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第1章 願い事
7月7日。
西シャンバラに位置する大荒野の一角に、オアシスがある。
そのオアシスの傍に、シャンバラの学生達により、巨大な笹飾りが設けられた。
笹飾りには学生達を中心とした、沢山の願い事が書かれた短冊が、吊るされている。
そして、泉の近くには巨大な打ち上げ筒が設置された。
夜になったら、花火が行われるのだ。
でも、打ち上げられるのは、花火ではなくて。
訪れた人々への贈り物と華美達、だ。
屋台の準備が整って、客が訪れ始めた頃。
「さ、始めるぞ〜!」
主催者である、ブラヌ・ラスダーが合図をだし、開始を知らせる最初の花火が打ち上げられる。
打ち上げられたのは、手書きのパンフレットと、短冊の入ったパラソル花火。
落ちてきたパラソルをキャッチした若者達は、連れだって屋台や笹飾りへ向っていく。
「金が欲しいとか、女が欲しいとか……不良らしい素直な願いというか」
酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、苦笑しながら笹飾の短冊を見て回っていた。
「現地の方や、恐竜騎士団員の短冊はないんだろうか……」
吊るされている短冊は、パラ実生のものが多く、現地人やエリュシオン関係者の短冊は見当たらなかった。
「ん? これは……」
それでも、全くないわけではなくて。
『居候達がもっとまじめに働きますように』
『作物がよく育ちますように』
『侵入者が消え去りますように』
そんな現地人の願いと思われる短冊も、時々目に入った。
「居候は、地球人のパラ実生のことか? 侵入者は……恐竜騎士団だろうか」
恐竜騎士団は何を欲しているのだろうか。
(非戦闘員を恐竜に踊り喰いさせた恐竜騎士団への嫌悪と不信は拭えないが、十分に彼らを知ってる訳じゃない)
偏った認識を持たないようにと、恐竜騎士団のことを少しでも知りたいと陽一は思う。
今、彼らはパラ実の風紀委員として存在しているが、風紀委員の短冊は見当たらない。
個人の短冊は、多分パラ実生の短冊に紛れて、飾られているだろうけれど。
「ありません、か。……さて、自分も理子様の幸福を祈願する短冊を飾らせて貰おう。大変な時期だし……いや、いつでも大変か」
再び苦笑しながら、陽一は用意してきた短冊を笹飾りにさげる。
大切な人、代王の高根沢理子の幸せを願いながら。
「願い事、沢山つるされてるね……」
桐生 円(きりゅう・まどか)が綿あめの袋を手に、笹飾りの前に訪れた。
「屋台も一通り見て回ったし、あとはここに願い事を下げるだけかな」
円は今日、1人で祭りに来ていた。
パートナーと来ることも考えたのだけれど、七夕祭りには、やっぱり恋人と来たかったから。
でも、恋人のパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)は今、とても忙しくしていて、誘うことが出来なかったのだ。
屋台を見ても、花火の発射台を見ても、あまり興味がわかなくて。
寂しさや物足りなさを感じながら、円はここにいる。
「願い事、叶いますよーに」
円は綿あめを腕に提げると、短冊とペンを取り出して願い事を書いていく。
『パッフェルが真更町から無事に帰ってきますように』
『パッフェルの肉体も、目玉ちゃんも、あとゴーストさんも大きな怪我しませんよーに』
切々とした思いを記して。
落ちないように、しっかりと笹飾りに結んでいく。
「アルカンシェルの魔導砲の件も、大丈夫って言われてはいるけれど……正直、心配だなぁ」
何事も起きなければいいなぁと、円は笹飾りを見つめながら思う。
「円」
「!?」
突然名前を呼ばれて、飛び上がるほど驚きながら、円は振り向いた。
「パッフェル……!? どうして」
「円が、ここにいるって、聞いたから……」
現れたのは、パッフェルその人だった。
「円と一緒に、射的、やりたい」
「うん、やろう!」
円の顔に笑みが広がる。
パッフェルの願いは、円が叶えてあげられる。
「さて、吊るすか」
「ちょ、ちょっと待ってやっぱり書き直す!」
フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)と巨大笹飾りの前に訪れた、 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は、慌ててマジックを取り出す。
「ん、どしたリネン?」
「だって、これ、みんなも見るんでしょ?」
笹飾りに集まった人々が、飾られた短冊を見て様々な感想を述べている。
誰かに見られると知って、リネンは慌てているのだ。
「いいじゃねぇか、ずばっと下げちまえよ! そんな控えめだから、フリューネ取られる取られるって心配することになるんだよ」
「ええと……。フェイミィは見られてもいい願いにしたの?」
「……え、オレ? オレはもう下げたぜ、ここに」
フェイミィの手の中にはもう短冊はなく、指差した場所に、彼女の吊るした短冊があった。
「『かわいくて虐め甲斐のある彼女(複数可)』!? この、エロ鴉がっ!」
ぱしーんと、リネンはフェイミィを叩いた。
「ははは。せっかくだし、本当の願い、書かなきゃな」
まったく、と。リネンはフェイミィを軽く睨んだ後。
マジックでちょっとだけ書き直した短冊を、笹飾りの奥の方に飾った。
『みんなと いつまでも一緒にいられますように』
最初は『フリューネと』と書いてあった短冊だ。
「ふう、さて、他の人はどんなことを書いてるのかな……」
フェイミィと同じような、欲望が書かれた短冊が多く、リネンは苦笑する。
「あ、あれ?」
ふと、目に留まった短冊に、リネンは自分の名前が書いてあることに気付いた。
『リネン・エルフトに幸せな日々を』
「え? フェイミィ、これフェイミィの?」
「ん……? オレは知らないぜ。お前に助けられた誰かが、きっと書いていったんだろうよ」
そっけなく、フェイミィはそう言った。
「そう、なのかな……」
リネンの心に、幸せな気持ちが広がっていく。
「ありがとう。幸せ、もらったよ」
短冊にそう答えたリネンを、そっと見ながら、フェイミィは優しい目で微笑んだ。
それは、リネンの幸せを願うフェイミィの2枚目の短冊だった。
『パラミタに笑顔が溢れますように』
沢渡 真言(さわたり・まこと)は、そう願い事を書いて、笹飾りに吊るした。
「ユーリは何をお願いしたんです?」
それから、一緒に訪れたユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)に、願い事を聞いてみた。
「たなばたはねーすごいんだよねー」
ユーリエンテはすっごく嬉しそうだった。
(確か、パラミタに初めてきたときは『おいしいものをいっぱい食べられますように』でしたね。その次は『お父さんとお母さんが欲しい』)
高い所に吊るそうと、背伸びをして一生懸命短冊を結んでいるユーリエンテを、真言は微笑みながら見守っていた。
(お父さんが欲しいという願いは、叶いましたね。さて、今年は……?)
「『パパとマコトが元気で幸せですように』だよ!」
短冊を下げた後、振り向いてユーリは真言に笑みを見せる。
「ありがとうございます」
お礼をいう真言に、ユーリは「うん」と大きく頷いた。
「本当はママが欲しいって書こうと思ったんだけど、それはユーリがパパにお願いするかないいかなぁって☆」
「え……っ?」
驚きの表情を見せた真言に、ユーリはえへへっと笑って。
「笹飾りさんには、マコトが書かないことを書いたんだよ!」
真言の願い事は、いつも誰かの幸せだった。
皆の幸せや、好きな人が笑顔であること。
そして今年は、パラミタに笑顔が溢れるように、と。
自分の幸せについては何も触れていない。
だから、ユーリが代わりに書いてあげたのだ。
「お願い、きっと叶うよ! パパとマコトは幸せで、ユーリは笑顔なの!」
「ええ、きっと叶います」
ユーリと微笑み合って。
それから集った人々を見る。
ここには笑顔が溢れている。
この笑顔が、パラミタ全土に広がりますように――。
真言は、巨大な笹飾りの下で、静かに祈った。
「あー、繭ちゃん、それアユナがあげたやつ!」
巨大笹飾りの前で、アユナ・リルミナルが、稲場 繭(いなば・まゆ)を指差して声を上げた。
「は、はい」
繭はちょっと赤くなる。
繭の耳には、桃色に近い紫色の小さな石が嵌め込まれたイヤリングがついている。
髪の毛に隠れて良く見えなかったけれど、吹き抜けた風で繭の髪の毛が揺れて。
イヤリングが露になったのだ。
「ど、どうですかね……こういうのつけたことないんでちょっと恥ずかしいんですけど……」
「可愛い、似合う! そう思って、繭ちゃんにプレゼントしたんだもんっ!」
アユナは繭の髪を、耳にかけさせて、イヤリングを皆にも見えるようにしていく。
繭はちょっと赤くなりながらも、こくりと頷いてアユナに任せた。
そのアユナの首にも、繭からのプレゼントの繊細な十字架のネックレスがかかっている。
(アユナさん、遊びに行くとき、いつもつけてきてくれるんですよね)
繭は嬉しく思いながら、微笑んだ。
「しかし……大きな笹ですね。こんなに大きなのは見たことないなぁ」
髪を耳にかけてもらた後、繭は笹飾りを見上げる。
「ここからだとてっぺんが見えないよね。すっごく大きいけど、全体に色とりどりの短冊が飾られてるよねー」
「凄く沢山の願いが、かけられているってことですね」
「うん、アユナ達も飾ろっ!」
「はい」
アユナと繭はそれぞれ短冊を取り出して、笹飾りに吊るしていく。
『これからも大切な友人と楽しく過ごせますように』
繭は、そう短冊に願い事を記した。
「アユナは2つあるの!」
アユナは短冊を、2枚、飾った。
『素敵な彼氏が出来ますように』
『お友達に嬉しいことがいっぱいありますように!』
その2枚だった。
「繭ちゃんに嬉しい事が沢山あったら、一緒にいるアユナも嬉しい事いっぱいだもんねっ」
「えへへ、願い事が叶うといいですね」
「うんっ」
「これからも、よろしくお願いします」
「よろしくね、繭ちゃん〜」
アユナがぎゅっと繭の手を握った。
「さーいこー。イケメン振ってくるかなぁ。でもアユナの体力じゃキャッチできないよ〜」
「ふふ、アユナさん、飛んでみたら?」
「無理っ。アユナ翼ないし、怖いもん〜。それに今日は繭ちゃんと楽しみたいから、イケメンは次でいいや」
2人は笑い合うと、屋台で食べ物を購入し、天の川を見る為に高台へと歩いて行った。
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