天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

爆弾鳥リインカーネーション

リアクション公開中!

爆弾鳥リインカーネーション

リアクション

 ラブを残してさっさと歩き去った鈿女だったが、学内のオフィスに向かおうとして、ふと気づくと、背後から2羽のヒナ鳥がついてきていることに気付いた。
「……あら。どこで引っかけてしまったのかしら」
 冷静ではあるが、面倒なことは御免である。
 鈿女は2羽に向かってギロリと睨みを見せた――【鬼神力】で角を少し覗かせ、恫喝さえしてみせた。
 しかし、ヒナは一瞬竦むものの、鈿女に近付こうとするのをやめない。
 何しろ、親だと認識した相手に直接攻撃されても、慕うことをやめない刷り込み本能である。鈿女は溜息をついた。
「動物はモルモットくらいしか相手したくないんだけどね」
 モルモットの相手とはすなわち実験ということなのだが。
「いいわ、来なさい」

 逃走するでもなく、落ち着いた足取りでかつかつと廊下に足音を響かせ、鈿女は歩いていく。ヒナはひょこひょこ、その後を追う。
 特に急ぐこともしないのは、【防衛計画】でルートを探って、冷凍隔離室に4分30秒以内で辿り着く道筋が分かっているからだ。
 ヒナが孵化した正確な時間は知らないが、多分ハーティオンのところで爆発した後の卵が孵ったものだろうと考え(そこ以外でヒナに遭遇する機があったとは、思い返してみても考えられない)、そこを立ち去ってからの時間を織り込んで考えてみても、4分半あれば充分だと判断したのだ。
 読み通り、何事も起こらず隔離室に辿りついた。鈿女はにっこり笑って、ヒナたちを手招きする。
 てちてちてちてちと、ヒナたちは駆け寄る。鈿女は静かに扉を開いた。
「はい、永眠の時間よ坊やたち」
 身振りで扉の中に誘導し、じゃれ付こうとやってくるヒナたちを防衛計画の効果により寸前で交わして、扉を閉めた。
「はい、おしまい」

 立ち去る鈿女の背に、ドアの向こうの爆発音が聞こえてきた。
「……ま、どこもこう簡単に片付くといいんだけど」



 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は普段通り出勤し、情報科大尉として情報科のオフィスでひたすらデスクワークに励んでいた。
 この時点では何の変哲もない、普通の一日の一コマだ。
 その彼女の耳に、遠くから聞こえてきた微かな爆発音と、伝わってきた震動。
「なに?」
 教導団大尉らしく、不審な事態を予感させる事象への反応はさすがに迅速だった。すぐに外に飛び出し、状況を確認する。
「煙がっ」
 後者の、別の棟の一角から黒煙が上がっているのが見えた。
「火が出ているのかしら? ……ここからでは確認できないわね。いずれにしても、建物に被害が出ているのは確かだわ。
 マリー、行きましょう」
 ゆかりとともにオフィスで仕事をしていたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)も、彼女と共に飛び出して様子を見ていたが、ゆかりの言葉にうなずいた。

 駆けつけると、そこは別棟の廊下の片隅。倒れている教導団員がひとりいるが、他にも駆けつけた団員たちもいて、救命行為も事後処理も捜査もすでに順調に始まっているようだった。
「ここに爆発物が設置された……ということ……?」
 ゆかりも、爆発によって窓が吹っ飛び壁も半壊しているその場所を、事件の痕跡を見落とすまいとじっくり見聞して歩く。
「?」
 崩れた壁の隙間から、何かが転がってきて、ゆかりの足先に当たった。
 卵だ。
 不思議そうにそれを見るゆかりの様子に気付いて、マリエッタもやってきた。
「卵? ずっとここにあったの?」
「さぁ……爆発した時にもあったのかしら。だとしたら割れないなんて、凄い……」
 そこまで言った時、卵が動いたのを見て、ハッとゆかりは言葉を切った。
 卵にひびが入り……
「ぴぃ♪」
 孵った。

「可愛い〜」
「ちっちゃい! 目が大きくてくりくりしてる〜」
 ゆかりとマリエッタは目を細めて、生まれたてのヒナを見つめた。
 ヒナはゆかりを見て、甘えるようにぴいぴいと鳴く。頭をちょんとつつくと、餌を貰えるとでも思ったのか嘴を大きく開いて喉を震わせる。
「可愛いわねぇ。けど、親鳥はいないのかしら?」



 この事件現場の時間を少し、巻き戻してみよう。


 *******
 
「ん?」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、一緒に来たパートナーで妻のフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)と校内で一旦別れて、己の仕事場へと向かって歩いていた。
 この時点では何の変哲もない、普通の一日の一コマだ。
 廊下を歩くジェイコブの足元に何かが当たった。
「ヒヨコ?」
 赤銅色の羽毛のヒヨコが、ぴいぴいと鳴きながら足に纏わりついてくる。
「何でこんなところに……?」
 不思議には思ったが、もしかしたら誰かがペット気分で飼っているのかもしれないと、それ以上深くは気に留めなかった。
「おいおい、あんまりくっついてると蹴っちまうぞ」
 そのまま歩くが、ヒヨコはぴいぴいとついてくる。こけつまろびつ、よちよちついてくる。
 そして、廊下の端まで来た時、階段を降りてきた同僚に会った。
 同僚は、ジェイコブの足元のヒヨコを見て顔色を変えた。
 ――今さっき、訓練場の方で爆発騒ぎが起こり、直後に爆弾鳥の研究施設からの脱走とその生態に関する注意の話が回ってきたのだという。
 その爆弾鳥のヒナが、この足元にいるヒヨコなのだと聞かされ、ジェイコブの顔色も変わる。
「し、知らねぇぞ。そいつ、親だと思い込んだ相手には死ぬまでつくっついてくって話だ……!」
 同僚はもう及び腰で、ジェイコブの横をすり抜けて逃げていく。
 通り過ぎざま、ご丁寧に「こ、こっちに逃げてくるんじゃねぇぞ!」という震え声での保身のための訴えまで置いていった。
「5分……で爆発、だと……?」
 ジェイコブは腕時計を見た。
 ――さっき、ヒヨコを見つける少し前に、パートナーと後で会う約束をした関係で一度時間を確認したのだった。ヒヨコの孵化の瞬間は見ていないし、その姿を確認した時間は時計を見たのより少し後だから、正確な時間は分からない。だが、少なくとも時計を見てから3分経っている。
(マズい……!!)
 事の切迫具合を悟った瞬間、一気に焦りが噴き出す。そのクールな強面からは想像できないほどに。
(どうする……どうすればいい……? 落ち着け、考えろ、いや、考えるな感じるんだ!)
 焦るあまりよく分からないことを自分に言い聞かせながら、試しに数歩下がるが、ヒヨコはつぶらな目をジェイコブに据えたまま、ひょこひょこと歩いてついてくる。
 この悪魔はもうすでに、自分をロックオンしている――!
「冗談じゃねぇぞ……!」
 殺す。それしか、この窮地を脱する方法はない。
 ヒヨコを正面から見据えながら、ジェイコブは腰の二挺拳銃を引き抜いた。
「そんな目をしても無駄だ……!!」
 そしていきなり、盲滅法に連射しだした。すべての銃弾を撃ち込んだ。が、
「ぴぅ、ぴ?」
 すべての銃弾を弾き、けろりとして羽繕いをするヒナ。
「クソッ、ならば、これはどうだ!!」
 拳銃を捨て、セガール拳……もとい【鳳凰の拳】を繰り出す。
 掌の上に乗りそうな大きさのヒヨコに向かって。強面の男が、本気の殺意むき出しで。
 えげつないを通り越して、事情を知らない人間が見たら、通報するかもしれないレベルである。
(動物虐待か、もしくは何か精神的に不安定な人ではないかと疑われて)
 が、鬼の形相で繰り出す凄まじい拳技に、軽量のヒヨコは何度も宙を舞うが、ノーダメージの様子でその都度床の上に舞い降りる。
「ならこれは!? ……くっ、これなら――!!」
 拳帝としての持てる技を、矢継ぎ早に(時間がないから)これでもかという程つぎ込む。
 ……が。
「な……何故だ……なんで効かねえんだ」
 息を切らして、ジェイコブはがっくりと床に手をつく。
 ――疑問の答えは、この鳥が「死なない」鳥として作られたがゆえに持つ、理不尽なまでの耐性の高さのせいであるとしか答えようがない。
「ぴ。ぴ、ぴぃ」
 その囀りは、心なしか、まるでカウントダウンの秒針のようにリズムを刻む。
 少しはジェイコブの攻撃が効いているのか、ややふらふらとした足取りで、ヒヨコはジェイコブに近寄ってくる。
「ぴぃ」
 顔を上げたジェイコブの目に映る、ヒヨコの、何も変わらぬつぶらな瞳。

 そして、閃光が走った。

 *******


「え……?」
 他の団員から爆弾鳥の話を聞いて、ゆかりの顔が青ざめる。
「ぴぃ」
 掌でヒナが鳴く。
 マリエッタも無言で固まる。
「ど、どどどうしよう……」
 5分後に爆発する鳥に親だと認識されてしまった。このままでは大爆発の餌食である。
(す、捨てなきゃっ)
 ヒナを掴み、窓の外に向かって大きく振りかぶる。思いっきり全身の力を込めて投げ飛ばしてしまおう……
「ぴ?」
 握った手の中の、ヒナのつぶらな瞳と目が合う。
(…………)
 思わずゆかりは手を下ろしてしまった。
「カーリー!? 何で捨てないの!?」
 マリエッタが信じられない、というような口調で詰問する。
「だって……無理よ。
 こんな可愛い鳥を投げ捨てるなんて!」
 マリエッタは思わず瞠目した。




 爆発音が聞こえた。
「あっちだわ!」
 聞きつけたセレンフィリティとセレアナが、現場に急行すると、廊下で倒れている人影が見えた。
「大丈夫!? しっかりして!」
 セレアナが助け起こして呼びかけている間に、セレンフィリティは転がっている卵を見つけて即座に氷術をかけ、クーラーボックスに放り込んだ。
「やった……1個、回収できた」
 時間との闘いがあるだけに、たった1個でも成功したという安堵は大きかった。
 セレアナに抱え起こされているのはフィリシア・バウアーだった。一時的に気絶していたようだが、セレアナの呼びかけに答えて目を開いた。
「……あ、私……一体……?」

 ――夫のジェイコブと別れて、自分の用のある棟に向かっていた時。
「?」
 気が付くと、足元にヒヨコがいた。
「こんなところに……どうしたのかしら?」
 ちょっと撫でてみたがどうしたらいいか分からず、そのまま置いて歩こうとしたら、よちよち歩いてついて来る。
「……わたくしを親だとでも思っているのかしら」
 そう思うと、一生懸命ついてくる姿が一層可愛らしく見えた。特に今、お腹に新たな命を宿しているフィリシアである、母性が強く働いたのかもしれない。
 フィリシアはこの時、爆弾鳥のことなど何も知らなかった。
 ただ、どこまでもついてくるそのヒヨコが可愛らしいと思ったので、そのまま一緒に連れていった。近寄る加減が分からず、時には蹴飛ばしてしまいそうになるほど纏わりついてくるヒヨコを、よしよしと撫でながら少し引き離して微笑む、そんな風に可愛がりながら歩いていたのだが……

 ちゅどーーーーーーーーん

 ……来ていた服はボロボロ、髪はぼさぼさ、煤で真っ黒け。
(……いったい何がどうなってるのよ!)
 と思った瞬間
(赤ちゃんは!?)
 ハッと気付き、慌ててお腹に手をやる。
 幸い、今自覚するような痛みや異変の兆しはない。だが、自分がこんな目に遭ってしまって大丈夫だろうか……その心配で、だんだん気分が悪くなっていく。顔も青ざめていく。
「医務室に行った方がいいわ」
 察したセレアナが言った。セレンフィリティも隣で頷く。
 2人は、医務室までフィリシアに付き添っていった。

 検査の結果、幸い、お腹の子供に影響がはなかった。
「よかった……」
 安堵したら、ぐったり脱力してしまった。
 ――爆発の時に、転生する鳥の生命エネルギーも周囲に飛び散る。それが、フィリシアのお腹の中の子供にも流れ込んでいたのかもしれない。
(それにしても何でこんなことに……)
 医務室で先生から、爆弾鳥の話も聞き、何も知らずに可愛がったヒヨコの正体も分かった。
「爆弾鳥……何なのそれは……」

 何でこんなことに……
 後になってよりによって医務室で夫のジェイコブと再会してしまった時にも、フィリシアは胸の中でその言葉を噛みしめるように繰り返したのだった。



 一方。
 部屋に戻った吹雪は、大量のゆで卵を作るべく、鍋に水を入れ始めた。
 その傍らに忍び寄る影……イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)である。
「……(つつつ)」
 素知らぬ顔をして近付き、卵を1個失敬すると……丸呑みしてしまった。

「おおうっ!?」
 その時吹雪が驚きの叫びを発したので、一瞬イングラハムはびくっとした。
 だが、吹雪はイングラハムの盗み食いを見咎めたわけではなかった。
 気が付くと、大量の卵を入れておいたボールの中身が、大量のヒヨコになっていたのだった。
「有精卵だったでありましたか。しかし、一斉に孵化するとは……」
 口々にピヨピヨ言いながら、皆が吹雪の方に向かって伸びあがるように体を伸ばしている。全員が、生まれてすぐに見たのは吹雪だったのだ。
 ――それが何を意味するのか、ここでもまだ吹雪は分かっていなかった。
「これは……焼き鳥にせねばいけないであります!」
 急遽鍋を片付け、焼き串と金網を探すことに。
「若鳥は茹でるより焼くのがベターであります。
 ……ちょっと、ボールの中で大人しくしていてほしいであります」
 吹雪に近付こうとボールを乗り越えてこようとするヒナたちをまたボールに押し込め、調理用具を探す吹雪の傍らで、イングラハムは何とも神妙な表情で佇んでいた。
 彼のお腹の中からは、ぴいぴいという鳴き声が聞こえていた。
 だが、鳴き声は他からも聞こえていて正直うるさいくらいなので、吹雪はそれがイングラハムの腹の中からのものだとは気付かなかった。それより、ようやく捜し出した調理用具を持って用意する方に大わらわだった。
「さて、では捌くと……」
 その瞬間。

 ちゅどーーーーーーーーん

 ちゅどーーーーーーーーん

 ちゅどーーちゅどーーちゅどちゅどちゅどちゅど(延々)

 連射。

 部屋全体が噴火したかのような勢いで吹っ飛んだ。
 
 そんな場合ではないが……「お祭り騒ぎ」という言葉がしっくりきそうな、景気の良すぎる連続爆発であった。


 もはや乱気流の様な爆風により、吹雪もいっそ景気よく吹き飛ばされたが――

「うぅ……段ボールがなかったら即死でありました……」
 吹っ飛んで、地面に落ちて転がる瞬間に『歴戦の段ボール』で咄嗟に体を覆い庇った吹雪であった。
 それによってどのくらいダメージが実際に軽減されたのかは定かではないが。

「? さっき、蛸がいたような気がしたでありますが……」
 気が付くと、イングラハムの姿がない。


 ――「ひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 イングラハムは飛んでいた。
 爆風に飛ばされたのに加え、彼の場合、飲み込んだ卵が体内で孵化してヒナになり、それが爆発したために体中の穴から爆風を自家発生させ、その勢いで飛んでもいた。
 青空高く。

 こののち、教導団内で「蛸型の凧が空を舞っているのを見た」という目撃談があったとかなかったとか。