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爆弾鳥リインカーネーション

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爆弾鳥リインカーネーション

リアクション

 さゆみとアデリーヌは、狂ったように校内を走っていた。
 ヒナが、狂ったようにあとを追いかけていた。

 逃げることに夢中で、さゆみは自分が絶望的な方向音痴であることを忘れている。ので、校舎内を盲滅法走り回り、今自分がどこにいるのかもわからない。
 そんな走りについてくるヒナ――ほとんどホラーだ。
「来ないでー!! あっちいってー!!」
 本気の闘争は体力を奪う。
 逃げ切れないのなら攻撃を、と思って振り返って何かスキルを仕掛けようと思っても。
「ぴー…ぴー…」
 つぶらな瞳で健気に追ってくるので、そのイノセントな風情に、どうしても手を上げることができなくなる。
「うぐぅ……」
 ジレンマに唸るさゆみとは逆に、
「…こ、殺されてたまるものですかー!!」
 と叫んで、【我は射す光の閃刃】で攻撃しまくるアデリーヌ。小さなヒヨコを本気で必殺のスキルで狙う図は、鬼気迫る勢いもあって何とも狂気じみて見える。
 だが、ヒヨコの耐性の強さの前には大したダメージを与えられず、その行為もまた、体力を消耗させる。
「もう、無理……に、逃げ……」
 体力の限界も、ヒナのタイムリミットも近い。逃げようとして、
「あっ」
 さゆみが足をもつれさせた。続いて、アデリーヌも。
 前のめりに転んだ、と思うと、ごろごろごろごろっと世界が回った。
「きゃ……」

 ちゅどーーーーーーーーん

「……」
 気が付くと2人は、階段の踊り場でもつれ合うように倒れていた。階段の上で転んで、そのまま転がり落ちてしまったのだ。
 階段を見上げると煤けた壁と天井が見えた。
 爆弾鳥は階上で爆発したのだ。煤を含んだ爆風が2人を襲ったが、それだけだった。
「助かった……?」
 カン、カン……と硬質な音を立てて、何かが階段を落ちてきた。
 ――卵。

「いやあああぁぁぁぁあっ!!!」
 悲鳴と共に、卵は階下へと放り投げられた。



 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の手元には卵がある。
(なるほどなるほど、孵化&爆発で自動的に生命のサイクルを繰り返すのですね。
 これはいい永久熱エネルギー機関)
 凍結されたものである。冷凍隔離室から無理を言って借りてきたものだった。
(……まぁ、それはおいておいて)
「それ、どうするんですか?」
 椅子に座って詩穂のすることをじっと見ていた恋人の吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)が首を傾げて尋ねた。
「これね、爆弾鳥っていう変わった人工的に作られた鳥らしいんだけど」
 詩穂はアイシャに説明した。
 ――様々な事柄を経て今は力も資格もなく普通の少女として暮らしているアイシャは、かつては百合園にいたが現在学校には所属していない。たまには学生の頃の気分を思い出してもらいたいと思って詩穂が自分の通う空京大学見学に誘うと、「詩穂がどんな学校生活を送っているのか見たいです」とアイシャも同意し、今こうして一緒に……学食の隅のテーブルの前に腰かけているのである。
 爆弾鳥騒ぎで、すぐ近くで爆発があったとかで、この学食は一時的に閉鎖している。コンロを借りたくて、ここでも詩穂が無理を言って貸してもらったのだった。したがって、ここには今2人しかいない。
「それでね、詩穂は思うんだけど、卵に戻った時に正常な生命のサイクルに戻せないかなあって。
 不死鳥は炎があるところに飛び込み再生するんだよね。
 自家発熱ではなく、熱源を与えれば……そうすれば正常な伝説の不死鳥に戻らないかなぁって」
 そう言いながら、詩穂は鍋に湯を沸かしている。
「けど、炎の中にいきなりくべたりしたら……それで間違いがあったら可哀想だから、取り敢えず茹でて熱を加えてみようかと思って」
 言いながら、凍結卵を湯に入れた。
「……何だか画だけ見ていると、普通にゆで卵ができそうです」
「詩穂もそう思うよ。上手くいけばいいんだけど」
「……5分しか生きられないなんて、可哀想ですね」
 アイシャは少し悲しげに言った。
 ぐらぐら、ぐらぐら、しばらく湯が沸く音だけが響いた。

 やがて、詩穂がいきなり、鍋のふたをかぽっと閉じた。そして、火を消した。
「どうしました?」
 詩穂はコンロのあるカウンター内から顔を出した。
「卵が割れた。ヒナが出てきたけど、成功か失敗か分からないから、取り敢えずヒナが誰のことも見ないようにふたをしたの」
「それでは次はどうするんですか?」
「このまま、隔離室の隣の研究室に持っていくよ。成功でも失敗でも、そこに入れておけば他の人に被害は出ないからね。ふたをしたままで」
 そうして、なべを「よいしょ」と持って出た。
「アイシャちゃん、ちょっと待っててね。置いてくるから」
「私も行きます」
「駄目だよ。失敗の可能性考えたら5分以内に持ってかなきゃいけないんだから」
「でも、そんなに5分で持っていけないほど遠くないんでしょう」
「けど万が一があるからね。アイシャちゃんを危険な目に遭わせたくないよ」
「私は詩穂と一緒に行きたいです」
 アイシャにそんな風に言われると、断るに断れない詩穂である。
 鍋の中でヒナが「ピー」と鳴くのが聞こえた。



 和輝は脇にアニスを抱えたまま、ヒナに追われて校舎内の壁を走っていた。
 最初は外を逃げていたのだが、爆発騒ぎが大きすぎて辺りがごった返し、【ポイントシフト】は使い辛い。そこで、アニスを抱えて【グラビティコントロール】で天井や壁を走って逃げる方法に切り替えたのだが。
「……って、追って来れるのかよ!?」
 ヒナが見よう見まねでスキルを真似するので、かなり覚束ない足取りではあるが同じ場所を追ってくるのだった。
「うわ〜っ、はや〜い」
 こんな状況でもアニスは無邪気に驚きはしゃいでいる。
「というか、速っ!?」
 どうしてこんな小さいヒナが5分間全力疾走で追いかけてこられるというのか。

 ちゅどーーーーーーーーん

「……」
 爆発。間一髪で跳んだ和輝は、負傷はなかったが煤まみれで真っ黒になった。
「うにゃ〜、爆発した〜、すっご〜い♪」
 全く深刻さが分かっていないアニスは何故か無傷。爆風で飛んだだけだった。
「(ケホッ)……厄日だ」

「アニス、もう迂闊に卵を拾っちゃダメだ」
「そうなの〜? でも、ヒヨコはいいんだよね?」
「え?」
 振り向いたアニスの手には、赤銅色のヒヨコ。
「階段の上から落ちてきたよ! すご」
 最後まで言わせず、和輝は再びアニスの手を引いて走り出した。



「王さん、寄付金持ってきました。孤児院のために使ってください」
 大鋸に駆け寄ると、迦耶は寄付金を入れた封筒を差し出した。
「おう、悪いな。……って! それ!」 
 封筒を受け取った大鋸だったが、迦耶が抱いているヒヨコを見て顔色を変えた。
「これですか? お友達のぴよらちゃんです。可愛くないですか?」
「い、いや、それ……爆弾鳥じゃねぇか!!」
 大鋸も学内で、その騒ぎのことは耳にしていた。
「爆弾鳥?」
 大鋸に説明を聞いた迦耶だったが、俄かには信じられなかった。だって。
「けど……孵ってから多分5分たっていますけど、ぴよらちゃん、爆発していませんよ」
「何だって!?」
 大鋸は迦耶の手の上のヒナをじっと見つめた。
「えぇと……たぶん、もう10分くらいはたってます」
「信じらんねぇ……今学校のあちこちで爆発騒ぎが起こってんだぜ」
「そ、そうなんですか?」
「お、おあつらえ向きに、あそこに爆弾鳥の研究員がいやがった。ちょっくら呼んでくるぜ、詳しい話も聞けるだろ」
 校舎の傍を歩いている白衣の男に目を向け、大鋸が大声で呼びかけながらそちらに数歩駆け出す。
 その時、ヒナが動きを止めた。
「!」
 迦耶の【超感覚】が危険を感じ、大鋸もほぼ同時に何かを感じて振り返った。

 ちゅどーーーーーーーーん

 迦耶はとっさに【空飛ぶ魔法↑↑】で飛行状態になり、爆風に逆らわず一緒に飛んだ。
 そのまま落ちるかと思ったが、ふわりとした感覚が迦耶を包み、見ると大鋸に受け止められていた。
「あっ…王さん」
「おいっ! 大丈夫か!? 怪我はねぇか?」
「はい、大丈夫……です」



 詩穂とアイシャは、隔離室から戻る廊下を並んで歩いていた。
「……そんなに、がっかりしないでください」
 アイシャが困ったように微笑みかける。
 結果から言うと、詩穂の実験は失敗だった。ゆで卵から生まれたヒナは、普通に5分後に爆発した。
 研究員は言った。古代の研究グループも、この不完全な不死鳥を完全にするために、いろいろ試す中で、恐らく「外部からの熱源」というファクターにも一度は着目しただろうと。
 それでもヒナを完全体にはできなかった。それほど、彼らがぶつかったのは高い壁だったのだ、と。
「昔の研究者も、試行錯誤されていた、ということですわ」
「うん、そうだね……それは、分かる……」
 詩穂も「試しに」くらいの気持ちでやってみたことだった。決してそこまでへこんでいるわけではない。
 でも、
(できれば……アイシャちゃんのいる前で、成功させられたらよかったな)
 そういう残念がる気持ちが残っていた。
 その時アイシャが、ふふ、と笑った。
「どうしたの?」
「さっき、詩穂と一緒にお鍋を運んだ時、何だか楽しかったんです。
 あの中にヒヨコがいると思ったら、まるで私たち、ヒヨコのお風呂を運んでいるみたいだな、と思って」
 湯の中でゆらゆら浮いているヒヨコを想像すると微笑ましかったのかもしれない。アイシャはくすくす笑い続けている。
「……そう。楽しかったんだ、アイシャちゃん」
「えぇ、楽しかった……楽しいです。詩穂と一緒だから」
 詩穂は笑った。アイシャの思いやりが温かくて嬉しかった。
 どちらからともなく手を繋ぎ、2人は廊下を歩いた。



 卵に戻った「ぴよら」は、大鋸が呼び止めようとしていた研究員が駆けつけて、彼によって回収された。
 魔法分析に長けたその男は、迦耶がヒヨコに無意識に潜在開放をかけていたことを、卵の状態から割り出した。
「その効果で、ヒナは一度だけ爆発を免れたのかもしれません」
「そう…なんですか……」
 潜在解放による能力の上昇効果は、一時的に生物の成長を促すかも知れない。それによってヒナが成長できていれば、あるいは爆発は起こさなくなったのかもしれないが、爆弾鳥の成長サイクル上では成鳥になるというステージに至ることはなく、そのサイクルは作られた不死鳥である爆弾鳥に遺伝子レベルでしみ込んでいる。ゆえに、この場合の成長は、一度爆発を省略して爆発後の時間を生きる、ということに留まったのではないか。研究員はそう語った。
「そうですか……」
 迦耶は俯いた。が、顔を上げた。
「きっと、爆発の時に煤けるくらいで怪我もなく済んだのは、ぴよらが守ってくれたんだと思います」
 その言葉に、研究員は微妙な表情を見せたが、
「ま、絶対に味わえねぇ『成長』を少しでも味わわせてくれたお礼返しってのもあるかもな」
 大鋸がそんなことを呟いた。
「――子供が一生成長できねぇってのも、せつねぇもんがあるからよ」
 それは、孤児院を経営している彼だからこその、実感を微かに含んだ言葉だった。
 迦耶は、大鋸がその言葉に込めたものを理解した。
「お願いします、いつか、ぴよらが真っ当に成長できる鳥になるように……」
 迦耶はそう言って、研究員に頭を下げた。
「えぇ。我々は研究を続けます」
 研究員はそう言って、会釈して2人の前を去った。
(そして……いつか、ぴよらにまた会えますように……)
 迦耶は、いつか再会の日が来ることと、ぴよらたちヒナ鳥の明るい未来を願うのだった。






 ちゅどーーーーーーーーん

「(はぁ、はぁ……)」
 再びの爆発を今度も何とか煤まみれになるのみで切り抜けた和輝だったが、疲労困憊だった。
(何だってあんなに……ナチュラルに孵化の瞬間に立ち会ってしまうんだアニスは……!)
 全く緊張感のないアニスの立ち回りが、何故かヒナを呼び寄せる。
 感受性の高さゆえに動物に好かれやすい彼女の体質が、無暗にヒナを近付けることになっているのかも知れない……
「ねえねえ、和輝ー」
 今回も無傷で切り抜けたアニスが、和輝を呼ぶ。
 もう、嫌な予感しかしない。呼ばれた方に顔を向けると、アニスは、植込みの傍で座って、そこに開いている大きな穴から何かを取り出そうとしていた。
「見て見てー、卵こんなにたくさん。きっとこれ、巣じゃないかなー。すー、すー」

 爆発後の、卵の溜まった穴だった。


「――なんて日だ!!」