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リアクション
「来るなあぁぁぁぁぁ!!!」
貴仁は、キャンパス内を全力疾走している。
「ぴぃぃぃぃぃ!!!」
その後を、ヒナが全力疾走で追いかけている。
爆発するのは絶対嫌だ!
その無理からぬ決意のもと、【ディメンションサイト】【ポイントシフト】まで使って逃げているわけだが、それでもヒナを振りきれないのは、他にも逃げ惑う学生で溢れた校庭内であるためもあったろう。校舎やその他の設備、加えて右往左往する他の学生が邪魔になり、ポイントシフトを使っても逃げるのに余計な手間がかかる。
「怖いよぉ、●●くぅん」
「大丈夫だ△△、俺の傍を離れるなよ」
「うんっ」
中庭でそんな言葉を交わしているカップルがいる。
体力が限界を迎え、ついに足を止めてしまった貴仁は、それでもまだ足元に寄っているヒヨコを絶望の目で見やった後、中庭と校舎間の通路を隔てる生垣越しに、怖がりつつもべたべた密着しているその生徒カップルを恨めし気に見た。
(俺はこんな目に遭ってるのに――!!)
「くそー! リア充爆発しろ!!!」
込み上げる感情のまま、貴仁は足元のヒヨコを掴み上げると、大きく振りかぶって中庭に向かって投げた!
やがて聞こえてきた爆音は、耳につくカップルの囁きも悲鳴もかき消してしまった。
別の一角で。
「例え絶望に空が包まれようと、諦めぬ限り、道を示す星をうぉうっ」
爆風に煽られて飛んだのは風森 巽(かぜもり・たつみ)。
最終的に、校庭の隅のポプラの大木の枝に引っかかって宙づりになった。
「あ〜……惜しい、嘘全然惜しくない。まったく計算合ってない」
『デジタルビデオカメラ』を片手にティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が呟いた。
――爆発、それは特撮の見せ場!
という理念(?)の下、卵を手に入れて、孵化後に距離を取り、台詞、変身、名乗りをテキパキとこなし、丁度名乗り終わった所で、寄って来たひよこが背後で爆発するタイミングを見極める――という練習の真っ最中の巽であった。それを、ティアが撮影している。
「意外にヒヨコが近付いてきてしまって、アクションの開始が遅れてしまったんですよー」
「孵化直後に塗装して1分、神速で距離とって1分、台詞と変身に名乗りで3分でしょ? ただでさえ、台詞はゆっくりな感じだし」
撮影ついでに冷静(ややシビア?)な分析もついてくる。
「台詞はもう少し短い方がいいと思うよー。シンプルな言葉でビシッと決める! ってほうが」
「なるほど……」
よじよじと巽――変身後の姿は真・仮面ツァンダーソークー1――が樹の幹を伝って下りてくる。
「真フォームになったからって、無理に名乗りパターン変える必要もないと思うけど……
でも、まぁ、やるからにはしっかりしなきゃね!!」
2人は元いた場所に戻った。卵が転がって残っている。
そこからまた、同じ「練習」の繰り返しに入る。――孵化直後に『塗装用スプレー』で青く染めるのは、爆発時の煙を青くするためというこだわりである。
「例え絶望に空が包まれようと、諦めぬ限り、道を示す星を見つけるだろう。人、それを希望という――」
変身するその様に、ティアはビデオカメラをじっと向ける。離れた場所から望遠で。
「貴様たちに晒す本名はない!! ……
なんか違うな……」
ちゅどーーーーーーーーん
「あー、また飛んでっちゃった……」
画面では腕を組んで首を傾げた真・仮面ツァンダーソークー1が一瞬で爆風に吹き飛んで消えた。
ティアが追いかけると、巽は何故か腰からくの字に折れ曲がって地面に刺さっている。
……いや、地面ではなく、大きめのバケツに尻からすっぽり入っているのだった。園芸用と書かれたバケツは、水やり用だったのだろう、水が張ってあったようで、巽のお尻に押し出されて零れてしまっていた。
「川落ち、水落ちで無事に戻ってくるのは、ヒーローの嗜みだからな」
「まぁ、水落ち生存フラグはお約束だしねぇ」
まさかバケツにお尻からスッポリ、とは思わなかったけどとティアは溜息をついた。
「そんじゃ、めげずにもう1回」
と元の場所に戻ると、今度は卵が見当たらない。
「もしかして……もう孵化して、誰かについてっちゃった……のかな?」
巽とティアは顔を見合わせた。
沈黙の合間に、校内のあちこちから騒ぎの声と、爆発音が聞こえてくる。
「……まぁ、代わりは簡単に見つかりそうな感じ?」
「そうだねー」
「これが爆発するのか……」
中庭の爆発跡で、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は、直後すぐに孵化したヒヨコを見ながら呟いた。
学校に来たら酷い騒ぎが起こっているので、何事かと情報収集しているうちにここに来て、孵化直後のヒナ鳥に対面したのである。
「あら、可愛いヒナさんですわ〜、もふもふでぴよぴよ言ってて可愛い……
え゛っ、爆発しますの!?」
ハイコドが掌に乗せているヒナに、目を細めて近づいた白銀 風花(しろがね・ふうか)だったが、話を聞いて目をぱちくりさせる。話を裏付けるように藍華 信(あいか・しん)が、風花に爆発跡を指で示して見せた。
「……。
ごめんなさい、そのチビさん近づけないでください」
風花はそう言って後ずさりした。
「しかし……ずいぶん恐ろしいもんだな」
信が呟く。
爆発の威力そのものが恐ろしい、というのではない。
「はっきり言ってこの爆発ヒナの卵をテロリストのアジトに大量投入するだけで大体の事件が解決すると思うぞ、俺は」
物理も魔法もそこまで効かない、死なない、爆発して直ぐに他のターゲットに狙いを定める……そして何より、このヒナ達がその事に大して罪悪感など一切持ち合わせていない……それが恐ろしいことだと思う。そのような存在があることが。
「しかし、いったん爆発させて卵になったところを凍結させれば、活動を停止させられる、ってことははっきりしてるんだよな」
ハイコドは落ち着いた表情で、ぴいぴい鳴くヒナを見下ろした。
「よし、少しずつヒナを俺の周りに集めて作業するか。
校庭でやるのがいいな」
そうしてハイコドたちは行動を始めた。
信を纏い『空天駆狼』となったハイコドは、取り敢えず校庭周辺の目についたところから、迅速に卵を回収してきた。最初に中庭で拾った1羽も含め、孵化のタイミングは多少のばらつきがあるが、風花がそのタイムリミットをカウントする役割を担う。間違えれば自分が吹っ飛ぶことになるので、本気で測っている。
「こいつら結構走るの速いな」
『だから恐れられてるんだろ。親と認識されたが最後逃げ切れないって』
空天駆狼を親だと認識したヒナたちは、全速力でついていく。適当に遊んでやってこちらを見失わない程度のスピードで、校舎や混乱する生徒たちの密集している場所から、開けて人のいない校庭へと少しずつ誘導していくが、ヒナたちが一途にスピーディについてくるので、あっという間に目的地に到着する。
「ぴ♪ ぴ♪」
後は時間調整の間、適当にヒナの相手をして遊びながら時間を待つ。
「最初の子は残り1分切りましたわ」
カウント役の風花が告げる。用心のため、充分に距離を取っていて、声を張って伝えている。
「最初の子、どれだっけ」
「その、冠が少し毛羽立ってる子です、後の子たちより1分半早くリミットが来ますわ。
残りの子は全部誤差は3秒以内です」
『焦らなくていいぞ。一度くらいの爆発では俺はくたばらんし、くたばらせないからな』
信の声はいっそ呑気なほどに平静だ。ハイコドを落ち着かせるための虚勢などではなく、己の耐久力に本気で自信を持っている。
「とはいってもな、風花もいるし。こいつを、丁度いい『練習の1回』にしたほうがいいだろ」
ハイコドも全く焦りはなく、風花が教えてくれた1羽を掌に乗せた。いざ、という時に他のヒナに紛れたり遠くに離れたりするのを防ぐためだ。
「残り15秒です! 14,13、……」
風花のカウントで、残り10秒になった時、ハイコドは【ブラストリング】を発生させると、ヒナを上空高くまで一気に飛ばした。
それは、空天駆狼の能力で作る、「潜った者を急加速させる」リング。あっという間に小さなヒナの姿は見えなくなる。
ヒナは戻ってこようとするだろうか、それとも打ち上げられたまま自然落下を待つだろうか。――そこだけが、確実には読めない部分だったが。
そして遥か高みで、爆発が起こった。
地にはただ、爆風の残りの数かな風と、その低い衝撃音だけが震えて伝わってきただけだった。
「タイミング的にはこれで悪くはないな」
ハイコドはひとりごちると、目を凝らして上空を見上げる。
ヒナが戻ろうとしたかどうかは分からないが、他者に影響を与えぬ場所で爆発させることができた。
小さな卵が落下してくる。それを、『触手』を伸ばして受け止めた。柔らかいぷにぷにの状態にした触手は卵を損なうことはない。
それに信が【氷術】を放つと、触手の上で卵は完全に凍結した。
「ざっとこんなもんか」
『次からは連続技だけどな』
「ぬかりはしねぇよ」
「残りの子たちも1分切りましたー!」
そこからは同じ作業、今度は複数のブラストリングでヒナたちを打ち上げ、落ちてきた卵を触手で受け止めて凍らせる。
そうして幾つもの卵の活動を停止させていった。
そんな風に粛々と事態の収束に向けた作業が行われていく一方で。
夢悠は、スローモーションの世界を走っていた。
(さようなら、雅羅。どうか、元気で、幸せに――)
手にはぴいぴい鳴いているヒナ。
(この雛は、オレが雅羅と普通に話すきっかけになってくれた……オレにとっては天使だったよ)
(もしも生まれ変われるなら……次の人生では、オレも、素敵な恋人が)
(ほし…)
ちゅどーーーーーーーーん
「わっ」
ちょうど近くを通りかかっていた貴仁は、強力な突風に体を持って行かれそうになって踏ん張った。
やがて風が収まった時、目の前には卵が転がっている……
「――またかーーー!! もう嫌だーーーー!!!」
喚いて蹴とばした時、それを誰かがキャッチしたらしいのが見えた。
よく見ると、小型飛空艇である。
それはすごい勢いで貴仁の方までやって来た。――『小型飛空艇アラウダ』に乗った天城 一輝である。
通り過ぎざま、飛空艇はほんの少しスピードを落とし、一輝は貴仁の方を向いてやや早口に言った。
「この卵は回収していくぞ」
「あ、あぁ……それは別にいいけど」
「じゃあ、悪いが急がねばならんから」
30秒以内に、孵化しないうちに飛空艇の全速力で、校内に設けられている特殊な作りの隔離室に放り込まなくてはならない。なので、言葉を交わすのもそこそこに、一輝は飛空艇を操縦して凄い速度で飛び去っていった。
「……持ってってくれたのはいいけど……あれ、いいのか……?」
その後ろ姿を見ながら貴仁は首を傾げる。
目の錯覚だったならいいのだが――あいにく、貴仁ははっきり見てしまった。
一輝の頭の上にちょこんと乗って、自らも飛空艇を操縦するように小さな羽をパタパタさせていたヒナ鳥の姿を。
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