕はたつ。だがその後ろの者たちも相手にするとなると、話は違う。
 そして、ベンを挟んでにらみ合う姿に、これはやばいと感じていたのはベンだけではなかった。
 2家の諍いは毎日のように町のあちこちで起きているため、それと察した人々は、まるで見えない壁が彼らを包み込んでいるかのように、自然と距離をとって彼らを迂回していく。
 また始まるのかと、表情を暗くしている者たちに気づいたティボルトが、舌打ちをして剣の柄から手をはずした。
 なんといっても相手はモンタギューではない。忌々しいロミオの手下ではあるが、彼は大公・エスカラスの縁者だ。ヴェローナの町で、エスカラスと事を構えるのは得策ではないとの計算は、彼にもついた。
「命拾いをしたな、腰ぎんちゃく。おまえがあの腰抜けロミオであったなら、たとえ仲間が命乞いをしたところで関係ない、一撃で串刺しにしてやったものを」
「なんだと!?」
「だめだ、マキューシオ」
 ベンを押しやり、前に出ようとするマキューシオと、彼を必死で押し戻すベン。
 2人の姿にティボルトが冷笑する。
「腑抜けのロミオはどうした? また愛しのロザライン見たさに屋敷の前をうろついてるってかぁ? まったく情けないやつだぜ、振り向いてもくれない女の尻を追いかけ回してため息ばかり」
「なんだと!?」
 親友をこけにされたことに、一瞬でマキューシオの頭に血が上ぼる。
「マキューシオ!」
 すらりと腰の剣が抜かれたのを見て、ベンが叫んだときだった。
「やめろ、ここはヴェローナの町だぞ。一体何を考えている?」
 騒ぎを聞きつけたロミオが、前をふさぐ人々を掻き分けて現れた。
「おい、剣をしまえ。大公さまの厳命を忘れたか? ヴェローナの町で剣を抜くのはご法度だ」
「うるさい!
 いいか、ティボルト! おまえは自身を虎のようだと手下たちに言わせているようだが、冗談じゃねぇ! おまえなんざその辺をうろつくただの野良猫よ。猫は9つ命があるというが、そのうちの1つを俺がありがたく貰ってやろうっていうのさ! なんなら残る8つも貰い受けてやってもいいんだぜ!」
 仇敵ロミオの登場とマキューシオの暴言に、ティボルトもまた激しく怒りを燃やした。憎しみにぎらつく目で、前に出ようとするマキューシオとそれを諌めるロミオを見る。
「さあさあ、見せてみろよ、ご自慢の抜く手も見せない鞘走りっていうヤツを。でないと抜かないうちに、こっちが1本その腕を落として、見えなくしてやるぜ?」
「この俺に向かってよく言えたものだ。さあかかってこいよ、腰ぎんちゃく」
「よせ、マキューシオ、ティボルトもだ。おい、後ろの者たち! 早くそいつをキャピュレットの屋敷まで連れ戻せ。大公にこの騒ぎを知られぬうちに!」
 数時間前ジュリエットと結婚したばかりのロミオは、彼女の大切ないとこであるティボルトといざこざを起こしたくなかった。あんな男でも、身内であるジュリエットやロザラインには優しい、キャピュレットに忠実な男なのだ。
 ちらと背後のティボルトの様子を伺ったとき。
 マキューシオがロミオの手をすり抜けた。
「マキューシオ! やめろ!」
 ロミオの手がマキューシオの剣を持つ手の袖を引く。なんとしても争いを止めようとしたその行為があだとなり、次の瞬間マキューシオの腹に深々とティボルトの剣が突き刺さった。


「よせーっ!!」
 長剣の白刃が突き刺さる瞬間、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は弾けるように前へ飛び出した。
 何重にもなった人混みを掻き分け、前へ出るのにすっかり時間がかかってしまった。争いを止めることはできなかったけれど、彼を助けるのはまだ間に合うはず!
 その一念で、リアトリスは石畳に崩折れたマキューシオの傍らに駆け寄った。
「マキューシオ……マキューシオ…!」
 親友の血で真っ赤に染まり、半狂乱になったロミオがマキューシオにすがりつこうとする。
「だめだよロミオさん! 動かしたらますます血が流れる!」
 泉のようにどくどくと真っ赤な血があふれ出している傷口の上に両手をかざし、ヒールをかけようとして、はっとなる。
(いけない、ここはキリスト教圏。こんな人目のある所でスキルを使用して治療したりしたら、魔女だと思われる!)
 この場での治療はいったん断念し、リアトリスはマキューシオの腕を自分の肩に回して担ぎ上げた。
「ロミオさん、僕からのお願いだ。よく聞いてくれ。
 誰かを殺せば今度は誰かが君を殺し来る。殺意と憎しみは悲しみしか生まない。だからどうかやめてくれ」
 ロミオは呆けた表情で、真っ赤に染まった両手を見つめていた。
 はたして聞き入れてくれたのか……そもそも耳に入っていたのか。揺さぶり、もっと説得したかったが、時間がなかった。
「前をあけてくれ! 彼を病院へ連れて行く!」
 もちろん連れて行く先は病院ではない。ひと気のない所ならどこでもいい。
 とにかく早く、一刻も早く、息のあるうちに彼を治療しなければ!
 その一心で、リアトリスは瀕死のマキューシオをこの場から連れ去った。

「――マキューシオが、死んだ…?」
 ぽつり、ロミオはつぶやいた。
 長剣に腹部を貫かれて、生きているはずがない。しかもそうさせてしまったのは、自分…。
 指に残るは、マキューシオの服の感触。そして彼の血。
 自分が、彼を死なせた。
「……うわあああああーーーーーっっ!!」
 ロミオは剣を抜き、ティボルトを振り返った。

 そして現れる、メガネをした目つきの悪い赤毛の馬に乗った姫君一行。
 妙に同じ顔、表情のお供を数人連れている。
「きゃー、たいへーん。もう始まっちゃってる!」
 運び出されるマキューシオを見て、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)は叫んだ。
「そりゃそーだろ。おまえが凝りすぎなんだよ、お忍びの姫になりたいなんて。お忍びのやつがそんな動きにくいドレス着てっかよ。こんな役立たずのハリボテ従者まで作っちまって……スウィップに怒られるぞ」
 馬があきれ声で説教をたれる。
「だって、全然お供のいないお姫さまなんていないでしょ?」
「大体、なんで俺が馬なんだよ…。
 この話覚えてねぇけど、そもそも俺シェイクスピアって好きじゃねぇんだよな。どうだっていいだろ、ガキの恋愛じゃん」
 ぶちぶち、ぶちぶち。
 説教から愚痴に変わる。
「いいから、ほら早くっ!」
 ぴしりと高柳 陣(たかやなぎ・じん)扮するメガネをした目つきの悪い赤毛の馬に鞭を入れる。
「いってーーー!」
「それと、馬はしゃべらないっ」
「……くっそー。あとで覚えてろよ、ユピリア。ガッツリ噛みついてやるっ」
「えっ、そんな…………やだ。陣のエッチ」
 馬だからできる攻撃法でおどしただけなのだが、ユピリアは何を想像したのか、ぽっと恥らうように頬を染めていた。乙女の妄想で、きっと、あーんな所やこーんな所を甘噛みされるのを想像したのだろう。
 でも陣は馬だから、馬上のユピリアの様子は分からない。
「強引に行くぞ。振り落とされんな、ユピリア、ティエン」
「はい」
「うんっ」
 手綱を持つ手を強めるユピリアと、ぎゅっとユピリアにしがみつくティエン・シア(てぃえん・しあ)
 陣はひと声鳴いて、人の壁を作る者たちに到来を知らせると、まっすぐ突っ込んでいった。

 人垣の中央では、まさにロミオとティボルトの一騎打ちだった。
 親友の死と、その一因を図らずも作ってしまった自責の念で頭の中がいっぱいになったロミオが、ティボルトに猛攻をかけている。
 ティボルトとしてはかなりの誤算だった。まさか女にうつつを抜かしているやさ男が、こんなにも手練れているとは思っていなかったのだ。
 そのとまどいが剣に出た。浅い打ち込みを下にもぐり込んだロミオの剣が横に跳ね飛ばす。
「しまった…!」
 胴ががらあきになったのが自分でも分かった。
 次の一刹那、深く踏み込んだロミオの狂気に沈んだ目とティボルトの目があう。
 ひたと忍び寄った白刃は、あとはティボルトの胸という鞘に収まるのみ。
 そこに、空を引き裂くような高い馬のいななきが響き渡った。

「う、馬だ! 暴れ馬だぞ!」
 叫び声が上がり、ひづめにかかるのを恐れて人がさーっと左右に分かれた中を、メガネをした目つきの悪い赤毛の馬が堂々と走り抜ける。
 だれもが見守る中、メガネをした目つきの悪い赤毛の馬の背からぴょこんと侍女が飛び降り、ついでその手を借りて1人の美女がすべり降りた。
「なんだ? あのメガネをした目つきの悪い赤毛の馬は」
「うわ、ほんとだ。すっげー目つき悪い」
「あれは絶対人を食ったことのある馬だよ」
「近寄るんじゃないよ、おまえも食われちゃうよ」
 ざわざわ、ざわざわ。
 まさに「ほっとけ!」なざわめきが広がっていく。馬の耳だけによく聞こえる陣は、彼らを振り返り、歯を見せて威嚇した。
 そんな彼を見て、おびえた何人かが走り去っていくのを、胸のすく思いで見ていたら。
 ユピリアが、今まで聞いたこともないような作り声でロミオとティボルトに話しかけた。
「もし。そこの殿方たち。
 差し出がましいことと思いながら、お声を掛けさせていただきました。ここは街の中。このような場所での争いは、高貴な方々の誇りを汚します。どうか剣をお収めください」
 ここぞとばかりに上目遣いで胸の前で手を組み、懇願する。特にティボルトに。
(ふふっ。やったわ、これで彼らは私に悩殺メロメロ。陣が嫉妬しちゃうかも〜)
(ありえん!)
 ユピリアをよく知る陣は、彼女の心の動きが手に取るように見えて、即座に全否定する。
 大体ロミオはジュリエットに夢中だし、ティボルトはもうちょっと出るとこは出て引っ込むところは引っ込んだ、豊満な大人の女性が好みなのだ。
 彼女の登場に一瞬虚をつかれたものの、すぐさままた罵り合いと殺し合いが始まってしまった。
 今度は彼女たちの目の前で。
 ユピリアはガン無視だ。
「もおーっ! 怒った!!」
 スカートの影から現れた手に、いつの間にか握られていたのはグレートソード。
 え? どこから? と人々が思う間もなく、剣の平がゴンゴンとロミオとティボルトの頭を強打した。
「喧嘩両成敗よ!」
(いや、それ八つ当たりじゃ…)
 フン! と、足元で気絶している2人を見下ろすユピリアに、陣があきれてツッコミを入れる。
 しかし同時に、彼の優秀な耳は、不穏な囁きも拾っていた。
「あの娘、どこから剣なんか出した? おまえ見たか?」
「いや、見ちゃいねぇ」
「しかもあんな細腕なのに片手で軽々と。まさか魔女…?」
(やべぇな、こりゃ。撤退した方がよさそうだ)
 さっと視線をティエンに向ける。もしものときの撤退方法は打ち合わせ済みだ。
 陣と目を合わせたティエンは、悲しみの歌を声の限りに張った。
「乗れ、ユピリア。撤退だ」
「あんっ」
 鼻面で肩をつかれたユピリアは、痛さに顔をしかめたものの、おとなしく従う。
 ティボルトを倒されたことに殺気立っていた彼の手下や町の者たちがティエンの歌の効果で戦意喪失している間に、彼らはこの場から離脱した。
「どきなさい。みんな、そこをどいて! 私は医者です!」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、呆けているベンやティボルトの手下たちを両脇に押しやってその場にしゃがみ込んだ。
(2人とも、気絶しているだけのようですね…)
 だが数度の剣げきを合わせたことで、どちらも切り傷を複数負っている。中には深いものもあり、血が止まらなければ緩慢な死となるものもある。
(でなくてもこの時代、敗血症で死ぬことは頻繁にあったはず)
 治療されている本人が気を失っていることもあり、ジェライザ・ローズはそっと取り巻く人たちの様子を伺って、傷の具合を調べているフリをしながら手のひらからヒールやナーシングを最低出力で放った。
 ひと通りロミオを終えて、ティボルトにとりかかったとき。
「もういいか?」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)がロミオを抱き起こした。
「ええ。傷口はわざと消していませんが、内側では止まっています」
 どうするのか? といぶかしむジェライザ・ローズに、羽純は小声で説明した。
「マキューシオの所に連れて行く。こいつは死んだと思っているようだが、生きていると知れれば説得もしやすい。2人を引き離せばそっちのやつも頭が冷めるだろう」
「分かりました」

 まるで羽純がロミオを肩に担いでこの場を去るのを待っていたかのように、大公エスカラスが十数人の家来を連れてこの場に到着した。

「一体この騒動は何だ? ヴェローナの町で抜刀騒ぎを起こしてはならぬと申し渡していたはずだぞ!」
 グロリアーナ扮するエスカラスが、マントを翻して馬を降りる。
 その二重写しになった姿に、この場にいるリストレイターたちは全員、エスカラスがグロリアーナであることに気づいた。
 だがそれは彼らだけらしく、町の人たちはこの町の主人である大公の登場に、いっせいに頭を下げる。
「大公さま! どうか厳罰に処してください! ロミオ・モンタギューとその仲間が、われらに言いがかりをつけてきたのです!」
「ティボルトさまはあの愚か者どもに挑発され、名誉を傷つけられ、剣を抜かずにはいられなかったのです!」
 ティボルトの手下が大公を取り囲み、口々に言いつのる。
 その言葉に、エスカラスはますます表情を険しくさせていく。
 いつの間にすり替わっていたのか……エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)扮するベンが立ち上がり、エスカラスの前に進み出た。
「大公さま」
「うん? そなた、たしかモンタギューの甥の?」
「はい、大公さま。このベンヴォーリオが包み隠さず申し上げます。
 たしかにわれわれは大公さまの厳命を破り、町の中で剣を抜くという愚かな真似をいたしました。マキューシオが挑発したというのも、その通りでございます。しかしロミオは違います。彼が剣を抜きましたのは、無理からぬ理由があってこそ。
 ロミオはティボルトを殺そうとしました。ですが、それは我が友マキューシオが瀕死の重傷を負うということがあったからです」
「なんと! マキューシオが?」
 マキューシオは大公の縁戚、同じ血を引く尊い身だ。その血が流れたことに、エスカラスは血相を変えた。
「はい。そしてマキューシオが剣を抜いたというのも、ティボルトがロミオへの罵詈雑言を並べ立てたからです。マキューシオは、友への侮辱に耐えかね、その名誉を守るために剣をとったのです!」
「まぁ、嫌ですわ〜、白昼堂々決闘沙汰なんて〜。
 しかもどうやら、最初に言いがかりをつけたのはキャピュレット卿のご親族だそうで〜…」
 一般人として中世ヨーロッパの町を散策して楽しんでいたコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)が、間に人を挟み、エスカラスからは姿を見えなくした上で、独り言としてはちょっと大きめの声で言う。
「そうよ。その通り。
 それにモンタギュー卿の御子息は、お友達が重傷を負うまで争うことをよしとせず、穏便に済ませようとしたって聞いたわ。
 ほんと、めずらしいわね、ああいう御方がキャピュレット家にもいれば、この街もいつかは平和になるのかしら…」
 ここぞとばかりにアドルフィーネ・ウインドリィ(あどるふぃーね・ういんどりぃ)も援護する。
 「ねぇ」と周囲に同意を求めたりして、さらに情勢を操ろうとする2人に、町の人たちも同調し、口々にロミオ・モンタギューを褒めそやし始めたころ。
「もうよい!!」
 強烈なエスカラスのひと言が、一瞬で彼らを沈黙させた。
「マキューシオが先に仕掛けたというのであれば、深手を負ったことであやつも罰を受けたことになろう。ティボルトはマキューシオにそそのかされ、名誉のために剣を抜かざるを得なかった。その罪は不問に処す。
 しかしロミオ・モンタギューまでそうするわけにはいかぬ!」
 エスカラスは――グロリアーナは、激怒していた。あまりに静かに燃える怒りのため、ぱっと見には分からなかったが、そうと知ってベン――エヴァルトはハッと彼女を振り仰いだ。
「お、おい、グロリアーナ。おまえ何する――」
「そもそもマキューシオとティボルトが争う原因となったのもロミオ・モンタギューあらばこそ! それを恥じて鎮めるどころか、自らも剣を抜いて騒ぎを大きくするとはあまりに幼稚! わが厳命を軽んじ、さらには己が名誉を守らんとしたティボルトに向かい、剣をふるうとは愚の骨頂もこれに極まる!」
「違います! そんな――」
 あわててアドルフィーネが弁護しようとしたが、ここまで腹を立てたエスカラスが他の者の言葉など聞くはずもなかった。
「加えてわが前で申し開きすることなく、この場から逃走を図るとは! なんたる痴れ者か!」
「それは違う! 彼は重傷を負ったマキューシオの元へ向かったんだ! 逃げたわけじゃない!」
 ティボルトの治療に集中していたジェライザ・ローズも思わず手を止め、ロミオを擁護する。
 口々に言い始めた者たちの説得を押し戻すように、エスカラスの手が振り切られた。
「よろしい! では喧嘩両成敗だ! 事の発端となり、ティボルト殺害を図ろうとしたロミオ・モンタギューは広場にて公開処刑! その上でキャピュレット家、モンタギュー家双方を取り潰しの上、御家断絶――」
「ちょっと待ちなさいよ」
 騒ぎに目を覚ましたティボルトのすぐ後ろに、すっくと立つチアリーダー。
 あまりに場違いなそのいでたちに、全員があんぐり口をあけて動き止めた。特に町の男たちで、その露出過剰で裸同然の――この時代ではね!――彼女の姿に、顔を真っ赤にして鼻を押さえる者が続出する。女性の肌に対する免疫のなさに、卒倒する者も何人かいた。
 しかし、自称通りすがりのチアリーダー・柏原 祐子(かしわばら・ゆうこ)はそんな周囲の様子などお構いなしに、エスカラス――グロリアーナの目を見返した。
「ふぅ〜ん、それがあなたの目的なのね。最初からそのつもりだったんでしょ。でもおあいにくさま。この私がそんなことにはさせないから!」
 高らかと宣言し、祐子は両手をティボルトに叩きつけた。
「――イグニッション!!」
 セスタスの輝きに包まれた両手は、一瞬でティボルトの命を奪ってしまう。
「ティボルトを殺したのはこの私! マキューシオをたきつけてロミオの仕業に仕立てようとしたのもこの私よ! みんな、分かったわね!」
 と、そこでグロリアーナを挑発的に見返す。
「さあこれで両成敗とはいかなくなったわね!!」
「――ちぃっ。
 あの人殺しを捕らえろ!」
 エスカラスの号令で、ローザマリア扮する従者以外の家来が、逃走するチアリーダーを追いかけた。
 だが祐子の方がはるかに早い。
 勝ち誇った祐子の笑い声が遠ざかっていく。
 目の前で起きた殺人とエスカラスの激怒に恐れをなした町の者たちもあたふたと逃げ出し、やがてその場にはリストレイターたちしかいなくなった。

「どういうこと? グロリアーナ。あなた一体何を――」
 詰め寄る者たちを無視し、グロリアーナは馬上に身を乗り上げる。
「ロミオ・モンタギューの処刑と両家取り潰しは取り消す」
「あたりまえだ!」
「ティボルト殺害の謎の女を手配……まぁ、これも捕まらぬだろうな」
 ローザマリアも同じく馬上で、肩を竦めて同意を示す。

「マキューシオは生き残るも重傷を負い、ティボルトは死んだ。だが騒擾の罪は罪、流された血の罪科は全員が負わねばならぬ。この出来事を全員が悔いるような、そして二度と起こすまいと心に固く誓うような…。
 ロミオ・モンタギューはヴェローナの町より追放とする。命が惜しくば早々にわが町より立ち退かせろ。万一見つかったそのときこそ、最期と思え。
 ティボルトの死骸は即刻キャピュレット家へ届けてやれ。そしてキャピュレットにこのことを伝えろ」
 グロリアーナはそう言い置くと、馬首を巡らせ、大公館へと戻って行ったのだった。