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高山花マリアローズを手に入れろ!

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高山花マリアローズを手に入れろ!

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「先生、握り飯です」
 夜月 鴉(やづき・からす)が盆の上におにぎりを持って現れた。
「少し、休憩をしてくれよ」
「ありがとう」
 医師が皿からおにぎりを取って頬張った。その目は眼下のミュゼットに注がれている。ミュゼットは熱が引いてからは、ひたすら眠り続けていた。顔色は紫色になっているが、呼吸は落ちついている。
「で、ミュゼットの具合はどうなんですか? ドクター?」
 鴉は医師に尋ねた。すると、医者は難しい顔をした。
「かなり、危険な状態だ」
「危険?」
 ずっとミュゼットにつきっきりになっているユフィンリー・ディズ・ヴェルデ(ゆふぃんりー・でぃずう゛ぇるで)が医者を見る。
「こんなに落ちついているのに?」
「そこが、この病気の厄介なところでな。一旦治ったように見えた時からが危ないんだ……」
「何とかならないのか? ドクター」
 ユフィンリーはポニーテールをゆらして医者につめよる。
「最善はつくしているんだ」
 医者は困ったように答えた。
「後はミュゼット自身の生命力にかけるしかない……」

「ミュゼットちゃん、頑張って」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)がミュゼットの手を握りしめて『命の息吹』をかけた。少しでも楽にしてあげたいと思ったからだ。
「無駄だよ」
 医者が言う。
「魔法やスキルは、受け手の人間の回復力あってこそ効くものだ。どうあっても寿命にはあらがえるものではない」
「そんな事、分かってるよ!」
 終夏は振り返って答えた。
「でも、何もしないではいられないんだよ」
「残る手だてはマリアローズだけか……」
 鴉がため息をついた。
「そう。マリアローズだけだ。しかし、それも今日中に間に合わなければ……」
 と、医者。
「今日中だって? そんなに差し迫っているのか?」
「残念だが」
 医者は暗い顔をする。
「大丈夫だ。まだ日は高い」
 終夏が言う。
「きっと、スタインさんは間に合うはず……だから、大丈夫」

 しかし、待てど暮らせどマリアローズは届かない。そのうちに日はとっぷりと暮れてしまった。

「なにをしてるんだ? スタイン! 早く戻って来い」
 鴉はすっかり暗くなった窓の外を見てつぶやいた。

 その頃、鉄心は山の麓までたどり着いていた。
 たどり着いてはいたのだが、先に進めずにいた。
 なぜなら、盗賊に囲まれていたからだ。明かりを奪われ、何重にも取り囲まれている。
「ちくしょう、ここまで来て」
 鉄心は盗賊達を睨みつけて言った。ただでさえ、雑魚敵の出現で思ったより時間を取られてしまったのに、ここまで来てこんな奴らに捕まるとは……。
「一体、なにが目的だ? 俺たちは金目のものなんか持ってねーぞ!」
「金なんかいらないさ」
 盗賊のリーダーが言った。
「俺らの狙いは、お前さんの持ってる、その、マリアローズよ」
「マリアローズだって?」
 鉄心はティー・ティ手の中にある赤い花を見つめた。
「そうさ。スタインって奴の掲示板でのメッセージを見たときから狙ってたんだ。貴重な花だってな。売ればさぞかし高値で売れるだろうよ」
「駄目です!」
 ティー・ティが言う。
「これは、ミュゼットさんのためのものですから」
「あんた、ティー・ティさんかい。名前は知ってるぜ。そのよしみで教えてやるけど、残念ながらミュゼットはもう助からねえさ」
 その言葉にティー・ティは色をなした。
「いい加減な事を言うと許しませんよ!」
「いい加減じゃねえよ。俺たち、通りがかりにスタインの家も覗いて来たんだ。今日中にその花が間に合わなければ、ミュゼットの命は終わりだって医者が言ってたぜ。ここから、あの家までどれだけかかると思ってるんだ? お前らがいくら走ったところで、間に合いやしねえよ。あきらめてこっちに渡しな」
「今日中だって?」
 鉄心は顔色を変えた。
「嘘です! 鉄心さん騙されちゃいけません! マリアローズを手に入れるために嘘をついているに決まってます」
 ティー・ティはそう言うとマリアローズを守るように抱え込んだ。
「信じようが信じまいが、どうでもいいや!」
 盗賊達がティー・ティに向かって襲いかかってくる。
「危ない!」
 鉄心は魔導銃をぶっ放した。 

 ドォオオオオオオン 

 無属性魔法攻撃で盗賊達があちこちに投げ出される。しかし、多勢に無勢だ。とても叶いそうにない。

 その時……
「ファイアストーム!」
 炎の嵐が盗賊達に襲いかかった。
 ティー・ティが後ろを振り向くと、そこには二人の少女が立っていた。一人は15歳ぐらいだが、もう一人は12歳ぐらいのどう見ても童女である。
「わたくしはクリアンサ・エスパーニャン(くりあんさ・えすぱーにゃん)!」
 金髪の少女が名乗りをあげる。
「私はレイチェル・スターリング(れいちぇる・すたーりんぐ)!」
 童女も叫ぶ。
「ずっとあなた方を陰ながら守ってきましたわ。今回もお助けいたします」
 クリアンサが言うと、二人して盗賊の中に飛び込んでいった。
「このガキどもが!」
 盗賊達が二人に殺到していく。
 クリアンサがファイアストームを唱えた、盗賊達に炎の嵐が襲いかかる。
「ちくしょう、この女」
 盗賊の中の一人がクリアンサにヒプノシスをかける。
「あららら……眠くなってきましたわ」
 クリアンサの目がトロンとなる。
「へっへっへ。立ったまま寝ちまいやがったよ、この女。よく見りゃ、かわいいつらしてるじゃないか」
 盗賊はクリアンサにいたずらしようとした。
「いけない! お姉様! 光術!」
 レイチェルがまばゆい閃光を放ち、賊どもに目くらましをかける。そして……盗賊の目が見えなくなっている間に……
「こちょこちょこちょ……」
 レイチェルはクリアンサの脇腹をくすぐった。
「いや、きゃはははは。くすぐったいですわ……」
 クリアンサが目を覚ます。そして、
「あら? わたくしなにをしていたのかしら?」
 と、辺りを見回した。
「眠らされて、いたずらされかけていたのを助けてあげたのよ」
 レイチェルが得意げに言う。
「だって、お姉さまの残念な胸に触っていいのは私だけなんだもん!」
「……」
 レイチェルは脱力した。
 
 一方、二人が戦っている間に、鉄心はスタインの元に残して来たイコナにテレパシーを送っていた。

『イコナ、イコナ聞こえるか?』
 すると、すぐに返事が返って来た。
『鉄心さん……鉄心さんですか? よかった連絡を待っていたんですわ』
『どういう意味だ?』
『さっき、猛さんからまたルネさんに連絡が入って……』
 そして、イコナは医師が鴉に言った言葉を伝えた。

『ティー・ティー』
 ティー・ティは突然の鉄心からのテレパシーに驚く。
『どうしたんですか? 鉄心さん』
『落ちついて聞いてくれ。どうやら、さっきの盗賊の言葉は本当だったらしい』
『え?』
『今、イコナにテレパスで確かめたんだよ。猛さんからルネさんに連絡があったらしい。今日中にマリアローズが間に合わなければミュゼットさんは……』
「そんな……」
 ティー・ティは声に出してつぶやいた。
『今日中なんて、既に日は暮れてしまっているわ』
『そうだ。だから、……ここは俺達にまかせて、キミ一人で先に行け!』
『え?』
『君には暗視もあるし、身を隠す技能もある。それを使って急げ!』
『分かりました』
 ティー・ティはうなずいた。
『きっと、今日中にミュゼットさんに届けてみせます』
 そしてティー・ティはベルフラマントを身につけた。ティー・ティの気配が消える。そして、彼女はそのまま戦線を離脱しまっすぐにスタインの家を目指した。しかし、先は長い。果たして時間までに無事にたどり着くことができるのだろうか?


「お兄ちゃん……!」
 ミュゼットが目を開けた。
「ミュゼットちゃん?」
 ユフィンリーがミュゼットの手を握りしめて叫ぶ。
「ミュゼット!」
 鴉が叫んだ。
「気がついたのか? 分かるか? 鴉だよ」
「鴉さん……」
 ミュゼットはうなずいた。
「もちろん、分かります……長い間のお友達ですもの」
「先生!」
 終夏が医者に笑顔を向けた。
「ミュゼットちゃん、持ち直したんだよね!」
「……」
 医者は難しい顔をして首をふった。
「この病は、最後の最後に意識を取り戻すんだ。後、数時間と思った方がいい」
「そんな……」
 ユフィンリーが涙を流す。
「どうして、そう、意地の悪い事ばっかり言うんだよ?」
「意地悪じゃない。これが現実なんだ」
 医者はそう言ってぎゅっと口を結んだ。
「これが現実だなんて……」
 我慢ならない……というようにユフィンリーは首をふる。
「ねえ、ユフィンリー」
 終夏がユフィンリーの背中を叩いた。
「君、確か、バイオリンが弾けるって言ってたよね」
「ああ。弾けるよ」
 でも、それがなんだっていうの? ユフィンリーは怒ったように終夏を見上げた。
「実は、私も弾けるんだ。なあ、ミュゼットのために一緒に弾いてあげない?」
「……!」
 ユフィンリーははじめて笑顔を見せた。
「うん。いいよ。なにを弾いてあげようか?」
「『幸せの歌』はどうかな?」
「いいね」
 それから、二人の少女はバイオリンを取り出し『幸せの歌』を合奏しはじめた。軽やかなメロディーが、高く低く鳴り響く。
「奇麗……ね」
 ミュゼットがうっとりと言う。
「うらやましい……そんなうまく弾けて」
「元気になったら教えてやるよ」
 ユフィンリーが答えた。ミュゼットが笑顔を浮かべる。終夏も無理矢理笑った。
「ねえ、ミュゼットちゃん。お兄ちゃんが帰って来たら、お外で私とも一緒に遊んでくれる?」
「ええ……ええ……もちろんよ」
 ミュゼットはうなずいた。
「ありがと」
 終夏は頭を下げ、バイオリンを奏で続けた。
 ……高く低く、バイオリンの音は鳴り響いていく。




「もう、あきらめてくれ」
 医者が言った。
 すでに11時を過ぎた。ミュゼットは再び深い眠り落ちている。おそらく、二度とは目覚めない眠りに……
「くそ……駄目だったか……」
 鴉が拳を握りしめる。
「……一体、何のために俺たちは……」

 その時だ……。

 ガラガラガラ……。

 激しい車輪の音がしてピタリと家の前で止まり、「ありがとうございました!」と声がした。そして、

 ガチャリ

 ……ドアを開けて誰かが入って来たようだ。

 一同は顔を見合わせた。

 もしかして……

 ああ、きっとそうだ……

 声にならぬ思いが交差する。

 その思いに答えるように……

 扉が開いて、ティー・ティが飛び込んできた。

「ミュゼットさん! 大丈夫ですか? 今、マリアローズを持ってきましたよ! 走ってでは間に合わないから、名声のスキルを使って通りがかった御者さんの馬車に乗せてもらったんです!」

 ユフィンリーが口に手をあてる。終夏は泣き崩れる。鴉は医者に抱きついた。医者も目頭を拭っている。