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一騎当千! 波羅蜜多実業高等学校編


 シャンバラ大荒野。
 広々とした荒野に大音声を遮るものは少ない。
 爆発音がよく聞こえる。


「配送業者が襲われた場所は、ここですね」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、パラ実校門近くに立って呟いた。
「ここに車を止めておいて、ちょっとした隙に持って行かれた、と」

 その隣にはパラ実校長達――マレーナ・サエフ(まれーな・さえふ)、{9999026#ジークリンデ・ウェルザング}、アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)が立っている。
 今回の爆弾鳥の騒ぎが伝わってきて、パラ実にも卵が送られてきていることが分かり、回収のためにやってきたのだった。
 だが、見事に全部モヒカンに持ち去られているようである。
「けど、多分今頃は、そのモヒカンたちが大変な目に遭っているだろうな」
 陽一が呟くと、マレーナが「まぁ」と小さく嘆じた。
「そんなものを持ち出して、金目当てにどこかに売りさばいたりしたら大変なことになるな」
 ジークリンデが懸念げに言う。
「いや、孵化したら5分で爆発するようなシロモノだから、その仕組みと活動を停止させる方法に気付かなかければ、持っている方にとっての災厄になるだけでしょう」
 陽一がそう言って、モヒカンが賢く売りさばけたはずはあるまいと暗に仄めかす。万が一、卵を凍結させるという方法に気付いたとしても、その状態を維持するような装置や施設を、彼らが自前で用意できる可能性は低いだろう。
「孵化したヒナが親を見つけられなかったら、どうなるんだ?」
 アイリスが誰にともなく質問した。それにも、陽一が答えた。
「おそらく、“親”を見つけるまであてどなく歩き回り……どうしても見つからなければ、そのまま5分後に爆発でしょうね」
「何だか悲しいな」
「そうなると、どこまでも親を探しに彷徨い歩いて、荒野の野生生物に生息区域に立ち入ってしまう可能性もあるわけか」
 陽一の言葉に、ジークリンデとアイリスは別々の思いを抱いたようだった。

「それで、研究チームが立てた冷凍隔離室というのは?」
 陽一がマレーナに訊くと、今回のことで他校の研究チームとの情報橋渡し役のマレーナは「こちらですわ」と皆を案内した。
 隔離室は、校門からほど近いところにある。その位置を、陽一はしっかり頭に入れる。
「それと、卵の数も教えてもらいましたわ」
 マレーナはチームから送られてきたというファックス用紙を見せて、陽一に示した。
「捜す方もこの数を把握しておくべきですけど、隔離室でも収容後に数がチェックできるようにしておきましょうか」
「そうですね」
「それで、私は何をすればいいだろう」
 ジークリンデが言うと、陽一は少し考えて、
「この隔離室の番をお願いします。間違いが起きないように収容済みの数を把握しておく人が必要だし、万が一モヒカンがまた来て盗んでいかないとも限りませんから」
「分かった」
 マレーナは、このまま他校研究チームなどとの情報の受け口として待機するという。
「私はドラゴンに乗って、上空から爆発が起きている場所がないか見てみよう。人の居住区での異変は分かり易いが、動物しかいない場所で起きていたら人が気付くことは難しいからな」
 元竜騎士のアイリスはそんなことを言いだした。
「気を付けてくださいよ。爆発を見つけても、すぐには近寄らない方がいいです」
「分かっている。こっちにまめに連絡を入れるようにするよ」

 陽一は、モヒカンが卵を強奪していったとされる場所から『シャンバラ国軍軍用犬』を放った。


 乾いた風渡るシャンバラ大荒野。
 『漆黒の翼』で風を切り、匂いの後を追う軍用犬の後を追う陽一は、その風に何やら焦げ臭い――爆風が混じっているのを感じた。
 やがて、クレーターのようなものが見えてきた。
 ……どうやら、モヒカンたちの隠れ家“跡”らしい。
 周囲にはモヒカンの死屍累々。そこに、ヒヨコも何羽か、ぴよぴよ歩き回っている。
「……何度も爆発を繰り返したのか」
 モヒカンに懐いて爆発→逃げられないのでその場にとどまっているとその生体反応で再び卵が孵化→懐いて爆発、の無限ループ、か。
(自業自得ではあるけど、なかなか酷いな)
 軍用犬には離れたところで『待て』と命令しておいて、陽一はそこに近付く。
 モヒカン達はヒナに懐かれ死にかけてそうだが、ヒナの回収を優先することにする。
「1、2、……ここにいるのは3羽か」
 モヒカンに懐いたヒナたちを、漆黒の翼を伸ばして捕まえるのは難しいことではなかった。何しろモヒカンたちがぐったりと動かないので、ヒナも一点から大きく動くことがない。
 目に入ったすべてのヒナを、大きく広げた漆黒の翼で包み込む。ナノマシンで構成された翼は闇のとばりようにヒナたちを包んだ。

  ボウンッ

 翼の内側で爆発したヒナたちは卵となり、やがて解かれた翼の間からころころと転がり落ちた。
 陽一は『終焉剣アブソリュート』を出すと、その凍気で卵を凍結していった。
 そして卵を、背嚢にしまっていく。
「さて、さすがに放置してはおけない、な」
 屍の山を気付いているモヒカンたちを『頼もしの薬瓶』で応急手当てすると、軍用犬に、周囲の調査を指示した。
 おそらく、この場から逃げたモヒカンもいるだろう。そして、それを追っていったヒナも……

 匂いを追う軍用犬に導かれ、そんなはぐれモヒカンの足跡を追って、とうとう辿り着いた。
「くっ、くく来るんじゃねぇよぉ悪魔あぁぁぁ……!!」
 よれよれで今にも倒れそうな傷だらけのモヒカンが、追い詰められて岩を背にようやく立ちながら、近寄ってくるヒヨコに向かって声も枯れ枯れに叫んでいる。
「ぴ♪ ぴ♪」
 つぶらな瞳の小さなヒヨコが、いかついモヒカンを怯えさせる図は、なかなかシュールである。
 漆黒の翼でヒナを捕まえ、さっき同じ要領で爆発をやり過ごし、凍結させる。
 一連の作業が終わってみると、モヒカンは失神していた。ついでに失禁していた。
「……手当てしたくないな……」

 同じ要領で、さらに、ヒナに追われたモヒカンのあとを追跡する。
 ここでも、ヒヨコに追われて半狂乱になったモヒカンが地を張って逃げようとしている現場に出くわした。
 卵を爆発、凍結させ、背嚢に片付ける陽一を見た、半狂乱のモヒカンは、何を思ったのか、
「テ……テメェがこいつらの親玉かァァァァァ!!」
 叫ぶと、よたよたの足取りで陽一に飛びかかろうとした。
  ゴン
 もちろん、錯乱したヘロヘロモヒカンなど陽一の敵ではなく、漆黒の翼の端でげんこつを作って頭を一発殴ってやると、その一撃でモヒカンは地に沈んだ。
「……これじゃあ、まともにヒヨコ対策を考え付くはずもない、か」
 何となく遠い目になって、陽一は呟いた。


 ある程度卵を回収して背嚢が膨らむと、陽一は見つけたモヒカンたちを漆黒の翼で拘束し、軍用犬は腕に抱えて、ホークアイで視認できる長距離への【ポイントシフト】の跳躍を繰り返して、冷凍隔離室へ戻った。
 卵は隔離室へ、モヒカンの身柄は校長へ。渡して、また捜しに行く。
 その地道な繰り返しで、何とか、運ばれた数の卵を回収することができた。
 日が沈みかけた頃に。




 3人の校長と陽一は校門前で話をしていた。
 卵は回収、強奪に関わったと思われるモヒカン(もれなく死にかけ)もかなりの人数の身柄が確保できた。アイリスは上空から、大荒野でも比較的パラ実に近い、人のあまり入らないような場所を見て回っていたが、ヒナがそこまでは行っておらず、環境や野生動物にも影響を与えていなかったことが分かって、その点は全員ホッとしていた。
 陽一の話を聞いて、校長達は、陽一が途中でちらりと感じたのと同じことを思ったようだった。
「教育ってやっぱり――大事ですね」
 しみじみ。
 ――思いがけない事態に遭遇した時、それを切り抜けるために観察力、洞察力を働かせて答えを導き出す、ということができるように。
 学びを通じて教えなくては。
 モヒカンたちの悲劇(自業自得ではあるが)を繰り返さないために。それができる人材を育む、教育の場でなくては。
 教育現場に携わる者として、3人はそれぞれに思ったようであった。
 陽一も頷き、空を見上げた。

 大荒野に一番星が輝いていた。