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リアクション
1章 山頂を目指せ
――ツァンダ郊外の小さな木造の一軒家は、ひっそりと静まりかえっていた。その一室のベッドの上には一人の少女……ミュゼットが横たわり、苦しげに喘いでいる。
「ミュゼットさん、苦しそうですわ」
香月 鳴海(こうつき・なるみ)がミュゼットの手を握りしめて言った。
「ラルク殿! なんとかして差し上げて下さい」
「分かってるさ」
鳴海の隣で髭面のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が厳しい顔をしてミュゼットを見下ろしている。医者は絶望的と言っていたが、診断ミスという事だってありうる。それで、武医同術を交えて自分なりに診断をしてみたが、希望的観測をもたらすものは何ら見つからない。
「噂では地球の薬は一個もきいてねぇみてぇだな。仕方がない、最後の手段だ……」
ラルクはそういうと「命のうねり」で自分の生命力を少しミュゼットに分けてやった。
「少し、顔色がよくなったように思えますわ」
鳴海が笑顔を浮かべた。
「少しは快方に向かったんじゃないでしょうか?」
「だといいんだが……」
ラルクは難しい顔をした。
「治す…まではいかねぇがなるべく楽になるようにしてやらないとな……」
鳴海はうなずいた。
「わたくしもラルク殿の手伝いをします。といってもわたくしはラルク殿みたいに医療の知識は持ち合わせておりませんけど……」
その時、別室から本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)がやって来た。
「……ラルク、そろそろ交替しよう」
「もう、そんな時間か?」
ラルクが時計を確認した時、
「お兄ちゃん……」
囁くような声とともにミュゼットが目を開けた。
「ミュゼット様!」
涼介のパートナー、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)がベッドに駆け寄った。
「お兄様! ミュセット様が……」
エイボンは涼介を見上げて言う。
「ああ……」
涼介はうなずいた。エイボンはミュゼットに語りかけた。
「スタインさんは、ミュゼット様の病気を治すマリアローズを取りに行くために山へ行かれましたわ」
「そう……そうだったわね」
ミュゼットは、苦しげな息の下から言う。
「山なんて……大丈夫かしら、お兄ちゃん……」
「大丈夫です! きっと無事に戻ってきます!」
鳴海が言う。
「でも……今の時期の山は危険だと聞いているわ……」
ミュゼットが眉根をよせる。
「あまり、気にやまれないほうが良いですよ。」
声がして、隣室からキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)が入ってきた。キリエは、可愛らしい猫のぬいぐるみをミュゼットの枕元に置きながら
「病は気からと言いますし……。ミュゼットさん……今の貴方は安心して休むことに専念して下さいね」
「そうね……」
ミュゼットはうなずいた。そして、
「かわいいネコちゃん……」
と、枕元に置かれた猫のぬいぐるみを見つめて微笑む。
「それより、お腹が空いていないかい? 寝てるだけでも体力は消耗するもんだから……」
涼介が言う。
「そうだ。みんなでお食事を作ってあげませんか?」
鳴海が手を叩いた。
「わたくし、医療の知識は何もないけれど、お粥ぐらいなら作れます」
「そうだな。じゃあ私は、消化の良い野菜たっぷりのスープを作るとするか」
涼介がはりきって言った。何を隠そう『調理』は涼介の特技の一つだ。
「私も協力しましょう」
キリエもうなずく。こうして3人は台所へと入っていった。
「あら? そのトマト……もしかして、それは夜明けのルビーですか?」
鳴海がキリエの手元を見ながら興味津々でたずねた。
「ええ、そうですよ。」
キリエが真っ赤なトマトを切りながらうなずく。
「やっぱり! 素敵な名前だから、覚えていたんです」
鳴海の言葉にキリエが笑って答える。
「『暗い時代を明るく照らす』という願いが込められているそうですよ。だから、ミュゼットさんの未来も明るく照らしてくれればいいと思って持って来たんです……ただのゲンかつぎ……と言われれば、そうかもしれないですけど」
「そんな事ないですわ。素敵な考えだと思います。ぜひ、入れてあげて下さい」
鳴海は笑顔でいうと、梅のすり身、ジャコ、野沢菜等を小皿に付け合せていった。
「それは、なんだ?」
涼介の問いかけに、鳴海は笑顔で答える。
「トッピングです。折角なので少しぐらいつけたらどうかなと思って」
「そりゃいいな」
涼介が笑ってうなずいた。
3人が料理をしている間、エイボンはミュゼットの着替えを手伝っていた。高い熱のために汗まみれになった体を濡れタオルで拭いてやる。全て着替えさせてしまうと、エイボンは『子守歌』を歌い始めた。その声に聞き入りながらミュゼットはうとうととまどろんでいく。ラルクは別室で、扉越しに漏れ聞こえてくるエイボンの歌に耳を澄ませながら、窓ごしに見える山並みに思いを馳せる。
「スタイン、きっと無事に戻って来い。ミュゼットは必ず俺たちが守っておくから……」
***
「なんだかんだ言って、無事にここまでたどり着いちまったぜ」
岩の上からトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が仲間を見下ろして言う。
「これは、思った程大変な冒険じゃないかもしれないぜ?」
と、ひらりと岩から飛び降り、スタインの肩を叩く。
「なあ、スタインさん。そう思わないか?」
「少し、黙ってくれないか?」
スタインが、不機嫌に答える。
「これは、ピクニックじゃないんだ」
「おいおい。熱くなって焦っても、いい事ないぜ?」
ふざけたようなスタインの態度にレティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)がぴしゃりと釘を刺す。
「スタインさんのいうとおりですわ。これは人の命のかかった冒険ですのよ…」
「でも、トライブの言う事にも一理あるわよ」
加能 シズル(かのう・しずる)が言う。
「余裕を失っては勝つものも勝てないわ」
「そうそう。急がば回れって言うだろ。気楽に素早くいこうや。邪魔する奴らは、俺が全部ぶった斬ってやるからよ……って……うん?」
突然、トライブの顔つきが変り、装備してきたブレード・オブ・リコに手をかけた。
「何かいるぜ……」
「食虫植物だわ!」
シズルが叫ぶのとほとんど同時に、巨大な蔦が延びてきて、レティーシアの体を巻き上げた。
「きゃあああ……!」
悲鳴を上げるレティーシア。
「化け物め!」
突進しようとするスタインの襟首をトライブが掴んで引き戻す。
「そんな丸腰で、何をしようっていうんだ? あんたは引っ込んで俺たちにまかせときな!」
「そのとおりだ!」
トライブの背後からマクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が躍り出て叫んだ。その手に曙光銃エルドリッジと魔銃カルネイジを構えている。
「ここは俺たちにまかせて、スタイン、あんたは先を急げ!」
「しかし……」
戸惑うスタインにマクスウェルは言った。
「あんたに何かあったらミュゼットはどうするんだ?」
「彼らの言うとおりにしましょう」
シズルがスタインの肩をたたく。
「でも……レティーシアは?」
「彼らに任せましょう」
そういうと、シズルは強引にスタインをひきずり先を急いでいった。
「行ったか」
これで、戦闘に集中できる……と、マクスウェルは両手の銃を構え、食虫植物にむかって発砲した。蔦に絡まれないようになるべく距離を取って乱射を続ける。その攻撃の激しさに、植物は絡めとったレティーシアに危害を加えられないでいた。
「よし! 俺らも行くぜ!」
そう叫ぶと、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)が真正面から食虫植物に向かって突進して行く。
「やみくもに攻撃を仕掛けて大丈夫なの? 敵は睡眠ガスをまき散らしてくるのよ」
枸橘 茨(からたち・いばら)が勇刃の背中を追いながら叫んだ。
「大丈夫さ! 俺はスキルの『不寝番』を持っているし……」
次々に延びてくる食虫植物の蔦を余裕でかわしながら勇刃が答える。
「それに、こうして、敵さんの動きを覚え込ませて、動きを見切って不意打ちを仕掛けてやれば……」
それから勇刃は『破邪の刃』を放った。雅刀から聖なる光が放たれ、レティーシアを掴んでいた蔦が切れる。レティーシアの体がどさりと地面に落ちた。
「な、このとおり」
そう言って勇刃は少し得意げな顔をする。
「凄いです!」
天鐘 咲夜(あまがね・さきや)が手を叩いた。
「健闘様、凄いですわ!」
セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)もほれぼれと見つめる。
「二人とも、はしゃいでる場合じゃないわよ! まだ、戦闘は終わったわけじゃないんだから」
茨が叫んだのとほぼ同時に、食虫植物が睡眠ガスをまき散らした。
「あれ? 何かいい香りがしてきました……」
咲夜の目がとろんとしてきた。
「いわんこっちゃない」
茨が肩をすくめると、勇刃は青くなって叫んだ。
「ちょ、咲夜、寝ちゃダメだぞ! ああ! セレア! 後ろ後ろ!」
勇刃の叫びも虚しく、咲夜とセレアの体が蔦に巻き上げられてしまう。
咲夜はとろんとした目で言った。
「あれ? 何だかくすぐったいです……いやああん! 蔓がふ、服の中に入ってます〜! 健闘くん、茨さん、助けてくださ〜い!」
セレアも悩ましげに叫んだ。
「痒いですわ……あああん! い、いけませんわ、蔓が……服の中に……け、健闘様、茨様、どうかお助けを」
「ああ……せっかくレティーシアさんを助けたと思ったのに……」
茨は頭を抱えた。
「仕方ないわ。健闘君、咲夜さんは私に任せて、あなたはセレアさんを助けてあげて」
「あ…ああ」
勇刃は、目の前に展開する色っぽい光景にちょっと見とれながらもうなずいた。
「素晴らしい……ではなくて、ひ……卑猥……ではなくて、卑劣な攻撃でありますな」
大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、あられもない姿の咲夜とセレアを見ながら言った。その横で大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)がうなずく。
「そうじゃのう。ずっと見ていたいのはやまやまじゃが、いつまでもあのような卑劣な事を許しておくわけにはいかぬ」
「気の毒なか弱い女性を助けるために、自分も戦うであります」
「その意気じゃ。剛太郎。わしも及ばずながら助太刀するぞ」
「はい!超じいちゃん!」
剛太郎はうなずくと催眠ガスよけのパワードマスクを装備し、89式小銃を撃ちながら食虫植物に突進して行った。ダダダダダ……剛太郎の周りの植物が次々になぎ倒されて行く。しかし、敵は数も多くキリがない。剛太郎は武器を光条兵器の刀に持ち替え、咲夜とセレアを掴んでいる本体へとまっすぐに向かって行った。枝葉でなく根を絶とうと思ったのである。植物の正面では、勇刃と茨が蔦に向かって必死で攻撃を繰り返していた。植物の意識が2人に向かっている隙をつき、剛太郎が光条兵器を構える。
そして、
ズガ……!
茎を真横に叩っ斬った。
その途端、咲夜とセレアに巻き付いていた蔦が力を失い、二人は真っ逆さまに地上へ落ちて行く。
「大丈夫か?」
マクスウェルが駆け寄ってきた。勇刃と剛太郎が咲夜とレティーシアを抱きかかえてやって来る。皆、傷だらけのぼろぼろだ。
「こっちは大丈夫じゃ」
藤右衛門がうなずく。
「全然、大丈夫だぜ!」
勇刃もうなずいた。
「植物どもはあらかた倒したであります!」
剛太郎が敬礼する。
「じゃあ、レティーシアさんも助けたし。これ以上の戦いは無用ね」
茨が言う。
「そのようじゃな。わしらもスタイン殿達に追いつくとしよう」
藤右衛門の言葉に、一同はうなずき、先を急ぐ事にした。
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